当院の麻酔・手術に対する考え
副院長 藤田淳は長年、東京大学附属動物医療センターにて診療を行ってきました。
現在も手術日に出勤し高難度手術に参加しています。
また日本小動物医療センターの非常勤外科医として多くの手術を任せられています。
西原動物病院においても、これまでの知識経験を実践してまいります。
(副院長のブログはこちら)
当院での麻酔や去勢や避妊も含めた手術の手順をご紹介します。
手術の前に
手術の目的は病気や怪我を治すことですが、体にとっては新たな傷を作る、負担のかかる治療です。
体がこうした負担に耐えられるかどうか事前に把握しておくことが大切です。
肝心、肝腎と言われるように、心臓、肝臓、腎臓は生命の維持に大事な臓器です。
そして酸素を取り込む鼻や気管、肺も同様に大事です。
これらの大事な臓器に異常があると、病気と関連がなくとも麻酔のリスクが高まります。
そこで麻酔や手術の前には、これら大事な臓器を血液検査(肝臓および腎臓など)胸部レントゲン検査(心臓や肺など)で調べます。
また状況によっては腹部超音波検査によりお腹の中を調べることがあります。
痛み止め
手術を受ける動物が少しでも痛みを感じないよう消炎鎮痛剤、オピオイドなど複数痛み止めを併用します(マルチモーダル鎮痛といいます)。
また局所麻酔薬(ブピバカインなど)を、鎮痛効果を高めるために積極的に使用します。
鎮痛剤は痛みを抑えるだけではなく麻酔薬の必要量を下げ、安全な麻酔をサポートします。
麻酔
世の中に「100%安全」な麻酔薬や麻酔方法は存在しません。
安全に麻酔を行うためには、十分に知識を持ったスタッフが常に監視し、可能な限り安全に配慮することが大切だと考えています。
当院では、可能な限り麻酔を担当する獣医師を置き、 手術中は、動物の状況を常に監視し、必要に応じて麻酔の調整を行います。
またバランス麻酔の概念を取り入れ、鎮静薬、麻酔薬を状況に応じて使い分けています。
バランス麻酔
寝ている状態(無意識)にすることを鎮静と言います。
痛みを伴わない検査などには、鎮静剤が用いられます。
しかし手術を行うには、意識がない(鎮静)だけではなく、痛みを感じず(疼痛管理)、身体が動かない(不動化)ということが必要です。
この三要素を満たすための処置を麻酔と呼んでいます。
どんな薬も毒になりうるように、完全に安全な麻酔薬は存在しません。
一般的にはガス麻酔薬(イソフルラン)が用いられていますが、心臓や血管に影響のある薬であり、もっとも多い副作用は低血圧です。
このことは高齢動物や心臓の悪い動物の麻酔が危険である一因となっています。
そこで考えられたのが、「バランス麻酔」、「マルチモーダル麻酔」と呼ばれる麻酔法です。
ひとつの薬に頼るのではなく、鎮痛剤や局所麻酔薬を加え、場合によっては筋弛緩薬を加えることで、
それぞれの薬の使用量を減らし、身体への負担を軽くすることができます。この概念が徐々に獣医療にも浸透しはじめています。
消毒
手術する場所はよく消毒します。
かつては茶色のイソジンで消毒していましたが、実は持続力が乏しく、手術後の色移りなど問題が多いものでした。
当院では、効果の持続するクロルヘキシジン製剤を使用しています。ほぼ透明ですので、手術後も洋服への色移りが有りません。
また手術を行う手や腕の消毒にも、世界保険機構(WHO)の推奨する1%クロルヘキシジン製剤を獣医療界でいち早く取り入れました。
手先だけでなく、肘まで消毒しています。
これら消毒薬はすべて使い捨てとし、容器に継ぎ足すことはしません。これにより特殊な雑菌の混入を防いでいます。
手術機器・設備
手術に使用する器具はすべて「滅菌」しています。
滅菌できないものは原則として使い捨て可能なものを使用しています。
体内に使用する縫合糸は、原則として生体に適合した体に吸収される糸を使用し、体内に異物として残存しないよう心がけています。
状況によって必要であれば、吸収されない糸を使用することもあります。
また出血量を押さえるため電気メス、バイポーラを使用し、万が一に備えて止血ガーゼ、吸引器、チタン製血管クリップなどを準備しています。
緊急対応
急変に備えて強心剤、利尿剤などの緊急薬はすぐに投与できるように常に準備しており、
集中治療ユニット(ICU)はすぐに稼働できる状態で手術を行っています。
手術スタッフ
上記のように、手術には多くの作業が必要ですから執刀医一人で手術を行うことはありません。
助手や麻酔を監視するスタッフが揃っている日時に限定して手術をお受けしております。
大学との連携
そして輸血、24時間監視など特殊な治療が必要もしくは予想される手術は、大学などの高度医療施設で行うことをご提案します。
高度医療施設での治療をご希望の方はいつでもご遠慮なくご相談ください。
例えば、猫ちゃんの避妊手術
【麻酔】
猫ちゃんではアセプロマジン(注射薬)、ケタミン(注射薬)、イソフルラン(吸入薬)を併用した全身麻酔を行います。
ブプレノルフィン(オピオイド)やマロピタント(制吐薬として知られますが内臓痛によく効きます!Niyom, 2013など)、リドカイン(局所麻酔薬)、ブピバカイン(局所麻酔薬)などを使用しています。
複数の薬剤をバランスよく使用することで、苦痛ない麻酔・手術を心がけています。
また、手術後は温度管理(場合によっては酸素管理)して早い回復に努めます。
【手術】
まず手術室専用のバリカンを使用して、お腹を広く毛刈りします。
つぎに0.5%クロルヘキシジン添加消毒用アルコールで広く消毒を行います(手指消毒剤のように1%が望ましいですが、まだ国内に製剤がありません。クロルヘキシジンは累積効果があるので回数を増やすことで対応しています)。
メスにてお腹を切開し、卵巣子宮を見つけて確保します。
卵巣の血管、子宮の血管など体内の血管は、最終的に身体に吸収される合成吸収糸(ポリディオキサノン糸、その中でも定評のあるPDSII)を使用して結紮し、卵巣(子宮)を切除します(猫ちゃんで子宮に異常がない場合には、卵巣のみの切除を行っています)。
切除後に改めて止血、ガーゼの取り残しの有無を確認し、腹壁を前述の吸収糸(PDSII)で縫合します。
皮膚は感染しにくく、舐めても取れないステンレス製縫合糸を用いて縫合しています。
こうした多くの工程を、熟練した外科医が丁寧に行います。
もちろん、前述のように一人の獣医師だけではなく複数のスタッフで手術を行っています。
【術後】
手術直後は空調設定を調整し、タオル量を増やすなど温度管理に配慮しています。
退院後は化膿止めのお薬を5日程度お出しします。
また、食欲不振や吐き気、万一の不意な出血などに対応できるように1泊入院としています。
術後2週間での抜糸・診察は手術代に含んでいます。