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のど歌(喉歌,Throat Singing)/倍音唱法

ひとりでハモって歌うには…

2012-09-08

はじめに

 みなさん,「のど歌(喉歌,Throat Singing) 」というものをお聞きになったことはおありでしょうか? 「倍音唱法」ともいいますが,そんな呼び方よりもモンゴルの「ホーミー(フーミー)/ Khoomii」,トゥバ(ロシア連邦トゥバ共和国)の「ホーメイ(フーメイ)/ Khoomei」などの呼び方のほうが分かりやすいかもしれません。
 非常に特殊な発声方法による「歌」です。クラシック音楽のコーラスをされているかたにはおなじみの「ベルカント唱法」とはかなり違う発声方法を用い,ひとりで複数の音程を同時に出す歌い方です。ただし,「歌」といっても,笛のような音色を出すのであって,複数の音程による歌詞が同時に重なって聞こえてくるわけではありませんのでお間違いのありませんように…。

のど歌サンプル

 説明はさておき,まずは実際の「のど歌」を聞いていただきましょう。
 まずは私が一番よく聞いているトゥバのフーメイです。だみ声からだんだんとフーメイの歌い方に変わってゆくところをよくお聞きください。
Kongar-ool Ondar - Tuvan Throat Singing YouTube
Huun-Huur-Tu - Live YouTube
ちょっと長いですが,ライブをじっくり聴くにはいいと思います。

 つづいてモンゴルのホーミー。
Mongol Khoomii YouTube
Khusugtun - Mongolian music in London - BBC Proms 2011 Human Planet YouTube
ホーミーの場合は,いわゆる「のど歌」部分を聞かせるのが中心で,だみ声だけよる歌を聞かせることはない,と思っていたのですが,結構だみ声も聞かせていますね。

 さてどのようにすれば,このような発声ができるのか? 以下,順を追って説明していきます。

倍音について

 どういう方法で複数の音程を同時に出すかを説明する前に,まずは歌声というか「音」についての基本原理をちょっと勉強しておきましょう。以前の「雑記帳 >「澄んだ音・歪んだ音」での最初のほうの説明と内容が重なりところも多いですがご勘弁を。なんでしたら,前回の説明も参考にしてください。
 音というのは人間の声にしろ楽器の音にせよ,「波(空気の粗密波)」です.そしてその音量,音程,音色が変わらずに持続している音ならば,周期的に同じ波のパターンが繰り返されています。たとえば,どんな波形でもいいですから,440Hz で周期的に同じ波形が繰り返されていれば,ラの音程で聞こえてくることになります.
 だんだん話がややこしくなりますが,「ある一定周期で繰り返される任意の形の波形,すなわち一定の音程で変化なく持続する音は,その周期の1/nの周期を持つサイン波を合成することで表わすことができる」という法則があります。たとえば,440Hz の周期で同じ形が繰り返される任意の形の波形は,440Hz,880Hz, 1760Hz,…のサイン波を組み合わせることで表わすことができます。「複雑な波形カーブが単純なサインカーブを足し合わせるだけでできてしまう」ということは直感的には理解しにくいですが,そうなっているのです。

 前回の雑記帳「澄んだ音・歪んだ音」では,これを直感的に理解していただくために,太陽光をプリズムで分解する(各周波数のサイン波に分解する)例で説明しました。今回は,直感的に理解するための別の方法として,次の単純な「弦楽器モデル」を取り上げます。
 下の図は,両側を何かでしっかりと固定された弦の図と思ってください。まだ,振動していない状態です。

振動していない弦
振動していない弦

 さてここで,弦の真ん中をはじいてみましょう。弦の両端は固定されているので,弦は下の図のように周期的に振動します。

弦の振動パターン (1)
弦の振動パターン (1)

 分かりやすいように,このときの音程が真ん中のCの音程だったとしましょう。上の弦の振動は,オシロスコープで見れば,周波数 261.63Hz のサイン波になります。  ところで,弦の振動パターンは上の形だけでしょうか? 両端が固定された弦が周期的に振動するパターンは,まだ,いろいろあります。たとえば次の図です。

弦の振動パターン (2)
弦の振動パターン (2)

 これは,真ん中の部分は振動していませんよね。丁度弦の真ん中を押さえて弦をはじいたときと同じ振動です。つまり「弦の長さが半分になった」のと同じで,2倍音,1オクターブ上のC 523.25 Hz の音が出ています。

 この調子で,弦の両端を含めて弦が動かない場所を,等間隔に順次増やしてゆくと,振動パターンをは,以下のようになります。

弦の振動パターン (3)
弦の振動パターン (3)

 上は3倍音,1オクターブ上のGの音。

弦の振動パターン (4)
弦の振動パターン (4)

 上は4倍音,2オクターブ上のCの音。




 このように,各振動パターを順次見てゆくと,振動している弦の個々の部分の長さは整数分の1にどんどんと短くなってゆき,音程は整数倍になってゆく,すなわち各種倍音が重ねられてゆくことになります。

人間の声

 で,やっと「歌」に戻ります。声の大本は声帯です。この声帯,気管のまるい管ををふさぐ形で両側から出ている筋肉で,空気が流れるときに,その縦の隙間が閉じたり開いたりして音源となる音が出ます。この声帯の振動で基本となる周波数(音程)は決まります。
 声帯は管楽器の「リード」みたいなものですが,この「リード」は「筋肉製」ですので,その堅さや形を変えることができます。この「筋肉」への力の入れ具合によって音程が決まります。
 さて,声帯でCの音程出すとします。さきの説明から分かりますように、この音には実はCの高さの音(Cの周波数を持つサイン波)だけが含まれているわけではありません。2倍音(Cの2倍の周波数を持つサイン波=1オクターブ上のC),3倍音(Cの3倍の周波数を持つサイン波=1オクターブ上のG),…と各倍音成分が含まれています。そして一番下の周波数成分(この場合はC)が人間が感じるその音の音程となります。この含まれるいろいろな倍音成分の強さに応じて音色が変わってきます。このあたりの話は,歌声でも楽器の音でも同じですね。
 ノイズっぽい声(音)の場合は,非整数倍音が多くなってきます。また,ドラム・セットの各ドラムやシンバルのように高い音,低い音の区別はできても,「音程感のない音」は,非整数倍音中心で構成されています(周期的な倍音成分が弱い)。ついでにいえば,ありとあらゆる周波数成分が入り混じったというか,完全にランダムな空気の振動は,「シャー」という感じ聞こえる「ノイズ音」になります。これをすべての可視光線が含まれている光の白色にたとえて,ホワイトノイズ(白色雑音)といいます。
 脱線しながらの話になりましたが,ひとくちに声帯が出す音,といっても非常に複雑な周波数成分を持っているわけです。この音が口の中や鼻腔などででさらにいろいろと共鳴し,さらにそれが時間経過とともに変化することで,多種多様な歌声となるわけです。

のど歌の発声方法

 さて,やっと「のど歌」の発声方法の話です。
 普通に発声されたある音程の声を聞いた場合,ひとつの音程の音しか聞こえません。細かくいえば,その声に含まれる個々の倍音成分を聞き分けられるわけですが,一般的な聞こえ方としては,「ひとりのひとがひとつの音程の声を出している」のが聞こえてきます。
 しかし口の中の形をうまく工夫すると,この声帯の振動が含んでいる数多くの周波数成分のうち,特定の周波数だけがとくに共鳴して強くなります。すると,元々の声帯が出している音程とは,別の周波数を基音とする整数倍音の系列ができて,声帯が出している音とは違った音色が聞こえてきます。楽器でたとえれば,バイオリンの胴にもうひとつ別の大きさの「共鳴銅」をつけたような感じです。これが「のど歌」です。
 さきの例のように声帯でCの音を出したとします。このとき,口の中でたとえば3倍音,すなわち1オクターブ上のGの音を共鳴させて大きくさせます。すると声帯が出しているCの音とは別にGの音が,高い笛のような音色になってはっきりと分かれて聞こえてきます。さらに伴奏楽器でCの音を奏でていると,もともとの声が楽器の音にかき消されて,甲高い笛のような音色だけがきれいに響いてくることになります。

 もともとの声帯の周波数とは違った周波数を強調させるのがのど歌です。のど歌の説明を聞いていると,バロック音楽の「通奏低音 ウィキペディア」を連想されるかたがいるかもしれません。確かに「通奏低音」と比較しての説明も見かけます。しかし,それよりもバグパイプの「ドローン ウィキペディア」でたとえた説明を目にするときのほうが多いですね。

 さて,うまく共鳴させてのど歌にするためには,「口の中の形」が肝心です。大ざっぱにいえば,Lを発音するときのように舌先を上につけて,舌と口蓋の間に空間を作って響かせます。私は舌先を上につけて舌の横から(両側あるいは片側から)息を出すように言われたのですが,舌の両脇を上につけて舌先から息を出すよう書いているのもありますね。厳密には,この空間だけでなく,そのほかの口の中や鼻腔など,いろいろな部分も共鳴させるわけですが,ポイントはやはりこの舌で作る空間の形です。しかしなにせ目に見えない部分の形なので,いろいろ自分でさぐりながら試してみるしかないので,ちょっと大変です…。

いいだみ声?

 のど歌では「複数の音程を同時に出している」とはいっても,その大本は声帯が出しているひとつの音だけです。しかし,うまく特定倍音を強調することで,複数の音程が聞こえてくるわけです。ところで,口の中で特定周波数を強調するわけですから,もととなる声帯が直接出している「音」には,なるだけたくさんの周波数成分が含まれているほうが,都合がよいことになります。では「たくさんの周波数成分が含まれている音」とはなんでしょうか? みなさん,ちょっと考えてみてください。
 上の方でヒントになる話(というか答えそのもの)があるのですが,答はノイズっぽい声です。もっと分かりやすくいえば「だみ声」です。魚屋とか市場のセリでおっちゃんが出しているあの「だみ声」です。浪花節でも「だみ声」を使う場合がありますね。あとチベット仏教のお坊さんの声明(しょうみょう)も「だみ声」を使っています。のど歌を歌っている人の話を聞くと,とにかく「いいだみ声を出せ」とのことです(「いいだみ声」ってなんだ?)。「ベルカント」と違って,ノイズっぽい「だみ声」がいいわけです。「のど歌」の本場が中央アジアなのは,広い草原で「のど歌」を歌うと,ノイズっぽい音は遠くには届かず,笛のような音色だけが遠くまで響きわたる,という地形的な理由もあるのかな?(狭い閉鎖的なところで歌ったのではノイズっぽい声が目立ってしまう?)と勝手に解釈しています。
 「ベルカント」でクラシック音楽を歌っているかたがたにとって,「だみ声で歌え」というのは,ある意味とんでもない話かもしれません。しかし,のど歌を歌うためには,ともかく「だみ声」を出す必要があります。(慣れてくるとだみ声でなくても複数音程だせますが…。) 合唱をさているかたがたの中には,「だみ声を練習するとのどをつぶしそう」な気がして,のど歌に挑戦するのをためらうかたもいるかもしれません。たしかに,私も何十年も昔の小さい頃,「浪曲でだみ声を出せるようになるために,のどから血が出るくらい練習してわざとのどを傷をつける」なんて話を聞いたことがあります。
 しかし,私の個人的な意見を言わせてもらえば,「だみ声を出すこと」と「のどをつぶしてしまうこと」とは別のことだと思ってます。私自身は,「だみ声を出すためにはのどから血が出るくらい練習しなければだめだ」というのは単なる「俗説」か,「誤ったやりかた」だととらえています。
 なぜ,そう思うようになったかといいますと,いままでのど歌のコンサートを何回か聞きに行って,だみ声の歌を聴いているのですが,その同じ歌手のかたが,普通にきれいないい声でも歌っているからです。つまりのどを傷つけてなどいないのです。
 以下,私の推測です(誤りがありましたら,ご指摘ください)。たとえば浪花節などでだみ声を出す練習を一生懸命して,のどを傷つけて血が出てしまったとします。(注:「浪花節=だみ声」ではないそうです。だみ声で有名な浪曲師のかたがいたためにそういうイメージができあがってしまったのが真相のようです。) しかし,仮にのどに傷が残ったとしても,もともとだみ声を出すことが目的だったので,地声がだみ声になってしまっても,さして実害はありません。むしろ逆に,「のどから血が出るまで一生懸命練習したのだ」と,指導する側も練習する側も「肯定的に納得」してしまっていたのではないでしょうか?
 「ベルカントよりも,だみ声のほうがのどへの負担は大きい」ということがあるかもしれません。しかし,発声練習のやりすぎでのどを傷つけてしまうのは,「だみ声」でも「ベルカント」でも,同じだと思います。ただ,「ベルカント」では致命的なのどの傷の後遺症も,もともと「だみ声」を出すための練習の場合はさほど問題がないため,「過度な練習」が誤って肯定的にとらえられていただけではないのかと,私は想像しています(あくまで個人的な見解です。間違っていたらご指摘ください)。
 とはいえ,歌手の「りりぃ」はハスキーな声を出すためにのどをわざとつぶしたそうです(ですから普通にしゃべるときも声はかすれています)。のど歌歌手を聞いていると,「だみ声」はのどを傷つけてしまわなくても出せることは納得できるけれど,微妙にかすれた「ハスキー・ボイス」は,どうなのか? 「かすかにかすれさせる」というのはきれいな傷のない声帯では,難しいのか? ここらへんは,私もよく分かりません。(注:「りりぃ」といっても 1972年デビュー,1974年のヒット曲「私は泣いています」でおなじみのシンガーソングライターの「りりぃ」であって,2010年発売開始のボーカロイドの「Lily」でも,2010年メジャーデビューの「Lily.」でもないですよ──って,これは若い人向けの注意ですかね。こんな「注意」をするとかえって混乱するかたがおられるかも?)

通常の歌い方では出せない音域まで出せる

 ところでこののど歌,特定周波数を強調するわけですから,うまくやれば普通の歌い方だと出せない,つまり通常の人間では出せない音域まで出せる,という話も読みました。もちろん,原理的にはもともと含まれている周波数の音しか増幅できないわけですが,通常の歌い方では,弱すぎて聞こえてこない周波数の音が増幅されてはっきり聞こえてくるというわけです。非常に高周波の超音波の領域までわたって,純正律のきれいな和音で響くので,アルファ波を誘導するとかいう話も聞きます(あまり確証はないですが…。でも,チベットのお坊さんのだみ声を考えると,この音色は「瞑想」に向いているのかも…)。のど歌のコンサートのとき私の後ろ座っていた人が「『うぃ~』というのど歌独特の響きを聞いていると,気持ちよくなって眠くなってくる」としゃべってましたし,私もそう感じます。また,人間より高い周波数の音を聞きことができる動物に聞かせると,たとえば牛が近寄ってきたり,ライオンが落ち着いてきたりする,なんてことを紹介しているテレビ番組がありました。だんだんと,「どこまで信憑性があるか?」あやしい話になってきましたが,ともかく,のど歌をほんとうに堪能するには,22.05kHzを越える周波数がカットされてしまうCDでは不十分で,生で聞く必要がありそうです。
Female Mongolian Throat Singer YouTube
女性歌手なんですが,すごく低い音から高音域までをカバーしていますね。

まずは「だみ声」の練習から?

 さてみなさん。「のど歌」に挑戦してみませんか? まずは「だみ声」の練習から? ともかく,いまはインターネット上にいろいろなのど歌チュートリアルがあって,昔に比べれば,ずいぶんと情報を得やすくなっていますよ。


Signature of Grotle