スモールビジネス契約あれこれ

スモールビジネス契約あれこれ

カリフォルニア州弁護士 高松良幸(ベイリー&アソシエイツ法律事務所)

1.口約束は避けましょう
2.ボイラープレート
3.契約とは?

4.競争禁止条項


1.口約束は避けましょう

契約といえば、よく口約束は法律上で有効なのかという質問を受けます。答えは基本的にはイエスです。それでは実際に契約書を作る必要がないのかというと、そうではありません。大事なのは「法律上で」有効という点です。

例えば、太郎君が花子さんからDVDプレーヤーを$100で買う約束をします。ここではこの契約は口約束で、法律的に有効だったと仮定します。花子さんは同じDVDプレーヤーを$120で次郎君に売ってしまいます。それを知った太郎君は花子さんに口約束を守るよう要求しますが花子さんは太郎君を無視します。そこで太郎君は口約束を行使するために裁判所へ行きます。太郎君は裁判官に「花子さんとは法律上有効な口約束があります。それを行使して下さい。」と申し出ます。花子さんは「そんな約束をした覚えはありません。」と主張します。裁判官はこのように事実関係について当事者間の意見が食い違う場合に、どちらの主張が信用に値するかを判断します(話が少しそれますがアメリカで陪審員がする事は基本的にこの事実関係の判断です)。ここでは裁判官が頼れるのは当事者の証言だけです。このため裁判官が太郎君の主張を認める可能性は基本的に50%という事になります。

もし太郎君がこの裁判官に対し証言以外の証拠を示すことが出来れば、裁判官が太郎君の主張を認める可能性がより高くなります。このため書面による契約が重要になってくる訳です。実際のところ花子さんも契約書があれば次郎君へ売る時も少しは戸惑ったかもしれません。また契約書で事実関係がはっきりしていれば、高い弁護士費用を払って裁判を起こす必要もなく、当事者間で問題が解決される確立も高くなります。

また花子さんは単に太郎君との約束を忘れていた可能性もあります。もちろん花子さんは故意で口約束を反故にしたかもしれません。契約書はこのような当事者の誤解を防ぐ役割もあるわけです。

口約束だけでは同じ言葉を話す日本人同士でも勘違いや思い違いが生じがちです。特にわれわれ日本人が英語で話をする場合、例えばCokeと言ったつもりでもForkが出てきたり、FifteenといったつもりがFiftyと理解されたりと、さらに誤解が生じます。このため日本人が英語でビジネスを行う場合に契約書はいっそう重要となります。

なお一部の約束は書面での契約がない限り法律上無効となります。一般的には不動産の売買、$500以上の物品の売買、結婚を条件とした契約(例:娘と結婚したらうちの会社の専務にする)、また契約後1年以内に履行する事が出来ない契約(例:13ヵ月後に何か買う)等がこの例外に当てはまります。これらの契約は詐欺の対象になりやすいため、その名の通り詐欺防止法(Statues of Fraud)という法律で一般に規定されています。

(2004年2月)

 

2.ボイラープレート

一般に契約書には様々な条項が盛り込まれていますが、これらの内容は大まかに2種類に分ける事ができます。ひとつは契約の目的である本質的な約定です。例えば売買契約書であれば売買する物品、価格、数量、支払方法、引渡時期等がこれにあたります。もうひとつは契約書の最後の方にあり通常あまり目を通すことのないいわゆるボイラープレート(Boilerplate)と呼ばれる定型文言です。ボイラープレートには一般に弁護士費用(Attorneys' Fee)、紛争解決(Dispute Resolution)、管轄(Jurisdiction)、準拠法(Governing Law)、完全合意(Entire Agreement)、不可抗力免責(Force Majeure)、契約変更(Modification)等が含まれます。これらの条項はいずれも当事者間で問題が起きた場合を想定しています。

日本人の感覚だと契約はこれから前向きにビジネスを進める最初のステップで揉め事が起きたときのことを事前に決めるなんて、結婚する前に離婚の事を考えるようで縁起が悪いと思いがちではないでしょうか(話はそれますが実際にアメリカでは夫婦間での財産等について結婚前に契約するカップルもいます)。当然アメリカでもそのような考え方はあります。しかしアメリカでは実際に何か問題が起きた場合に、訴訟で問題解決をするという傾向が日本よりは強いため、このような条項が契約書に入っている事が一般的です。いわゆる紳士協定的な条項(例:「紛争は当事者の真摯な話し合いで解決する」)が幅広く使用されている日本とは異なり、訴訟社会のアメリカでは紛争解決に関する条項を事前に合意する事に経済的なメリットがあるからです。

仮にカリフォルニアの販売業者が取引先であるニューヨークの製造業者をカリフォルニアで訴えるとします。契約書には定型文言がなく、「管轄・準拠法」について当事者間で何も合意がありません。製造業者はカリフォルニアに拠点がないため、カリフォルニアの裁判所には管轄がなく、裁判は無効であると主張します。また仮に管轄があったとしても、契約書は自分に有利なニューヨークの法律で解釈すべきだと主張します。この2点だけを争うのにも、かなりの時間と費用がかかります。もし当事者が契約書の定型文言で「管轄・準拠法」について合意をしていた場合には、この点について争う必要がなく時間と費用が節約できることになります。

またアメリカでは弁護士・裁判費用は双方自己負担が原則です。しかしボイラープレートで裁判での勝者が敗者より弁護士費用を受け取る事ができるとあった場合は、裁判所がこの条項を行使する可能性がでてきます。「紛争解決条項」では裁判を提起する前に仲裁(Arbitration)をしなければならないと定めているかもしれません。この条項を無視して裁判を起こした場合、一般に相手方は裁判の停止を要求する事ができます。「完全合意・契約変更条項」では一般に契約書に記載されている以外の約束は無効であるとされています。例えば契約書をサインする前後に売買数量を100から500に口頭で変更したとします。契約書には100と書いてあり「完全合意・契約変更条項」がある場合は当事者間で数量について問題が生じた場合は、一般に契約書に記載されている数量が行使されます。

このように契約書を締結する際には、ビジネスに直接関係する本質的な条項だけを合意・理解するのではなく、ボイラープレートにも目を通し、紛争解決時のリスクを理解しておく事も大変重要です。もし契約書に理解できない条項がある場合には、サインをする前に専門の弁護士に相談するようにして下さい。

(2004年4月)

 


3.「契約」とは?

カリフォルニア州法は契約を「何かをするかしないという合意」と簡単に定義し契約が法律上有効であるためには「当事者の合意」、「十分な約因」、「契約目的が合法である事」が必要とされています。「当事者の合意」は考えてみれば当然の事です。仮に太郎さんが花子さんから自動車を購入するという立派な契約書を作って署名をしたとしても花子さんが自動車を売る事に合意してなければ契約は成立しません。

「約因」というのはもう少し難しい概念です。そもそも「約因」という言葉は英米法の Consideration を無理矢理翻訳したもので普段ではほとんど使わない言葉だと思います。簡単にいうと約因とは契約当事者が交換する「もの」です。物品の売買契約であれば売主が物品を売るという約束と買主が代金を支払うという約束がそれぞれ「約因」になります。仮に太郎さんが「3ヶ月後に花子さんに5千ドル差し上げます」とだけ書かれた書類を作成し2人はこの事に合意しこの書類に署名します。これ以外には何の約束もありません。花子さんはこの約束をすっかり忘れて4ヶ月後に身の回りを整理した時にこの書類を偶然見つけます。太郎さんから5千ドルの支払いを受けていない花子さんは裁判所でこの契約の履行を求めます。しかしこの契約は太郎さんの5千ドルの支払うという約束に対し花子さんが太郎さんへ渡す「もの」すなわち「約因」が存在しないため法律上は贈与とみなされ履行を求める事が出来ません。

もしこの書類が「花子さんが3ヶ月間飲酒・喫煙・ギャンブルをしなかった場合は5千ドル差し上げます」となっており、花子さんが約束通り飲酒・喫煙・ギャンブルをしなかった場合にはこの約束は法律上有効な契約となります。太郎さんは花子さんから何も受け取ってはいませんが花子さんが自分の法律上の権利(花子さんが法律上飲酒・喫煙・ギャンブルをする権利があったと仮定します)を放棄したという事実が「約因」として認められているのです。ちなみにこれはロースクールの契約法の講義でも良く取り扱われる19世紀に実際にあった事件です。実際は判例では叔父と甥との間の約束で約束をはたした甥は既に死亡していた叔父の財産管理人に支払いを求め勝訴しています。

ビジネス関係の契約書では契約自体の有無が問題になるケースは少ないですが既存の契約の内容を変更する場合に「約因」に関する問題が発生する可能性はあります。誤字・脱字の訂正やその他形式的な変更と違い契約内容の実質的な変更は新たな契約と理解され法律上有効となるためには「約因」が必要になります。最も身近な例は支払期日の延長です。合意した金額より多くの金額を支払う等の「約因」がない限りこのような延長は無効で債務者は延長の履行を法律的に求める事は出来ません。

「契約目的が合法である事」もわかりやすい概念だと思います。当然ながら違法な行為をする事を目的とした契約は法律上無効です。これを逆に考えると目的が合法的である限りはどんな内容の契約を結んでも良い事になります。実際に上記の花子さんの例にもあるように法律で認められた権利を放棄する契約も合法となる事があります。しかし一見合法的に見える契約でも内容によっては履行を求める事ができない可能性があります。例えばオフィス用ビルの建設契約は合法的な契約ですが建設業者が必要な許可を保持していない場合には許可が下りるまでは契約の履行を求める事が出来ない可能性があります。

このようにカリフォルニア州法ではとても簡単に定義されている「契約」ですが実際に法律上有効かどうかを判断するためには上記を含めたさまざまな要素を考慮する必要があるのです。

(2004年6月)

4.競争禁止条項

競争禁止条項は「covenant not to compete」または「non-compete agreement」と呼ばれビジネスの売買契約書また雇用契約書等に良く見られます。この様な条項は基本的に契約の当事者が契約相手のビジネスと競合する事を禁止します。ビジネス売買の場合はビジネスの売り主が売却後にそのビジネスと競合するビジネスを行う事を禁止します。雇用契約の場合は従業員が会社を辞めた後に競合他社で働く事を禁止します。アメリカの多くの州ではこのような競争禁止条項は法律的に認められていますがほとんどの州では適用範囲を制限しています。なお通常は契約が締結された州の法律が契約書の解釈に使用されます。

「基本的に有効で例外的に無効」という多くの州のルールとは異なりカリフォルニア州では競争禁止条項は基本的に無効で一定の基準を満たす事によりはじめて有効となります。このルールはカリフォルニア州のビジネス&プロフェッショナル法16600条にある「Except as provided in this chapter, every contract by which anyone is restrained from engaging in a lawful profession, trade, or business of any kind is to that extent void」という条項が基になっています。例外的に競争禁止条項が有効となるのはビジネス売買でいわゆる「のれん」(good will)の譲渡が行われる場合です。

ビジネス売買において買い主の多くはこれまで売り主が培ってきた評判・信頼等の「のれん」を引き継いでビジネスを行っていく事を目的にします。このためもし売買の後に売り主が隣で同じビジネスをはじめ競合相手になれるのであれば「のれん代」を支払う意味がなくなります。また売り主もこの「のれん」を法律上引き継ぐ事ができなければビジネスの売買自体が困難になりかねません。このため一般にビジネスの売買契約には「売り主は一定地域で一定期間は競合ビジネスを行ってはならない」等の競争禁止条項を入れる事が法律で認められています。なお「一定地域」また「一定期間」はビジネスの内容・規模等により変わってきますのでこの様な条項がすべて有効となる訳ではありません。

なお「法律上有効」また「無効」というのは契約上の権利を裁判所で行使できるかという事になります。仮にロスアンゼルス市内で日本食レストランを経営する太郎さんがそのレストランを花子さんに譲渡します。売買契約書には「太郎さんは譲渡後2年間ロスアンゼルス市内で日本食レストランを経営してはならない」という競争禁止条項があります。太郎さんがレストランを譲渡した3ヶ月後にロスアンゼルス市内で日本食レストランを開店したため花子さんは競争禁止条項を行使しするため民事裁判を起します。裁判所がこの競争禁止条項を「法律的に有効」と認めた場合には太郎さんに対しレストラン経営を中止するように命令を出す可能性があります。しかし裁判所が競争禁止条項を「法律的に無効」と判断した場合には両者が合意の上で署名した競争禁止条項でも花子さんは行使する事が出来ないのです。

カリフォルニアでは「従業員は退社後の一定期間に雇用者の競合相手に勤務してはならない」等の雇用契約における競争禁止条項も法律上無効です。このため従業員育成に力を入れている雇用主が従業員の流出また同業他社からの引き抜きを阻止するためには競争禁止条項以外の手段を講じる必要があります。自社の開発した技術や顧客リスト等の企業秘密(trade secret)を守りたい雇用者は従業員との間で秘密保持契約(confidentiality agreement, nondisclosure agreement)を結ぶ事が出来ます。しかし秘密保持契約は従業員の退職後の雇用に影響を及ぼす事があるため(例:ハイテク企業で最新鋭技術を研究する技術者に退職後それらの技術の使用を制限した場合には転職先を探す事が難しくなる可能性がある)一定の条件を満たさない限り法律上無効となるので注意が必要です。

もし秘密保持契約が法律上無効とみなされた場合にも雇用者は企業秘密に関する法律(Trade Secret Act)や不正競争に関する法律(Unfair Trade Practice)等で認められた一定の権利を民事裁判を通して行使する事が出来ます。しかし「企業秘密」には法律上の定義があり雇用者の認識とは異なる可能性があるので注意が必要です。また裁判は時間と経費がかかり結果も予測できませんのであらかじめ雇用契約・就業規則等を通じて権利を守る事が重要です。

(2004年10月)
 
*この記事は高松弁護士の許可を得て掲載しております。 

<お断り>

本稿はあくまでアメリカの法律について一般的な情報を提供することを目的としており、例として上げられた事案に関する法律のアドバイス、法律に関する意見を述べたものではありません。筆者は正確な情報を提供するよう心がけておりますが、本稿の内容が正確であるか、完全であるか、また最新の情報であるかについて保証はいたしません。本稿の内容を利用される前には必ず専門の弁護士にご相談下さい。また本稿の著作権は上記個人に帰属します。無断転載はご遠慮下さい。

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