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09.終章



 その後、フリストとエルジェの婚礼は場所を変えささやかに行われた。というのも、元々婚礼のために用意していた場所へはぐれ竜が飛来し、そして命を終わらせたからだ。会場ははぐれ竜によって破壊されてしまったため、再建にはもっぱら「莫大な費用と時間が必要だ」というのが商人たちの見立てだ。
 その中で、婚礼の儀を無事に終えたフリストは「はぐれ竜が息を引き取った場所に祠を建てよう」と提案し、ドラゴンの身体が朽ちるその時まで厳重に管理することを街に知らしめた。ドラゴンの肉体が朽ちて大地に還るまでには長い時間が掛かる。早くても十年以上は掛かるだろうと司祭は言っていた。エルネタリアには時折こうしたはぐれ竜が飛来し、その度に彼らの怒りと命とを鎮めて来た文化がある。それをフリストは良く知っていた。
「良い判断だね。このことは、小生も見聞録に加えておくとしよう」
 粗方必要な書類の手配を終わらせたフリストにレネが言う。彼は既に出立の準備を整えているようで、ワイセンベルク家の商館の入口で荷物の点検をしていた。
「そろそろ、次の街へ行かれるので?」
「そうだな。北へ進路を取ろうと思っているよ」
「またこちらにいらっしゃいます?」
 その言葉から別れを感じ取ったフリストは、それとなくレネに尋ねた。本当はもっと長く一緒に居て、色んな話をその口から聞きたかったのだが――婚礼の儀の為に一ヶ月もスカルアで足を止めてもらった手前、その願いをフリストは飲み込んだ。
「レネさん、またスカルアにいらしてね。いつでも歓迎するわ」
「ああ、その時は是非また案内を頼むよ」
 エルジェもまたレネに感謝の意を示しつつ、別れを惜しんだ。そしてしばらくの会話の後、レネはノスフェラトゥを連れてスカルアの人混みの中へと消えて行くのだった。
「なんだかあっという間だったわね」
 その姿が見えなくなるまでずっと手を振っていたエルジェがぽつりと呟いた。彼女は何か気がかりなことでもあるのか、神妙な表情でレネの行く先を見つめていた。
「彼、本当に何者なのかしら。竜とも最後は親し気だったわ」
「それについてなんだが……」
 フリストもまた、エルジェに視線を重ねて言う。
「僕、ひとつの仮説を立てたんだ。ただの『人間』があれほど長寿である秘密、それに竜とのやりとり……もしかしたら彼は、勇者ヤノーシュに近しい人なのかもしれない」
「それ、本気?」
 フリストの突飛な仮説に、エルジェは振り向いて首を傾げた。
「確かに勇者ヤノーシュはフェルニゲーシュ様から『命の道』を授かったわ。だからと言って、それをすぐ彼に結び付けるのは気が早いんじゃないかしら」
「そうかなあ」
「でも、あり得る話ではあるわよね。ちょっと勢いあり過ぎだけど」
「ははは」
 もっともらしいエルジェの指摘に、フリストは頭を掻く。夫婦になったとは言え、彼らはそれ以前に仲の良い学術者同士だ。その会話は相変わらずで、彼らの興味と愛着で構成されている。
「フリスト様、ルメルグラッドより荷物が届きました」
 そうこうしていると、召使いがフリストの所へやって来た。
「マルギット・セーチェーニ様より言伝がございます」
 どうやらルメルグラッドでスカルアまでの馬車を用意し二人を見送ってくれた上司のマルギットが、祝いの品を送ってくれたようだ。フリストはそれを受け取ろうとワイセンベルク商館の中へと歩を進め、その後にエルジェが続いた。
 そして彼らもまた先程見送った旅人と同様に、人の波の中へ消えて行くのである――。


(了)
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