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06.終章



 魔導書の解読を進めていたレネとゴーシュがユランを呼び出したのは、リッテンコーランで星空を見上げながら話をした夜から数日後のことだった。ユランはその知らせを受け、直ちにニヴルハイムへと向かう。そしてそこへ向かう時に覚える妙な孤独感や疎外感、嫌な気分といったものは、既に払拭されつつあった。目的があるからだ。
「やあ、来たね」
 ゴーシュの元へ辿り着くと、その足元に座していたレネが手を上げて迎えてくれた。ゴーシュは相変わらずその巨体を静かに横たえていたが、傍に居るレネ――正確には、その中に潜むモノ――を前に、苦い表情であった。
「何かわかったの?」
 それを交互に見比べながら、ユランは問う。するとレネが「見てごらん」と自分の周囲を指差した。それにつられて視線を落とすとそこには砂が無造作に撒かれており、時折うごめきながら何かの形を作り出そうとしている。
 これは『砂の魔導書』だ。ユランは直感的にそう判断した。砂はゴーシュの魔力によって導かれ、やがて独特の、そして規則的な模様を作り上げた。
「これは……前の模様とは違うね」
「恐らく、以前より後の『ページ』だろう」
 それを見たレネとゴーシュが、それぞれ確認し合う。ゴーシュは自分の息で砂が飛ばないよう細心の注意を払いながら、その砂の模様を間近に見つめた。
「なになに? けがれし……たましい……、とち……つき……りゅう、ひと、これを……おそれ……」
 その横からレネも顔を出し、解読を試みる。どうやら彼は、ドラゴンの言葉が少なからず解るようだ。しかしそれは断片的なもので、意味を探るには至らない。
 すると砂をじっと見つめていたゴーシュが顔を上げ、朗々と語った。
「汚れし魂、土地に着き。竜とヒト、これを畏れん。しかし鎮めること叶わず。土地からヒトへ、魂の転移を成す。やがてヒト、これを解放し厄災を呼ぶ……」
「これ、レネの言ってた事と似てる」
 ゴーシュの言葉を受け、ユランもまた魔導書を読み進めた。ゴーシュほどではないが、ドラゴンであるユランにもその言葉は理解出来る。どうやら魔導書は、汚れた魂――それは恐らくフェルニゲーシュのことだろう――が引き起こす一連の出来事、その発生と回帰について語っているようだった。
 過去幾度に渡って、ヒトはその魂を何とか鎮めようと足掻いて来た。それは一旦ヒトの中に転移された魂を呼び起こし、完全に消滅させようとするものだ。しかしその度に試みは失敗し、厄災が土地を覆う。そしてヒトはまたそれを鎮めるために、我が身の中へと魂を封印する。その長い戦いの顛末が、魔導書には記されていた。
「エルネタリア……当時はムスチェルルイか……を襲った原因不明の天変地異や疫病については、過去の記録にも周期的に現れている。まさか、それが繰り返される試みと、その失敗による『厄災』……?」
 大きく呼吸し、レネが腕を組んで考え込む。ユランもまた、エルネタリアに居た頃教えられた教会の昔話を思い出しながらその関連性について考えていた。確かに、エルネタリアという国には数多くの天災が存在する。日照りや止まぬ雨による不作、飢饉、季節の別が曖昧になり流行り出す疫病。それも、小さな規模ではない。国全体を巻き込むような、大規模な『厄災』がある一定の間隔で訪れている。
「まだ続きがありそうだ」
 ゴーシュが唸り、魔導書に向けて魔力を与える。すると、再び砂は形を変えた。
「これは……」
 そしてその形を読み取ったゴーシュが、言葉を濁らせる。ゴーシュを見上げ、レネが問うた。
「何が書かれている?」
「禁忌だ」
「禁忌?」
「魂を『灼く』方法が書かれている」
 短く答えたゴーシュの顔を見つめるユランとレネの瞳が、思わず見開いた。魂を『灼く』とは、即ち『完全に消滅させる』ということである。果たしてそんな事が、実際に可能なのだろうか。
「魂を『灼く』には、『呪い』に深く関わった者たちの血と、特殊な方法で作られた火が必要だと書いてある」
 ふむ、と声を漏らしゴーシュはしばし沈黙した。己の膨大な量の記憶と知識から、その火の在り処を予測しているのだろう。その横ではレネもまた、魔導書の模様を取り出した手帳に書き留めながら無言で思案している。先に沈黙を破ったのはゴーシュであった。
「やはり戻らねばならぬのではないか、小き星よ」
 レネを見下ろし、ゴーシュは言う。
「これは我々だけの問題ではない。そしてヒトのみで解決出来るものでもない」
「拠点が必要になるね……不本意だが、今一度小竜公と話し合う必要がありそうだ」
「左様。恐らくかの国の王も何かしら手立てを講じているのだろう? 過去のしがらみは捨て、共にゆくべきだ……ユラン、」
 そしてゴーシュはユランをゆっくりと指さす。その指を見上げ、ユランは彼が何を言わんとしているのか察した。
「じじ様、僕はレネと一緒に行くつもりだよ」
「うむ」
 ユランの言葉を受け、ゴーシュが頷く。ニブルハイムの奥深くで、何かが動き出そうとしていた――。


(了)



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