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デジタル時代の曲作り

手書き譜面はもう古い

2014-11-15


「伝統的」曲作りシーン

みなさん,作曲家が曲を創っているときの「様子」というと,どんな「姿」を想像しますか? 私が思い浮かぶ「伝統的」な曲作りシーンといえば,ピアノの前に座って音を取りながら,五線紙に音符を書き込んでいる姿です. もっとも一流の音楽家となると,楽器が手元にある必要はないようですね. 映画「アマデウス」の終盤には,病床のモーツァルトが,頭に浮かんだメロディーを口頭でサリエリに伝えて,譜面に書いてもらうシーンがありました.

デジタル化の波

ところで,コンピューター(ハードウェアとソフトウェア)の進歩により,「ピアノの前に座って手書きで楽譜を書く」という曲作りシーンが過去のものになりつつあることをご存じでしょうか? パソコンと音楽用ソフトウェアがあれば,音を確認しながら楽譜を作成することができますし,MIDIキーボード(鍵盤楽器型の入力装置)をつなげばさらに入力が楽になります. それだけでなく,いまどきのDAW(Digital Audio Workstation)と呼ばれる楽曲作成用ソフトウェアは,できあがった「総譜」をパソコン上のソフトウェア・シンセサイザーを使って,フルオーケストラの音で再生して確認することもできます.というか,そもそもこうしたツールは,アナログ時代のマルチトラック・レコーダーを,パソコンを使ってデジタル化したものでもあり,生演奏を録音・(デジタル)編集し,最終的なレコーディング用のマスタデータ作成までできるツールなのです.

かつて小説家は,原稿用紙に向かって万年筆を走らせていました. しかしいまでは,ワープロを使って執筆することは,ごく当たり前のことになっています. 「手書き」にこだわる作家のかたもいらっしゃるでしょうが,ごく一部の「例外」といってよいと思います.

同様のことは,「絵」についてもいえます. もちろん,キャンバスに描かれた「油絵」や和紙に描かれた「水墨画」を求めるなら,「伝統的手法」にしたがって描かざるを得ません. しかし,パソコンに描画用ソフトウェアをインストールして,グラフィックス・タブレットとスタイラス(専用の入力用ペン)をつないでおけば,お絵かきができます. YouTube には,パソコンを使って描いている動画がたくさんアップされているので,参考にしてください. パソコンを使うことで,パソコンならではのいろいろな「効果」をつけることもできます. もちろん,「油絵風」とか「水墨画風」の描写もできます. 「修正作業」をやりやすいのは,ワープロの場合と同様です. そもそも,いまや電子入稿が当たり前の著作物なのですから,その挿し絵をわざわざ紙に描いてもらう必要などないわけで,初めからすべて電子データで済ませるほうがすっきりします.

こうした「時代の流れ」が,「曲作り」の場にも押し寄せてきている,というわけです.

コンピューター音楽の利点

「手書き楽譜」が「コンピューター入力楽譜」に変わって,入力・編集が楽になるだけでは,ありません. いろいろな場面において,コンピューターが曲作りのサポートをしてくれます.

曲作り用のソフトには,膨大な数の「ループ素材」というのが入っています. これはなにかといいますと,たとえば,ギター,ベース,ドラムなどのいろいろな楽器の演奏パターンの1~数小節の演奏サンプルです. 気に入ったパターンがあれば,それをどんどん貼り付けてゆくことで,伴奏ができあがるのです. 設定されたコードに従って,音程も自動的に合わせてくれます.(もっと簡単に済ませたければ,コード進行と,「演歌調」とか「ロック調」といった「曲想」を指定ししておいて,あとは自動で伴奏を作成する,という機能すらあります.)

この「ループ素材」を使った曲作りの方法と従来の「伝統的」曲作りの方法は,「家造り」における,「プレハブ」工法と「手作り」工法との違いに似ています. 家を造るとき,昔は大工さんがひとつひとつのパーツを手作りしていました, たとえば,窓ひとつ作るにしても,寸法を決めてその大きさに合わせて木を切って窓枠を作り,ガラスをはめ込んでいたわけです. しかしいまは違います. 窓の寸法が決まったら,壁に窓を入れる枠を開けておき,寸法にあったサッシ窓をカタログの中から選んではめ込むだけです. YKK の何番の製品を使おうとか,TOSTEM のこの型番がいい,といった感じです. 「よい窓」を作るのに大切なことは,昔だったら大工さんの「のこぎりの腕前」だったわけですが,いまは「膨大なカタログの中から,その家に合った適切な商品選び出す能力」に変わったわけです. 音楽の世界でも,同様にこうした「素材を選び出す能力」が大切になってきた,ことになります.

「よい家」とは?

さて,「手作りするのが音楽であって,そんな『プレハブ音楽』なんかだめだ!」という声も聞こえてきそうですが,もう一度,「家造り」でたとえてみます.

「プレハブ住宅」ではなく「手作りの家」にあこがれる気持ちは私にもあります. でも,実際問題として,100%手作りの家なんて非現実的です. たしかに,腕のいい大工さんが手作りした家はいいでしょう. しかし,とんでもない費用がかかるのが目に見えています.

そもそも,「よい家」というのはどういうものなのでしょうか? 大切なことは,「そこに住んでいるかたがハッピーなのか否か?」ではないでしょうか? その家が「プレハブか手作りか?」ではないはずです. お金もないのに無理して「手作り」にこだわる必要もないです. もちろん,少々無理してでも「手作り」にこだわるかたがいらっしゃってもかまいません. でもそれはそのかたの「嗜好」であって,ほかのかたが「手作り」にこだわる必要はまったくありません. 建設費はリーズナブルな範囲に押さえて,ゆとりを持って新しいプレハブの家でハッピーな生活を続けるほうがよい場合が多いのではないでしょうか?

「よい曲」とは?

話を「曲作り」に戻します. そもそも,「よい曲」というのはどういうものなのでしょうか? 大切なことは,「それを聞いたかたが『すてきな曲だなぁ』と感じるか否か?」であって,「ループ素材を使っているか否か?」ではないはずです.

ある人がすてきなメロディーの歌を作ることができたとします. しかし,歌詞と主旋律を作っただけでは,ちゃんとした「音楽作品」にはなりません. 伴奏をつけて,すてきな声の歌い手に歌ってもらわないといけません. このときの「助け」になるのが曲作りをする DAW ソフトウェアであったり,歌声を合成する VOCALOID ソフトウェアなわけです.

自分のバンドやオーケストラを持っていなくても,適当な歌手がいなくても,フル編成のバンド(オーケストラ)のための総譜を作れなくても,コンピューターの力を借りて,自分の歌を「楽曲作品」にまで仕上げることができるのです.そしていまの時代,できあがった自分の楽曲作品を YouTube やニコニコ動画といった動画共有サイトで発表することもできるのです. (説明は省きましたが,曲に動画をつけるのにもコンピューターがいろいろと手助けしてくれます.) そうしたデジタル環境を使った曲作りと発表を通して,有名になった作詞&作曲家のかたがたもいらっしゃいます.

Singer Song Writer Lite 8 のスコアエディター画面

Singer Song Writer Lite 8 のソングエディター画面
 DAWソフトウェアの画面例
(Singer Song Writer Lite 8)
上のような画面見ながら「曲作り」します.

VOCALOIDソフトウェアの画面例
 VOCALOIDソフトウェアの画面例
(VOCALOID 3 Editor)
こちらは,歌データを作るVOCALOIDソフトウェアの画面例です.

ピッチ補正,リズム補正

音楽に関するデジタル技術について,ついでに書いておきますと,少々音程やリズムの怪しい歌い方/演奏をしていても,デジタル編集でピッチ補正,リズム補正することができます. いまどきのアイドル歌手のCDでは,基本的にこうした補正がされていることをご存知のかたも多いと思います. 次のサイト


で,レコーディング・エンジニア(兼社長)のかたも書いておられますが,「今ではピッチ修正しないなんて時代遅れと思われる状況」なのです. なにせ,定価1万円程度の DAW ソフトでもこうした補正機能がついている時代ですから….(使ったことはないですが,私の持っているソフトにもこの補正機能はあります.)

作曲を勉強するには,まずコンピューターの勉強を

話を「曲作り」に戻します. 書名を忘れてしまって申し訳ないのですが,ある作曲の入門書を読んでいたら,「これから作曲を勉強しようと思うかたは,まずコンピューターとインターネットを勉強しなさい」と書かれてありました. もうそういう時代なのです.

繰り返しますが,小説家がワープロを使い始めたように,これからは曲作りにもコンピューターを使う時代です. 「よい曲か否か?」は「ループ素材の切り貼りか否か?」ではありません. しかしここまで書いても,「コンピューターを使って作った音楽」に否定的な考え方を捨てきれないかたがたもいらっしゃると思います. 私は,「手書き曲作り」を否定しているわけではありません. それも「ひとつの曲作りのスタイル」だと思っています. しかし,曲作り作業の中にどんどんコンピューター操作が入ってくる流れは,もはや避けられないです.

思い起こせばワープロが登場したときも,「ワープロではだめ」,「手書きでないとよい作品は書けない」という主張がありました. しかし,ひとつの執筆スタイルとしての「手書き」は残っていても,いまどき,こうした主張をするかたはいらっしゃらないと思います. 音楽分野においても,同様になると私は予想しています.

コンピューターにサポートしてもらいながら曲作りをすることは,なにか「ズル」をして「簡単」に済ませている,という印象をお持ちのかたもいらっしゃると思います. 私自身,こうした音楽関連のソフトウェアを使っていますが,その「実感」から言うと,コンピューターに「助けられている」のは事実です. しかし,この「コンピューターを使って曲作りをする」ためには,また別の知識・能力が要求されます. 音楽関係のソフトウェアを使いこなす作業は,はっきりいって,みなさんの多くがワープロや表計算のソフトウェアを普通に使うより,ずっと難しい作業です. だからこそ,さきの作曲入門書に書かれていた「これから作曲を勉強しようと思うかたは,まずコンピューターとインターネットを勉強しなさい」という言葉に意味があるわけです. 音楽能力の不足分はコンピューターがサポートしてくれます. が,そのサポートを十分に活用するには,コンピューター・リテラシー,インターネット・リテラシーがないと話になりません. 逆にいえば,音楽能力があってさらに,コンピューターやインターネットを使いこなすことができれば,さらに音楽活動の幅を広げ,レベルをあげることができるわけです.

コンピューターを使うからといっても,なにも「ループ素材」にこだわる必要はありません. あるループ素材がもうひとつ気に入らなければ,自分でそれを「補正」してもよいわけですし,適当なループ素材が見当たらないとか,そもそも自分の頭の中に気に入った演奏パターンがあるのなら,自作のものを使えばよいわけです. このように,コンピューターに頼りながらも,自分の能力に合わせて,「手作り」部分を織り交ぜていけばよいわけです. ということで,音楽に関して十分に能力がおありのかたも,それなりの能力だけのかたも,コンピューターの使いこなしを勉強する価値は十分にあると思っています.

ただし,音楽を始めたときにすでに身近にコンピューターがあった若い世代と比べて,コンピューターなしで音楽をずっとやってこられて,すでに「一定の年齢」に達していらっしゃるかたがたにとって,音楽活動においてコンピューターを使い始めることは,はっきり言って「楽ではない」と思います. まぁ,「やる気」があればなんとかなるとは思いますが,ワープロを覚えるよりたいへんなことは「覚悟」しておいてください.

さ~て,みなさんが「曲作り」をするとして,「小説家」に例えるなら,みなさんは「手書き執筆」にこだわりますか? それともさっさと「ワープロ」に乗り換えますか?


Signature of Grotle