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木酢液・竹酢液

#8 木酢液・竹酢液について(2009年11月6日)

2003年(平成15年)に行われた農薬取締法の一部改正によって、無登録農薬の規制ができるようになったのはよかったが、付随して2つの新たな問題が生じた。1つは、使用基準を遵守しなければ罰則が科せられるようになったことに伴って、マイナー作物には登録農薬がほとんどなかったので、合法的な防除ができなくなったということ。もう1つは、有機農業をしている人たちが防除に使っていた非農薬と称する資材や自家製の資材が、無登録農薬とみなされて使えなくなったということ。後者の問題を解決するために、安全性が確実なものについては登録を必要としない特定農薬(通称:特定防除資材)という新しい防除資材のグループが創設されたということ。

当時の私は、農水省の農業資材審議会農薬分科会の中に設置された特定農薬検討委員会の座長に任命されていたので、特定農薬に指定してほしい資材を輸入・製造・販売していた各種団体がご説明と称してよくロビー活動に来られた。当時の経緯はすでに「今月の農業」2009年3月号(文献1)に書いたので繰り返さないが、一番多くの人の関心を集めたのは木酢液・竹酢液であった。木酢液・竹酢液については、林野庁が林業振興の一環として昭和40年代(1965年頃)から奨励し、業界を育成してきたという事情があり、日本木酢液協会、日本竹酢液協会、日本炭窯木酢液協会など、関係団体も存在していた。農薬行政を担当する農薬対策室も、木酢液・竹酢液を特定農薬に指定したいと直接は言わなかったが、そうしてほしいという意向は明らかであった。


農薬対策室はそのために、特定農薬候補資材に関する情報収集という名目で毎年財務省から予算をとってきて、木酢液・竹酢液の安全性に関する試験を委託していた。当時の林野庁の担当者は、業界はいつ特定農薬に指定されて晴れて堂々とビジネスが展開できるかという期待感が高揚していて、もし今それが不可能などと言ったら、自分は炭窯に放り込まれて炭にされかねない雰囲気です、と私に言った。科学的な判断から、木酢液・竹酢液を特定農薬に指定することはどうしても無理だとして頑として妥協しない私に対して、脅迫に近い電話や手紙や夜中の無言電話もあった。私の研究室では、当時大学院生だった駒形 修博士(現在・国立感染症研究所)に急遽研究テーマを変更して木酢液・竹酢液について研究を行ってもらい、3報の論文(文献2~4)を発表した。[右の写真は,2003年当時市販されていた木酢液(主に希釈して使う製品(左)とスプレータイプ(右)の例]

以下は、本山・駒形の共著として農林害虫防除研究会News Letter No.13(2004/7/30発行)(文献5)と新農林技術新聞(2004年10月5日)(文献6)(再掲)に発表した、木酢液・竹酢液は何故特定農薬にふさわしくないかという私達の見解である。

木酢液・竹酢液は特定農薬(特定防除資材)にふさわしいか
本山直樹・駒形 修*(千葉大学園芸学部、*現在 国立感染症研究所)

1. はじめに
最近の農薬取締法改正に伴って、無登録農薬は販売だけでなく使用も禁止になったので、それまで有機農業生産者が病害虫防除目的に使ってきた農薬登録のない各種資材の取り扱いが問題になった。それらの中には、例えば医療用消毒液などのように本来農作物に使うべきではないものも含まれていたが、植物抽出液などのように効力も安全性もはっきりしないながら目くじら立てて法律違反扱いするまでもないと思われるようなものも含まれていた。そういうものに対する過剰規制を避けようということで、安全性に問題がないものについては特定農薬(この言葉は特定毒物という正反対の性格のものと似ていて紛らわしいということと、有機農業の人達が非農薬として使っている資材を「農薬」という言葉で括るのは誤解を招くという批判から、通称「特定防除資材」と呼ぼうということになった)として指定し、製造も販売も使用も認めようということになった。農業資材審議会農薬分科会の中に6名の委員から成る特定農薬検討委員会(本山が座長を務めた)が設置され、740にも上る候補資材の中から、「食酢」と「重曹」と「地元で採れた天敵」の3つが指定されたことは周知の通りである。残りの資材は判定保留の扱いになり、その後特定農薬指定のための指針(ガイドライン)が公表されたが、詳しいことは省略する。ここでは、判定保留になった資材の中で最も注目を集めている、木酢液・竹酢液(便宜上、木酢液と総称する)の最近の状況と私見について紹介したい。

2. 木酢液を特定農薬に指定できなかった理由
木酢液は全国的に普及し現にあちこちのホームセンターなどで販売されている、有機農業や無農薬管理のゴルフ場などですでに広く使用されている、農業関係の雑誌でその効能や安全性を主張する記事が頻繁に掲載されている、林野庁が日本の林業振興の立場から支援している、ということなどの理由で特定農薬に指定してほしいという強い要望が寄せられている。上述した特定農薬検討委員会が木酢液を特定農薬に指定できなかったのは、次の理由による。(1)木酢液と言っても材料や製造方法によって品質にバラツキがあり、木酢液として一つに括れない、(2)病害虫防除資材としての薬効を科学的試験によって証明したデータがほとんどない、(3)木酢液の中にはメタノール(視神経に有害)やホルムアルデヒド(シックハウス症候群の原因物質)やベンツピレン(ヒトに対する発癌物質)のような有害物質を含むものがある、(4)長期的摂取に伴う健康影響に関する試験成績がない。

3. その後の研究から明らかになったこと
その後、筆者らの研究室では市販の木酢液12種類(そのままスプレーできる希釈品タイプの4種類を含む)と炭焼き窯から煙の温度別(82℃~200℃)に採取した自家製木酢液7種類の計19種類の木酢液について、主要成分の分析と植物病原菌(インゲン灰色かび病、キュウリうどんこ病、キュウリべと病)に対する防除効果の検定1)、害虫(イエバエ、モモアカアブラムシ、ホソヘリカメムシ)に対する防除効果の検定2)、変異原性の検定3)、などを行った。成分分析の結果、市販品からはメタノールやホルムアルデヒドのような有害物質が検出され、主要成分の酢酸についても0.6%~6.2%(希釈品は除く)と10倍の差がみとめられた。またGC-MSで分析した有機成分についても、例えばフルフラールについては資材によって8ppm~2117ppm(希釈品は除く)と265倍もの差がみとめられた。薬効も安全性も資材の品質(含まれる成分とその濃度)に依存することを考えれば、品質が一定でない木酢液を特定農薬に指定できないことは明らかである。
灰色カビ病に対する抗菌活性をPSA培地上での阻止円形成で見ると、ほとんどの供試木酢液は抗菌活性を示したが、実際のインゲン子葉上の病斑形成阻害で見ると、防除効果は全くみとめられなかった。キュウリうどんこ病とキュウリべと病に対する抗菌活性は各々植物体上の発病指数で検定したが、どの木酢液にも全く防除効果はみとめられなかった。通常、大半の木酢液は500倍~1000倍の希釈液を散布するという使い方がされているようだが、イエバエ、モモアカアブラムシ、ホソヘリカメムシに対して10倍希釈液という濃厚液に虫体浸漬をしたり、原液を直接散布したりしても全く殺虫活性はみとめられなかった。密閉容器内での試験では、イエバエに対して忌避活性を示す資材もあったが、室温で3時間程度風乾すると活性は消失したので、実際の野外では害虫に対する防除効果は期待できないと判断された。
木酢液には化学殺虫剤のような活性はなくても、圃場の作物に散布すると植物自体の活性化が起こって害虫に寄生され難くなる、という説明をしている団体もある。しかし、千葉大学園芸学部作物学研究室では、圃場で栽培している大豆に週に1度の間隔で木酢液の希釈液を散布したところ、ホソヘリカメムシの被害を回避できずに収穫皆無になっただけでなく、薬害によって植物自体の黒色化が起こるということが観察された。従って、木酢液には実際の圃場では実用的な病害虫防除の薬効はないと思われる。よく農業関係の雑誌には、木酢液を使った農家の、木酢液はよく効くという体験談が薬効を証明する根拠として載っている。しかし、漢方農薬と称する資材の中に化学合成農薬が混入されていたのと同様に4)、卓効を示した木酢液の中から化学合成殺虫剤が検出された事例もあるので5,6)、農家の体験談には疑義もある。

4. 木酢液の変異原性について
 農薬の健康に対する安全性は急性毒性、亜急性毒性、慢性毒性試験などによって評価されるが、変異原性は遺伝子に対する損傷活性で、安全性評価の初期の段階で微生物を使って検定される。ある研究所で木酢液の変異原性をAmes試験で検定したところ陰性という結果が得られたとの情報があるが(私信)、木酢液に含まれる抗菌物質による検定菌への影響を避けるために希釈液を用いて検定を行ったとのことである。筆者らはS. typhimuriumを検定菌として用いるumu試験法で各種木酢液の変異原性を調べた。しかし、木酢液に含まれる抗菌物質のために検定そのものが成り立たないことがわかったので、Sep-pak tC18というカラムを通して抗菌物質をある程度除去してから検定を行った。その結果、供試した市販の木酢液4種類、自家製木酢液1種類の全てからS-9  Mix添加条件下で変異原性陽性の反応が得られた。変異原性は慢性毒性試験における発癌性に関係すると考えられるので、農薬の場合は変異原性陽性の物質は、次の開発の段階には進まないのが普通のようである。

5. 木酢液の利用可能な分野
 以上述べてきたように、木酢液は品質が一定でない、作物の茎葉部に散布しても病害虫防除効果は期待できない、変異原性がある、ということから特定農薬に指定するのは困難であると考えられる。しかし、筆者らは次の3つの分野では木酢液を利用できる可能性があるのではと思っている。1番目は、種子消毒剤として。これなら、木酢液には元々抗菌物質が含まれているし、室内の容器内処理なので効果も期待でき、残留による安全性の問題もない。実際、大幸TECという会社では、この分野で木酢液の農薬登録を目指しているようである。2番目は、荒地における除草剤として。木酢液の原液には殺草活性が知られているので、林地の下草や河川敷の雑草などに対して除草剤として利用できるのではないだろうか。3番目は、土壌消毒剤として。1973年に井筒屋化学の木酢液が農薬登録(農薬登録番号第12850号、1979年に失効)された時は、林業用の苗木の土壌消毒剤としてであり、その他にも土壌処理することによってサツマイモの根こぶ線虫防除に有効という三枝7)の報告や、ムギ萎縮病に有効という宮本8)の報告もある。今まで土壌消毒にも用いられてきた臭化メチルが、オゾン層破壊の観点から全廃される動きの中で、木酢液がその代替資材として安価に土壌消毒に利用できるとしたらすばらしい。この場合は食用作物の可食部への散布とは違うので、作物残留物による健康影響についても大きな障碍にはならない筈である。ただし、木酢液は植物に対して薬害を生じる可能性があるので、適用作物・適用病害ならびに用法・用量などについてはきちんと科学的試験によって確立する必要があることは言うまでもない。

6. 特定農薬の将来の方向
 改正農薬取締法の中に特定農薬という登録を要しない農薬という新しい考えが盛り込まれた時は、有機JASで認定されている29農薬と同様に、指定は個々の銘柄(商品)に対してではなく資材の原材料に対して行い、適用作物・適用病害虫の明示、用法・用量の規制やラベル表示もしないという考えだったようである。しかし、薬効も安全性も品質と用法・用量に依存するということを考えれば、これらの条件が付帯できないとなれば、特定農薬として指定するためには、登録農薬以上に審査の基準を厳しくせざるを得ないということになる。それでは指定できるものは、すでに指定した「食酢」や「重曹」など、きわめて限定されることになる。もし、もっと多くの資材を特定農薬に指定するということであれば、特定農薬と言えども適用作物・適用病害虫、用法・用量、ラベル表示などの条件を付帯するという考えに変える必要がある。そうでなければ、農薬登録の審査基準を柔軟にして、特定農薬候補資材のようなものは、比較的簡単に登録がとれるような制度に変えていくことが必要なのではないだろうか。例えば、マイナー作物の農薬登録要件はすでに緩和されたし、作物のグループ化はさらにそれを促進する措置である。どちらの道を選択するかは、どちらがより日本農業の発展を促進するか、どちらがより食の安全の確保に寄与するかの判断によることであり、今後の検討課題である。木酢液についても、今後特定農薬を目指すのか、農薬登録を目指すのか、関係者の間で検討してみるべき時期ではないだろうか。

7) 三枝敏郎(1955) 根瘤線虫被害圃場における木酢液の効果. 日植病報 19(3/4 ):185.
8) 宮本雄一(1961) ムギ萎縮病の研究 VII. ムギ萎縮病の防除, とくに木酢液土壌散布の効果について. 日植病報 26(3):90-97.



上記の見解を書いたのは5年前だが、今読み返してみても、大きな違和感はない。あれから5年が経過したが、その間に特定農薬問題については全く進展がなく、凍結状態である。文献1で指摘したごとく、元々無理があった特定農薬制度は、潔く失敗だったことを認めて廃止すべきである。本当に農業に役に立つ防除資材なら、登録農薬に比べて少々薬効が劣っても、安全性が高く値段も安い資材は、登録制度の中に安全性に関する審査基準のハードルを低くした「農薬部外品」を新設して、認めていけばよいのではないだろうか。農薬対策室をはじめ、農薬行政に係わる役所の英断に期待する。(右の写真は,木酢液を生産している炭焼き小屋。こうした昔ながらの方法で作られる木酢液がある一方,近代的な工場で作られる木酢液もある。)

引用資料
文献5) 本山直樹・駒形 修(2004)木酢液・竹酢液は特定農薬(特定防除資材)にふさわしいか.  農林害虫防除研究会News Letter No.13(2004/7/30発行)p. 2-5
文献6) 本山直樹・駒形 修(2004)木酢液・竹酢液は特定農薬(特定防除資材)にふさわしいか.  新農林技術新聞 2004年10月5日 (文献5の再掲)