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「子供の歌」のすごさ

語彙と長さの制約の中で…

2015-05-15


童話のすごさ

今回の雑記帳は,「歌詞」についてのお話です. でも,その前に,ちょっとばかり「長い」前置きをさせていただきます.

私は,それほど小説を読むほうではないのですが,トルストイの「戦争と平和」やドストエフスキーの「カラマーゾフの兄弟」といった「長大な」小説も,一応読んできました. 実のところ,この2作品は私のお気に入りの小説の中に入ってます. 両作品の長さは「読書家」にとってはどうってことはないとしても,「気楽に読み通せる小説」とは言い難いので,「だれにでもお勧め」と言うわけにはいきません. でもいい作品なので,「その気」のあるかたにはお勧めします.

それから,「長い小説を読むのはちょっと…」というかたがたには,ソ連(当時)が革命50周年(つまり1967年)に制作した映画版の「戦争と平和」をお勧めしておきます. イタリア・アメリカ合作映画の「戦争と平和」(1956年,配役 ナターシャ: オードリー・ヘップパーン,ピエール: ヘンリー・フォンダ,アンドレイ: メル・ファーラー)も,そう悪くはないのですが,「ラブ・ロマンス中心のハリウッド映画」という感じもあるので,「トルストイ」をより感じさせるソ連映画のほうを強くお勧めします.

ソ連映画のほうは,セルゲイ・ボンダルチュクが監督と主役(ピエール)をこなし,他の主役は,ナターシャがリュドミラ・サベーリエワ,アンドレイがヴャチェスラフ・チーホノフとなっています. 「リュドミラ・サベーリエワ」といわれても,ぴんと来ないかたが多いと思いますが,その後 1970 年のイタリア映画「ひまわり」でマルチェロ・マストロヤンニやソフィア・ローレンと共演しています.

このナターシャがかわいいんですよ. 映画の最初のほうの元気いっぱいの少女ナターシャと,ラストシーンの落ち着いた大人の女性の雰囲気のナターシャの違いも注目です. (とういうか,そもそも,挫折を経験しながら成長してゆくナターシャの物語が,「戦争と平和」の重要な要素のひとつなのです.) この映画,私がもっとも好きな映画の中のひとつでもあります. いまは DVD でもご覧いただけます. ただし,なにせ長大な小説をもとにした映画なので,上映時間も 400 分を超える超大作となっています. 長編小説を読むのが苦手なかたのために映画版をお勧めしましたが,映画で見るのも正直言って楽ではないです.(^_^;

冒頭から脱線気味の前置きでなかなか本題に移れないでいますが,ロシアの長編小説を紹介するのが今回の目的ではありません. 実は,もっとシンプルで短い,小さな子供でも楽しめるような作品の「すごさ」を書くために,まずはその真逆の「長大な作品」に触れただけのことです.

上に取り上げた「長編小説」はすばらしいのですが,私自身,子育てする中でいろいろな「童話」を読んで,童話作家の感性のすごさ,表現力のすごさにも感心させられました. 成人を対象とした小説なら,いろいろな難しい表現も駆使して,必要なら「戦争と平和」のような長大な小説に仕上げることもできます. でも,相手が子供だとそうはいきません. そもそも,使える「語彙」が限られてしまいます. そして,いくら言いたいことがいっぱいあって,頭の中から次々とイメージが湧いてくるとしても,何千ページにもなるような作品を書いたのでは,子供は手に取ってくれません.

おっと,ハリーポッター全7巻合わせると,軽く数千ページになりますね. そしてたくさんの小学生が,ハリーポッター全巻を読み通していると思います. J.K.ローリングがすごいこともありますが,「子供向けだから短く」というのは,大人のステレオタイプな考え方なのかも….
絵本「ちいさいおうち」の表紙
絵本「ちいさいおうち」

それはともかく,通常,童話作家は,限られた「語彙」を駆使して,限られた長さの中で感動を呼ぶ物語を書きます. 長大な小説を書ける小説家もすごいですが,このような厳しい「制約」の中で,感動を呼ぶ作品を書ける童話作家というのもまたすごい,と思いませんか?

そろそろ本題に移りたいので,前置きの最後として,私が感動した童話(というか絵本)の中から一つだけ紹介しておきます.
ちいさいおうち(1954年,バージニア・リー・バートン著,石井桃子訳)
どなたです? 「戦争と平和」は無理だけれども,これなら読破できる!」とおっしゃっているかたは? (^_^)

童謡のすごさ

この「雑記帳」は,「音楽」をテーマにしています. そして私が今回書きたいのは,「童話」ではなく「童謡」などの子供向けの歌についてです. 子供向けの歌の場合も,「童話」同様使える「語彙」が限られています. それでもすてきな歌詞はいくつも存在します.
さんぽ
そうした歌の中で,私がどうしても紹介したい歌が「さんぽ」(中川李枝子 作詞,久石譲 作曲)です. ジブリ映画「となりのトトロ」のオープニングであまりにも有名な曲ですね. この歌の作詞者は,「ぐりとぐら」などでおなじみの童話作家の中川李枝子さんです. 私はこのかたの童話が好きなのですが,今回取り上げるのは,童話ではなく歌詞です.

あるこう あるこう わたしはげんき
あるくのだいすき どんどんいこう
……
「さんぽ」という歌は,あちこち歩いていろいろな動物に出会ったりすることを行進曲のリズムで歌っている歌です. 小学校や幼稚園の運動会の入場行進に,よく使われていますね. 著作権の関係上,ここに全歌詞を掲載することは控えますので,詳細は,みなさん各自でご確認ください.

で,歌詞をよく読んでみると,「あれっ」とあることに気づきました. 散歩しながらいろいろな動物に出会うシーンの歌詞を書くのなら,たとえば「きれいなチョウチョが飛んでいいる」とか「かわいい小鳥がさえずっている」とか書きたいところです. しかし,「さんぽ」の歌詞の中には,そういう「定番」の「かわいい動物」が出てこないのです. クモが好きなかたはあまりいらっしゃらないと思いますが,
映画「となりのトトロ」のオープニング映像
映画「となりのトトロ」のオープニング映像
クモの巣くぐって下り道
という歌詞があったり,通常好まれない爬虫類が,
日なたにトカゲ,ヘビは昼寝
といった具合に登場し,人を化かす役割を演ずることが多い動物たちも
キツネもタヌキも出ておいで
といった調子で歌詞が続きます. この歌詞を見て,「さすが中川李枝子さんだな」と感心させられました. 貧相な発想力の私には,「きれいなチョウチョ」や「かわいいリスやウサギ」を書き連ねる発想しかなかったからです. でも,それだとありきたりのつまらない歌詞になってしまいます. この歌詞のインパクトは,やはりクモやヘビがいるからだと思います.

それであらためて思い起こしたのが,映画「となりのトトロ」のオープニングを一番最初に見たときの印象です. 井上あずみさんの歌う「さんぼ」が流れるオープニングでは,主人公のメイ(4歳の女の子)が歩いている姿とともに,クモやらヘビやらトカゲやらムカデなどが登場します. 初めてこのオープニング映像を見たときは,「えっ,なんでクモやムカデなの?」と違和感を持ったことをはっきりと覚えています. でもよくよく考えると,宮崎駿監督は中川李枝子さんの歌詞を十分にくみ取って,それにあったオープニング映像を作ったのですね.

このほかに「さんぽ」の歌詞が「すごいな」と感じるところは,節(ふし)をつけなくても,歌詞だけですでに「歌っている」ということです. この歌詞をお持ちのかたは,音符は見ずに言葉だけを追ってみてください. リズムに乗った歌詞を読んでいるだけで,歌っている気分にさせてくれます.
カルタもお勧め
中川李枝子さんからみで,ついでに書いておきます.

私は,3人の子供を育てる中で,いっしょにカルタで遊ぶことがありました. で,いくつかのカルタで遊んでみたのですが,私のお勧めは中川李枝子さんの「ぐりとぐらかるた」です. まず第一に,語呂がよくてリズミカルに読めることがいいです. そして,実妹の山脇百合子さんが描かれたカルタのかわいい絵が,読み札の内容とよくマッチしているのもよかったです.

なにしろ,小倉百人一首はまるで覚えていない私ですが,この「ぐりとぐらかるた」は,やっているうちに全部覚えてしまったくらいです. 余談ながら,このカルタを知らない大人は,このカルタで遊び慣れている幼稚園児に負けますよ. 小さな子供は,カルタを探すとき「文字」でなく「絵」で探すので,見つけるのがすごく早いですから….
アンパンマンのマーチ
もうひとつ,私が紹介しておきたい「子供向けに作られた歌」について書きます. (実のところ,「子供の歌」,「大人の歌」といった二元論的な分けかたは,私は好きじゃないのですが….) それは「アンパンマンのマーチ」(やなせたかし 作詞,三木たかし 作曲)です.
アンパンマンのイラスト
アンパンマン

実はこの歌詞,個々の単語は難しくないのですが,内容がやけに「重く」て「哲学的」なのです.

何のために生まれて
何をして生きるのか
答えられないなんて
そんなのはいやだ!
……
この歌も,「さんぽ」同様みなさんお聞き覚えがあると思います. でもみなさん,この歌詞の内容を,これまでずっと聞き流してこられてはいませんでしたか? いま一度真剣に「文字」を読み直してみてください. そうすると,「おいおい,幼稚園に行くか行かないかの子供にこの歌詞を歌わせるの?」といいたくもなる歌詞です. そうでしょ? 3~4歳のこどもが「何のために生まれて,何をして生きるのか?」なんて歌うんですよ.

やなせさんは,アンパンマンを当初小学生向けに書き始めました. ところが,実際には幼稚園とかそれ以下の小さな子供の間で人気となったのです. やなせさんは,当時のことを次のように書かれています.
絵本の評論では一度もとりあげられたことはない。まったく無視されていた。
最初に認めたのは、三歳から五歳ぐらいまでの幼児だった。まだこの世に生まれたばかりで、文字もほとんど読めない、言葉もおぼつかない、よちよち歩きの赤ちゃんたちである。何の先入観もなく、欲得もなく、すべての権威を否定する、純粋無垢の魂をもった冷酷無比の批評家が認めた。
ぼくはかすかな戦慄が背筋を走るのを感じた。これはえらいことになった。
やなせたかし,アンパンマンの遺書,岩波書店,1995
「となりのトトロ」に登場するメイと同じ年代の小さな子供たちが,まっさきに「アンパンマン」を高く評価したわけです. さてでは,やなせさんとしては,アンパンマンをどう書き続けるのか? 当初は小学生の読者を想定していたけれど,これからは5歳以下の小さな子供を意識した内容や表現で書き進めていくのか? 違いますよね? やなせさんは思ったのです.
最初の『あんぱんまん』の絵本は、幼稚園・保育園に直接販売される直販本であって、普通の書店には出ない。一九七七年になってはじめて(キンダーおはなし絵本傑作選の中の一冊として)、ハードカバーで市販された。それでも人気は幼児の世界だけで、世間的には無名だった。
幼児というのはいったい何だろう。
アンデルセンも、グリムも、ルイス・キャロルも認めない。気に入らない絵本はほうりなげてしまう。絵本評論家が「幼児絵本とは……」と難しい理論を言っても通じない。好きか、嫌いか、明確に判定する冷酷な批評家である。しかも、今年の幼児と来年の幼児はちがう。たえず流動し入れかわっている。
この読者層に対して、大人はどう対処するのか。甘い赤ちゃん言葉で「かわいいウサちゃん」ぐらいのところでお茶をにごしていたのではないか。
ぼくは真剣に考えるようになった。そして、自分のメッセージをしっかりと入れることにした。
「正義とは何か。傷つくことなしに正義は行なえない」
やなせたかし,アンパンマンの遺書,岩波書店,1995
おとなが勝手に考えた「幼児向け表現・内容」にはせず,「自分のメッセージをしっかりと入れる」ことにしたのです. 余談ながら,上のところを読んで,そういえば「さんぽ」の歌詞にはトカゲやヘビは登場しても,「かわいいウサちゃん」なんて出てこなかったな,と思いました. こうして,やなせさんが赤ちゃん言葉でごまかさなかったから,あの「アンパンマンのマーチ」の歌詞ができあがったわけです.

書き続けるのもくたびれてきたので,さらに詳しく突っ込んで読んでいきたいかたは,次のサイトややなせさんの本を参考にしてください.
アンパンマンができるまで

難しい表現は使わない,でも手は抜かない

中川さんややなせさんの「歌詞」やその他「子供向け」に書かれたものを読んで私の感じたことを,2点にまとめなおしておきます.

ひとつは,不必要に難しい言葉は使わない,ということです.
表現能力さえあれば,難しい言葉を使わなくてもすばらしい気持ちを表現できます. 世の中には,「大人向け」の難しい単語を並べて偉そうに格好をつけて表現しているものの,よくよく考えてみると「大したことはいっていないじゃない」といった,中身のない文章,発言が結構あるように思います. こうはなりたくないものです. 中川さんややなせさんの作品をよく味わってみたいものです.

もうひとつは,不必要に難しい言葉を並べることはしないが,相手が子供であっても変に「お子さま向け」にはしない,手を抜かない,ということです.
「アンパンマンのマーチ」の歌詞が,小さな子供には「重すぎるのでは?」という問いに対して,やなせさんは「重くて構わない.大人になったときにその意味を理解してもらえばいいのだから」と答えたそうです. 「手抜き」をされれば,子供は子供なりに「軽くあしらわれている」ことを感じ取るのではないでしょうか? 「あしらわれる」という言葉は知らないでしょうけれど,いい気持ちはしていないはずです.作る側にしても,「手抜き」の態度では,良い作品は作れません.

別に相手が小さな子供でなくても,同様のことがいえると思います. たとえば,ある分野のことを良く知らない人にその分野の話をするときでも,適当に話してごまかして,簡単に済ませてしまうのではなく,真剣に向き合っていくということです. (難しい言葉を並べて煙に巻く,という意味ではないですよ.)

ブランドに惑わされずに…

さていかがでしたか? 「子供向けの歌」といっても,いい歌にはすごい「思い」が込められていることが感じとれるのではないでしょうか? 有名オーケストラが演奏する,有名音楽家の作った有名な曲を聴くことで,「一流の音楽を聴いているのだ」と「理屈」で納得していてはだめです.

世界的な一流画家の絵が何億円もするのは,別に珍しいことではないですよね? でも,その絵が偽物だと分かると,絵の値段は暴落し,買わされた人は激怒します. つまり,「絵そのものの価値」に値段が付いているのではなく,「その画家が描いている」ことに値段が付いているわけです.

でも,小さな子供は,自分がいいと思った「そのものの価値」だけで評価します. いくら「この歌詞は有名な詩人の先生が書いてくださったのですよ」とか「有名作曲家の先生が作曲してくださったのですよ」とか「有名なピアニストが弾いているのですよ」とかいっても,見向きもしません. だから,「子供に受ける作品」を作れるということはすごいことなんです. そして「名前や肩書」に惑わされず,子供と同じように「この作品はステキだ!」と感じる感性をもっているかたも,すごいわけです.
「ことも向けの簡単な歌」だと聞き流されがちな曲であっても,上にあげたようなすぐれた歌には,大人のにとっても「ガツン」と感性に訴えるものがあり,十分に聞く価値のある歌だと思います. みなさまにとって,そういう歌はおありでしょうか?


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