01.旅のはじまり




まろうどこぞりて天仰ぐ 観賢の眼差しは細く その志は低く
東の果てにあるとも知れぬ 光と罪の橋を行く
その者たちの名前を 私は知らない 私は知らない

レネ・ラカトーシュ



パトリネ.17 晴れ

新しく備忘録をおろした。妻が言うは、いつか旅に出るならと前もって準備をしていたそうだ。
ラルギネア製、質の良い手触りの紙に落ち着いた色味だが美しい臙脂の表紙。
裏を返すと、フィリポスのとある工房の章が皮の上に判で押されていた。
ありがとう。大事に使おうと思う。



パトリネ.18 曇りのち雨

購入するもの
・水浴用の綿布
・替えのローブ
・虫除けの香
・薬丸、薬草(風邪、怪我、腹痛、その他)
・護符(札、装身具型)
・筆記具の予備

昨日から荷造りを始めた。
まだ日のある内に洗濯を済ませて、そのまま買い出しに出てしまったのがいけなかった。突然の雨に降られた。
慌てて商店街の路地裏に駆け込むと、同じく雨宿りの先客が居た。
薄暗く顔もよく分からなかったが、何とも立派な体躯の男だった。
雨が上がり、ふと舞い戻った路地からそこを振り返れば、男が路地裏の奥へ消えて行くのが見えた。
大きな尻尾が、生えていた。獣人だ――。
服装から察するに、騎士だろう。



パトリネ.20 曇り

先日の雨ですっかり買い逃してしまったペンを求め、書房店の門を叩く。
目当てのペンを買い付け、技術院に顔を出すとちょうど同期の魔導師が外の廊下を歩いているのを見つけた。
呼び止めて護符を作ってくれないかと頼むと、その導師は快く引き受けてくれた。

常に身に着けておく事で外敵から身を守ってくれるシンボル。
それから、よく手に持ち歩くものへそれぞれ魔除けをしてもらう。
取り出して呪文を唱え、何らかの事象を発生させる札も作ってもらったが生憎と魔法の行使は経験がない。
魔導の心得が無いのだがと相談すると、導師は柔らかな笑みを浮かべて色々と教えてくれた。
「あなたは精霊の姿が見えますか」と問われた。
見えない、見える訳もないと答えるとその力が存分に宿っているであろう指先を額に当てられた。
「『見えない』と思うから、見えないのですよ」
「私があなたのように何年も各地を旅して、その見聞を修めることが出来ないと思い込んでしまっているように」
「あなたはそれが『出来る』と思うから、旅が出来るのでしょう」
「あなたの意志それ自体が、あなたを守り、また善き精霊の加護を齎す『魔法』だと、どうして気付かないのです」

――とは、導師の談。
徐々に笑顔が呆れた表情になってくのを見るのは少し、申し訳なかった。
仕方がない。同じ技術院の仲間とは言え一介の旅の学術者には精霊や魔法など、そもそも敷居が高過ぎるのだ。

それでも呆れ顔の導師から根気良く魔導の成り立ちから行使の基礎を習い、
なんとか炎を生成する札とそれを行使する呪文を使うことに成功した。
なかなかに、疲れた。これは旅の移動や本の執筆時とはまた違う種類の疲れだ。

なんにせよ、これで限定的ではあるが『魔法』をひとつ、使えるようになった訳だ。
旅先で火が起こせない場合や獣に襲われた時、これはきっと様々な状況で役に立つはず。
「今日から魔法使いだ」と喜び勇んで帰ったら、妻に「魔導師を目指す子供でもここまでははしゃいだりしない」と笑われたが、気にしない。


用意すべきもの
・護符
・筆記具の予備
・現地での換金用に装飾布をいくつか
・固形食糧(堅焼きパン、干し肉、燻製魚)
・蜂蜜酒



パトリネ.22 雨

瞳は鍵穴
太陽の光を受けて、初めて心は開かれる

旅は唐突
主人の命を受けて、初めて扉は開かれる

歩けども歩けども
他所いく人々はすれ違うばかり

月草に包まれて眠る――朝露が起こしにくる
傍にある荷物の上で――ようやくお目覚めかと
青い雫の筆が言う



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