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06.終章



「いやはや、凄いもんだね」
 路地裏を抜け、更に人気の無い場所へ一旦身を隠そうとしていたマックスの頭上から突然、声がした。若い男の声だ。マックスは声のした方を見上げると、マスクの中で目を細めた。民家の裏手、軒先にひとつの大きな影がある。
「あんたは魔女なのかい?」
 その影は、鳥の形をしていた。やがて日が当たり、影は実体となる。大きな猛禽――見事な翼を広げ、彼は言った。
「魔女っていうのは恐ろしいね。ラルギネアにも居るけど、あいつらには謎が多い」
「あなたは……誰?」
「見りゃ分かるでしょ? 通りすがりの獣人さ」
 マックスの問いに、獣人と思しき鳥はばさばさと翼を羽ばたかせた。確かに、この国において人語を操る獣が居るとすればそれは獣人に他ならない。敵とも味方ともつかぬその物言いに、彼女は眉を顰めた。
「何か用ですか? もしやあなたも、小竜公の使いなのですか」
「小竜公? なんのことだかわからないな。そうだね、名前を言おう。俺はロシュフォール――さっき、ある名前を聞いたよ。レネ・ラカトーシュ……あんたは彼の知り合いかい?」
「……私の名はマックス・ゾイファー。レネの同僚です。そういうあなたも、彼のことを知っているようですね」
「ああ、ついこないだまで一緒にラルギネアを駆けずり回ってたからね」
 ロシュフォールと名乗った獣人は静かに軒先から舞い降りると、マックスの手前に着地した。その嘴には小さな木の実がひと房咥えられており、彼はそれをマックスに手渡したいようだった。
「これ、お近付きの印に。市場で『貰って』来たんだ。あげるよ。美味しいよ」
「……まさか、その姿で市場から盗んで来たのですか?」
「人聞きの悪いことを言わないで欲しいな」
 鳥の姿のままで会話を続けるロシュフォールに、マックスは呆れながらも手を差し出した。その手に木の実を受け取ると、彼女はそれをポケットに入れる。
「ありがとう。後でいただくとしましょう……それで? レネと私に、何か用があるのですか」
「どうやら話を聞くに、あんたやあいつは狙われているようだ」
 マックスを見上げ、ロシュフォールは言った。何度かその大きな瞳を瞬かせ、彼は続ける。
「どうだい? 俺を用心棒にする気はないかい」
「あなたを?」
「見ての通り、俺は鳥型の獣人だ。あんたの目となり耳となり、情報をもって来よう。その代わり、あんたは俺に住処をくれないか。ここの所屋根のある場所で寝てなくてね。いやいや、その格好で何をって言いたいんだろう? わかる。でも、俺も留まる場所が欲しいんだよ。レネの知り合いなら安心出来るし」
「……」
 突然の提案に、マックスは目の前の獣人・ロシュフォールを怪しんだ。レネを知っているとは言え、彼が何をどう知っているかまでは分からない。それに、出会ったばかりの獣人を相手に信頼を築けるか――彼女は悩んだ。しかし、それはすぐに氷解することとなる。ロシュフォールが、核心的な言葉を口にしたからだ。
「そうそう、『砂の魔導書』は読めたかい? 俺にはさっぱりだが、レネはあんたに見せる……みたいなことを言ってた。マックス・ゾイファー……そういや聞いた名前だな。レネの言ってた同僚って、あんたのことでしょ?」
「それは……」
 思わず、声が詰まる。マックスはロシュフォールを見下ろすと驚きに目を瞬かせた。この獣人は、知っている。それも、レネの深い事情を。そしてマックスは確信する。この獣人は素性や素行こそ怪しいものだが、こと『情報』に関しては信頼に値する、と。
「……わかりました。あなたのことはまだよく分からないけれど、とりあえず話をしましょう。ここでは何ですから、私の施療所へ」


 市場の裏手からさらに小道を通り、マックスはロシュフォールを連れて仕事場である施療所に戻って来た。留守の間に他のリヴデューザの刺客が訪れた形跡もなく、施療所は相変わらずの、鬱蒼とした多くの植物とそれから作り出される数々の薬の山にまみれていた。
「へぇ、ここが『魔女の家』か。お邪魔しまっすー」
 それまでマックスの肩に止まっていたロシュフォールは施療所に着くと飛び立ち、手ごろな木の枝に止まった。嘴で丹念に羽をつくろいながら、彼は言う。
「改めて自己紹介するよ。俺はロシュフォール。ロシュって呼んでくれて構わない。ラルギネアでレネ・ラカトーシュと出会って、彼の勧めもあってここルキフェニアにやって来たんだ」
「ラルギネアでは、今まで何を?」
「カッコ良く言えば、トレジャーハントかな。ヒカリモノ、貴重な写本、それに、竜の角や鱗……そいつらを見つけ出して、商人に横流しするのが俺の仕事。ルキフェニアはお宝のにおいがプンプンするね。来て良かった」
「なるほど……要するに、賊……ですか」
「またまたご冗談を。お姉さん、きっついね」
 怪訝に頷くマックスへ、ロシュフォールは翼で指をさすような動作をしながら反論する。
「レネには感謝して欲しいもんだよ。俺が居なきゃ、あの『砂の魔導書』だって手に入れることは出来なかったんだから」
 ふふんと胸を張り、ロシュフォールは言う。その言葉が真実ならば、ロシュフォールのトレジャーハントの腕は確かなものだろう。マックスは注意深くロシュフォールの様子を観察しながら問うた。
「あの魔導書は私も解読を試みましたが、あれは一体、何物なのですか」
「あの『本』は、大昔にラルギネアで竜が作ったものだ。と言っても、俺も現物を見るまで実体のない伝説……与太話の類だと思っていたけどね」
 ロシュフォールの話によればこうだ。『砂の魔導書』は、その昔ラルギネアを訪れた一匹のドラゴンが将来起こり得るだろう厄災について記したもので、その内容を知る者はいずれ降り掛かるだろう厄災を退けることが出来るだろうというものだ。それを結局人々は解読するに至らなかったが――なにせその言語は人間にとって理解の範疇を越えた『竜語』で記されている――本来の目的とは別の用途で使用されていた。霊験あらたかな守護の品として、古くより貴族や有力者の手を転々としていたという。
 魔導書の特殊な形状も相まってか、やがてそれは時代の流れの中で伝説となり、ロシュフォールのようなトレジャーハンターが狙う財宝となった。現在では逸話のみが残されるばかりであったが、それを求めたレネの情報収集能力とロシュフォールの探索能力によって、彼らはついに『砂の魔導書』の正体を突き止め、手に入れるに至った。
「あの魔導書に書かれていたのは……私も一部を知ることが出来ただけですが、ある『呪い』の解呪方法についてでした」
「やっぱり? レネ、だいぶ辛そうだったからね。俺は魔導には詳しくないけど、ああ、呪われてるんだな、ってのは彼の話しぶりと態度からでも分かったよ」
「そうですか……」
 何気ないロシュフォールの言葉に、マックスは思わずため息をつく。「だいぶ辛そうだった」――決して彼が自分には見せることの無かった姿が、そこにはあった。彼はどんな思いでラルギネアを旅し、あの魔導書を探し求め、そして手に入れたのか。なかなか辿り着くことの出来ない同僚の真意を前に、マックスは歯がゆい思いだった。
 呪いとは、業の深いものだ。対象の身体を蝕み、心を蝕み、そして周囲の者にさえ少なからず影響を与える。対象者であるレネと、その無事を祈るマックス。呪いは精神から精神へと伝播する。そして大小様々な、何らかの不都合をもらたす。恐らく今後、マックスはレネを追うエルネタリアの刺客と共に、もうひとつを相手取り戦うことになるだろう。即ち、病んだモノを癒すという、医術師としての使命と。
 マックスはレネに魔導書の更なる解読と実践のためヘルハイム共和国へ行くことを勧めたが、それが彼にとって良い結果をもたらすのかまでは保証出来なかった。遥か遠地で『呪い』やそれに付随するモノと戦うレネの為に、自分が出来ることは何か。マックスはレネが去ってからずっと、考えていた。
「では、こうしましょう。ロシュフォール」
 マックスは言った。
「私はあなたを用心棒として雇います。対価は、私の施療所を住居として使うこと。獣人であるあなたはきっと、ここルキフェニアで動くのも容易いはずだ。私の為に、ひいてはレネの為に。情報収集をしてくれませんか」
「おっ、いいねぇ」
 マックスが自分の提案を飲んだ事に、ロシュフォールは喜んだ。単純に雨風をしのげる家を手に入れたという喜びもあるのだろうが、ロシュフォールにとってもレネという人物は大きな存在のようだ。彼は軽薄な性格の持ち主だが、一度信頼を寄せた相手にはその身をもって応えるという意志が見て取れた。
 マックスはそれを確認すると、早速施療所の戸棚に置かれた資料をいくつか取り出した。それは人々の中に巣食う病を治す為にまとめられたもので、その中から彼女は解呪、ひいてはエルネタリアという国そのものの存亡を左右するとも言う『呪い』を癒す手立てがないか探すつもりなのだ。呪いとは、病にも似ている。原理こそ違うものの、それらは近しい関係を持っている。魔導と医術を修めたマックスには、その関係性と解決の為の糸口が、僅かながらにも見えていた。
 必ず、癒してみせる。そして、あなたの『今』を守る――資料をめくるマックスの手に、知らず力が籠った。


(了)




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