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絨毯革命




 鼻をつく火薬の匂いも一瞬だった。それらはすぐに着火するや、腐り果てた『害虫』を駆逐するべく赤い舌で岩壁を舐め上げる。噴射される炎は大きく、目の前に群がる兵士たちを瞬く間に飲み込んだ。やがてそれは貯蔵庫に保管してあった火薬にも届き、時折爆発と共に火の粉が散った。
「兵士が鎧も着ずして、よくこの火薬を代々守り続けて来たものだ」
 赤い髪をかき上げ、燃え尽きた『芋虫』を尻目にライオネスは言った。炎に照らされた精悍な横顔は不敵な笑みに満ちており、その口は三日月に吊り上がる。
「やはり短い生を全うする者は短い先しか見えぬものだな……サラム!」
「はっ」
「制圧はお前に任せる。私はアレクセイと共に」
 部下と思しき男が命を受け闇に消える。すると、入れ違いにライオネスとよく似た青年が現れた。長めの前髪を横に分け、頬に独特の入れ墨を施している青年。ライオネスの一人息子にして、忠実なる剣――アレクセイである。
「父上、人は最大の壁。それを破る事が出来ると?」
「無論だ。既に奴らは人にあらず。焦げてのた打ち回るばかりの……ただの『害虫』だ」
「その言葉、どうか」
「お前は母親に似ているな、そんなにあの子供が可愛いか」
 ふっ、と深紅の瞳が優しさに雲る。
「よろしい、あの子供の世話はリブシェとお前に任せよう。あれは貴重な『鏡うつし』だ。私も殺す気はさらさら無い」
「それを聞いて安心しました。母上は現在、後方にて我々の勝利をお待ちです」
「わかっている」
 アレクセイの言葉に、ライオネスは静かに頷いた。そして彼は息子を促すと、王城の最奥にある追うの間へと進んだ。火薬のにおいを引き連れて、ライオネスは怪我人と死体の折り重なる中をただただ歩いて行く。時折助けを求める人間の声が聞こえたが、そんなものなどに興味はない。彼が狙うのは、ただひとつ。この国の玉座だ。
「ご機嫌麗しゅう、ムスチェルルイ」
 赤い絨毯を踏み、ライオネスは言う。その視線の先には、親衛隊に守られ震えるこの国の主だったものが居た。既にそれを『王』とも呼ばぬライオネスに、震える王・ムスチェルルイは声を荒げる。
「この、裏切り者が! 私がどれだけお前に恵みを与えたのか忘れたか!!」
「恵み? そんなもの、この身に巣食った『呪い』の前では霞も同然よ」
 ムスチェルルイの声を、ライオネスは一蹴する。彼にとってこの国を治める人間とその存在価値は、既にその意味を失っている。今更虫けらが何かを吠えたとて、それがライオネスの心に響くはずなどなかった。
「お前たちがこの国を腐らせたのだ。病巣は切り取らねばならん」
 腰の剣を引き抜き、ライオネスは魔導の力を開放しながら徐々に王の元へと歩み寄った。すぐさま近衛兵がその行く手を阻むが、それは後ろから瞬時に前へ出たアレクセイによって薙ぎ払われる。そして倒れた兵士の心臓に剣を突き立て、ライオネスはムスチェルルイを睨みつけた。
「今すぐその玉座から離れよ、ムスチェルルイ。貴様の血でこの美しき城を汚すことになる前に」
 言葉だけの温情を与え、ライオネスはなおも玉座へ近づく。その形相に震え上がったムスチェルルイはただただ玉座にしがみつくままで、動かずにいた。いや、あまりの恐怖に動くことが出来なかったのだ。
「なるほど、離れる気はないか」
 その様子に、ライオネスは満足げに呟いた。そして魔導の力が付与された剣を振るい、ついにその玉座へたどり着く。彼はムスチェルルイの襟を掴むと強引に立ち上がらせ、勢いよく床へと放り投げた。
 絨毯に転げ落ちたムスチェルルイが、悲鳴とともに逃げ惑う。しかしそれは控えていたアレクセイによって幾度も阻まれ、やがて靴音を鳴らしてやって来たライオネスが挟む形となった。
「望みはなんだ!? 今までの土地ではまだ足りぬのか、ライオネスよ! それとも、必要なのは金か!」
 ムスチェルルイはありったけの声を絞り、喉を震わせながら懇願した。
「望むモノを与えよう! だから命だけは……」
「実に良い提案だ。だが……実に愚かでもある」
 必死の命乞いも、やはりライオネスに届くことはない。彼は一刀の下にムスチェルルイの声を斬り伏せると、嫌悪感も露わに剣を構え直した。
「土地? 金? 私はそんなものが欲しい訳ではない。この国を救うために来た。貴様らムスチェルルイ家のウジ虫どもをすべて処分するためにな」
「や、やめろ……! どうか、やめ」
「下らん」
 そして一閃、ライオネスの剣が振り下ろされる。それは正確にムスチェルルイの首を狙い、刎ねた。首から上を切断された胴からは血が吹き出し、赤い絨毯にさらに赤く染み込んでいく。
 倒れたそれはしばらくの間びくびくと脈打つように震えていたが、やがて血を流すがままに静かになった。そして足元へ転がって来たムスチェルルイの頭部をライオネスは見下ろし、歪んだ笑みを浮かべる。
「終わりだな、ムスチェルルイ」


 かくして、「絨毯革命」はその目的を遂げた。ムスチェルルイ王国の北部を統治していた小竜公ライオネスが突如として国王ムスチェルルイへ反旗を翻し殺害、ほんの一刻ほどの間に全ては進行し、そして終わった。
 それもそのはずだ。彼はこの日の為に、念入りに準備を進めていた。まず、手駒となって戦う騎士たちを抱え、彼らに強力な武器を与えた。「スヴァローグの声」と名付けられた火炎槍は、その単純な機構と取り回しの良さから瞬く間に戦況を変えた。たった数人の騎士が数十人、百人の兵士を相手に見事立ち回ったのである。
 そして次に騎士たちの補佐として、ライオネスは暗殺ギルド・リヴデューザをも雇っていた。彼らは騎士とは違うものの見方をしている。その為、騎士が取り逃がすであろう要人の暗殺用として彼らトビトカゲを抜擢した。結果は言わずもがな。「ギルドに定住の地を与える」という契約上、彼らは実に良い仕事をした。
 これでムスチェルルイ王国は崩れ去り、新たな国が生まれることとなる。ライオネスは斬り捨てたムスチェルルイの死体もそのままに石造りの玉座へと腰を落ち着けた。なんの変哲もない、何の威厳も感じられない前時代の古びた椅子。しかしそれは、歴史ある椅子だ。古くはかのエリューシャ妃も座ったと言われる、この国の権力の証。そしてそれは今、無言のままにライオネスを受け入れる。
「アレクセイ、皆に伝えろ。『終わった』と」
「はい、父上」
 それは極めて短い勝利宣言だった。しかしそれが意味するのは実に様々な事象を孕んで大きく膨れ上がった『歴史』だ。
 父の命を受けて、アレクセイが姿を消す。一人『王の間』に残ったライオネスは、深く息をついた。全ては予定通りだ。今までも、そしてこれからも。彼の心の中では、既に新しい国の着想とその未来が見えている。
 今や前国王となり果てたムスチェルルイ、その政治的手腕は決して褒められたものではなかった。彼は民を顧みず、私欲にまみれた男だった。本来民を束ね、国として成長を重ねるべきであるこの時機において彼はそれを成さなかった。
 東の地では川が濁り、北部では未だ生存を危ぶまれるほどの過酷な冬があり、西では隣国ルキフェニア王国との小競り合いが発生し、南もまた、国境に関する不穏な話をいくつも聞く。それらは全て、ムスチェルルイという王の怠慢から成るものだ。長年蓄積されたその『つけ』を、自分は清算しなければならない。ライオネスはそう考えて居た。
 しかしそれも、本当の目的を遂げる為の準備段階に過ぎない。ライオネスは玉座から大きく開けた『王の間』を見渡し、長く息を吐いた。
 すべては、この身に宿された『呪い』の為に。ライオネスの身体には、幼い頃から不可思議な力が宿っていた。それは「本来悪事を働くようなものではない」と、以前領地を訪れた旅の学者が言っていたのだが――状況は変わった。『呪い』は、『呪い』として力を発揮し始めたのだ。そしてそれは、この身体のみならず国そのものを巻き込む厄災を引き起こすであろうことも、ライオネスは理解していた。
 体内に蠢く『呪い』が、あらゆる負の感情を巡らせているのが分かるのだ。そしてそれは力を持ち、やがてライオネスはおろかこの地までをも滅ぼす。彼の思想や語る言葉は決して詭弁などではない。
 いずれこの国に訪れるであろう大きな危機、その前にはこの『絨毯革命』さえも霞んでしまうだろう。ライオネスに味方する者が多かったのは幸運だ。これからは、その危機へ向けた対策を、練っていかねばならない。
「さあ、始めよう――貴様の好きにはさせんぞ、汚れし……そして尊き竜の魂よ」
 血のように赤い絨毯を踏む足に力を込め、ライオネスは呟く。その青い瞳に炎が宿る。


(了)
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