Top‎ > ‎Caravan_list‎ > ‎

1993caravan


主催:各開催会場、各地区民放テレビ放送局
協力:小学館コロコロコミック、NHKエンタープライズハイビジョン連絡会、株式会社日立製作所、ソニー株式会社、BOSE株式会社、NEC日本電気ホームエレクトロニクス株式会社
制作:(株)ハドソン

【第1回ハドソンスーパーキャラバン イベント内容】
・Hi-TENボンバーマン「10人対戦バトルロイヤル大会」
・Hi-TENアトラクション(スタンプラリー)
 5人対5人・2グループバトル
 3人対3人対3人・3グループバトル
 2人対2人対2人対2人対2人・5ペアバトル
 1人対9人バトル
・対戦ボンバーマンワールド(スタンプラリー)
 PCエンジン「ボンバーマン'94」5人対戦
 PCエンジン「ボンバーマン'94」CPUに挑戦
 SFC「スーパーボンバーマン」CPUに挑戦
 PCエンジン「爆風カブキ伝(電々の伝)」5人対戦
・新作ソフト体験コーナー(PCエンジンSCD「Ys4」など)
・ステージアトラクション(石渡譲二、井上麻美のステージなど)
・お楽しみ抽選会

【Hi-TENボンバーマン大会 競技内容】
・公式ソフト:Hi-TENボンバーマン(1993年開発、非売・非流通品)
・仕様機種:ワークステーションPC(メーカー及び機種不明)日立ハイビション・モニター(機種不明)、ハドソン特製・コントローラ連結システム、PCエンジン用マルチタップ2台、PCエンジン用ターボパッド10台使用(東京、大阪、名古屋は以上のシステムを2セット設置)
 各会場先着500〜1000名が参加可能。大会本戦は基本的に「10人対戦バトルロイヤルモード」で行われる。参加者はまず予選(各試合10人ずつ参加、1人勝ち抜け)で総勢40〜80名程度に絞られる。それらに加えて、予選で敗退者の中から会場内のスタンプラリーでポイントを多く集めた者を敗者復活として認定、準決勝を計100名(10人対戦×10組、ここでも1人勝ち抜け)にて行う。そして決勝戦を10人で行い、最終的に決勝戦で勝ち抜いた参加者を、その地区のボンバーチャンプとして認定、表彰する。
〜賞品〜
・各会場優勝者
表彰状、優勝カップ、NEC HE「PCエンジンDUO-R」など
・各会場決勝進出者
ボンバーマンスタッフTシャツ
・各会場準決勝進出者
ハドソン「スーパーシューティングウォッチ」本体
・参加賞
デジメーション第4弾「電々の伝」(ハドソン制作のビデオシネマ)

【スタンプラリー 競技内容】
・Hi-TENアトラクション
 Hi-TENボンバーマンに搭載された様々なモードを使用したバリエーション対戦大会。昼のアトラクション内で行われる。競技内容は5人対5人の2グループ戦、3人チーム×3組の3グループ戦、2人ペア×5組の5ペア戦、1人対9人戦がある。勝利者にはポイントが(他のゲームコーナーよりも多めに)もらえる。
・対戦ボンバーマンワールド
 SFC「スーパーボンバーマン」や「ボンバーマン'94」、PCエンジン「爆風カブキ伝(電々の伝)」の対戦モードを使用したイベント。対戦成績に応じてスタンプがもらえる。
〜賞品〜
・スタンプラリー・ポイント数各会場1位
スーパーCD・ROMROMソフト「天外魔境ZIRIA」、スーパーボンバーマン・デイパック
・スタンプラリー・ポイント別引き替え賞品
からまんボンバー(コントローラー接続コード整理アイテム)、PCエンジンSCD「ボンバーマン'94体験版」、下敷き(絵柄は新桃太郎伝説、井上麻美)
・スタンプラリー・各ゲームコーナー勝利者賞品
ボンバーマン缶バッジ(バリエーションは10種類)

 第4回を除けば一貫してシューティングゲームで大会を行ってきたハドソン全国キャラバンは、9年目に大きな節目を迎えた。
 ゲーム界全体でシューティングゲームが不振に陥ったのを始め、低年齢層ユーザー獲得志向の強まりや、1990年のPCエンジン版から始まった「対戦ボンバーマン」ブームの本格化を受け、早い時期から「今年のキャラバンはボンバーマン大会で行う」というコメントがゲーム雑誌「ファミコン通信」に掲載されたのである。古くからのキャラバンファンの間に大きな衝撃が走った。
 1990年以降、キャラバンのサブイベントとして盛り上がっていた対戦ボンバーマン大会。それをメインに起用するということは大胆と言えば大胆な路線変更だが、納得のいく流れでもある。ただしこの時点で掲載されたコメント内容は、1992年末に発売されていた「ボンバーマン'93」をキャラバン公式ソフトとして使用するというものであった。

 ところが、その年の春に流通向けに配布されたハドソンの小冊子において「1993年の全国キャラバンはスーパーファミコン版のスーパーボンバーマンを公式認定」という記事が掲載される。
 しかも、その後事態は更に急展開。既存のゲーム機を使わずに当時のワークステーション・コンピュータとハイビジョンモニター、PCエンジン端末を組み合わせた全く新しいシステム上で動作する「10人同時対戦型ボンバーマン」が使われることが、1993年6月発売のコロコロコミック誌上にて発表されたのであった。
 その名は「Hi-TENボンバーマン」。かつてのキャラバン認定ソフト「スターソルジャー」を制作したハドソンの重鎮・野沢氏が開発を担当していることが誌面に掲載されて注目を集めた(ちょっとしたインタビュー記事も掲載され、意気込みを語っていた)。また、新システムのもとで心機一転をはかるという意味で、キャラバンの大会回数表記も「第1回スーパーキャラバン」と改められた。この点に関しては、9年目という節目を翌年に控えた時期だったので、否定的な意見を述べるファンもいたようだ。

 このHi-TENボンバーマンが一般に初披露されたのは、正にキャラバン初日であった。つまり、それまでのような「大会公式ソフトを買って事前に練習する」という流れには当てはまらない大会だったのである。そういう意味ではガンヘッドの年に近かったと言えるだろう。
 初日の東京大会は「ゲームザウルス」という四大都市縦断ゲームイベント内での開催だったこともあり、ファミコン期を彷彿とさせる大勢の参加者が会場へと詰めかけた。初日に限らずこの年のキャラバンは全般的に参加者数が増えており、中でも低年齢層や家族連れの参加者が増加。今までとは違ったのどかな雰囲気の盛り上がりを見せ、エキシビジョンとして2人ずつ5チームによる親子大会が行われたりもした。

 ちなみに、この年の日程は過去のものに比べるとかなり特殊なものであった。それまでは東京大会が南北キャラバン共催で大々的に行われることはあったが、この年は大阪や名古屋も南北共催で行われた。
 更にキャラバン史上初めて九州の福岡が最終日として選ばれたこと、埼玉県の浦和大会が南キャラバン開催に、兵庫県の神戸大会が北キャラバン開催になったことなど、これまでにないパターンで日程が組まれた。それ以外にも山梨、山陰(鳥取もしくは島根)、香川、鹿児島といったいくつかのレギュラー開催地域が最初から予定に組み込まれなかった事も大きな特徴(山梨は7月25日に南キャラバンで開催予定であったが、結局中止になってしまっている)。山口、高知、新潟、宮崎会場も当初は予定になかったのだが、キャラバンスタート直前になってかろうじて日程が差し込まれている。
 更に8/29の東京大会は、ハドソンの会員組織「ユーモア・ネットワーク」会員のみの参加が許されたシークレット・イベントとして行われた。こういったひねりの効いた日程は一部のキャラバンスケジュールマニアにとって恰好の研究材料となったようだ(笑)。

 さて、この年のキャラバンのオフィシャル映像は、94年のキャラバンで配られたビデオ「ハドソン伝説'94」の中に7/21の東京大会の模様のみが収められている。また、テレビ東京系で放映されていたゲームとなぞなぞの情報番組「そのまんま東のバーチャルZ」の中でも東京大会初日の模様がオン・エア。それ以外にも、史上初のハイビジョンゲームという話題性もあったせいで各地方の情報番組やニュースなどでキャラバンの模様が積極的に採り上げられている。

 この年は、「天外魔境・電脳電劇カブキ伝」をモチーフにした1993年・ハドソン制作のビデオ映画「電々の伝」にカブキ団十郎役で主演した俳優の石渡譲二氏(代表作は「超新星フラッシュマン」主演)がスペシャルゲストとして出演。東京、札幌、大阪、名古屋、福岡大会などで盛り上げに一役買っていた。
 また、同ビデオに阿国役で出演していた女優の岩崎ひろみ氏(代表作はNHK朝の連続テレビ小説「ふたりっ子」など)も東京大会にゲスト出演。彼女はプライベートで札幌大会にも姿を見せ、スタッフを驚かせていた。

    他にも、ハドソンとタイアップしていたアイドル歌手・井上麻美氏が九州地区を中心にして多くの会場に出演。高橋名人も東京、札幌、秋田、大阪、名古屋、佐賀、福岡大会において久々に司会者としてトークを披露した(前年のキャラバンにはまったく登場しなかったので、2年ぶりの登場であった)。
 加えて、前年のソルジャーブレイドキャラバンの世界統一トーナメントを制した優勝者も札幌大会にゲストとして登場している。なぜか言うと、ソルジャーブレイドでの賞品のひとつに「翌年キャラバン海外大会への招待」があったため。しかしこの年は海外大会がなかったため、代替案としてキャラバン札幌大会に招待されたのだった(ハドソン札幌本社見学なども用意されたとのこと)。


Comments