『切れた じんばいは 何を誘発するか』

『切れた じんばいは 何を誘発するか』
豊島重之

少年は時化の夜、サケの大量を目前に、切断されたじんばいを握りしめながら、嵐のもくずと消える父の顔に、何かひどく恐ろしいものを見たに違いない。
長男が勘当同然に町へ逃げ、この小さな漁村の漁師の家のあととりとなるべき少年に向かって、こんな地獄は捨てろと云う父。本当は在てほしいくせにと、父の愛が解かれば解かるほど否応なしに不信せざるを得ない少年。
戦後一時戦争責任として告発された父権がすぐ体制側にかくれみのを着てしまいおざなりになっている。
《父性への追求の銃眼を絶やしてはならない》
連絡を連帯と云いつゝ父権の側から連帯を断ち切っている情況を少年は、あの嵐の夜命からがら体験したのである。
その時、少年の父との沈黙の訣別は憎悪銀河と云う無言の対話をなし得たのではなかろうか。
淫売と出逢うことによって少年は、そのうらみが己れを「生」に駆りたてる「行動の原質」なんだと樹海の底でくれぐれも悟る。
その時、家の構造を超越した地点で、「父なるもの」と、土着の共同体を少年は、したたかに創造し得たのではなかろうか。
グッバイハローと云うべき舞踊芸術ののっぴきならぬ『つぼ』とは捨てるべきこんな地獄を生きる「まぬけさかげん」でありもはやこんな悲惨な事故の起きぬように、じんばいの砂地を港に変えようと云う政治志向、それへの「狙撃」であり、しかも肉体のかたずをのみこむ空へ「あて身」をもらにくらわすことではないだろうか。

(初出:豊島重之+豊島舞踊団ダンスドラマ「DJINBAI(じんばい=命綱)パンフレット/1968.10.12)
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