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農薬代替資材

#11 有機農業と農薬代替資材(2009年12月29日)

有機農産物の日本農林規格(いわゆる有機JAS法)による定義では、3年以上(多年生植物の場合)化学肥料や化学農薬を使用しない圃場で、遺伝子組換えでない植物を化学肥料や化学農薬を使用しないで栽培して収穫された農産物となっている。 

しかし、有機農業といっても全く肥料や農薬を使わないのではなく、使ってもよい肥料及び土壌改良資材として38資材、農薬として30資材が認められている。 私が農業資材審議会農薬分科会長をしていた時、有機農業で使ってもよい資材は別表2の中に29資材あり、その中には除虫菊乳剤(有効成分はピレスロイド化合物のピレトリン類)に加えて、ロテノンを有効成分とする「デリス乳剤」「デリス粉」「デリス粉剤」が含まれていた。ロテノンは魚毒性が著しく高い物質であり、ベンゾエピン(エンドサルファン)とならんで水質汚濁性農薬に指定されている物質である。何故こんな魚毒性の高い農薬を、環境負荷の低減を目指している筈の有機農業で使ってもよい農薬として誰がどんな根拠で決めたのか、と当時の農薬対策室長に質問した。室長の答えは、根拠はわからないが、有機JAS制定当時の表示規格課と植物防疫課(農薬対策室)が協議の上で決めた筈だとのことであった。 

ロテノンは植物由来の殺虫剤だから有機農業に相応しいと判断したのだろうか。しかし、天然物起源だから安全とは限らないことは常識である。それとも、毒性は高くても残効性が短ければ環境負荷が小さいと考えたのだろうか。それなら化学農薬の中にもいくつもある。ちなみに、現在有機農業で使ってもよい農薬の30資材のリストからはロテノンは除外されている。 

もう一つ不思議に思ったのは、29資材の中にある「混合生薬抽出物液剤」という表現は何を意味するのかということ。当時は、農薬代替資材として「植物抽出液」「漢方農薬」「植物活性液」などと呼ばれる資材がブームで、登録農薬よりも何倍も高い値段で流通していたので、「混合生薬抽出物液剤」というのはこれらの資材を指すのかと想像した。ところが、室長の答えは私の想像と全く異なり、このリストに挙がっているのは農薬登録のある資材のことで、特定のメーカーの特定の商品名を書くことはできないので、一般名としてそういう表現にしてあるとのこと。それに該当する登録農薬は1製品しかない。植物成長調整剤(根の伸長を促進する)として農薬登録(第17851号)のある株式会社オキ(アルム事業部)の「アルムグリーン」だけである。一般名で書いてあることによって、この表現は多くの人に植物抽出液なら何でも有機農業に使ってもいいのだという誤解を招いた。ひいてはそのことが、ビジネスチャンスと受け取られ、植物抽出液と称する偽装資材の横行をもたらした可能性がある。その点、以下のPDFは、平成18年10月26日現在でちょっと古いが、有機農業で使ってもよい農薬の一般名と製品名の両方が載っているのでわかり易い。


薬用植物クララの抽出液と称して販売されていた「アグリクール」という資材の実際の有効成分は、私達の研究によって抗生物質殺虫剤のアバメクチンであることが明らかにされた。1,2) ある有機認証機関は、契約を結んでいる有機農業農家がこの資材を使っていたので、私達の研究内容を確認して農家に使わないように指示をした(私信)。しかし当該農家は、農水省の表示規格課のある課長補佐に直接問い合わせをし、この資材は有機農業で使ってもよいとの回答を得ていた。課長補佐がそういう判断をする前に当時の農薬対策室にどういう相談をしたのかはわからないが、販売業者あるいは製造業者が提出する製造工程の説明書だけで判断することは、それが信用できるかどうかの問題もあるので不可能である。私たちの発表の直後に、実は自分たちも1年ほど前に分析をしたがアバメクチンを検出できなかったのに、千葉大学(当時の私の所属)ではどういう方法で検出できたのかと、ある分析機関の理事が私に言った。ということは、農薬対策室の依頼を受けて「アグリクール」の分析をしていたのかもしれない。答えは簡単で、私たちはいきなり機器分析から入らずに、先ず活性の生物検定をしてから活性成分の分画を行い、最後は機器分析で成分を同定する。従って、かなり分析妨害物質が混入されているような資材でも、たいてい最後には有効成分をあぶり出すことができる。 

結局、「アグリクール」の農薬混入の事実は、朝日新聞の特ダネ記事として報道され3)、農水省も私たちの分析結果が事実であることを確認して取締りに動いた。4) その結果、この資材を使っていた農家は、最後に使った日から1年間は有機認証を取り消されるという処分を受けた。有機農産物は、契約栽培に近い形で流通しているとしたら、有機認証を取り消された農家は経営的に苦しい状態に追い込まれた筈である。特に前述した農家にとっては、自分たちは農水省の承認を得て使っていたのに、納得できないという強い不満が残った。この問題の責任の所在はどこにあるのだろうか。
 2006年(平成18年)12月に有機農業推進法が超党派の議員立法として可決され5)、すでに農水省は各県の農業担当者に補助金をつけてでも有機農産物の割合を高めるように指導をしているようである。6) しかし、農薬が混入された偽装資材に依存した有機農業では何の意味もない。有機認証機関も自分で分析手段を持っているわけではないので、書類審査で認証せざるを得ない。そうなると、栽培履歴には肥料や農薬に限らず、植物活性液や土壌改良剤なども含めて、栽培過程で使った全ての資材を書かせるしか、偽装資材が使われているかどうかをチェックする方法はないのではないだろうか。 また、意図的に農薬が混入された偽装資材でないにしても、有機農業を推進するためといって、わざわざ効果も安全性も怪しげなオカルト農法のような代替資材を使うことの意味はどこにあるのだろうか。一方で、莫大な時間とコストをかけて効果も安全性も科学的に確立された登録農薬が存在するにもかかわらず。

引用資料
1)本山直樹(2007):農薬に関する最近の話題から. 平成19年度全国農薬協同組合ブロック会議講演要旨 2月16日(名古屋)、2月21日(仙台)
3)朝日新聞:平成19年11月22日 「有機農業向け散布液 禁止農薬を検出」
5)http://www.maff.go.jp/j/seisan/kankyo/yuuki/pdf/d-1.pdf


以下の小文は、私が同じ話題について約2年前に農林害虫防除研究会のニュースレター(NO.19、2007年)に投稿したものの再掲である。 (所属は執筆当時)

農林害虫防除研究会 ニュースレターNO.19(2007年)
植物活力液(偽装農薬)再流行の危険性
本山直樹(千葉大・院・生態制御化学)

 当研究室では1994年3月の日本農薬学会大会で、当時全国の有機農業生産者や無農薬管理のゴルフ場などで人気のあった天然・植物抽出液「夢草」の有効成分は天然物ではなく、混入された合成ピレスロイド剤のシペルメトリンであるという報告をした。1)  それに先立つ1989年、神戸大学の松中昭一教授のグループは、1984~1988年の無農薬栽培と称する野菜(きゅうり、トマト)と通常栽培野菜の残留農薬(有機リン剤)を比較し、検出率においても検出された濃度においても有意な差がないという驚くべき報告をしていた。2) これらの事実は、有機農業ブームに便乗して無農薬栽培と称しながら、実は農家が隠れて農薬散布をしていたか、農薬の代わりに使った非農薬資材に農薬が混入されていたか、あるいは流通業者が嘘の表示をしていたかのいずれかが行われていたことを示唆した。

 その後検査対象として取り上げたその他の同様の資材についても、効果のあったものには例外なく合成化学農薬が混入されていることが明らかになり、殺虫剤だけでなく、殺菌剤のトリアジメホン3)や除草剤のオキサジアゾン4)までもが検出された。当時農薬管理行政を担っていた植物防疫課は、1995年に不正の証拠が固まった3社1団体に対して農薬取締法違反である旨の口頭指導を行い、5) これらの団体は詐欺行為の中止に追い込まれたかに見えた。しかし、本年3月に開催されたある県の病害虫成績検討会の後の懇親会で、農薬分析担当者が県認定のエコ農産物と通常農産物の間で残留農薬に有意な差がないと洩らしていた。どこの県でもエコ認定を受けるには、化学肥料と化学農薬による環境負荷を低減するために、各々の使用量を慣行の50%以下に削減している筈なのに。松中教授らが暴露した1980年代後半の偽装有機農業横行時代からすでに20年も経過し、有機農産物認証制度も導入されているのに、何故今でも似たような状況が続いているのか。

 このところ農業関係の雑誌やインターネットの情報を見ると、さもありなんと思われる植物活力液の類の宣伝が溢れていて、再び大流行の様相を呈している。 “自生植物からつくられた農植物保護液(又は特殊肥料)アグリクール:人と環境にやさしい”とラベルに謳った資材はその中の一つだが、当研究室で分析したところ有効成分として殺虫剤アバメクチンが検出された。6,7)  アバメクチンは合成化学農薬ではないが、外国では農薬登録のあるれっきとした抗生物質殺虫剤(放線菌から単離された殺虫性マクロライド)である。ラットに対するLD50は10mg/kgという毒物相当の物質であり、魚毒性もC類で強い。筆者らの発表に対して、製造元は代理人の弁護士を通して抗議の通知書を送りつけてきた。そこには、ある分析会社の定量下限値0.01ppmで447項目の対象農薬(アバメクチンを含む)が検出されずという分析結果証明書が添付してあった。アバメクチン混入の事実は、当研究室以外の複数の分析機関でも確認済みなのでもちろん間違いはない。筆者らは全国各地の現場からロット番号の異なるアグリクールを多数集めて、その中の6サンプルについて分析に供したが、全てから約1600ppmと推定されるアバメクチンを検出した。わが国ではトップクラスの種苗会社までもがこのような資材の販売に手を染め、偽装農薬の信用付与に一役買っていたが、ちゃんとした計量証明事業所(濃度)としての認可を受けている分析会社が発行した農薬検出されずという証明書を信用して、判断を誤ったものと推察される。何故定量下限値0.01ppmで検出されなかったのかは不明だが、この会社の一斉分析技術の精度に問題があったのか、あるいは製造元が有効成分を抜いたアグリクールを分析用サンプルとして提供したかのどちらかしかない。

 ちなみに、10数年前の「夢草」の場合は、農薬検査所の立ち入り検査に対して製造元はシペルメトリンを抜いた「新夢草」を提供し、自ら確信犯であることを証明するという墓穴を掘った。2003年に施行された改正農薬取締法によって、無登録農薬の輸入、製造、販売、使用は厳しく禁止された筈なのに、アグリクールをはじめとして何故類似の資材の宣伝が再び隆盛を誇っているのか。つい先日、有機農業推進法8) が議員立法で通ったというニュースが報道されたが、このような資材がビジネスチャンス到来とばかりに大手を振って登場してこないか心配である。マイナー作物の農薬登録拡大やポジティブリスト制度導入をきっかけに農薬分析需要が急増し、分析技術の精度に問題がある分析機関が乱立して過当競争が起こっていることが分析の質の低下に結びついているとの指摘もある。非農薬と称する防除資材の安全性の根拠が、往々にして経費が安いという理由でそういう機関の証明書を利用して成り立っているという点も問題である。

 筆者らの調査では、アグリクールはいくつかの有機認証団体によって有機農業で使用してよい資材としての認証も受けており、あちこちのお茶やイチゴや花卉栽培や、街路樹の害虫防除でも使用されている。アグリクールが認証を受けていた県やアグリクールを使用していた産地を挙げれば風評被害が起こる可能性があるので、ここでは言わない。いくら栽培履歴に農薬散布として記帳しなくて済む(非農薬ということになっているので)から便利だとは言え、登録農薬のようなきちんとした使用基準もないのだから、混入されているのは毒物相当の殺虫剤だという点から生産者の健康にとって危険であり、消費者の信頼を裏切る行為であり、魚毒性C類という点からは使い方によっては環境にとっても危険である。何よりも、登録農薬を適正に使用している正当派農業に対する侮辱であり、まともな農薬の製造・流通ビジネスを行っている企業に対しても不公平・不公正な許しがたい詐欺行為である。ちょうど今、北海道の食品加工卸会社が牛肉100%ミンチとして納品し、生協ブランドの「牛肉コロッケ」として全国的に販売されていたものに実は豚肉が混じったひき肉が使われていたという事件が発覚してマスコミを賑わしているが、不正競争防止法違反(虚偽表示)の疑いで捜査に乗り出す方針を固めたとのこと。9) 偽装コロッケの場合は、すでに1年以上も前に地方農政事務所に情報提供があったにもかかわらず、対応をしなかったということで行政の不作為が責められている。偽装農薬を現行の農薬取締法で取り締ることが法的解釈上微妙で難しいのだとしたら、明らかに虚偽表示をしているのだから、不正競争防止法ででも取り締るべきである。あるいは、取り締まりができるように農薬取締法を再改正すべきであろう。しかも、あやしげな漢方植物源農薬やアバメクチンを含む無登録農薬はインターネットを通して中国から500キロ単位で直輸入する仕組みまで存在している。10)

  このような資材を野放しにしておくことは、食の安全、国民の健康が脅かされるだけでなく、法律が機能していないということで農薬管理行政自体が国民の信頼を失うということになりかねない。農家がこのような資材の誘惑に負けることを防ぐために、栽培履歴に登録農薬の使用記録だけでなく、植物活力液とか農植物保護液とか土壌改良剤とか特殊肥料とか称する非農薬資材の使用記録も全て記帳させるというのもすぐできる改善策のひとつである。偽装農薬の製造元に対しては、農薬管理行政を一手に担っているアメリカの環境保護局(EPA)のように業者が製造・販売している資材について虚偽の報告をしたり、マイナス面の情報を認識しながら隠していた場合には認識した時点に遡って巨額の罰金を課すという制度も参考になる。行政の早急な対応を期待する。

2) 松中昭一・大江亜矢子・久下美由紀・奥村美幸・山岡達矢:無農薬栽培と称する野菜の農薬残留. 日本農薬学会第14回大会講演要旨集 p.110, 1989
5) 産経新聞夕刊1995年9月30日
6) 本山直樹:農薬に関する最近の話題から. 平成19年度全国農薬協同組合ブロック会議講演要旨-2.16(名古屋), 2.21(仙台)- 2007
8) 法律第百十二号「有機農業の推進に関する法律」(2006年12月8日成立、12月15日施行)
9) 朝日新聞2007年6月23日
 
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