Philosophy, Architecture, Deconstruction [work in progress]

研究:建築 × 哲学 [作業中]
Research on Architecture and Philosophy [in progress]
fig.
Eisenman Architects, La Villette (1987) [*url]
Bernard Tschumi Architects, The Manhattan Transcripts (1976-1981) [*url]
Studio Libeskind, Three Lessons in Architecture: The Machines (1985) [*url




Air, Language, Art: Conversation, TH / M, co-authored [work in progress, open to the public at official website (access restricted)]

制作:対話/テクスト ― 進行中の作品 ― [vww 公式サイト [*url] 経由にて限定公開]
Literary Art: Conversation / Text [in progress]




「詞辞の律動、その韻き 言語芸術の「別に一体」を求めて」

寄稿:「詞辞の律動、その韻き ― 言語芸術の「別に一体」を求めて」[研究手帖]
Article“Shi-Ji Rhythm, Its Rhyming Echo: In Search of ‘Another Style’ in Literary Arts”, Revue de la pensee d'aujourd'hui [Gendai shisō] (March 2018) 

「詩がほろんだことを知らぬ人が多い」と、谷川雁は1965年に記している。短歌の「必滅」を説く折口信夫の論考「歌の円寂する時」は、彼が最初の歌集『海やまのあひだ』を上梓した翌年に発表されている。俳句を創出した正岡子規は、当の俳句を「明治に盡〔つ〕くべき」有限の様式であると観ていた。

萩原朔太郎は、文語も散文も無意味も等しく収容しうる近現代の「自由詩」を「未来詩型への建設的捨石」であると捉えていた。「来るべき未来の詩壇は、当然過去の歌を破壊し、別の新しい韻文形式を造るだらう。」 

「詩歌」の限界と終焉をめぐる問いの数々。

〈詞/辞〉(時枝誠記)の文法‐存在論的な律動を、極小の〈韻〉律と見定め、そこから言語芸術の「別に一体」(子規)が開かれる場を探究する。― 予備考察、あるいは研究のための覚書。




アラン・バディウ「形而上学なき形而上学」三松幸雄訳、『現代思想』第46巻・3号(青土社、2018年)。

寄稿[翻訳]:アラン・バディウ「形而上学なき形而上学」
Article [Translation]: Alain Badiou, "Metaphysics without Metaphysics / La métaphysique sans métaphysique", Revue de la pensee d'aujourd'hui [Gendai shisō], Special Issue (January 2018).

「形而上学」の歴史的規定を経て、物自体の純粋思考、無限の実在を捉える絶対者の概念へ[220-221f]。

「存在(étre)は、ある名のもとで哲学的に接近しうるとき ― そして、この存在を定義しうる諸述語のあいだに置かれたとしても、われわれのような人間の理解が接近しうるあらゆる述語的規定を、当の存在がまさにその本質において超過することが、明示的に見出されるとき ― 本質的に未規定的である。」[215]

「未規定なものの歴史的な自己規定〔…〕その弁証法はプラトン的な、したがって形而上学的な様式で ― ただし、誇張法によって高められた善のあらゆる超越が形而上学から追放されていることと併せて ― 何であれ思考可能なものの理念が存在することを肯定し、そしてそこに思考を結びつけるためには、適切な諸公理を選択すれば十分であることを肯定するだろう。」[222]

未規定なものが自らを規定する。「弁証法的形而上学」の諸テーゼ[221f]。規定性の内在的な変容過程を叙述する「論理学」[220]。非単項超フィルターの無限個の族、マラルメの暗号…… 第二の主著『世界の論理 ― 存在と出来事 II』(2006)以後の、弁証法的推論を介して〈存在と思考の絶対的同一性〉を記述する出来事の哲学。




「—— 閾: 声、生 … 零度の詩文、あるいは非‐詩学」

研究発表:「—— 閾: 声、生 … 零度の詩文、あるいは非‐詩学」
Research Presentation: "― Threshold: Voice, Life ... Poïetic of Zero Degree, or Non-poetics"

偶然的進化の所産としての芸術システム(人類学‐生政治機械の作動圏)のうち、所与の「詩」形式を起点にとり、「文学」へと現働化されていない言語の非有機的生へと逆行する操作を経て、〈詞/辞〉の律動からなる前個体的な「声」にいたる。ことばの閾で「別に一体」(子規)の徴候を探索する。

公開研究会 「野外をゆく詩学 17」 2018年1月19日 多摩美術大学 芸術人類学研究所





音楽/芸術:「自然について —— ΠΕΡΙ ΦΥΣΕΩΣ」
Music/Art: On Nature: ΠΕΡΙ ΦΥΣΕΩΣ

自然のうちに孕まれた 偶然のわずかな偏り 落下する原子が宿す極小の逸れ そのような動きなくして 宇宙は何も生み出さなかっただろう とエピクロス/ルクレティウスに帰せられることばは語る

古代原子論にひとつの端緒をもつ偶然性の哲学・存在論を経由しつつ 今日の「芸術」をめぐるいくつかのトポスに向けて 問いと対話をひらく




高橋悠治の音楽、いくつかの事例――ディスクガイド+

「高橋悠治の音楽、いくつかの事例 ― ディスク・ガイド+」
(1)[*url]
(2)[*url][※ 作業中]




高橋 悠治 × 三松 幸雄「自然について —— ΠΕΡΙ ΦΥΣΕΩΣ」




『現代詩手帖』2017年3月号




三松幸雄 × 高橋悠治「道という —— 音楽、そして」

講演:「道という ― 音楽、そして」
Lecture: "Of ways... music, and"
https://ginzaphilosophylecture.amebaownd.com/ [*url]
http://suigyu.com/yuji_takahashi/ [*url]




『21世紀の哲学をひらく 現代思想の最前線への招待』(ミネルヴァ書房、2016年)

論考:「「芸術」以後 ― 音楽の零度より ジョン・ケージ」
Article:  "After 'Art': From the Zero Degree of Music - On the Works of John Cage"




『続・ハイデガー読本』(法政大学出版局、2016年)

論考:「アガンベン、ナンシー、バディウ ― ハイデガーと「脱構築」以後」
Article: "Agamben, Nancy, Badiou: Heidegger and after 'Deconstruction'"




... hands moving, silence, distant echo ... Takahashi Yuji, from words to music [Art and Its Afterlives II]

Lecture: "... hands moving, silence, distant echo... Takahashi Yuji, from words to music"




Beyond Extinction, Even: Arakawa Shusaku and the Architecture of Life [Art and Its Afterlives I]

Lecture: "Beyond Extinction, Even: Arakawa Shusaku and the Architecture of Life"




永瀬恭一 上田和彦 三松幸雄「ミホミュージアム訪問 —— バーネット・ニューマン 特異点としての《十字架の道行き》」




Barnett Newman – Exhibition 2015




Barnett Newman: The Stations of the Cross (Miho Museum / National Gallery of Art, Washington, 2015)




『Art Anthropology』10号(芸術人類学研究所、2015年3月)




『思想』2014年12月号




東大比較文學會 編『比較文學研究』第99號(2014年)




HagiwaraProjects_paintings_2014_0710-0823




『ART CRITIQUE』n.04(2014年)




芸術人類学研究所 編『Art Anthropology』08号(2013年)




実存思想協会 編『実存思想論集』(2013年6月)




『詩学への礎――真理 政治 歴史 I』