f/Fパラサイト 梗概

f/Fパラサイト 梗概
──もうひとつの手紙──
豊島重之

 この弱い心臓はどうすれば足のつま先まで血を、この両足のすみずみにまでくまなく血を押し出すことができるのでしょうか。ぼくは取返しのつかぬ失敗をしでかしたようです。先日あなたのお写真を手紙に同封してお返ししたものとてっきり思いこんでおりました。今日その写真の入った書きさしの手紙が、ああ、まだぼくの引きだしの奥にしまいこんであるのに気づき、ほとんど凍りつかんばかりでした。というのは、あの時ぼくは徹夜続きと妹のことで本当にくたびれはてていたとはいえ、確かにもう一通を同封し、そしてその中に写真を一枚、さらに同封したはずだったからです。とすれば、そのもう一通と写真は一体誰にあててのものだったのか。いや、それは言うまでもありません。最愛のひと、あなたはその同封の一通を読み、その写真を目にしたにも拘わらず、どんな疑問もなんの問合せも書いてよこさないのが、それをまさに証明しています。ぼくが最も怖れていた最悪の、ぼくが最もひた隠しに隠しておきたかった父とのいさかいにふれた最悪の一通だったにちがいなく、写真のほうは、父を囲んでの親族一同の記念写真だったにちがいありません。それはペテルスブルグにいるぼくの古い友人にあてて出すつもりだったのです。
 わたしの、ぼくの、ではなく今やわたしの、あなたにあてて書き始めた頃にぼくがよく使ったあの、私です——わたしの父は停年まで郵便脚夫をしておりました。それもこの辺の町々ではなく、ずっと南のほうの山あいの村々の受持ちでした。父は生来、ぶこつで融通のきくほうではなく、それに年老いてもいたからです。父が郵便局をやめてうちにひきこもるようになってから、わたしは今の仕事についたのでした。その前、わたしはあちこちの職を転々としましたが、きっとそれは、父がモルダウの上流沿いの一軒一軒を転々としていたのを子供の頃から見聞きしていたせいかもしれず、しかもそれがいやでいやでたまらなかった因縁かもしれません。あとで分かったことですが、父は川づたいに何キロも歩き、一通配達するごとに、そのあて先の家のまわりの石ころをひとつ、郵便袋にしのばせてくるという変わった習癖があったのです。出かける前の手紙の数だけ石ころを拾い集めて、ズシリと重たくなった郵便袋のため、背を丸くかがめ、首を深くうなだれて帰ってきたものでした。まるでそれは、なにかの符牒のように、そう言ってよければ、永遠に解除されることのない服役囚のようにわたしには思えました。
 しかし父には、帰りの郵便袋の軽さが耐えがたいものだったにちがいない。たとえば百通の手紙をつめた袋がしだいに軽さを増し、いよいよ空っぽになる最後の配達先、それは父には測りしれない憂うつと、どこから湧いてくるのか見分けもつかない慄のきをもたらしたにちがいない。
 それとも父にとって、手紙は石ころのように空を切って飛び交うものでなくてはならなかった。いや、石ころは手紙のように重さを失い、そして遠さを失い、ほとんど手紙と同一のものでなくてはならなかった。
 でも本当のところは、わたしにも分からない。ただ、こうして書いているこの部屋の壁の向こうに、今も郵便脚夫の格好をした父が、身じろぎひとつ、しわぶきひとつせずに安楽椅子でうたたねしている。そして天井にまで届くほどの石ころの山が、それこそ無数の石ころでできた父の部屋が、この壁の向こうにそびえている。それはまるで、手紙でできた石室か棺のようでもあり、そして郵便脚夫の制服をびっちり着こんだひとりの王が、ひそかに安置されているようでもありました。
 最愛のひと、なんという一致でしょう、あなたがぼくの前に一枚の写真として登場したのと同じように、ぼくの郵便脚夫はあなたの前に一枚の記念写真として、はからずも登場したことになりました。取返しのつかぬ失敗と前述しましたが、ぼくは心のどこかで、この痩せた心臓の一部では、それが明らかになるのを望んでいたのかもしれません。この記念写真のどこに、ぼくの郵便脚夫がいるか、それを読んでください、前列右から。

(初出「f/F・PARASITE」/ISA 1987)
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