聴覚障害者の生活

聴覚障害があるゆえの留意点



日常生活で、普通とは違うこと

電話

電話が使えるかどうかは、難聴の程度と相手、そして電話機の質による。私の場合は、男性の声が苦手で、電話では聞き間違いが多く、意思疎通できないのであまり使わない。過去に電話をしていたときは、まず部屋を閉め切って、携帯に補聴器用イヤホン(T-Link)つなぎ、補聴器をして(家の中では補聴器を外していることが多いので)、椅子にすわって机にメモを用意 、といった準備からはじめる。ので、ふいにかかってきた電話に出る、ということはほとんどなく、たいていこちらからかける。不思議なことに、母親とだけは電話できる、という難聴者がけっこういるが、私もそうだった。

ルームシェアでのトラブル

日本ではあまりないルームシェアだが、旅先では同室になることがある。聴覚障害者が起こしやすいトラブルは、騒音。真夜中にお風呂に入ろうが、ドライヤーを使おうが、 目覚ましがなぜか夜中に鳴っていようが、本人は聞こえないから音を出していることに気づかず、同居人が大変らしい。ルームシェアするときは、「常識的」なルールを確認しておく必要がある。また、ホテルで鍵を1つしか渡されなかった時など、中にいる聴覚障害者がノックに気づかずにドアを開けてくれなくて、マスターキーに頼る例もよく聞く。

一人暮らしの宅配便受け取り

インタホンを通して対応する住宅では、宅配便の受け取りがかなり厄介。日本のアパートやマンションで一人暮らしをするならば、画面つきのインタホンと宅配便ロッカーがあるところがおすすめ。私が以前一人暮らしをしていたところは、画面つきのインタホンはなくかつオートロックで、最も厄介なパターンだった。このような住宅では、宅配便業者はインタホンでオートロックを解除してもらわねば入れないが、私はインタホンでオートロックを解除すべき相手なのかが判断できない。そこで、居留守を使って全て「再配達」にし、指定した時間帯に鳴るインタホンに「はい」とだけ出て、オートロックを解除して対応した。

幼児の相手

乳児なら泣くだけで問題ないし、小学生ならけっこうはきはきしゃべってくれるのでマシなのだけれども、問題は幼児。家庭教師先の弟・妹にはかなり参った。何言っているのか本当に分からず、向こうも伝わらないので泣き出す。もう一回はっきりしゃべって、という説明が通らない相手なのでお手上げ。

自転車や車

自転車や車の警笛は聞こえないので、歩いていると後ろで自転車が最高にいら立っていることが多々ある。歩道のない道路を友人と歩く場合は、健聴者に車道側を歩いてもらうといいかもしれない。


趣味に関して

幼少時の習い事

私は、ピアノと水泳と英語教室に通った経験がある。ピアノと水泳は、80年代の平均的な子供の習い事だったと思うが、これは難聴と判明する前から、そして判明してからも、通っていた。ピアノはソルフェージュに苦労したし、水泳は点呼に緊張した。英語は、難聴であるために心配した親が通わせてくれたが、効果薄し。難聴者は、中途半端な英会話に通うとあまり意味がないかもしれない。英語を修得したいならば、ホームスティなどのように徹底的にやる必要があったのだと思う。

ウォータースポーツ

難聴に加えて、視力が悪いと、コンタクトやメガネを外さざるを得ない場面で、軽い「ヘレンケラー状態」になる。見えないので会話ができず、会話ができないとしゃべる気もおこらない。視力さえ確保できれば、さほど問題ではない(はず)。現に、ダイビングにはまっている夫妻がTVで放映されていたし、マリンスポーツ大好きな友人がいる。

フィットネス系

対面ではないことが多いので、インストラクターの声が聞こえない。見よう見まねで、こなすことはできても、その動きにどのような意味があるのか、どこに力をれるのか、力を抜くのかという説明が聞こえてこないので 、上達しにくい(でも、けっこうみんな、「聞いていない」のかも?)。テニス教室に通ったことがあるが、インストラクターの指示が聞こえない(コートの向こうで遠いから見えない)と、打ってよいのかまだなのか分からないことが多かった。同じように、夕闇のバドミントンでも相手が怒ってるのか笑っているのか、分からず困った。

カラオケ

聴覚障害者はたいてい音痴でカラオケは苦痛。たまに手話で歌うよ~という人もいるが、手話で歌うことと声で歌うことの開放感は全然違うと思う。

音楽

音楽は全く聴かないという聴覚障害者もいるかもしれない。私は皆がポップスやロックにはまる思春期の頃、そういった音楽を毛嫌いしていた。年とともに柔軟になって、一時期、ポップスのコンサートにも複数行ったこともある。そのときは、「そういったことは楽しまないのかと思っていた」と親に感動されてしまった。今は、クラシックコンサートによく行く。また、ろう者の中では振動を感じて音楽を楽しむ人も多い。

舞台芸術

聞こえないと意味がないもの、例えば演劇、は観ないことが多い。バレエや舞踊は受け入れやすい。海外からくる舞台ものの多くは字幕がつくので、オペラ・ミュージカルなどにも通うようになり、次第に字幕なしでも楽しむようになった。また、最近では歌舞伎座で字幕サービスがある。字幕が理由で、邦画はみないけど洋画はよく見る、という人が多い。字幕があっても音声を聞いていないので、私は「スター・ウォーズ」は観たけれども、ダースベイダーの呼吸音なるものは文字で目にするまで知らなかったし、ホラー映画の恐怖感も多少落ちていると思う。

楽器教室

私自身はピアノを幼少時に習っていたし、通わなくなっても自分で時々弾くことがある。ピアノはキーを1つたたけば音が1つ出る、という意味で、難聴者にとって最も取り組みやすい楽器だと思う。自分で調律して音階を取らねばならない楽器(弦楽器とか吹奏楽器)は敬遠しがち。

語学教室

聞こえなくても、健聴者に混じって韓国語教室に通っている難聴の知人がいる。その情熱の原因は韓国ドラマ。つまり、よっぽどの情熱や必要性がないとお金を出して語学教室には通わない、と思う。


おまけ:意外に躊躇せずにばーんとやってしまうこと

海外旅行

聞こえないだけに大胆なのかもしれない。案内図や指示をすぐ見る癖がついているし、ジェスチャーも豊かなので現地語を解さずともスタスタ行く。その意味で、同行の健聴者に重宝がられることもある。また、健聴者にありがちな、英語で「コーヒーをたのんだらお茶がでてきた」、というような自信喪失は、聴覚障害者の場合、母国で日常的に経験済みなので落ち込みの材料にならない。何よりも、騒音を気にせずに寝ることができるという特技がある。


戻る