土原

 松本川に育まれた人々と武家の町割り

萩城の東方、阿武川の支流松本川の川岸に位置する土原は、軍事的要衝で石州街道の玄関口でもあります。江戸時代には萩城下の中下級武士の約4分の1がこの地に住んでいました。川沿いの筋には長屋門や基礎石が多く残り、往時の町割りをしのばせます。松本川の川面にその美しい姿を映すクロマツ群やモミの巨木、点在する川船のハトバは土原独特の景観を醸し出しています。
一方、萩城方面には武士の学ぶ藩校明倫館、川を渡った松本村には武士以外も学ぶことができた松下村塾があり、幕末から明治にかけて国事に奔走し、あるいは藩内の政争で志半ばで非運に倒れた志士が多いのも土原の特徴です。
土原の風土を形成する松本川沿いの景観や維新後の国の発展に尽くした人々、維新の礎となった人々にまつわる遺構などを土原のおたからとして推薦します。