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05.第五章



 瞬間、閃光が迸った。ビェルカが思わず視界を覆い、マックスはその隙に距離を取る。相手がどのような武器を隠し持っているかはわからないが、魔術で戦うとなれば一定の距離と時間が必要だ。彼女は更にポケットから魔石をいくつか取り出すと、それを空中へ放った。
「エタル・テネープ(貫け)!」
 魔石に魔力を注ぎ、活性化させる。すると力を与えられた魔石は輝き、瞬く間に氷柱へと姿を変えた。冷気を伴ったそれらは実体化するや否や、ビェルカを狙い一直線に飛んでいく。
「……! アンタ、医術だけじゃなくて魔術もやるのね?」
 氷の槍をナイフと腕で防いだビェルカが、舌打ちと共に問うた。その腕は魔法によって凍り付き、行動を制限する。彼女は凍り付く腕を身体に叩きつけて元に戻すと、武器を構えて独特の姿勢を取った。
 それはまさにトカゲと言うべき姿だった。低く身を屈め、腕と足をそれぞれ伸ばしたまま地につけたその構えは瞬発力を重視したトビトカゲならではの戦闘態勢だ。
 ビェルカがナイフを構えて突進する。彼女は馬の全力疾走よりも速くマックスとの距離を詰め、獲物を繰り出した。首元に迫るナイフを、マックスが医術用の器具で受け止める。甲高い金属音が通りに響いた。
「その様子だと、私のことについてはあまり知らされていないようですね。リヴデューザの女」
「……」
「誰かから、仕事を横流しされましたか? なるほど、女というのはどこでも苦難の絶えないものだ」
「……黙れッ!!」
 図星か。マックスは確信した。襲い掛かるナイフを避けながら、彼女は再び距離を取ろうと後ろに下がる。どうやらレネを狙うリヴデューザは、この『仕事』を汚れ仕事としたようだ。そしてその任務を、女であるビェルカに流した。リヴデューザのような攻性の組織において、女がのし上がるのは並大抵のことではない。彼女は試されているのだ――同じくして女性であるマックスは、既にビェルカの本性とその背景を見抜いていた。
「あなたに同情をするつもりはない。大人しく引き下がりなさい」
 右手に掴んだ複数の魔石をすり合わせながら、マックスは言う。
「あなたたちトビトカゲは冷気に弱い。そして、私は冷気の魔法を使う。不利なのはあなたの方だ――トゥオ・ディ・ルプス(広がれ)」
 そして彼女は再び魔法を行使した。手のひらに収束した魔力が冷気と変わり、それが標的であるビェルカの周囲に転移すると大きく霧が広がっていく。そしてそれは、マックスの宣言通りにビェルカを不利に陥らせた。
「くっ……!」
「エルネタリアの冬はあなた方にとって辛いものでしょうが、この霧はそれ以上ですよ。じきに身体も動かなくなるでしょう」
 マックスの生成した霧は瞬く間にビェルカを覆い、周囲の温度を一気に低下させた。トビトカゲは南方の種族で、暑さには強いが寒さに弱い。その特性を知っていたマックスは更に魔力を注ぎ込み、魔法の威力を強めた。
「じゃあ、その前に『対処』するわ。私たちトビトカゲが、いつまでも氷を操る魔導師に敵わないと思ったら大間違いよ」
 しかし、それも突如破られることとなる。ビェルカは凍り付く身体を何とか動かしながら腕を上げた。その手の中には、一本の木札がある。彼女は指に力を入れ、それを割った。
「! 魔封具か……」
 それを見たマックスは、慌てて集束させていた魔力を己の中に引き戻した。
 パキン、と乾いた音が鳴り、ビェルカの手の中でそれが爆ぜる。すると周囲に広がっていた霧が瞬く間に消失した。ビェルカが使用したのは即席の魔封具――普段は身に着けることで効果を発揮する魔封具を、一回きりの道具として瞬間的に『使用』出来るよう改造したもの――だ。
 まさかリヴデューザがそれを持っていたとは。マックスは焦りと共に身構えた。リヴデューザは魔導と相性が悪く、また魔導に詳しいという話は聞いたことがなかったが、どうやらギルドの中には魔導の知識に富む者も居るらしい。
「お医者さん、アンタはリヴデューザの『広さ』を知らないわね。私たちは依頼を受ければこの大陸のどこへでも行く。そして依頼を成功させ、報酬や情報を持ち帰る。そりゃ魔導の国・ラルギネアにだって行くことくらい何度もあるわよ? 馬鹿にしないでちょうだい」
 ビェルカが舌を出して笑った。そして彼女は再び独特の構えを取ると突進した。
「ドラウグ・ネ・フェード(守れ)!」
 マックスが素早く魔石を掲げ防御魔法を唱える。しかしそれはビェルカがマックスとの距離を詰め、接触する寸前に再び使用した魔封具によって破られた。大きな隙を作ってしまったマックスは、持っていた魔石を取り落としつつ身を転がした。
 ビェルカの一撃を辛うじてかわすことには成功したが、反撃の糸口が掴めない。マックスはローブに付いた土を払うこともなく立ち上がり、普段は手術用として使う器具を武器として手に取った。
 接近戦では明らかにこちらが不利。魔術による戦闘を行えばこちらが有利だが、それはビェルカが使う魔封具によって無効化されることがわかった。そして二人とも、使用する道具の数には限りがある。マックスの持つ魔石が多いか、ビェルカの持つ魔封具が多いか――相手の手の内が分からなければ、容易に魔法を放つことも出来ない。
「あら、さっきまでの余裕はどうしたのかしら?」
 手に持つ獲物の刃を舐めながら、ビェルカが笑う。
「魔封具なら沢山持って来てるわよ。アンタの魔石と違って軽いし、かさ張らないからね」
「なるほど」
 形勢逆転――マックスはマスクの裏で思わず表情を歪めた。ビェルカの動きを探り、じりじりと移動する。ビェルカもまたマックスの動きを探り、ゆっくりと移動を始めた。間合いの取り合いはしばらく続き、二人の間に緊張が走る。
 その間、マックスはビェルカの素性について推理を巡らせていた。彼女は女だてらにリヴデューザの暗殺者となっているようだが、その待遇は良くないと思われる。先ほどからビェルカが使用する武器は二振りのナイフだけで、上位の暗殺者が持つと言う『棘』の気配が無い。以前エレクの護衛にと雇ったリヴデューザの暗殺者は、目に見えて「上位の者だ」と判断する事が出来た。しかし、彼女は――恐らく、良くて中位か、もしくは待遇的には下位の暗殺者だろう。
 ならば。マックスの中にひとつの可能性が灯る。ビェルカの持つ魔封具は、上位の魔法を無効化することまでは出来ないのではないか。汚れ仕事を、それも自分のような者を暗殺する為に派遣された彼女に、質の良い装備品が数多く準備されたとは考えにくい。
 そうなると、先ほどビェルカが言っていた「魔封具を沢山持っている」ということも、ハッタリであると取れる。マックスは表情を緩めると今度は笑みを浮かべた。まだ勝機はこちらにある。魔封具で防ぎ切れないほどの魔力を用いて放つ上位の魔法であれば、彼女に致命的な傷を負わせる事が出来るかもしれない。
 しかし、不安要素はある。どの程度の魔法を使えば良いのか、またその魔法を使用するほどの魔力がどれだけ残されているか。魔石はまだ、大きめの物が二つほどポケットに残っている。冷気の魔石と、闇の魔石だ。そして詠唱を必要としない魔石依存の魔法だが、魔力を注ぎ込むための時間は必要とされる。その時間を、どうやって稼ぐか。マックスは目まぐるしく思考を回転させながら作戦を練った。
「よそ見してる暇は無いわよ!」
 そんなマックスの隙を突き、ビェルカが疾走した。素早くナイフを振りかぶり、標的へと伸ばしていく。マックスはそれを身を屈めて回避し、足払いでビェルカの態勢を崩そうとした。しかしそれは跳躍したビェルカの足元を僅かにかすっただけで、打撃を与えることは出来ない。ビェルカはそのまま身を翻しマックスの背後に着地すると、再びこちらへ向かって来た。
「さあ、言いなさい! レネ・ラカトーシュはどこ!?」
 ビェルカが叫ぶ。そのナイフは寸分違わずマックスの喉を狙い、斬り裂かんと接近した。それをマックスは振り返りながら手術用の切開ナイフで弾く。接近戦の手ほどきはルキフェニアに居る間護身用として騎士たちに教えを受けたが、流石にビェルカをはじめとする専門職には遠く及ばない。マックスはしばらく防戦に徹した。
 そして彼女は、遂に突破口を発見する。ビェルカが攻撃する為に接近するその瞬間、ナイフを振りかぶる時に若干の隙があることに気付いたのだ。
 すぐさまマックスは次の攻撃を待った。そして繰り出される、ナイフの一撃。それを彼女は再び手術器具で受け止め、更に魔石を弾いた。
「ニア・トルーク・センクラッド(漆黒の帳)!」
「!?」
 瞬間、闇が周囲に広がる。それはビェルカを包むや否や濃い雲のように姿を変え、完全にビェルカの姿を飲み込んだ。暗闇を操る魔法の中でも上位に位置する「ニア・トルーク・センクラッド(漆黒の帳)」は、そのまま対象者を次元転移させるという特徴を持つ。
「何をしたの!?」
 魔封具を使用する隙を与えず、ビェルカの視界と行動を完全に奪ったマックスは遂に勝利を確信した。このまま身動きを封じてどこかへ転移させれば、当分己の身の安全を確保することが出来る。マックスは最後にひとつ残っていた魔石を手に取ると、そこにありったけの魔力を注いだ。
「さようなら、あなたとはお別れです」
 そして充分な量の魔力が魔石に流れ込んだのを確認し、マックスは遂にその力を開放した。
「グナファル・オルア(極光の牙)!」
 マックスが使用することの出来る、上位の氷結魔法がビェルカを襲う。それは闇の雲の中へ入り込むと、そこに囚われるビェルカの身体を瞬く間に凍結させた。姿は見えぬものの、その闇の中では彼女の苦悶の声が響き、やがて聞こえなくなる。それと同時に、「漆黒の帳」は空間を斬り裂いてどこかへと消えて行った。
 静寂が周囲を支配する。マックスは敵の気配が完全に消えたことを確認すると、ようやくローブについた土を手で払った。リヴデューザの追手は、今頃この大陸のどこかに氷漬けの状態で転移しただろう。それを発見し、魔法を無効化させて救出するには長い時間と高い魔導の技術を要するため、これでしばらくリヴデューザ、ひいてはエルネタリアの小竜公を目を誤魔化すことが出来る。
 しかし、安心ばかりしてもいられない。騒ぎを聞きつけた自由市場の民衆たちが、何事かとこちらへ向かって来ていたのだ。マックスは身を翻すと姿を隠すべく、市場の外れ――路地裏へと足早に向かった。



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