リーダーの極意・思い

ものづくりの向上・発展に尽くす経営者・リーダーや技術者の理念・コンセプト、仕事に向き合う姿勢や心情などを紹介するご投稿をお願いいたします。


木工家具を製造販売する会社の社長(本社:岐阜県高山市)

2017/12/23 17:59 に ものつくりがっかい が投稿   [ 2017/12/27 17:02 に更新しました ]

飛騨産業の岡田贊三社長

テレビ東京が木曜日の夜10時から1054分まで放送している「カンブリア宮殿」というトーク・ドキュメンタリー番組では、作家の村上龍さんがホスト役になって話題の経営者や政財界人を取り上げ、スタジオでインタビューしていますが、ご存知でしょうか。その20171130日の放送では、高山市に本社を置き、木工家具を製造販売する「飛騨産業」の岡田贊三社長(74歳)が出演されています。

番組の大部分は、バブル経済が破綻した後、売り上げが激減して赤字が膨らみ、倒産の危機に瀕した飛騨産業を立て直していく経営改革のエピソードですが、端々に見られる木工や家具にたいする思いは、すべてのものづくりに通じると考え、ご紹介させていただきます。

飛騨地方は飛鳥時代に木工の仕事を年貢にしたほどで、腕のいい職人は「飛騨の匠」と呼ばれ、様々な歴史的な建造物をつくってきました。創業から97年、飛騨産業はそうした伝統を受け継ぐ家具をつくり続けており、例えば、穂高という椅子は、雑誌「暮らしの手帖」の創刊者・花森安治さんにより「4年間、相当酷く使っていまだにびくともしないし、座り心地はいたって快適である」と評され、1969年の発売以来、60万脚を売り上げています。

しかし、飛騨産業の経営はこれまで順調だったわけではなく、バブル経済の破綻後、量販店の安価な家具に押されて売り上げが落ち、30億円もの負債を抱えた時期もありました。この危機を乗り切るために岡田社長が呼ばれたわけですが、当時は、家業の荒物屋を中部地方で10店舗を持つホームセンター・チェーンに成長させ、その経営権を譲渡して悠々自適の生活をしていたそうです。2000年、社長に就任した時の心境については「子供のころから飛騨では飛騨産業は自分たちの誇りのような存在だった。男であれば、その経営を任されたら『よっしゃ』といいたくなる」とおっしゃいます。

飛騨産業の再建にあたってのモットーは、毎朝、社員の皆さんと唱和する「良いことは即実践、悪いことは即やめる。良いか悪いか分からないことはやってみる」です。岡田社長からは「やらずに考えていると、できない理由が出てくる。できない理由は百でも千でも出てくる。時間はいくらでもやる。効果を出せば予算は出すからやれ」とのことです。

 

○家具づくりの基本方針

飛騨産業の方針は、長年培ってきた、木材を蒸して折れないように曲げる技術を生かし、切ってつなぐよりも丈夫で削ることが少ない材料によって高品質の家具をつくることです。この曲木技術の集大成といえるのが、日本を代表する工業デザイナー・柳宗理がザインしたヤナギチェアスペシャルモデルで、46mmの極厚のナラ材を見事に曲げており、他の家具メーカーでは真似できないそうです。また、飛騨産業では、従来の体重を点で支えていたものを面で支えるようにして、腰の負担を軽減する商品も開発しています。一般的に立っている時の背骨の状態が腰には良いとされていますが、セオトEXソファでは、特殊なスプリングで座面を沈みにくくし、背もたれの腰に当たる部分を出してそれに近い姿勢を実現しています。

村上龍さんがクレセント・アームチェアに座った感想は「ぴたって椅子に吸い付く感じ、違和感がない。座り心地がいいのはもちろん、立ち上がりたくない感覚」です。これにたいする岡田社長の「椅子は座り心地が命だから、格好よりも」との答えに村上さんは「(人が椅子に)座った時には椅子を見ないから」と、椅子は格好よりも座り心地が大切という根本的な指摘をされています。また、村上さんの「家具というと最近ではイケアやニトリなど、それなりのコストパフォーマンスを出せる家具が売れている。(他の)国内家具メーカーはどれくらい厳しいのか。どういう客層がニトリやイケアとは違う(飛騨産業の)高価な椅子を購入しているのか」の問いに、岡田社長は「バブル絶頂期の3分の一の生産量になっている。そうした中で、生活を大切にされている人、家具・椅子のマニアのような客もいる。そういう層はマーケット全体の一割ほどいて、そういうコアなマーケットに対しこれだよというものを地味ながら主張していきたい」とお話しされます。さらに村上さんから「先ほどのスタンダードなクレセント・アームチェアと低価格の椅子との違いは」と問われ、岡田社長は「物理的には30年以上はもつ。購入者と一生一緒に暮らしていける。うまくいけば子供や孫まで使えるので、一日あたりで計算すると、コストパフォーマンスもいい」とのお答えです。

 

○経営改革の基本方針

岡田社長によれば「最初に社長を頼まれた時、毎年数億円の赤字が出て、売上げは毎年落ちていく。まあ、滝のように落ちていく状況だった」そうです。ただ、就任する時の思いは「飛騨産業に対する期待や信頼をひしひしと感じた。絶対に立ち上がれる、と妄信のような確信があった。絶対に成功する、としか思わなかった」とのことです。

村上さんの「岡田さんが入っていったとき、専門知識がないまま、どうやって改革をしたんですか」との問いに、岡田社長は「最初の頃は『飛騨産業の家具はやたら高いな。どうしてこんな高い家具を売るんだ。だからダメなんだ』と思っていた。だから『なんか安くできないかと思っていた。ところが、毎日飛騨産業の家具に座って、外出してホテルに泊まると、座り心地が違った。そこで、飛騨産業の家具は違う、と分かった。それを経験したら、意識が変わってどうしてこんなに安く売らなきゃいけないんだ」と答えられています。また、村上さんの「しかし、長期的に財務を見ると、このままでは会社が潰れるかもしれないと」との問いに、岡田社長は「だから何としてでも生産体制を変えなくてはいけないと(それには10年くらいかかりましたが)これは絶対条件だった。我々の家具製造は『木取り』から『部品作り』までいろいろな工程がある。その中で『部分改善』はできるが『全体改善』つなげるには時間がかかる。意識を持ち続けることが大変だった」と答えられています。村上さんから「生産性を上げると呪文みたいに唱えてもダメじゃないですか」と問われた岡田社長の「それはダメですね。手法を考えていかないと。生産性を上げろというだけでは手抜きをして不良品を作ってしまう。つべこべ言わず一回やってみて、結果が良ければ踏襲して、結果が悪ければさらに改善すればいい。考えているだけだと、永久に一歩が出てこない。ある程度考えたらとにかくやってみるやってみて考えれば、次の手が見えてくる」とのお言葉から、改革の要件が伺えます。

 

○品質保証の基本方針

さらに、これまでの家具の保証は1~3年だったのですが、飛騨産業の家具は10年間の保証付きになっていて、買った商品が普通に使っていて壊れた場合、10年以内であれば無料で修理してもらえます。このようにした背景は、岡田社長が職人に「うちの家具は何年もつのか」と聞かれたところ「30年は楽に持つ」との答えがあり「それでは10年保証にしよう」となったそうです。

このように長く付き合ってもらう家具に、岡田社長はアフターフォローも充実させました。修理工房に入った岡田社長から「彼が当社の修理職人、すごい腕を持っている」と紹介された阿多野弘二(木工一筋44年)さんが、取材日に直していたのは40年間使い続けて座面が壊れた椅子です。すると阿多野さんは、修理前に座面を金づちで叩き、割ってバラバラにしてしまいます。その理由は「1ヵ所しか(修理品は)割れていないけど、叩いたら全部割れた。(ここまで確認しておかないと)1~2年たてば、また他が割れる」とのことで、依頼されたところだけではなく、全体をオーバーホールしているのです。再び組む時は、脚や背もたれにぐらつきが出ないように補強し、修理が不可能な部品は作り直します。ここまで徹底的に修理して費用(代金)は価格の3分の一程度、決して安くはありませんが、新品同様に生まれ変わります。このサービスは客を喜ばせ、感謝の手紙が多数届くのを見て、岡田社長は「涙が出てくる、こんな手紙が届いて。これが彼の励みにもなる」と話されます。

村上さんから「皆さんこまめに修理にも出されるんですね。よく言われるのは、家電でも丈夫なものをつくったら買い替え需要がなくなる、という人もいますが」との問いに、岡田社長は「ほとんど言いますね。私も良く言われる。私はでも違うと思う。家具のシェアをたくさん取っているならば、シェアを伸ばすためにそういう考えになるが、我々の持っているシェアは多くないので、長く使ってもらって蓄積していくシェアを伸ばしたい。100人全員に注目されなくても、100人のうちの一人が強く思ってくれれば十分」とのお答えです。

 

○経営改革の方法1.在庫をなくす

飛騨産業の値の張る家具をお手頃価格で購入できる直営のアウトレットショップ「飛騨の家具館・アウトレット」がありますが、ここに並んでいるのはショールームなどで展示されていた商品です。岡田社長からは「一度店頭に並んだものだから(ここで)お値打ちで買ってもらえたら」とのお話しですが、実は「背に腹は代えられない、とにかくお金に変えよう」と必要に迫られて作った店だそうです。

社長が初めて社内を見回った時、在庫が作業場や倉庫を天井まで埋め尽くしていて「これはえらいことや」と驚かれたそうですが、これはバブル崩壊後も売れ行きに関係なくつくり続けていて抱えた在庫の山だったのです。この在庫を処理しなければと、2002年に作ったのがこのアウトレットショップで、岡田社長によると「チラシを打って旗を立てて大安売りをした。あれで大分さばけた(売れた)」とのことです。

 

○経営改革の方法2.古い商習慣から脱却する

以前の飛騨産業は商品をすべて問屋に卸していたのですが、同じようにやっていては利益が上がらずジリ貧になってしまうので、岡田社長は中間マージンを省くべく小売店との直接取引に動きます。しかし、小売店には問屋との長い付き合いがあり、中々承諾してもらえませんでしたが、これがないと会社はもたないので「ひたすらお願いしてくれ。100回お願いに行ってくれ」と、粘り強く交渉して実現させました。これを機に岡田社長は在庫を持たないビジネスを目指して生産体制も変えます。つくれるだけつくっていたそれまでのやり方を改め、注文が入った分だけ作る受注生産に切り替え、倉庫や工場から在庫を無くしました。岡田社長によれば「倉庫料だけで月300万円以上を払っていた。これがなくなったのは大きかった」とのことです。古い商いと決別し、利益が出る体質に変わった飛騨産業は、直営店8店舗、直接取引する小売店は全国で300店にまで広がっています。

 

経営改革の方法3.廃棄材料を有効活用する

 岡田社長が生産体制に続いて取り組んだのはそれまで廃棄されていた材料を有効に活用することでした。そのきっかけは、やはり社内を見回っていた時にまだ使えそうな大量の木材が焼却炉の前に山と積まれているのに出会ったことです。「会社が今大変なのは分かっているだろ、何故こんなに木を捨てるんだ」という岡田社長の問いに「社長、節が入っているじゃないですか。節が入った木は家具には使えません」との答え、少しでも節が入った家具は不良品、これが家具業界の常識だったのです。

木に節のあるのは当たり前、だから木の無駄使いを多くやっていた。それは大変もったいないし、経営上も困っていた。これを見過ごすわけにはいかない」岡田社長による「前例がないなら作ってしまえ」の指示に反発したのは、表面に節のある家具など考えられなかった当時の職人たちでした。「何故こんなことやるんだ。節の木材を捨てるな、とグダグダ言って」という抵抗に会いながらも、節のある家具の製造を推し進めます。そして、2001年、世に送り出したのが節をデザインの一つとしてとらえ、より木を身近に感じられるイメージを打ち出した森の言葉シリーズです。これは「わざと節を入れるのがいい。味がある。面白くて好きですね。今まで隠していた部分を出すのがすごい」と客の評判になり、業界の常識を破る商品として、年間8億円を売り上げる大ヒットになりました。

 

経営改革の方法4.職人の技術を共有化する

 さらに岡田社長は一部のベテラン職人に独占されていた仕事を見直します。例えば、丸く曲げられた椅子の背もたれを均一に磨くのは難しく、担当できるのは二人の限られたベテラン職人だけで、彼らが休めばラインも止まっていました。以前のベテラン職人は「まだ早い」と言って若手にはやらせなかったのですが、岡田社長はそうした状況を打破して、ベテランが持っている知識を素直に教えるようにしたのです。今では多くの職人がいろんな作業をできるようになって生産性も上がり、職人の意識も会社の体質も変わりました。職人からは「初めは『この野郎』と、失礼だけど。今になって考えれば良かった」との感想です。

 

○技術を伝承する人材の育成

飛騨産業は、未来に技術を残すために「飛騨職人学舎という常識破りの職人学校をつくり、木工人材の育成を始めています。

この学校は、2年間の全寮制で休暇は盆と正月だけしかなく、恋愛は一切禁止、携帯電話は入寮時に没収され、生徒たちは即戦力として働ける技術と礼儀などを叩き込まれます。ここで実践的に学んで卒業すれば、立派な椅子もつくれるようになりますが、入学金や学費は不要で、奨学金として月8万円が支給され、しかも卒業後の進路は他社への就職も制限なく、自由に選べるとのことです。

村上さんの「携帯没収(の修行は)、今の子たち抵抗ありそうです」の問いに、岡田社長は「けれど大丈夫。最初にその条件を言ってあるから生徒は気にしていない。本当に厳しい生活だが彼らは楽しそうにやっている。若い職人の卵たちは午前中に工場で研修する。すると、若い子が真剣にやっている、礼儀正しい、という空気が工場に流れて工場全体にいい影響を与えてくれる」と話されます。

 

○家具の将来を担う新素材の開発

岡田社長は、家具業界に一石を投じた画期的な新素材の開発にも成功しており、それでつくった家具は座り心地もいいそうです。この新素材のもとになったのは杉で、戦後大量に植林し、花粉症の原因にもなっていますが、柔らかすぎて家具の材料には使われてこなかったのです。その開発では、得意の木材を蒸して圧縮する曲木のノウハウを応用し、杉をもとの半分ほどの厚さに圧縮して固く強い材料に変え、ナラなどと同じ家具材として活用できるようにしています

 

○地場産業の将来にたいする思い

村上さんから「家具に限らず、地場産業は危機にあると思うんですけれど、地場産業が生き延びるために大事なことは」と聞かれ、岡田社長は「今日まで生き延びてきたのは独自の技術や特色を持っているわけですから、その特色を現代のニーズにどう合わせていくかという発想の転換が必要なんじゃないでしょうかね。昔ながらのものだから、昔は売れていたから売れるはず、じゃなくて。当時作った商品は多分創業者が新しいことに取り組んだ結果、ベンチャー企業として始まった、どんな老舗企業も。その財産を今の時代にどう生かすか、ベンチャー魂が必要かなあと思います」と答えられています。

 

○「立ち上がりたくない」椅子:村上龍さんのまとめ

この番組の最後に、編集後記という村上さんの感想をまとめるコーナーがありますが、さすが作家のお言葉なので、そのまま引用させていただきます。

生産性向上と呪文のように繰り返される。だが、いかに難しいか、改めて実感した。一つずつ改良し、うまくいったら従業員たちがやっと腑に落ちる。地道な試行錯誤の繰り返し。それ以外に方法はない。飛騨産業の家具は過度な装飾がなく、素朴な温もりがあり、実質的でありながら五感に訴えてくるものがある。スタジオで、椅子に座ってみて座り心地がいいにとどまらない何かを感じた立ち上がりたくないと表現した。キャッチに使いたいと岡田さんに云われた。

(聞き取った放送内容について抜粋や前後の入れ替えなどしていますので、間違いや誤解などがありましたら、ご容赦のほど、お願いいたします。(会員№102 中村記)

米国MITメディアラボの所長

2017/09/10 22:49 に ものつくりがっかい が投稿   [ 2017/12/27 17:13 に更新しました ]

メディアラボの伊藤穣一所長

 この「ものつくりのわ」の「東京都千代田区のカバンメーカーの社長・吉田カバンの吉田輝幸社長」の投稿でも取り上げましたが、テレビ東京が平日の朝に放送している「Newsモーニングサテライト」という番組の火曜日に、経営トップやトップエコノミストが感銘し、影響を受けた書籍を選んで紹介するリーダーの栞(しおり)というコーナーがあります。この201795日(火)の放送では、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボで2011年、日本人初の所長に選ばれた伊藤穣一さんが出演されました。

MITメディアラボには700人ほどの研究者や学生が所属しており、バーチャル・リアリティや人工知能などの革新的技術を発信してきた世界最高峰といわれる研究機関ですが、異なる分野の専門家が共同研究して試作品を何度も作るという方法で運営されています。

番組キャスターによる「どんなラボですか」の問いに、伊藤さんは次のように答えています。

「(ラボに入ると、ロボットや生物学の実験とか、いろいろなものが転がっている。一個のスペースに教授やラボがごちゃごちゃと一緒になっている。400いくつかのプロジェクトがあるので、みんなが何かをつくっているんです。これ何やってるのと聞くと、一生懸命説明するといった状況です)」

伊藤さんが今回薦めるのはトム・ケリーとディヴィッド・ケリー著(日経PB社)の「クリエイティブ・マインドセット」という本で、画期的アイデアにつながる創造性をどのようにすれば発揮できるかについて書かれています。また、天才的なひらめきが訪れるのは、他の人より成功率が高いのではなく、単に挑戦する回数が多いだけである、とも記されています。

伊藤さんによれば、「クリエイティビティ=創造力というのは、自分のマインドセット(考え方)で決まっている。我々ぐらいの歳になると、自分をアーティストだと思っている人はすごく少ないというので、失敗の恐怖をどうやって乗り越えるか、最初のステップをどうやって通るのか、それをクリエイティビティにつなげるという、読みやすい本です」とのことです。また、「自分の恐怖を乗り越えることができる、そういうパターンがある。会社の中でクリエイティビティをもっと伸ばすこともそうですけど、自分の考え方をちょっと変えればアートでもなんでもできる」とも付け加えられています。

これに関連して、伊藤さんは、メディアラボにおける取り組みについて、次のようにも話されています。

いろいろな分野の人が論文でコラボレーションするのはとても難しいが、教育ロボットを一緒につくろうとすればつくれるし、それがちゃんと動いたかどうかは分かる。必ずものづくりにつなげるというのは一番のポイントになる。

日本企業っぽいことを言うと、稟議が必要だと、第一歩に時間がかかる。稟議書を書くとか、稟議をする間にもクリエイティブがなくなってしまう。分からない人に紙で説明しなければいけないから。うちメディアラボでは全くそういうのがないので、みんな勝手につくってしまう。そしてできたものを見せにくる。

さらに、番組キャスターから、「そもそもアイデア自体がひらめかない気がする。どうやってアイデア、創造力を鍛えればいいのか、引き出せばいいのか」と問われた伊藤さんの答えは、

○(創造力はもともとあると思う、人に。とくに子どもには。子どもは何で?何で?と常に聞く。質問することによってアイデアが湧いてくる。

○人が言ってきたことをこなすという方向に大人はなっていく。会社では役職が決まっていたり(もするから)。

○そもそも論の話し(です)。そもそも「何でこれをやっているんだっけ?何で新聞は紙なんだっけ?何で車はこうなんだっけ?」と考え直す余裕とパーミッション(許可)がもらえていない大人の社会。

○「何でこうなっているの?」そうすると「何でだっけ?」となって、実はそこでイノベーションが起きたりする。

そして、番組キャスターは次のように締めくくります。

「伊藤さん曰く、クリエイティビティはみんな持っているんだ、忘れてしまったんだ、と。これから簡単な仕事というのは、人口知能やロボットがどんどん取っていく時代になる。自分の仕事がいずれロボットに取って代わられると思う人はこの本を読んで、自分のクリエイティビティを取り戻してほしい、と」。

(本の内容やMITメディアラボの紹介にとどまらず、創造力の本質やものづくりにつなげる重要性のお話しに共感を覚えて投稿させていただきました。なお、文中のカッコ内は、私の判断で補足したものですが、これも含めて聞き違いや誤解などありましたら、ご容赦のほどお願いいたします。会員№102 中村記)

日本の逸品を扱う販売店の社長(本社:東京都港区)

2017/07/20 5:41 に ものつくりがっかい が投稿   [ 2017/10/06 23:26 に更新しました ]

日本百貨店の鈴木正晴社長

テレビ東京が平日の夕方454分から545分まで放送しているその名も「ゆうがたサテライト」という番組をご存知ですか。その2017712日(水)の放送で、「独自路線が」カギ ″百貨店″が百貨店を救う!?と題して日本百貨店の活動が紹介されています。

(日本百貨店おかちまちは、JR東日本の秋葉原駅と御徒町駅とを結ぶ高架線下の中ほどにあります)

この放送では、まず東京都台東区にあるその店舗の一つ「日本百貨店おかちまち」を訪れ、鹿児島県南九州市の木原製作所による伝統工芸品である錫製花小皿、群馬県桐生市の松屋畳店による畳製のブックカバー、和歌山県海南市の高田耕三商店による棕櫚たわし、東京都江戸川区の篠原風鈴本舗による江戸風鈴の映像が流れ、職人手作りの知る人ぞ知る逸品だけを販売する様子が紹介されています。

また、ひっきりなしに来店する客からは「赤べこは普通赤だけど、青いものがあったり、こんなものもあるんだとか思わず手を出したくなるものが多い」とか「厳選されたものが集まっている感じがする。どれも良いモノばかり」といった声が聞かれます。

日本百貨店は2010年のオープン以来、右肩上がりの成長を続け、10店舗合計の年商が約10億円に上りますが、この仕掛け人が、これまで全国から二万点以上の逸品を買い付けている鈴木正晴社長(42歳)です。社長による「作り方とか作り手さんの想いに僕らが共感して、これを一緒に売っていきたいなと思ったものばかり並んでいますね」というお言葉から、買い付けの基準がうかがえます。

鈴木社長、もとは大手商社で海外ブランドを扱うエリート商社マンでしたが、東京に一人しかいないブリキ職人・三幸製作所の柳沢総光さんとの出会いが、日本百貨店を創業するきっかけになりました。社長からは「跡取りがいるのかなと思ってその話をしたら『俺の代でこれ全部捨てるんだ。辞めるんだ』とおっしゃられたんで、そういう(モノづくりを続けてもらう)環境をつくるのは商売人としてできることだと思った」とのことで、日本のものづくりを守りたいという一心で日本百貨店をおつくりになったことが分かります。

(創業のきっかけになった柳沢総光さん作のブリキのおもちゃは「日本百貨店おかちまち」入り口直ぐのコーナーに展示されています)

放送は次に、鈴木社長が型染めという伝統的な技術で雑貨をつくる大野耕作さん(41歳)の工房(ボンビン堂)を訪ね、ものづくりのコツについて大野さんと問答する場面に移ります。作業する大野さんの後姿を見つめる社長の優しい眼差しが印象的ですが、商品選びには必ず工房に足を運び、職人の技術や想いも一緒に店に並べようとする姿勢が表れています。

(秋葉原駅近くの「ちゃばら」内にある「しょくひんかん」の入り口付近の様子です)

また、4年前には東京・秋葉原に「日本百貨店しょくひんかん」という食品専門店をオープンしましたが、こちらも東京ではあまり見かけない珍しい食品を揃えています。その店内で「今一番の売れ筋は」と聞かれた鈴木社長のお答えは「今といっても、もう1年以上の大人気は『おふ』なんです」。

この愛知県岡崎市の麩屋藤商店が一つ一つ手づくりしている「純手焼たま麩」という大きなお麩は、お吸い物に浮かべると、お餅のような食感になり、ひと月で五千袋も売れているそうです。

(写真にある5㎝間隔の格子表示からも分かりますが「しょくひんかん」の大人気商品の「たま麩」は10㎝近い大きさがあります)

「ここにしかない」という戦略で「しょくひんかん」も大盛況の日本百貨店は、東京駅、サービスエリア、デパ地下などにも出店し、店舗の数を続々と増やしています。

この後、風景は沖縄県那覇市に変わり、アメリカ統治時代の1952年に開店した老舗百貨店「デパート・リウボウ」の企画会議に臨む鈴木社長を映します。店舗企画部高岡義泰部長による「日本の良いものを揃えておくことが、私たちリウボウに来ていただくための一つの方策でもあるし、新しい客にどう訴求していくか、客層を広げていくために日本百貨店と組むことにしたのです」というご発言から社長が来店した目的が分かります

2015年、イオンモールが沖縄県に進出し、さらに再来年には県内最大の商業施設ができるなど、沖縄小売業を取り巻く環境は厳しくなる一方で、新しい顧客の獲得が沖縄小売業の死活問題になってきています。高岡部長の「ますます競争が激しくなる中で、独自の商品を揃えていくことが、勝ち残っていく一つの作戦だと考えています」とのお言葉がこれを裏付けています。

この73日、リウボウの閉店後に日本百貨店の売り場の設営が始まりましたが、鈴木社長はその会場で「一通り何でも百貨店さん置いていますからね。例えば鉄瓶といえば、ちゃんと鉄瓶が置いてある。切子といえば切子はある。だけど切子の中でも、これはないとか見たことないとか、そういうものはまだまだ探せばあると思う。それは僕らが日々やっていることですので」とお話しされています。

翌日「日本百貨店おきなわ」がオープン、1フロアの三分の一という大規模な売り場に、青森の伝統的な雑貨や東京の江戸切子など沖縄にはない厳選された五千点が並べられ、そこには日本百貨店創業のきっかけになったブリキのおもちゃも含まれています。鈴木社長は自らその店頭に立って「どうぞご覧くださいませ。いらっしゃいませ」の呼び込みから「焼いているお菓子で、豆を炒ってから焼いているので、すごく豆が香ばしくて美味しい」と、熱のこもった接客をされています。

オープンの初日、売り場には外国人客や若者など、これまでのリウボウには少なかった客層が目立ちました。その買い物客からは「(リウボウ)にはあまり来ないんですけど、ネットで見て来てみたいなと思った」とか「日本古来のものとか懐かしいものとかあって、とくに沖縄であまり見当たらないものが多かったりするので、子供たちに良かったなと思って」といった声が聞かれます。また、高岡部長は「これだけ多くの方に、新しいお客に来ていただいているのは、新しい風が間違いなく吹いているなと思います」とおっしゃいます。

老舗デパートの起爆剤となった小さな百貨店は、これからも日本の逸品を全国に広げていく起爆剤にもなっていくはずです。

職人のために(と考えてのことですか)?」のインタビューに答える鈴木社長の「そうです。そうです。それしか考えてないです。楽するならもっと楽な商売はあると思うけど、僕が最初に決めたことなので。『つくっている人にきちんとお金を回す』ことをずっと(きちんと)やっていきたいと思う」のお言葉に、本学会の設立理念とも共通するものを感じ、心強い限りです。

(放送内容を聞き取ってまとめましたので、間違いや誤解などありましたら、ご容赦のほど、お願いいたします。会員№102 中村記)

観光列車のデザインで注目される工業デザイナー

2016/09/04 21:03 に ものつくりがっかい が投稿   [ 2017/10/06 23:45 に更新しました ]

ドーンデザイン研究所代表の水戸岡鋭治さん

 JR九州が運行する話題の豪華観光列車「ななつ星in九州」については既にご存知のことと思います。この列車のデラックススイートルームで34日、九州を周遊すると、85万円ほどになるにもかかわらず、201610月から20172月分の予約抽選の平均倍率は24.1倍という人気です。運行から3年たった今でも客が押し寄せる状況を見て、他のJR各社も同様の観光列車を計画しているとのことです。また、各地のローカル線においても、しなの鉄道の「ろくもん」をはじめとする特色ある列車を運行して、集客による赤字解消と沿線地域の活性化を目指す例が増えてきています。

これらの列車のデザインを30年近く手掛ける工業デザイナーの水戸岡鋭治さん(69歳)は、鉄道関係のブルーリボン賞や世界最高の栄誉となるブルネル賞だけではなく、グッドデザイン認定を受けるなどして注目されています。また、水戸岡さんは多くの著書を通して2010年交通文化賞の受賞理由である「地域の伝統的な美を巧みに取り入れた話題性の高い数々の鉄道車両をデザインすることにより、公共交通移動空間における文化の創造に尽力した」や2011年菊池寛賞の受賞理由となった「九州新幹線など数々の斬新な鉄道デザインを手掛け、列車鉄道の世界を革新した」のデザイン・コンセプトを発信しておられます。

ところで、テレビ東京に「ワールドビジネスサテライト(略称WBS、平日の23時から放送)」という経済情報番組があるのですが、その2016817日の放送に水戸岡さんが出演されていました。大江麻里子キャスターやコメンテーターの高田創氏との対談の中で、水戸岡さんが自身のデザインだけではなく、ものづくりや町おこしに対する考えを分かりやすく話されていましたので、紹介させていただきます

 

・「こうした本当に独創的な(列車の)デザインはどういったところから発想を得るんでしょうね」と問われて「全然独創的ではないんですけどね。ほとんど今まで見たものとか、これはいいねというものをいかにコピーするか、いかに真似をするか、いかに上手にそれを最後まで仕上げていくか。そういう仕事ですよね

・「真似とおっしゃいますが、これまで見てきたもの、いろんなものからインスパイアされてつくっているということなんでしょうか」と問われて「そうですね。自分がいいと思うものを徹底的に見る、知るというところから始まりますね

787系つばめの先端がBMWのフロントグリルから発想された例を挙げて「そういうようないつも何かをもとにコピーをしてつくっていくんですけれど、どんどんつくっていくと全然違ったものになっていくんですね。そのままでは失礼なんで、コピーをしてよりステップアップしてお返しするという、そういったキャッチボールを世界中としていくのが楽しいですね」

・鉄道をデザインするという仕事をどういうふうにとらえているか、を問われて「鉄道をデザインするというか、あの移動の時間を、旅をいかに楽しくするかっていう、楽しい時間と空間をどうつくっていくかという、そこに集中してまして、僕は鉄道の外観にあまり興味はなくて、できるだけ、中、インテリアというんですか、鉄道車両をつくろうとしているんではなくて、すごく居心地のいい別荘だとか、すごく居心地のいいホテルだとか、動くホテルだとか、動くレストランだとか、動く住宅、そういうものを。街並みが走っているような、そういう楽しい移動空間、公共空間をつくりたいっていうのが思いですね

・長崎から佐世保まで走る、金色に輝く2両編成の観光列車「或る列車」も水戸岡さんがデザインしたものですが、車両の顔にあたる部分、フロントグリルの装飾に伝統的な唐草模様があしらわれています。これは、厚さ6mmの鉄板をくり抜き、職人が一つ一つ手で曲げ、真鍮を吹きかけて磨いて取り付けたものですが、この乗車を体験したキャスターの「オーラみたいなものを感じますね」という感想に「人の手間がかかっているので、職人さんの技がいっぱい入っていると、何となくエネルギーを感じる、量産と違うので」また、「(車内に)入ったとたんに木に包まれた感じになりますね。内装にはふんだんに木が使われています」という言葉に「可能な限り天然素材を使いたい。例えば床、市松に貼ってあって・・・」

・ナレーションによれば「通常木は燃える上にコストが高い、手入れが大変と避けられてきた素材ですが、アルミ製の材料に厚さ0.2mmの木のシートを貼ることで、不燃認定を取得するなどの工夫をしました。さらに車内のいたるところに見られるのが伝統工芸品の組子細工、古来より家具の町として知られる福岡県の大川町の職人・大下正人さんの作品です。組子細工は釘などを使わずに溝や穴をあけて模様の木枠に組み込んでいきます。「或る列車」の個室の仕切りにも組子細工、すべて燃えにくい処理を施しています。そんな木の温もりに包まれた空間で移り行く車窓を眺めながら楽しむのは、世界的に知られる成澤由浩シェフが監修する(九州の食材を使用するコース料理)九州の味です。

・「或る列車」の説明を受けて「僕は舞台をつくる係なので、最高の舞台をつくると、スタッフは最高の演技をしてくれる。で、お客様も客としての最高の演技をして、みんな見事な芝居をしてくれる」手間暇かけてつくられた最高の舞台で過ごす時間、それが多くの人を引きつける理由のようです。

・「本当にすべての空間に贅が尽くされていまして、圧倒的な存在感に驚いたんですけれど、実はこの『或る列車』、車体自体は、古いものなんですよね、という問いに「そうですね。40年と43年前の古い車両、いまにも壊れそうなやつをもう一回リメイクして、リサイクルして、リユースして、新しい車体をつくるのも面白いんですけれど、古いものをリメイクするというのももっと面白くて、それがお客さんが一番喜ぶんですね」

・「或る列車」にたいする「まさに手間暇かけた空間だったわけですが、ここまで手間をかける必要というのはあるんですか」という問いに「ええ、あるんですね。きっと。でも多くの人は、もう今はモダンな手間暇を省いた合理的な利便性と経済性を追求したものにどんどん進んでいって。でも本当は懐かしい手間暇かかった、このずっと昔から見ている豪華なものを、そういうものも体験したい。それをどうやってつくるかは難しいんですけれど、それをこう、素晴らしい職人と出会うことでできるんですね

・「大川組子の本当に一面に美しく飾られていまして、やっぱりあれだけを見ても、採算とれるのかしらって、つい経済的に思ってしまうんですが」という問いに「とれないですよね、きっと。でも、とれないですけれど、それぞれの個人の中では、職人さんの中では、私たちの中では、面白ければ、楽しければ、せっかく今まで長い間蓄積してきたノウハウ・技術を本当に発揮できるチャンス、その時には発揮したくなるんですね。ですから予算がなくてもやりたいものがくれば、人はそれに飛びついて全力で、本当は8時間のところ10時間働いて、本当は1時間でやるところを30分でやってしまうとかして、何とかつくり上げてしまう、それが人の心ですよね、情熱ですよね。情熱を燃やせるようなプロジェクトを誰が命令するか、誰がフィックスするか、そこが一番のポイントですよね。決めさえすれば、とんでもないものをやれっていえば、ちゃんとできる。それがその理にかなったあるべき姿であれば、みんな全力で参加してくれるんですね

・「これをつくってくれと命令するお立場が水戸岡さんということですか」と問われて「僕はデザイナーですから、注文者でないんで、発注者でないんで。私は一デザイナーですから。お金も人もステージも持っていませんけれども。例えばJR九州であれば、社長は人もお金もステージも全部持っていますから。あとは勇気とロマンとね、夢があれば、それから利用者の立場に立って、楽しい旅をさせてあげよう、とんでもない、いまだかってない旅をさせてやろうって、冥土の土産と思えばできるかも、ななつ星もそうですけど

・コメンテーターの「車両だけでは採算がとれないかもしれませんけれど、しかし、それが走ることによって地域の活性化というか、いろんな広がりがという、その素晴らしさですよね」という言葉に「その波及効果ね、やっぱし楽しいことは連鎖していきますから。嬉しいことも連鎖していきますから。楽しいとか嬉しいとか、笑顔が生まれるようなものは広がっていくんで。そうするとJR九州にたいしても感謝の気持ちが生まれて、フアンになってサポートしてくれて、JR九州の全体が何となくよく見えてくるという、ブランドになっていくんですね

・「JR九州だけではなく、九州全体のフアンになる人も増えてくるんでしょうね」という言葉に「それが一番のJR九州の望むところの究極の企業ブランド、価値を高めた、という感じですよね。それが一番の力になっていくでしょうね」

・コメンテーターの「私は水戸岡さんは、すごく採算を考えていらっしゃると思うんです。本当の意味の真の採算を考えていらっしゃるんじゃないかと」という言葉に「私は、だから製品をつくっているわけではなくて。製品はあのあるきまったルールをこなせばできるんですが、商品は答えが見えないんですね。僕は商品をつくっているんで、ヒット商品をつくりたい。ヒットさせないと、みんなハッピーになれないんで。そのためには今までの常識でやってんではできないんで。今の概念を壊して、色も形も素材も使い勝手も手間暇もすべてを、その考え方を変えて。でもやれるんですね、こうやって

・アナウンサーから「どうやってJR九州のトップを、これだけコストのかかる中で説得できたんですか」と問われて「僕は説得したことはないんで。JR九州のトップがいつもとんでもないものをつくれといつもいうわけですよね。(参考:JR九州・唐池恒二会長談「乗ること自体が楽しい、としていけば鉄道の面白い面が出てくるんではないか、という発想です」)だから、いまだかってないものをつくってください水戸岡さん、といったりするんで、困った人だなと思うんだけど、そんなものはできませんって。僕は常識の中でしかできない、常識っていう、最高の常識を散りばめられた電車をつくりたい。日本の常識のレベルは低いんですね。僕からすれば、本当は60点ないと常識ではないんだけれど、日本は55点ぐらいで常識と思っていて、あと5点足りない。僕はその5点を足そうって一生懸命頑張ってつくっているのが、ななつ星だったり、或る列車だったりするんですね。その5点がすごく大切なんです

・「5点が足りなくてもどうにかなるんだけれども、その5点がないと成功とはいえないんですね」と問われて「あるべき姿になってないんですね。そのあるべき姿がどこかを決めるのが国家の意識レベルで、ヨーロッパと日本の違いがあるかもしれないんですね」

・「あるべき姿を水戸岡さんはどんなものかとお考えですか」と問われて「それはその多くの人が使った時に心地いいとか、楽しいとか、それから利用者の立場から考えてものをつくってあるかどうか、それからコストパフォーマンス意識が徹底して、使った人が『ああ得した』と思うかどうか、でまあ、アートとか趣味とかそういうものではなくて、まず、道具として完成しているかどうか、それからゆとりがあればアートを入れてもいいね、それぐらいのつもりでものを考えていく。そこにそのレベルがどこなのかというのが大切だと思いますね

・コメンテーターの「意外とその公的施設のハコものだとかに、忘れられていたことなんじゃないかと」いう言葉に「ですよね。ですから必要条件でつくっていくと、利便性、経済性でつくっていくと全て工場なんですよね。駅という工場、住宅という工場、全部工場でしかないんで。それに情緒とか、優しさとか、ムダとか、そういうものを加えてようやく商品になっていくんですね。これから日本はどうしてもやっていかなくてはならないんだけれども、そこへ行くためには利益率を下げなくちゃならない、少し。少し利益率を下げれば、あっという間にできてしまう。少しみんなが頑張れば、あっという間にできてしまう。だから1%利益率を下げる、1%努力をすれば、あっという間に日本の国は変わってしまうんですよね。その1%がどういうふうにしてあれか。それを指導するのはリーダーが分かりやすい言葉で指導しなくちゃいけないんですね。難しいことを次々にやっていかなくちゃいけないし、難しいカリキュラムをつくって知らないうちに、それをみんなが知らないうちにこなしていく、そういう力ですね

・「水戸岡さんは一緒に仕事をなさる人に、あなたはあなたの子供にどんな列車に乗ってもらいたいですか、ということを聞かれるらしいですね」と問われて「そうですね。JR九州では、今電車の床は木が当たり前ですけれど、普通の電車の場合、プラスチックの床ですよね。会社の立場ではプラスチックの床でやってください、といいますが、ではお父さんの立場ではどうですかっていったら『いや、当然、水戸岡さん、木ですよ』。お父さんの立場では、子供に、いや木の床を提供したい。で、社員の立場ではプラスチックでいきたい。この矛盾ですよね。それがいかに近いかって。その一企業人の場合と一親の、一社会人の場合と、その答えが一緒であれば、その国の意識のレベルはかなり高くて、間違いが少ないし、納得した生活ができる。それはやはり企業人の答えが全然違うっていうのは、それは少し問題が大きいんではないか

・コメンテーターの「やっぱり利用者目線ていうんでしょうか。それがすごく徹底している感じがしますね」という感想にたいして「それから利用者もみんなの意見を聞けばいいんであって、利用者の中で意識の高い人、良く分かった利用者の意見を聞かないと、なんでも聞くわけにはいかないんで、そこを明確にしなくちゃいけないと思いますね

・「経済のソロバンだけではなくて、心のソロバンも必要なんですね」という言葉に「そういうカッコのいいことをいってますけれど、そういうことを言ってみんなと一緒にやっていかないと、言葉でデザインはするもんですから、言語で。職人にも言語でしか伝えられないんで。図面で伝えられることは60%でしかないんで。後の40%は言葉、情熱、思いやりですね。ですから、あとの40%は君たちが好きなようにつくったらいいねって、というとみんな頑張って、出来上がったものは、水戸岡がデザインした、俺がデザインした、職人はみんな俺が俺がっていっていますよね。そういったことがおきるっていうのは素晴らしいですよね

・「列車のデザインだけではなくて、国のデザインを考える時も、次世代のことを中心に考えていけば、間違いが少なくなるのかもしれませんね」という言葉に「と思いますよね。今を考えると難しいことが多いですよね」

・コメンテーターから「地域おこしの真髄はそういうことかもしれませんね」

・キャスターから「もっとお話しをお聞きしたいところなんですが、お時間がきてしまいました。今日はデザイナーの水戸岡鋭治さんにお話しを伺いました。どうもありがとうございました」

(以上ですが、特に明記していないコメントはキャスターによるものです。聞き違いや誤解などありましたら、ご容赦のほどお願いいたします。会員№102 中村記)

東京都千代田区のカバンメーカーの社長

2016/08/03 19:23 に ものつくりがっかい が投稿   [ 2017/10/07 19:25 に更新しました ]

吉田カバンの吉田輝幸社長

テレビ東京が平日の毎朝545分から一時間ほど、生放送している「Newsモーニングサテライト」という番組をご存知ですか。その毎週火曜日に経営トップやトップエコノミストが感銘し、影響を受けた書籍を選んで説明するリーダーの栞(しおり)というコーナーがあります。これは、リーダーたちがどんなページに心の栞を挟んだのかという問いかけから名付けられたそうですが、2016712日(火)の放送に株式会社吉田(吉田カバン)の吉田輝幸社長が登場されました。

吉田社長がこの日取り上げた書籍は、100年以上前にジェームズ・アレンというイギリスの作家が「なりたい未来を引き寄せる10のステップ」について書いた「『思い』が現実をつくる」(ゴマブックス)という自己啓発本です。吉田社長はこの番組で、本の要点を説明されてから自らの経営にたいする考え方について話されていますが、そこにものづくりの真髄・要諦に通じるお言葉があると感じましたので、ご紹介させていただきます。

 

吉田カバンについて

PORTER」の素晴らしいカバンを愛用されている方もおられると思いますが、「吉田カバン」は、このブランドを展開する、創業80年を去年迎えた老舗中の老舗のカバンメーカーです。ホームページのhttp://www.yoshidakaban.com/をご覧になればお分かりのように、社是の「一針入魂」を体現する職人が一針一針、丹精を込めて仕上げる様々なカバンやポーチ、財布などは、見事というほかはなく、使うのが惜しいくらいの出来栄えです。

 

吉田社長による「『思い』が現実をつくる」の要点

○人間の行動とか人間のあるべき姿、これはすべて心にある。その人間の心が思うことが全て現実に出てくる。そういったことに対する注意とこうあるべきではないかということをジェームズ・アレンは説いている。

(ナレーション:人の心の様子は態度や言葉にそのまま表れる。例えば、怠惰な心でいる人は、ほとんどの場合身体がだるく、必要以上の睡眠をとりたがる)

○(この本には)このような悪い習慣をなくし、良い心の習慣を取り入れるための10のステップが紹介されている。

(ナレーション:本の内容は、創業者でもある父・吉蔵氏の経営哲学に通じるものが多くあり、中でも「利他の心」の重要性は吉田社長が一番胸に刻んでいる言葉だと(社長は)いわれます)

 

吉田社長の経営にたいする考え方

○社員を大事にすること、これに尽きると思う。

○心の勉強をしてからみんなにそれを説いていき、根気よくみんなに話しをしていくというか、理解してもらう。そうすると、そういったものに気付いてくれる社員がどんどん出てきてくれる。そうすると、(その社員は)今度(は)後輩に伝達をしてくれる。

○それは(そうした心の伝承が)現在の吉田カバンの大きくなっている原因だと、私は思っている。

○(この)本に書いてあるように、自分の心がどういう向きになっているのか、自分自身で分かってもらう(自身で把握し、社員に理解してもらう)ということが一番大事だと思う。(これが)私自身の経営の第一だと思ってそれを実行している。

(ナレーション:(社長は)心の影響を受けるのは、人だけではないといわれます)

○私たちの社是にもなっている「一針入魂(Heart and soul into every stitch)」、(これは)一針一針魂を入れる(カバンをつくる)という、そういった気持ちを社是で表している。

○職人さんも(私と)一緒で、そういう気持ちで(カバンを)つくっている。

心の在り方は、人間に出てくるのと同時に、つくった製品に現れてくる。それはどういうことだというと(心が真っすぐでない職人がつくったカバンは)真っすぐにした時に真っすぐに見えない。ひどい歪みではないがちょっと歪んでしまう。(このように心の在り方が)品物に現れてくるため、我々は非常に注意をしないといけない。

心のこもった商品・心のある商品、これが一番大事なんで、これを我々は非常に注意していかなければならないと思うし、また逆に、売ってくださるお得意様のみなさんの心の在り方、これも大事なんで、心の在り方が製造・小売りの全ての段階で必要になってくるのではないか。

(ナレーション:(社長は)心のある商品をつくるためには職人と直接話しをすることが大事だといい、それを守るために創業以来、ずっと国内生産を続けているといわれます)

私どもは、創業以来、全部メイド・イン・ジャパンを守っている。海外生産をすると目が届かず、同じように単一の(心のない)商品がばんばん流れてしまうので、面白くも何でもないんで、私たちは、かたくなに(この考え方を)守って国内生産をやってきた。

○社員がそういう(心ある商品をつくる)気持ちで今まで頑張ってくれているんで、現在も頑張ってくれているんで、どんどんいろいろな面で進化をしてきていると、私自身は考えている。

 

番組アナウンサーのコメント

・一針入魂という言葉がありましたが、修理品は、その商品をつくった職人が全て直すそうで、さらに(その職人が丹精込めてつくった商品を直すので)、修理箇所以外のところもちょいちょい気になってそこも全て直して、結局、新品同様にして返してしまうと、それだけ思い入れのある商品をつくっていらっしゃるということを今回うかがいました。

・まさに職人の方の心の在り方が商品に現れているということなんでしょうね。

(以上ですが、お話しされた「ます」は「である」に変えてあります。また、文中のカッコ内は、私の判断で補足したものですが、これも含めて聞き違いや誤解などありましたら、ご容赦のほどお願いいたします。会員№102 中村記)

さくら市の木工技術者

2016/08/03 19:12 に ものつくりがっかい が投稿   [ 2017/10/07 0:03 に更新しました ]

木工技術者・薄井 徹さん

栃木県さくら市の北東部・穂積地区で廃校になった小学校の建物に「喜連川丘陵の里 杉インテリア木工館」という工房を設け、杉材による木工製品を制作して販売するとともに、木工塾を開いてその技術の伝承・普及に努める薄井徹さん(職人歴12年、54歳)をご紹介いたします。木工館の家具作品や木工塾、館内施設の様子については、

http://mokkokan.is-mine.net/のホームページに詳しいので、そちらをご覧になっていただければと思います。

  
        木工館のある旧校舎と薄井さんです
 薄井さんは、地元(旧喜連川町)のお生まれですが、大学の土木工学科を卒業してから18年の間、橋梁などを設計されていました。その後、鹿沼市の高等産業技術学校の建築学科で学ばれ、2004年、木工製品の工房を主宰して喜連川社会復帰促進センターにおける技術指導に従事されました。2012年に旧小学校舎を杉インテリア木工館にしたのを機に、一般社団法人素木工房里山想研を設立してその代表に就任されています。
 
    木工製品を展示している館内の様子と木工館一押しの杉材による椅子作品です 


○喜連川丘陵にたいする思い

薄井さんは、地元の喜連川丘陵(きゅうりょう:おか。小高い山)について、次のように述べておられます。 

なだらかで小高い雑木林は、豊かな動植物と水に溢れています。小川を通じて周囲の田んぼに水を供給し、田んぼという湿地帯はカエルやドジョウなどの動植物を育んでいるのです。また、このなだらかな里山と田んぼは、人間にとっても極めて生活がしやすい土地なのです。小川の水はいうまでもなく、山林からはきのこや山菜などの食材の他に薪や落ち葉(堆肥)などの生活必需品が採集され、田んぼからは米が収穫されるだけではなく、ドジョウやコイなど貴重な動物性たんばく質も得ることができます。

しかし、小高い山と田んぼが交互に織りなす丘陵地帯は日本中至るところにあるわけではありません。造山運動が盛んな日本列島は馬の背列島といわれるように、急峻な山地がほとんどで、平地は奥深い山岳から流れ出る大河川の中下流域にわずかに発達しているだけで、丘陵地帯や平野といわれる地域は日本列島では極めて少ないのです。

関東平野の周辺には狭山丘陵や武蔵野丘陵・多摩丘陵などがありますが、そのほとんどは都市化による開発が進み、里山や田んぼはそこにあった多様な生態系とともに失われてしまいました。

喜連川丘陵は、首都圏から適度に離れていたことから都市化を免れ、結果として『関東地方に残る最後の里山の秘境』ともいわれるようになったのです。これは、『ダーウィンが来た!生きもの新伝説』というNHKの番組が喜連川丘陵における生物の多様性について取り上げているように、けっして大げさな表現ではないのです」

     木工館の周辺に広がる喜連川丘陵の里山です


○喜連川丘陵を残していくための課題

薄井さんによれば、喜連川丘陵にある里山を残していくためには、以下のような課題を解決していくことが重要とのことです。

「戦後、里山の雑木林は、人工林に変わりました。建材需要の予測によって杉や桧が植林されたのですが、価格の安い輸入木材におされ、そのほとんどが間伐といった手入れが行われず放置されているのです。間伐が行われないと、木々の中に日が差さず下草が生えなくなって地山の保水能力が失われ、土砂を流出させるなど、森林機能が大きく損なわれて生物の多様性も著しく低下してしまいます。

喜連川丘陵もその例外ではなく、さらに、なだらかな地形で植林作業が容易に行えることから、膨大な人工林があり、間伐を進めて健全な森林に改善させることが緊急の課題になっています。すなわち、『関東地方に残る里山の最後の秘境』を守るべく、喜連川丘陵の里山林の保全が、地域の持ち味をいかすための最大の課題であるのです」


○間伐材を活用して間伐を進めるための「簡単すぎ木工」の開発

 そこで薄井さんは、間伐を進めるためには間伐材を活用する必要があり、その有効な方策として杉材を木工製品に使おうと考えられ、他にはない独特の「簡単すぎ木工」を開発されました。

この人工林の間伐(手入れ)を進めるためには、間伐材を活用する必要があるのです。つまり、一時的に税金を徴収して間伐しても、税金徴収が終了すればそこで手入れ(間伐)も途絶えてしまうので、手入れ(間伐)を持続させるには、この人工林の代表である「杉材」を使う方法を見つけなければなりません。

その一つとして、木工製品への活用が考えられますが、これまでの材料としては広葉樹か合板が常識で、杉などの針葉樹は、ほとんど使われていません。それは、杉などの針葉樹は柔らかく、強度や耐久性が低く、金具(クギやねじ)や木組みで接合してもゆるみやすいからです。ですから、杉材を木工製品として流通させるためには、強度や耐久性を確保し、簡単に加工できる接合加工が課題となりますが、『簡単すぎ木工』の開発によってこれらを実現することができました


○「簡単すぎ木工」の特徴

薄井さんは「いすや机といった木工製品は、一箇所でも不具合(弱点)があれば、接合部がゆるみ、破壊や転倒などにつながることになるのです。木工製品といえども、力の伝達や破壊の形態など、建築物や土木構造物などと全く共通していることなのです」とおっしゃいます。このお言葉通り、杉材の木工製品を可能にする「簡単すぎ木工」には、薄井さんが長年培ってきた、構造力学・材料力学・橋梁工学などの知識と経験が生かされ、適切な接合材の配置や断面寸法の設定、部材構成といったことがすべて取り入れられており、次のような特徴をもっています。

 杉材から本格的な木工製品をつくることができる

クギやねじなどの金具ではなく、接着剤、ダボ、ビスケットチップによる強固な木組みを用いて、杉材から本格的な木工製品をつくることができます。

 簡単な加工によって安価な木工製品をつくることができる

杉材はやわらかいので、電動工具などで容易に加工することができます。また、価格も安く、入手しやすいので、安価な木工製品をつくることができます。

これにたいして銘木・堅木ともいわれる広葉樹は、高価で硬いために、加工するのに熟練を要し、木工製品にするのは簡単ではありません。


○杉インテリア木工館の将来構想

薄井さんは、木工館の将来について、以下のように構想されています。

「簡単すぎ木工塾」で木工の人材を育成する

既に簡単すぎ木工を体験するワークショップや技術を修得するための塾を開講され、木工人材の育成に努めておられます。受講対象者には退職者や高齢者も多く、今後は障害者や引きこもり、ニートの人も受け入れていきたいとのことです。

 木工館でつくった木製品を制作・販売する起業家を育てる

簡単すぎ木工塾で技術を修得してから、木工館の機材を使い、各自の裁量でつくった木製品を販売してもらえるようにしたいとのことです。これによって、独立・開業する人々が輩出すれば、杉材による木工製品はさらに増産されて里山の人工林の活用も推進されるはずです。

  

木工館には様々な工具や木工機械が常備されていて、自由に使用することができます。


 障害者施設・授産施設において簡単すぎ木工による木工製品をつくる

これらの施設の職員が「簡単すぎ木工塾」で技術を修得して、障害者による作業を指導して杉材による木工製品をつくるようにすれば、そうした方々の自立につながります。

 喜連川地域を活性化する拠点になる

木工館には毎年の「里山木工FAIR&木工塾作品展」や「ほづみ松の祭典2015」などのイベントによる賑わいがあり、退職者、高齢者、子供連れの家族、若者など、世代をこえた交流の場になっています。

  各イベントの開催時に木工館常設の遊具で遊ぶ子供たち

 木工館が『簡単すぎ木工』の伝承・普及の拠点になり、これらの構想を全国に発信して各地から多くの人たちが集まるようになれば、喜連川地域も活性化するのでは・・・」とおっしゃる、薄井さんの熱い思いをかみ締めながら、2016.01.17の取材を終えて杉インテリア木工館を後にしました。(会員№102 中村記)


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