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農水省の責任

#13 「ニームオイル」問題に関する農水省の責任(2010年1月27日) 


佐賀県のアグリコマース株式会社が、中国から輸入・販売していた土壌活性剤「ニームオイル」に、日本では無登録のマクロライド系殺虫剤アバメクチンが混入されていた問題については、TBSテレビの「総力報道!The News」のニュース特集「ブランド野菜から違法農薬のわけ」(2009年7月7日放送)で紹介され、本サイトの過去記事#1(2009年7月13日)で経緯を説明した。 

問題の発端は、2007年12月に鹿児島ブランドに認定されているピーマンから生協の分析で農薬登録のない殺虫協力剤ピペロニルブトキシド(PBO)が0.02ppm検出されたことに始まる。この事実は2008年1月20日の南日本新聞1)で報道された。食品衛生法上でのPBOのピーマンにおける残留基準は2ppmなので、検出された0.02ppmはその100分の1であり、食品としての安全性には全く問題がない。問題は、1992年に鹿児島ブランドに認定され、しっかり農薬管理をしている優良産地のピーマンで、何故使用した筈のないPBOが検出されたのかということである。

事態を重くみた現地のJA鹿児島きもつき東串良町園芸振興会(ピーマン栽培136戸、キュウリ栽培と合わせると194戸 ?)が調査を行った結果、16戸の農家がアザミウマ防除に顕著な効果があった「ニームオイル」を使用していたことが明らかとなった。園芸振興会の会長はただちに上京して農水省を訪ね、これが何故PBOの検出につながったのか原因の解明を緊急要望するとともに、消費者との信頼関係を損なわないために、原因が明らかになるまではピーマンとキューリ(同じ資材が使われたことがわかったので)の出荷を自主的に停止する措置をとった。

農水省は、2008年3月19日に農産安全管理課農薬対策室長名で、鹿児島県農政部食の安全推進課長宛に「農業資材ニームオイル中に含有するピペロニルブトキシド分析結果の送付について」という事務連絡文書を送った。この文書が、鹿児島県大隅地域振興局農林水産部農政普及課から東串良町長に送られたのは2008年4月17日、東串良町長から上記園芸振興会が所属する鹿児島きもつき農業協同組合に送られたのは2008年4月21日だから、生協の分析結果の公表から約4ケ月も経ってからである。出荷停止に追い込まれた農家の痛みと緊急性を、農水省の担当者はどれだけ感じていたのだろうか。

園芸振興会では農水省の調査結果を待ち切れずに、当該資材の流通に関わった株式会社ジャットを通して日本食品分析センターに分析依頼をし、「ニームオイル」からPBOが5,100ppm検出されたという2008年2月5日付けの報告書を受け取った。園芸振興会はそれを受けて、この資材を使った農家のピーマンとキューリはまだ長期間の収穫が可能だったにもかかわらず、全部撤去させる(引き抜かせる)という厳しい措置をとった。 

農水省から鹿児島県に届いた報告書によると、当該資材の流通に関わった3ケ所から集取した計4本の「ニームオイル」を分析し、試料(N-1)からはPBOが1.00%(w/w)、試料(N-2)からは<0.01%、試料(N-3)からは0.877%、試料(N-4)からは0.923%が検出された。しかし、「ピペロニルブトキシドは、それ自体が殺虫効果を有するものではないうえ、今回の資材中の含有量からは、植物調節剤としての効能を有するものではありません」とのこと。つまり、無登録農薬が1%(=10,000ppm)混入されていても、農薬としての効果を示す濃度ではないので法的問題(農薬取締法違反)はないというのである。園芸振興会は自主的出荷停止で1億円ともいわれる(私信)巨額の損害を被ったにもかかわらず、農水省のこのような見解によって責任の追及先がなくなり、泣き寝入りせざるを得なくなった。元々アザミウマ防除に卓効を示すということで使われていた「ニームオイル」を、PBO濃度だけから農薬的活性はないと断定し、法的問題はないとして片付けてしまった農水省(農産安全管理課)の対応は根本的に間違っている。何故なら、防除活性があるからこそ農家が高い値段で購入して使っていたにもかかわらず、PBO濃度だけで農薬的活性はないと拙速に決めつけて、本当に活性があるのかないのか検査もせずに、混入されていた真の有効成分を見逃してしまったのだから。

一方私たちは、農家から回収されて持ち込まれた当該資材はコナガ幼虫に著しく高い速効的な殺虫活性を示し、ヒメダカに対する魚毒性も著しく高いことを生物検定で確認したうえで、分析によって活性成分はアバメクチンであることを明らかにした。私たちが採用した殺虫活性・魚毒性の検定方法、HPLCの分析条件とそれらの結果の詳細については、学会誌2)に論文として投稿し、レフリーの校閲を経てすでに掲載されている。 

アバメクチン混入の事実が日本農業新聞3)2009年1月10日で報道されたことに対応して、農水省は集取した4本の「ニームオイル」について、あらためてA分析機関に一斉分析を依頼し、B分析機関にアバメクチンを対象にした個別分析を依頼した。A分析機関は、検出限界0.1%(=1,000ppm)でPBO以外の農薬は不検出、B分析機関は検出限界0.02%(=200ppm)でアバメクチン不検出という報告書を提出した。それを根拠にして、農水省は2009年2月25日に、微量の殺虫協力剤ピペロニルブトキシド(PBO)以外の農薬成分は検出されなかったとホームページ上で公表した。また、本来ニーム油には含まれる筈がないPBOは、輸出元の中国の会社で添加されたものであるということを輸入元のアグリコマース株式会社から確認し、アグリコマース株式会社宛に品質管理の徹底を求める課長通知を発出した。 

http://166.119.78.61/j/nouyaku/n_sizai/aguri_komasu.html 

私たちの分析結果と農水省の分析結果が違うことについては、両方から取材をした農業協同組合新聞4)が2009年3月30日に経緯を詳しく紹介し、「アグリコマース社の「ニームオイル」は、間違いなく農薬取締法に違反した無登録農薬だと断言していい」と結論している。 


私たちと農水省とでこのように全く異なる結果が得られた原因としては、次の2つの可能性が考えられる。

1つは、分析対象とした試料の違い。もう1つは、分析方法の違い。試料の違いの可能性を検証するために、私たちが調査した当該「ニームオイル」の流通経路は、以下の通りである。

(A) 雲南中華生物産業有限公司(中国雲南省昆明)→
(B) 中国のブローカー(青島?)→
(C) アグリコマース株式会社(佐賀県神埼市)→
(D) 株式会社瀬戸商店(佐賀県唐津市)→
(E) 株式会社ジャット宮崎営業所(宮崎県宮崎市)→
(F) 有限会社サカタシード(鹿児島県肝属郡東串良町)→
(G) JA鹿児島きもつき東串良町園芸振興会の16農家 

私たちが分析した試料は、最後の2ケ所(F)と(G)から提供されたものである(写真1)。私自身、2009年3月4日~5日にこれらの試料を持参して九州に飛び、車で直接上記(C)から(G)を回って、いずれからも自分たちが流通したものに間違いがないとの証言を得た。農水省が分析に供した試料は、2008年3月19日付けの報告書の写真(写真2)を見ると、佐賀農政事務所に依頼して輸入・販売元(C)から集取した2本(N-1とN-2)と、鹿児島農政事務所に依頼して問屋(D)から集取した1本(N-4),地元の農業資材店(F)から集取した1本(N-3)の計4試料である。従って、少なくとも1本の試料(N-3)だけは、私たちと同じ地元の農業資材店(F)から入手したものである。地元の農業資材店(F)への聞き取りでは、試料(N-3)は実際には鹿児島農政事務所ではなく、鹿児島県庁の食の安全推進課からの要請で提供したとのことであった。

※写真はそれぞれ、クリックすると拡大して表示されます


写真1で明らかなように、私たちが入手した試料は全て、ラベル下部の輸入・販売元のアグリコマース社の名前と住所・電話番号の部分がない。私たちの聞き取りに対して、上記(E)の営業所長は、ある時期から「ニームオイル」の入った容器とラベルは別々に送られてきて、理由は不明だが、輸入・販売元(C)からラベルの下部(輸入・販売元の社名・住所・電話番号の部分)を切除して貼付をするように指示をされたのでそのようにしたと答えた(図1)。 なお、農業資材店(F)は、私達の聞き取りに対して、自分たちがラベルの改変をしたことは一切ないと答えた。

農水省が地元の農業資材店(F)から集取した試料(N-3)は、写真2をよく見ると、私たちが分析した試料と同様にラベルの下部が切除されている。この農業資材店(F)は問題発覚後、当該資材を農家から回収し、その代金を徴収しないという良心的な対応をとったが、農水省(鹿児島県)と私たちに提供したのはいずれも農家から回収したものであり、同じものだと証言した。ということは、農水省と私たちの分析結果が異なったのは、少なくとも試料(N-3)に関しては、試料の違いによるものではないということになる。なお、写真2を見ると、試料(N-3とN-4)の大きなラベルの下に、小さいラベルが貼ってあるが、試料を提供した時にはなかったということなので、農水省か鹿児島県が集取後に貼ったものと思われる。 

次に分析方法の違いについて。農水省はPBOを検出した時には詳しい分析条件を公表したが、アバメクチンが検出されなかった一斉分析と個別分析の場合は、不検出だったのだから分析条件を公表する必要はないとして、公表を拒んだ。アバメクチンは一斉分析では検出が難しいことは、やはりアバメクチンが混入されていた「アグリクール」問題の時に、計量証明事業所(濃度)として認可を受けていたある分析機関が、LC/MS/MSを用いて検出限界0.01ppmでもアバメクチンを含む447農薬検出されずという分析結果報告書を作成していたことでもわかる。今回分析対象となった「ニームオイル」は、私たちの経験では、HPLCの移動相として用いられる水やアセトニトリルやメタノールには溶け難い試料である。ケチをつけるつもりは毛頭ないが、分析条件が公表されていないので、農水省が発表した検出感度200ppmの個別分析での添加回収率はどの程度だったのかの判断もできない。私たちが採用した分析条件では、検出感度2ppm、添加回収率104%であった。ある成分が検出された場合はともかく、不検出といった場合は、「その分析条件では」という前提がつくのは当然であり、必ずしも「不検出=存在しない」ではない。 

私たちが「ニームオイル」には検出されたPBOでは説明ができない著しく高い殺虫活性と魚毒性があることを確認しただけでなく、現地の農家が「散布したら見ている間にアザミウマがポロポロ落ちて死んだ」というくらい殺虫活性が高かったので防除に使用していたのである。それを農産安全管理課は、上述したように検出されたPBOの濃度(1%=10,000ppm)は微量で農薬的活性はないので、法的問題はない、従ってこれ以上分析方法を検証する必要も農薬的活性を実際に検査する必要もないと形式的な言い訳をして逃げている。そういうことなかれ主義のような姿勢には、農家にこれだけの被害が生じたにもかかわらず事実を明らかにしようとする意思が全く見られない。私たちの分析が明らかにしたように、現場で実際に使われていた「ニームオイル」には全てアバメクチンが入っていたのだ。もし本当に農水省が集取した「ニームオイル」にだけはアバメクチンが入っていなかったのだとしたら、それはそれで大きな問題である。何故なら、それは輸入・販売元は農家にはアバメクチンを混入したよく効く「ニームオイル」を販売し、農水省には分析用試料としてアバメクチンが入っていない「ニームオイル」を提供したということになるからである。農水省の分析で輸入・販売元から集取した試料(N-1)にはPBOが入っていて、試料(N-2)については検出限界以下だったという事実も、PBOは中国の輸出元で添加されたという説明と矛盾する。

農水省が集取した4本の試料はまだ保管されているのだから今からでも遅くはない。農薬管理行政への信頼を回復するために、農産安全管理課はこの問題を風化させずにもう一度きちんとした対応をすべきである。ひとつの小さい事例かもしれないが、こういうことの積み重ねが国民の間に農水省の不作為の体質への不信感を生じさせていくのである。
 
引用資料