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08.第八章



「本当……!? 嬉しい!」
 ドラゴンの快い言葉に、エレクは思わず笑顔を浮かべた。恩人であるレネを救出する為の手立てがひとつずつ、そして着実に整いつつある。これなら上手く行くかもしれない。ふとそんな期待が持ち上がった。
「エレクと言ったな、琥珀色の子よ。我が名はユラン。戦竜ユランだ」
「よろしく、ユラン」
 友好の印に、エレクは恐る恐るユランの腕に触れた。するとユランは了解したと言うように頷いた。
「ユランは空を飛ぶことが出来る? 俺は竜人だけど、あなたたちのように空を飛べるほどの羽根は持ってないんだ」
「ほう、空を……? それは造作も無いことよ。最も、この教会の奴らが我を『保護する』などと言って閉じ込めておかなければの話だがな。見よ、エレク」
 ゆっくりと頭を巡らせ、ユランは足元をエレクに示した。そこには大小様々な魔石が一定の規則に沿って置かれており、広く結界が張られているようだった。
「封印だ……人の身でありながら、見事なものよ」
 やれやれ、といった風情でユランが言う。そんな中、エレクはユランの視線を追ってひとつずつ魔石の数を数えていた――二十を軽く超える数の魔石が、強力な結界を形成しユランの動きを封じている。
 更に魔導の力をもって詳しく『見て』みると、魔石の持つ属性をも感じ取ることが出来た。これは土の魔石だ。大地が持つ『生命を繋ぎ止める力』――本来それは、治癒などの目的に使われるものだ――をドラゴンの封印に使うとは、なかなか頭の切れる人物がこの封印を施したようだ。
 そしてその魔力の流れを感じ取っていたエレクの表情が、一瞬ピンと張り詰める。
「この感じ……まさか、先生……?」
 先日書房で見つけたライデンフロストの魔力の残滓。それが、まさかこんな所にもあるとは。どうやらユランを封印したのはライデンフロストのようだ。エレクは次々と繋がる事象の糸を前に、自分の口の端が上がるのを感じた。
「わかった。ユラン、あなたの封印を解こう。俺、この封印をかけた人を知ってる。竜人じゃないよね……多分、城から来た魔導師だと思うんだけど」
「確か、片眼鏡を掛けた嫌味な人間だったと記憶しているぞ」
「はは……それちょっと当たってるかも」
 ユランの的確な人物像に、思わずエレクは苦笑する。エレクが「会いたい」と懇願するライデンフロストは、エレク以外の者に対しては傍若無人な態度を取りがちだ。恐らくユランを封印する時も、何かと小言を欠かさなかっただろう。そしてそれを、ユランは快く思ってはいないらしい。
 だが、彼のその偏屈な性格が幸いした。ユランが言っている人物と、エレクが思い描いている人物は一致している。間違いない、ライデンフロストだ――エレクは確信した。
「封印を解いて俺を手伝って貰ったら、ユランを自由にするよう教会に頼んでみる。ドサクサに紛れて逃げ出すにしても、俺にはいい方法があるから安心して」
「勇ましいな、少年」
「任せといてよ」
 ひとまず空路を手に入れることが出来たエレクは、しばらくユランと会話をした後で自室に戻って来た。これから引き起こされるであろう救出劇へ、少年のように心を躍らせながら。
 自室で彼はノヴァークと共に今後の作戦を練った。まず初めにやらねばならないこと。それは、囚われの身であるレネ・ラカトーシュの正確な居場所を掴むことである。エレクは小竜公ライオネスの居城が怪しいと踏んでいるが、確信はない。
「城の警備は厳重だ、あの大きな城を探し回るのは骨だぞ」
 考え込むエレクへ、ノヴァークは助言する。
「それに、どうやって閉じ込めていると思う? 牢屋ではないだろう、曲がりなりにも国賓だ。しかしただの客間では十年も監禁しておける可能性は低い……」
「そこなんだよなぁ」
 エレクは頭を掻きながら現在手元にある情報を整理しようとしていた。師であるマックスもルキフェニア王国でこの不可解な状況について推理を働かせていたが、医者である彼女が出した答えは「何かしらの方法を使ってレネの心を折った。自ら脱出出来ないような環境を作り上げたのではないか」という、精神的側面からのアプローチだった。
「城の他に、公が出入りするような建物はあるか? それも、定期的にだ」
「だとしたら、別荘扱いの『黒星塔』かな」
「あれはどういう建物なんだ? トビトカゲがこの土地に来た頃にはもうあったと聞いているが」
「この地域が開かれた当初からあるって言われてる、遺物みたいなモンだよ」
 黒星塔――それはいわゆる俗称で、誰も本来の名を知らないのだが――とは、エルネタリア公国の首都ルメルグラッドの中央にそびえる巨大な黒い塔のことである。その昔、国竜であるフェルニゲーシュが初めてこの地に降り立った際、黒いほうき星となって地面へと落ちて来た。塔は、その時の衝撃やあふれ出た魔力の名残であると伝えられている。
 それらが固形化し、そのまま巨大な針のように凝固して出来上がったのが黒星塔と呼ばれるモノだ。現在ではストリグスキー家の別荘として、またその特異な形状から天然の日時計として、人々の生活を支えている。
「あとは、先生に訊いてみてどうなるかだな」
 粗方の予測は立てられた。そして次なる目標も。ドラゴンの協力を取り付けた事により、目先の行動に追われる心配はなさそうだ。
「琥珀さん、ヤンです」
 軽いノックの音と共に、ヤンが廊下から声を掛けてきた。
「どうぞヤンさん」
「朗報ですよ、ライデンフロスト先生の予定が固まりそうです」
 そそくさとエレクの部屋に入り扉をそっと閉めたヤンは、笑顔でそう言った。その報告にエレクは一瞬驚いて目を見開いたが、それはすぐにヤンと同様、笑顔へと変わる。
「先生、来るんだ……やっと会える」
「ええ。明後日、また研究の資料を求めてこちらにいらっしゃるそうです。琥珀さんの事はまだ知らないでしょうが、なに、会えば彼も事情を察するでしょう。いやぁ、実に喜ばしい」
 ヤンは笑顔のエレクを眺め、まるで我が事のように喜んでいた。「他者の役に立てた」という事実が純粋に嬉しいのだろう。純朴な僧であるヤンの厚意が、エレクには有難かった。
「それで、ヤンさん。俺の方はあのドラゴンと話をつけたよ。俺に協力してくれるって」
「本当ですか!? 素晴らしい、やはり琥珀さんの人柄と美しさはドラゴンにも理解されるのですね」
「あー、うん、まぁそんなとこ……」
 曇りのないヤンの賞賛に、思わずエレクの笑顔がひきつる。ドラゴンの持つ美的感覚についてはよく分からないが、どうやら自分の身の上がドラゴンにとって好ましいものに映っていたことはエレクも理解していた。たとえそれが、上っ面の『美しさ』であったとしても。
「純朴な人間というのは、なかなか面倒くさいものだな」
 連絡を終えたヤンが去り、急に静寂を取り戻した部屋の中でノヴァークがぽつりと言った。まるでそれはエレクの内心を代弁するかのような、裏の社会に生きる者としてのある種、辛辣な感想だった。
「いいよ。その方が使いやすいから」
 素っ気なくノヴァークに返し、エレクは再び思考を巡らせる。ライデンフロストがこの教会にやって来るのは二日後だ。それまで、どうやって時間を潰すべきか。
「それにしても、先生……先生か……」
「十年ぶりなのだろう? なんだ、緊張でもしているのか」
「う、うん……」
 急にぎこちなくなり始めた様子のエレクの傍へ、ノヴァークは苦笑すると腰を下ろした。
「お前は俺と違って、十年の時を経てもまた大切な者と生きて会える。素直に喜んだらどうだ」
 ノヴァークの言葉にはエレクを励ますようでいて、また優しい皮肉が含まれていた。「また生きて会える」――裏を返せば、ノヴァークにはまた生きて会うことが出来なかった人物が居るということだ。
「ノヴァークは……?」
 ふと浮かんだ不安と疑問を、エレクは口にした。常に鉄仮面の様相を崩さないノヴァークだが、恐らく年齢はエレクを一回り以上越える。きっと、仕事柄多くの別れを経験して来たに違いない。
「お前に話した所で得になる訳ではないのだが……そうだな、気分転換に話してやろう」
 エレクの問いにノヴァークは最初こそ渋ったが、現在流れ込んで来ている多くの事象――そのあまりの大きさと深刻さに不安を浮かべる一人の青年を前に、彼は緊張をほぐすべく昔話を始めた。
「俺は過去に戦で親友を亡くしていてな。不運な死だった」
 その時の情景を思い出しているのか、ノヴァークは口に手を当てたまましばらく床を見つめていた。そして膝の上に組んだ手へ顎を預けると、彼は再び語り出した。
「ほんの軽い傷が、命取りとなった。お前は『血の止まらない病』を知っているか?」
「えっ……なに、それ」
「本来、血は身体の外に出れば自然と固まる。これはお前も分かるだろう。だが、それが起こらない者が居る。血に本来含まれるであろう構成要素……その内のいくつかが欠けているのではないかと、ルキフェニア帰りの仲間が言っていたのを覚えている。『血が濃過ぎる』と、そういうことがあるらしい」
「血が止まらないと……どうなるの?」
「傷口を血の凝固によって塞ぐことが出来ない。結果として、傷を瘴気にさらしたままになる。敵の侵入を前に、門を開け放っておくようなものだ。俺の親友は、その開け放たれた傷口から更なる病の侵入を許してしまい、結果として死んだ」
 ノヴァークの話は悲惨な内容であった。しかし淡々と、そしてそれ以上にノヴァーク自身によって冷静に分析された物語が口を経て紡がれる様は、エレクにとって興味深いものだった。
「親友には息子が居てな――彼もまた、ギルドの仲間だ――彼は自分の父が『血の止まらない病』であると知った瞬間、あろうことか己の手にナイフを滑らせた。俺はとっさに止めようとしたが、あまりに突然だった……間に合わなかったよ。俺が人生の中で焦ったのは、あれが最大で最後かもしれん」
「それで、どうなったの」
「幸いにも、息子の方は血が固まった。病は子に受け継がれるものではなかった……ということだ」
「そうなんだ……良かったね、その息子さん。お父さんのことはその……残念だけど」
「ああ、そうだな」
 悲しみとも安堵ともつかない表情を浮かべ、ノヴァークは息をつく。今では忘れ形見となった親友の息子。それはノヴァークにとって、代えがたく貴重な存在だ。
「そういえばエレク、お前の師匠は医者でもあったな。この件が落ち着いたら、一度医術の話を聞きに訪れても良いだろうか」
「え? ああ、うん、師匠なら気にしないと思うけど」
「そうか、それなら助かる」
 ノヴァークの話が思わぬ方向につながり、エレクは驚きながらもそれを歓迎した。ノヴァークは以前より、どうやら医術に関心があるようだ。
 リヴデューザの暗殺者としてある程度の知識は有しているのだろうが、専門の医者ほどではないと見える。彼はその不足を、何かしらの手段で補おうとしているのか。
 理由は聞かない方が良いだろう。エレクにも既に察しはついていた――親友の死が原因だ――彼は他人が思う以上に、実は繊細な部分を持ち合わせているのかもしれない。その鉄仮面の下に、押し殺した感情が潜んでいる。
「さて、雇い主相手に話が過ぎたな……俺は一旦ギルドの『巣』へ戻る。お前も今日明日くらいは少し休んだらどうだ」
 ノヴァークは立ち上がると話は済んだとばかりにすぐ窓の外へ身を翻した。慌ててそれを追うエレクへ、彼は「じゃあな」と手を上げる。
「うん、ありがとう。また後でね」
 そしてノヴァークの気遣いに感謝の意を表しつつ、エレクもまた手を振り、彼に別れを告げるのだった。



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