大学と研究活動

1990年代後半から


学部時代(文科系)

大学に障害者サービスセンターがあるならば、まずそこに何でも相談するのが一番早い。大学によっては「学生部」「学生課」がこれを担当している。以下は、センターがなかったころの私の体験。

授業の受け方

大学ではクラス担任はいないので、FM補聴器を教授にお願いすることを自分で行わなければならない。これを授業開始前に登壇する教授を捕まえてお願いする(この時点でけっこう目立つ)。大学での授業は席順が決まっていないことが多く、熱心な学生が集まる人気授業の場合には、席が確保できないことがある。とりわけ、4月は多くの学生が多くの授業を冷やかしに見に来るので、一種のカオス状態になる。私の場合は、冷やかしな受け方ができなかった。いったんFM補聴器をお願いしてしまうと、次から受けるのを辞めることが心理的にできなくなる。同じ理由で、さぼれない。どんな大人数授業であろうと私の欠席は一目瞭然であるからである。また、授業を中断させてしまうために、遅刻と早退ができない。遅刻したとき、早退せねばならないときは、その時間をまるまるあきらめるしかない。

FM補聴器

授業を受けるさいの手配の面倒さに加えて、どういうわけか、大学ではFM補聴器の「盲点」とよばれる電波がさえぎられる空間が多く存在し、電波が断絶することが多かった。さらに、あまりの専門用語や難解な内容に、耳から聞くことの限界を感じ始める。とりわけ、高校までとちがって「教科書」が存在しないことが、痛かった。

ゼミ形式の授業

幸か不幸か、日本の教育は討論に重きをおかないできたため、激しい討論をするゼミに参加した経験がない(そういうゼミもあるが、たまたま参加しなかった)。学部時代に参加したゼミは、たいてい円卓に座って、発表担当がえんえんと発表し、軽い質疑応答で終わるため、その日の発表担当者にFMマイクを渡しておけばよかった。

ノートテイク

当時、聴覚障害をもつ学生がノートテイクの支援を自らおこし、進めていることは知っていたが、私は以下の理由から利用しなかった。第一に、アレンジするのが面倒であったこと。早い時期に出席授業を決定し、変更は許されにくい。第二に、週何コマもきてくれるなんて無理だろうと思ったこと。全コマきてくれないのだったら、FM補聴器でしのげると判断した。第三に、専門用語をノートテイクできるのか疑っていた。第四に、私の大学では、他人から立派なノートを入手できる自然発生システムが整っていた。第五に、報酬は誰が払うのかと、考えるのが面倒だった。


いわゆる大学生活

家庭教師のアルバイト

家庭教師を頼んだら、先生が補聴器をしていた、先生が手話だった、先生の発音不明瞭、では、気まずいものがあるかもしれない。と言いつつ、私自身は10人くらい教えた経験がある。教えるさいにあえて難聴と言ったことはないので、各ご家庭とも「途中で気づいたけど、まあいいや」だったのだと思う。家庭教師は、静かな部屋で面と向かって行うので、それほど困ることはないが、唯一困ったのが、受け持った子の名前が発音しにくい名前だったこと。例えば、サ行連発の名前は言いにくい。家庭教師を引き受ける際に名前を確認する癖があった。

サークル

あえて難聴と言わなかったけれども、補聴器していればそのうち分かるし、みんな私の難聴を知っていただろう。が、何も問題なかったし、あえて聞かれもしなかった。実は、飲み会の掛け声など、正確に聞き取れていなく、何と言っていたのかいまだに知らないけれども、別に困らなかった。

手話

普通学校でずっときた多くの難聴者が経験するように、本格的に手話に触れるのは大学に入ってからとなる。たいていの大学に手話サークルがあり、そこに吸い込まれるように入っていき、そこに居場所を見つける人もいれば、違和感を覚えて腰掛けで終わる人もいる。私が入学当時の手話サークルは、ほとんどサークルとしての機能を果たしておらず、したがって私の手話は当時の適当手話のレベルで止まっている。しかしながら、この時期に手話サークルの運営を通して、自分以外の聴覚障害をもつ大学生と知り合うことができた。

健康診断で

私自身、最近ようやく聞き取れて感激したのは、X線検査での機械のアナウンス。あれは、「大きく息をすってとめてください」と言っているのだ!と。これが聞きとれるまで数年間は「緊張して息をとめていた」だけだった。このほか、医師や技師の指示が聞こえないため、目が泳いで「斜視の傾向があるね」と診断されたり、いつまでも体重計にのっていたりしたことも多々ある。


大学院

大学院ゼミ

大学院ではさすがにディスカッションが重視され、FM補聴器はマイクが1つなので、何を論議しているのかつかみにくく、なかなか参加できなかった。あらかじめ、教授には、FM補聴器が物理的にまわらないのでディスカッションに参加しにくいことを伝えておいたが、日本の大学院の採点はディスカッションの参加度をさほど重視しないので、成績には響かなかった。

遅れてきた支援室

大学院3年目あたりで、ようやく大学に障害学生をサポートする支援室ができた。支援室経由で利用したサービスは、音声の文字化(日本語と英語)、パソコン要約筆記、ノートテイクなど。

音声の文字化は、最大でも3秒程度の遅れで音声をパソコン画面に表示するシステムであり、私が利用したものは北海道札幌市に本拠をおくBUGという会社のものだった。この会社は英語でも対応可能であり、実際に英語のセッションでも利用した。当時は知らなかったが、この字幕システムはかなりの高額なものであるため、日常的に利用するには不向きである。例えば、4日間の英語字幕で145万円。

パソコン要約筆記は、全国要約筆記者派遣研究会(全要研)という外部団体に、支援室から依頼がいき、要約筆記者が数名派遣されてくる。要約筆記者が交代で打ち込んでいき、支援を受ける者のノートパソコンに表示する。IPtalkというソフトを用い、筆記者たちのノートパソコンと自分のノートパソコンをローカルでつないで行う。7,8秒くらいの遅れで、部分カットした情報が表示される。例えば、発表者が言い直した内容などは、言いなおし後の内容のみ表示。全要研のシステムでは、だいたい要約筆記者一人あたり1万円かかる計算で、4人派遣されてきたら4万円。

ノートテイクは、パソコン画面でテイクするものもあるが、筆記で行う場合もある。筆記の場合は、筆記者の手元が見える側に座って、手元を覗き込む。この方法は、筆記者の感情や体調などが目に明らかであるために、支援を受ける側の心理的負担もある。

支援室の位置づけ

支援室や支援を担当する職員は、理想的には教授と渡り合えるくらいの位置づけが必要である。そのためには、支援室を学長直属くらいにするか、スタッフは専門職員である必要がある。


アメリカでの支援経験(2003年夏 ミシガン大学)

サマープログラムで

アメリカの大学のサマープログラムに2度ほど参加したが、そのさい、所在地の大学のDisability ServicesからCARTを派遣してもらった。私は外国からのサマープログラム(しかも正式には大学主催のプログラムではない)への参加者という立場であったが、一切の費用負担なく支援を受けた。

Office of Disability Services(大学によって呼称も略称も異なる)

DSは、たいていキャンパスの真ん中にあって、ビジネスアワー中はオープン状態にあり、学生はいつでも尋ねてよいし、いつでも歓迎される。学外の学会でCARTを使用するさいもここからアドバイスをもらったし、最終的には電話をかけて交渉してくれた。DSのホームページには、提供できるサービスがメニュー表示されている。聴覚障害の場合は、さほど厳しい検査もなく、自分にあったサービスが希望通りに受けられる。(LDやADHDの場合は、認定が難しい。)

CART

CARTは、法廷用の速記機械をつかってタイピストがほとんどリアルタイムに、聞こえたもの全てをパソコン画面にテキスト表示していく方法である。教室では、隣にタイピストが座る。熟練したタイピストだと、言い間違いや、細かい音まで(phone ringingとか)、カットせずにタイプする。希望すれば、授業後にタイプしたものをメールで送ってくれる。打ち間違いが直されているかどうかは、タイピストによる。CARTタイピストによっては、授業中に授業をさえぎって、教授に「○○のスペリングは?」と堂々と聞く人もいるし、「私タイプしてるんだからゆっくりしゃべってよ」と要求するツワモノもいる。

ARTは大学が外部の会社と契約し、そこから派遣してくる仕組みである。大学以外でも利用者が多い大都市では会社が多いが、小さな町では会社がない、もしくは派遣人員が不足するかもしれない。これはASL通訳でも同じだが、まだASL通訳のほうが揃っている。日本でCARTのようなテキスト通訳は、ローマ字入力や漢字変換で、かなり厳しい。


各種奨学金と研究費

日本証券奨学財団

私は修士課程在学中、旧育英会のほか、この財団にお世話になった。面接においては、難聴であることを伝え、面接官たちにはっきりしゃべってもらうようにお願いした。

旧育英会

旧育英会は当初、連絡先に電話番号しか書いていなかったが、問い合わせたらメールアドレスを教えてくれた。現在ではメールのほうが便宜よくなっているかもしれない。

学術振興会

学術振興会の申請方法は、年度によって変わる。私が面接を受けた経験では、あらかじめ事務に難聴であることを伝え、事務が面接官である教授たちに私が難聴であることを伝えていた。面接時間は決められており、そのうちの規定時間中に自分の発表をするのであるが、途中で何分経過、という具合に鐘がなる。この鐘が全く聞こえず、緊張もあって、無我夢中で発表をおえたが、時間を超えたのか超えていないのか、分からなかった。


国内学会や研究会への参加

大学主催のもの

その大学の障害サービスに相談すること。その大学の障害サービスがこころもとなかったら、第三者機関(PEP-Net Japanや他大学のサービスセンターでも可)をその大学に紹介すること。自分から直接、第三者機関に相談するよりも、その大学から相談させるほうが筋道は通っているし、自分の負担は少ない。ただし、時間はかかる。

私的な研究会、アカデミックな懇親会

完全にボランティアに頼るか、自分の所属先の研究費や自費で通訳者を出してもらうしかない。

学会主催のもの

学会事務局と掛け合う(が、おそらく学会から逆に相談されるかもしれない)。結果として、学会側は主催地の自治体の要約筆記か手話通訳に頼むことが多い(無償もしくは廉価なので)。しかしながら、専門用語を含んだ発表の要約は、かなり情報が削られることを覚悟していたほうがいい。発表内容自体は、発表論文となっている場合が多く、それを読めばいいので、要約筆記にしろ手話通訳にしろ、質疑応答に集中してもらうようにお願いする。


国際学会に参加する場合

聴覚障害関連の国際学会

英語、フランス語、開催地の言語が、公用語となる場合は、それら公用語のテキスト通訳を利用する。おそらくメインのスクリーンが用意されていることが多いかもしれない。手話を使う場合は、ASLと現地の手話が公用手話となる場合が多いらしい。国際手話は国際手話の大会で使われるが、その他の場面ではあまり見かけないそうだ。

その他の分野の国際学会

聴覚障害者が1人か数人程度であることが多いので、個人で学会に掛け合ってサービスを要請する。多くの国際学会は、英語が公用語の1つとなるので、その場合は、英語のテキスト通訳を利用するのが無難。テキスト通訳は、アメリカで開催される学会ならば、CARTやC-Printを用意できる場合もあるし、手配する時間に余裕がないときは学会スタッフがノートパソコンで要約筆記をしてくれる場合もある。ASL通訳も可能である。私の場合は、アメリカの学会でCARTと、スタッフによる要約筆記を体験した。

問題は、アメリカ以外の国で行われる国際学会への参加である。現実問題として、日本で行われる国際学会にCARTやC-Printを頼むことは難しく、自治体の要約筆記も英語には対応しない。しかし、音声文字通訳のサービス会社で英語に対応しているところもあるので交渉次第かもしれない。2006年の時点で、英語に対応している音声文字通訳の会社は2社存在するが、いずれも高額なので、個人利用の段階にはない。国際学会に対する現実的な要請としては、学会スタッフに要約筆記してもらうこと、学会に現地で公用語(英語)に対応できる要約筆記のボランティアを募集してもらうこと、の2つ。

日米以外の国で行われる国際学会への参加については、経験したことがなく、話も聞いていないので、分からないが、ともに参加する研究仲間が自発的に要約筆記をしてくれるという人もいる。


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