03.山市場 奴隷

パトリネ.27 晴れ

ようやく、エルネタリア国境の山市場へと差し掛かった。それまで細く長く続いていた街道が突然開け、多くの行商や買い付け人が市を賑わせている。フィリポスとはまた違った、なんとも土臭い賑やかさである。

商人たちの小さな住居も構えるこの山市場は、ともすればひとつの立派な街だ。そして街というものには、ほぼ例外なく光と影が存在する。
そして国を知るのに一番てっとり早い方法が、この影を注視することである。
何はともあれ、まずは宿を探しに行かねば。いい加減、この大荷物とおさらばしたい。

『ロザ・マダラ亭』、部屋番号107。
市を通りがてら、似たような旅人数人に宿の情報を貰った。ある程度の下調べはしていたが、やはりここは商人よりも旅人の相互扶助がものを言う。
ルキフェニアへ向かう途中だと言う彼らに、山の安全な迂回経路とその途中で聞いた土砂崩れの情報を等価として『支払った』。
お互い、無事に旅を終えられることを祈ろう。



パトリネ.28 晴れ

〔朝〕
市場で見つけた色付きの良い林檎をかじりながら散策。
旅の疲れはそうそうすぐに癒えるものではないが、屋根の下で一晩眠れたのは幸運だ。ここでしばらく足を休めて、月の移りと共に移動しようと思う。
換金用に持って来た物品でエルネタリア貨を手に入れたら、また酒と保存食を買い込む。

〔昼〕
買い込んだ品物を宿でまとめて再び出発、食事を摂る。その場で採れた野菜と穀粉をふんだんに使った粥は山岳地方によくある素朴な味わいだ。宮廷のご婦人がたには受けが悪そうな味付けではあるが、根菜や豆を多く使用した粥は栄養補給に一役買う。
市場には家畜の肉もそれなりに出されていたが、どれも数は少なく質も悪く、本国に比べると割高。時間があるのなら、自分で狩りをした方が腹も心も、そして財布も満たされると言ったところだ(残念な事に、そうするための技術を何一つ、持っていない訳だが)。
なに、肉が食いたくなったらたっぷりとトウモロコシを潰して、そこにハーブと塩、脂を混ぜれば良い。それだけで、とりあえず肉の代わりにはなる。

〔夜〕
一通り市場の様子をくまなく見渡して宿に戻って来た。厄介な事態になってしまった。
何から書けば良いものか――ひとまず結論からだ。奴隷を一人、買った。
この山市場で宿を取り、数日滞在しようと考えた理由は二つ。
一つ目は、エルネタリアが政権交代後に国交断絶していたにも関わらず、その国富を維持する事が出来た理由の解明。
二つ目は、その理由の一つであろう市場と経済の『影』を確かめること。

以前から、ルキフェニアの東より続く街道を抜けたこの山市場には奴隷市場なるものも秘密裏に広がっていると街では噂だった。
予想は当たり、日が落ちて行商たちが売り物を仕舞い始める頃になると市場の様相は一変した。
そしてその中に、一際目を引く一人の奴隷を見つけた。

この辺りではあまり見掛けることも無い、見事な色のブロンドを勿体無くも短く刈り上げた不思議な雰囲気の少年である。奴隷らしくない、と言えばそれまでなのだが、明らかに場違いな雰囲気だった。
そして、自分のイヤな予感というのは大抵……当たるものだ。
無理矢理さらわれ、売りに掛けられたのだと少年は言う。
人助けと情報を得る為に買ったと言えばそれまでなのだが、商人に金を渡して契約が成立した以上は主人として、奴隷を管理しなくてはならない。

ひとまず、彼を保護してどこか安全な場所へ送ってやることにした。
道中を共にするには、ましてや旅の助手をさせるには知恵も技術も無いように思える。
妻に一筆したため、同時に本国からの迎えを手配する。こちらに到着するまで一週間ほど掛かるだろうか。
少し、出発が遅れそうだ。



パトリネ.29 曇り

驚いた、昨晩保護した奴隷の少年――雷をその身に飼っている。いや、憑かれている、とでも言うべきか。
作用は魔法のそれとそう変わらないようだが、彼の場合、その根源は紛れもなく生命力だ。魔導の力が文明と学問の集大成ならば、これはまさに野生の魔導師。

一見しただけでは分からなかったが、彼は紛れも無く竜族の血とその能力を持つ竜人だ。幾重にも重ね着していたローブの下には小さな、そしてステンドグラスのような美しい色合いの翼があった。よくよく見ればその黄色い宝石のような目も、人のそれとは違う煌きを持っていることに気付く。

これでは、鑑賞目的で狙う愚かな金持ちの目に留まるのも時間の問題だったろう。狙われる本人が己の美点に無自覚ならば、尚更だ。
そしてそんな美しい竜人奴隷を結果として『買ってしまった』事態に、本国へ送り届けた後の言い訳を今必死になって考えている。
妻は妻で物好きであるから直接的な非難はされないだろうが、帰ったあとに何を言われるか。しばらく、この悩み事は続きそうだ。


世の中、一体何に出会うか、何が起こるか。分からないものだ。
そしてほんの少し前まで自分が奴隷商人に売り飛ばされそうな所だったと言うのに(事実、それを買ったのだが)目の前で緊張感の欠片も無くぐうたらと寝そべっていられると、こちらの金と苦労はなんだったのかと落胆する。
どちらが主人かわかったものではない。

――そろそろ、足が痺れるのでどいて貰えるとうれしいのだが。



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