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発車メロディーの秘密

たかが「発車メロディー」,されど「発車メロディー」

(別に「秘密」でもなんでもなく,多くのかたが気づいていないだけなんですが….(^_^)
2012-12-09

地下鉄御堂筋線

 大阪の地下鉄御堂筋線は,大阪市の中心部を市外も含めて南北に貫いています.この路線各駅の案内アナウンスは,北行き(千里中央方面行き)の列車については男声の声,南行き(なかもず方面行き)については女性の声になっています.そして,そのアナウンスの直前に流れる短いメロディーや,電車がホームに入ってくる直前の警告の短いメロディーも,北行きと南行きとで違っています.
 御堂筋線以外の大阪地下鉄がどうなっているかまでは確認していませんが,駅のプラットホームで聞くことのできる「音楽」も,ちょっと注意すると,いろいろと興味深いことに気づかされます.

JR東日本 山手線・中央線

 駅のメロディーでまず気になるのは,作曲家の玉木宏樹(たまき ひろき)氏(「玉木宏」じゃないですよ! (^_^) )が著書「音の後進国日本」(1998年)[1]や「純正律は世界を救う」(2002年)[2]の中で,厳しく批判されているJR東日本の山手線や中央線の発車メロディーです.氏の主張をまとめると次のようになります.
 まず,音そのものが味気ない電子音.そして流れるメロディーも.抑揚なく機械的なリズム.しかもメロディーの開始・終了を車掌が操作しており,扉を閉める直前に,メロディーの途中であってもブチッと打ち切られてしまう.あんなメロディーを流すくらいなら単純なベルの音のほうがまし.
 といった具合で,ともかく「こきおろされていた」のが印象的でした.
 私自身は関西住まいで,玉木氏の著書を読んだ頃は東京へ出張で行くことなかったので,問題のメロディーがどんなものなのかを確認する機会はありませんでした.実際どうなんでしょうかね? もっとも,いま現在は変わっているかもしれませんが….

京阪電車

 「JR山手線の発車メロディーの問題」を「純正律は世界を救う」で読んで知ってからほどなく,我が地元の京阪電車が,「2008年10月の中之島線開業に合わせて,駅の発車メロディーの作曲を,フュージョンバンド『カシオペア』の(当時の)キーボーディスト向谷実(むかいや みのる)氏にお願いしている」というニュースを知りました.向谷氏といえば,ミュージシャンであるとともに大の鉄道ファンとしても有名なかたで,鉄道運転のシミュレーション・ゲーム「Train Simulator」シリーズの制作者でもあります.
 JR山手線の発車メロディーのひどさをたっぷりと「刷り込まれて」いた私でしたが,ミュージシャンでもあり鉄道ファンでもある向谷氏が関わっていて,玉木氏ががこきおろすような発車メロディーになるはずはないだろう,と思いながらその登場を待っていました.
 で,いまは毎日,その向谷氏のメロディーを聞きながら通勤しているわけですが,さすが,よくできています.くわしくは向谷氏の著書「鉄道の音」[3]を読めば分かるのですが,JR山手線との違いをかいつまんで以下に書きます.
 JR山手線の場合(というか多くの鉄道会社の場合),発車メロディーを開始・終了させるのは車掌です.ですから,ワン・フレーズが終わる前にブチッと切られてしまう場合もありますし,2,3回目の繰り返しに入ってから切られる場合もあります.はっきりしているのは,メロディーは途中で打ち切られてしまう場合が多い,ということです.
 いっぽう京阪電車の新システムの場合,発車メロディーは発車信号と連動します.つまり,車掌の手を介することなくメロディーは鳴り始めてきちっり8秒後に鳴り終わると,発車信号が緑に変わり,「扉が閉まります」の自動アナウンスが入り,車掌は扉を閉めます.ということなので,向谷氏はワンフレーズ8秒の曲を作ればよく,このメロディーは必ず最初から最後まで1回だけ流されます.
 これって,どうでもいいことのようで実はすごいことなのです.電車に乗ろうとホームの階段を上っていたときに,発車メロディーが鳴り始めたとします.すると,「あとどれくらいで電車の扉が閉まるのか?」先が読めるのです.なにより肝心なのは,曲の途中で突然扉が閉まることは「絶対にありえない」のです.そして車掌もメロディーの開始・終了操作に煩わされずに,安全確認などの作業に集中できます.
 いっぽう,車掌が操作する発車メロディーだとどうなるか? 向谷氏の言葉を借りると…,
 ユーザーは最悪のケースを想定しますから、発車メロディーを聞いたとたん,「いますぐにもブツッと切れて扉が閉まるかもしれない」と考えるわけです。で、焦る。これでは駆け込み乗車を助長させているのではないかと思うのです。[3]
となります。
 私は鉄道の信号システムにさほど詳しくないのですが,こうした,「信号と連動した自動アナウンス・システム」というのは,増えつつあるのではないかと想像しています.

信号と連動していないと…?

 私自身,たとえばJR西日本の大阪駅で,こんなことをよく経験します.環状線に乗ろうとホームへの階段を上っていると,「まもなく発車します」とのアナウンスが聞こえてきます.反射的にあわてて電車に駆け込みます.ところが,一向に発車しない.そして「まもなく発車します」「お急ぎください」のアナウンスが何度か繰り返されて,ひどいときには数十秒後にやっと電車は扉を閉めて走り出します.で,「なにもあわてて駆け込むことはなかったじゃないか!」と「イラッ」とするわけです.
 これって,信号と連動していないからこうなるのでしょうか? それとも,信号と連動してはいるけれども,JR環状線は京阪よりも車両が長いし乗降客も多いので,多くの人の乗降を確認していると,どうしても,信号が変わったからといってもすぐに扉を閉められないからなのでしょうか? ともかく,JRの場合は,扉が閉じるタイミングを「先読み」できないので,「発車します」のアナウンスがあったとき乗り遅れたくなければ,とりあえず駆け込むしかないのが現状です.

単に発車ベルをメロディーに変えただけではない

 話を「京阪の発車メロディー」に戻します.
 京阪電車の場合,京都方面行きと大阪方面行きとで,メロディーを変えています.しかも,京都行きは「古都京都」をイメージしたメロディーになっていますし,大阪行きは「商都大阪」をイメージしたメロディーになっています.さらには,主要駅ごとでも発車メロディーを変えていますし,特急/その他でも変えています.向谷氏は,
 私には、この発車メロディが鳴っている駅のイメージがすべてありました。京阪電車にはずいぶん乗っているので、路線の形もみな頭に入っています。地下を走っていた電車がどこで地上に出るか。どこで景色が開けるか。どの部分がカーブが多くてスピードが出せないか。どことどことの駅間が短いか。それらを曲に反映させました。[3]
と書かれているくらいで,京阪電車にあまり乗らない京阪沿線住民よりも京阪電車に詳しいかもしれません. ともかく,京阪電車をよく知らないミュージシャンが,頼まれたのでそれなりの発車メロディーを作曲した,というわけではけっしてありません.
 ついでにもうひと言.メロディーはコンピューターのキーボードやマウスを使ってデータ入力する,いわゆる「打ち込み」ではなく,向谷氏がシンセサイザーのキーボードをリアルタイムで演奏しているそのものをコンピューターに入力しています.つまり生演奏の「ゆらぎ」があります.
 作曲家に依頼した発車メロディーというのは京阪電車が最初ではありませんが,ここまで考えて作られた発車メロディーは,それまではありませんでした.発車メロディーがCDとして発売された,というのも前代未聞です.これなら,発車メロディーにうるさい(?)玉木先生(2012年1月逝去)も文句をつけようがなかったのでは? と私は思っています.みなさんもこの次,京阪電車に乗るときは,発車メロディーにちょっと耳を傾けてみてください.また,京阪電車に乗らなくても,現場で録音されたものをYouTubeで聞くことができます.[4]


参考
[1]玉木宏樹(たまき ひろき),音の後進国日本,文化創作出版,1998年,ISBN4-89387-158-7
[2]玉木宏樹(たまき ひろき),純正律は世界を救う,文化創作出版,2002年,ISBN4-89387-199-4
[3]向谷実(むかいや みのる),鉄道の音,アスキー・メディアワークス,2009年,ISBN978-4-04-867666-3
京阪電車の発車メロディーを作曲するようになった経緯や作曲過程が詳しく書かれています.また,各駅別,特急/その他列車別の全メロディーの楽譜(コード名付き!)とそれぞれのメロディーについての短い解説まで載っています.向谷氏が京阪各駅の特徴をいかによく理解した上で作曲しているかをうかがえます.
[4]京阪電鉄☆発車メロディー集♪
Signature of Grotle