椿

 萩の玄関口・椿 


椿地区は、萩の市街地の玄関口ともいえる場所です。阿武川の沖積地と大屋川の扇状地が重なり、三角州を取り囲む山々の麓に広がるゆるやかな土地には、古くから人が住み、農業が営まれてきました。奈良の大仏建立に活躍したとされる白牛の伝説があり、平安時代には河原に牛を放牧していたことから「牛牧」と呼ばれ、鎌倉時代には氏神として椿八幡宮が勧請され、中世には「椿郷」と呼ばれていたことが伝えられています。
江戸時代には、萩から防府三田尻へとつながる萩往還が整備され、萩藩主が参勤交代で江戸へ出立する際、安全祈願に立ち寄った金谷天満宮(現金谷神社)や、萩城下への出入りを厳しく監視した大木戸、初代藩主の菩提寺として大照院などが置かれました。山手の大屋地区から先は街道が山の中へ入ることから、萩城下の見納めとなる場所でもあり、吉田松陰も街道松越しに萩城下をふりかえり、「涙松」として歌に詠みました。大正時代には、鉄道が三角州の周囲を巡る形で敷設され、萩駅舎が建設されるなど、いくつもの時代を経ながら、多くの人や物が行き交ってきました。このように萩の玄関口としての歴史・文化を伝える事物や風景を椿地区のおたからとして推薦します。

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