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>>訳者まえがき

本書に掲載した「訳者まえがき」をこちらに転載します.
  • PDF版もご利用いただけます:[PDF]





1 書誌情報とサポートページ


本書は下記の全訳です:

D. Alan Cruse, Meaning in Language, 3rd edition, Oxford University Press, 2011. 

翻訳にはペーパーバック版を底本に用いました.今回の翻訳にあたって原著者が加筆・修正した箇所がありますが,それらは原書の「一階論理」「二階論理」を「命題論理」「述語論理」に変更するといったマイナーなものにとどまっています.

原書はこれまでに改訂を重ねており,第1版(2001年),第2版(2004年)に続いてこの第3版が出ました.旧版の翻訳書は出版されていません.

本書のサポートページを下記のアドレスでご利用いただけます.タイポ・誤訳などが見つかり次第,順次更新していきます.(このサポートページは訳者個人によるものであって,出版社および著者といっさい関係がない点にご留意ください.)

URL: http://goo.gl/vU08i


2 著者について

アラン・クルーズ (D. Alan Cruse) はイギリスの言語学者で,認知言語学的なアプローチから意味論の研究を行っています.マンチェスター大学でウィリアム・ハース (William Haas) に師事し,同大学の講師を務めていました.現在は教職から引退しています.これまでに論文を多く公表しているのに加え,単独での著書には本書の他に『語彙意味論』[1] と『意味論・語用論用語辞典』[2] があり,ウィリアム・クロフトとの共著で『認知言語学』[3] を出版しています.著者が得意とする分野は語彙意味論で,細やかな観察と分析の成果は本書にも豊富に取り入れられています.本書で周到に提示されている語彙意味論の考え方をコンパクトにまとめた論文に「レキシコン」[4] があります:

[1] Cruse, D. A. 1986. Lexical Semantics. Cambridge: Cambridge University Press.
[2] Cruse, D. A. 2006. A Glossary of Semantics and Pragmatics. Edinburgh: Edinburgh University Press. 
[3] Croft, W. & Cruse, D. A. 2004. Cognitive Linguistics. Cambridge: Cambridge University Press. 
[4] Cruse, D. A. 2002. "The lexicon." In Mark Aronoff and Janie Rees-Miller (eds.) The Handbook of Linguistics, pp. 238-264. London: Blackwell. 


3 本書の特色

本書は,言語における「意味」を考えるための基本的な考え方を網羅的に解説する教科書です.第1部で意味の研究がどういうものかおおまかに俯瞰し,基礎的な概念の紹介をすませたあとは,第2部と第3部で意味論を,第4部で語用論を,網羅的に解説していきます.各章の要旨は著者が「序文」に記していますので,そちらを参照してください.ここでは,本書の特色を紹介しましょう.

本書の特色は,3点にわけて紹介できます.第一に,体系的かつ総合的な教科書であること.言語学で「意味」を取り扱う分野には「意味論」と「語用論」の2つがあり,本書はこの2つの分野の主要な事項を体系的に網羅して解説しています.残念ながら,これまで日本語の出版物ではそうした体系的・網羅的な意味論・語用論の教科書はほとんどありませんでした(後述).ですから,ごらんのように分厚い教科書であることは,それだけでも特筆すべき特色です.「意味論」「語用論」なんて初耳だという方には,このあと§4で簡略にご紹介します.

第二に,入門レベルにとどまらない語彙意味論の本格的な議論を展開していること.語彙意味論の研究を続けてきた筆者ならではの知見が反映されています.この部分は,初学者や専門外の読者だけでなくこの分野の専門家にとってもとくに耳を傾ける価値があるはずです.「語彙意味論ってなんなの?」という疑問には,このあと§5でお答えします.

第三に,認知言語学の立場がとられていること.その基本的な考えは,「意味とは概念化である」というものです.たとえば「鳥」という名詞の意味は,「鳥」に対応する私たちの概念のことであると考えます.とはいえ,これだけなら他の意味論(真理条件的意味論)とそれほど代わり映えはしません.真理条件的意味論では,たとえば「鳥」の意味とは鳥の集合のことであると考えます.その鳥の集合を定義する必要十分条件が私たちの頭のなかにあれば,それが鳥の概念だということになるでしょう.これですむなら,概念的アプローチと非概念的アプローチのちがいは「鳥」の定義が頭のなかにあると考えるかどうかでしかありません.しかし,どうやら鳥の概念は鳥の集合を定義するような必要十分条件に等しくはなさそうです.私たちにとって,「スズメ」はいかにも鳥らしい鳥ですが,「ペンギン」はそうでもありません.また,「コウモリ」のように学術的には鳥に分類されないものでも民間分類では鳥の仲間のように思われがちなものもいます.こうした「鳥らしさ」のような典型(プロトタイプ)が私たちの概念にとって重要であるという認知心理学の研究を取り入れる点は,典型的な真理条件的意味論との大きな相違点です(典型理論の導入は本書§3.2.3にあります).認知言語学についての詳細は,本書および Croft and Cruse [3] などを参照してください.


4 意味論・語用論ってどんな分野?


では,意味論と語用論はどういう分野なのでしょうか.本書では,この分野の境界設定についてはとくにとりあげていません.そこで,ここで簡略に紹介しておきます.

4.1 2つの水準,2つの分野

言葉の「意味」を考えると一口に言っても,そこには大きくわけて2つの水準があります.1つは,私たちが記憶している個別の表現(「犬」「小さい」「走る」)や,それを組み合わせてできた表現(「小さい-犬が-走る」)がもっている意味の水準.この水準では,1つ1つの表現の意味を明らかにすることや,そうした表現が文法的に組み合わさってどのような意味ができあがるのかを考察します.これが「意味論」の扱う主な範囲です.意味論のなかでも個別の単語(語彙項目)の意味をとくに取り上げる分野を「語彙意味論」と呼びます.他方,文法規則によって複合的に組み合わさった表現の意味を取り上げる分野はこれといった名称はありませんが,しばしば「構成的な意味論」などと称されます.

【意味論】:言語表現そのものの意味を取り扱う分野.下位分野の語彙意味論では個別の語彙項目を扱い,構成的な意味論は複合表現の意味がどのようにして構成されるのかを扱う.

しかし,言葉の「意味」はそれでおしまいではありません.そうした表現を使って何事かを誰かに伝える水準もあります.こちらが「語用論」の扱う水準です.

【語用論】:特定の文脈における言語使用のいろんな問題を取り扱う分野.

かんたんな例を考えてみましょう.太郎と花子がお互いにこんなことを言ったとします:

太郎:「私が正しい,あなたが間違っている!」
花子:「私が正しい,あなたが間違っている!」

2人の言い分は矛盾していますが,発している文そのものはまったく同じです.したがって,その文の意味も同じはずです.ということは,太郎と花子は同じ意味の表現を発して意味が異なることを言っているわけですね.もちろん,ここにはなんの背理もありません.表現そのものがもっている意味とその表現を具体的な場面で使うことで伝達される意味は異なる水準にあるという,ただそれだけの話です.前者は意味論の領分,後者は語用論の領分に入ります(上記の例は [5] から借用しました).

[5] バーワイズ,J. & ペリー,J. (1992). 『状況と態度』.東京:産業図書.

4.2 語用論が考えること,意味論があまり考えないこと


語用論が扱う言語使用の問題の例を3つだけ挙げておきます.第一に,「指示(リファレンス)」の問題(本書第19章):「向こうを小さな犬が走っている」というとき,「向こう」がどこで「小さな犬」がどれのことなのかを具体的に詰めなくては,この話し手が言わんとしていることは伝わりません.誰かが「おい,あれをみなよ」と指さしながら話したときに,その指さすものを突き止めるのも語用論の問題です.また,一見すると単純そうに思える指示詞「これ」「あれ」「それ」の使い分けも,すこし考えてみるとたちまち複雑な側面がみえてきます.まずは単純な例を見てみましょう.たとえば,自分が手に持っているペンを示しながら言うのであれば,「このペン,インクが切れちゃってるよ」とは言えても「そのペン/あのペン」と言うのはおかしく感じられますね.他方,目の前にいる友達がペンを手に取ったのをみて言うのであれば「そのペン,インクが切れちゃってるよ」と言うのが自然で「このペン/あのペン」は不自然です.これだけなら,自分の手許にあれば「この」が自然で相手の手許にあれば「その」が自然だと一般化してよさそうに思えます.自分がいる場所は「ここ」ですし相手がいる場所は「そこ」ですね.しかし,たとえばお医者さんに体を診てもらっているときはどうでしょうか――お医者さんがこちらの腕に触れながら「ここは痛みますか?」と訊ねこちらは「いえ,そこは痛くないです」と答えるのが自然で,その逆に「??そこは痛みますか?」「いえ,??ここは痛くないです」では不自然に感じられることでしょう.誰に教えられたわけでもないのに,どうやら私たちは指示詞の微妙な使い分けをしているようです.日本語指示詞については,[6] の第3章に有益な概説があります:

[6] 加藤重広 2004. 『日本語語用論のしくみ』.東京:研究社.

第二に,あいまい性の問題.同じ表現であっても,2通り以上の意味にとれることがよくあります.他愛もない例で言うと,「かっこいい彼氏の車」は彼氏がかっこいいのかもしれないし,車がかっこいいのかもしれません.これは「かっこいい彼氏の車」というフレーズの組み立て方によるあいまい性です(統語的あいまい性).また,同じ単語に複数の意義があることもよくあります(語彙的あいまい性).たとえば,「このお酒は高いね」と「あのビルは高いね」では「高い」の意味が異なります――それぞれ反意語は「安い」「低い」で異なりますし,「??このお酒とあのビルは高いね」と言うとなんだかおかしな文になってしまいます(対照的に,同じ意義だったら「このコーヒー豆とあのカップは高いね」のようにまずまず自然な文ができます).同じ表現に複数の意味がありうること自体は文法と意味論の問題ですが,ある場面でそのうちのどれが意図されているのかを解決するのは言語使用の問題,すなわち語用論の問題です.

このあいまい性が深刻な問題になった例もあります.1952年のイギリスでのことです.2人の少年が製菓会社の倉庫へ窃盗に入ったものの,間もなく近隣住人から通報を受けた警察に追い詰められました.一方の少年が相方にこう叫びます―― "Let him have it, Chris!"(そいつにくれてやれ,クリス!).そのクリスは,所持していたリボルバーを警官たちに向けて発砲,1人を射殺してしまいます.結局2人が逮捕されて裁判がはじまると,この言葉の意味が争点のひとつとなりました(「デレク・ベントレー裁判」).つまり,"Let him have it" が「そいつに弾丸を食らわせてやれ」「発砲しろ」という意味なのか,それとも,「そいつにリボルバーを渡せ」「投降しろ」という意味なのか,という問題です.(ちなみに,裁判ではベントレーは有罪判決になりました.)

これは意味の問題であると同時に,話し手がやろうとしている行為の問題でもあります.つまり,「弾丸を食らわせてやれ」ならば警官殺しの教唆ですが,「リボルバーを渡せ」なら投降を促すことになります――これが第三の例,言語行為の問題です.言葉を発することにおいて行われる行為のことを発語内行為と言います.私たちのふだんの言語使用では,「雨が降っているよ」「傘をもっていきなよ」という言葉を発することそれ自体の行為(発語行為)と並んで,その発語において事実を断定したり相手に行動を指図したりといった発語内行為がなされています.また,上記の事件では結果としてベントレーは相方に発砲させるという行為も行っています(発語媒介行為).こうした言語と行為の密接な関係もまた,語用論の重要な問題です(言語行為論;本書第18章).以上,言語使用に関わる語用論の問題を3つみてきました.意味論と関係しつつもそれと独立した問題領域がここには広がっています.


4.3 伝達の一般理論


さらに,語用論には伝達の理論としての側面があります.他人になにかを伝達するには,必ずしも言葉が使われるとはかぎりません.野矢 [7] によい例示がありますので,借用しましょう.こんな場面を考えてみてください:

場面1:
私はゆで卵をむいている.むき終わった私は,塩を目で探すがなかなか見つからない.それを察知した彼女が,気をきかせてティーポットの陰にあった塩をとってくれる.

場面2:
私はゆで卵をむいている.むき終わった私は,彼女の方を見て,彼女の目の前にある塩を指さす.彼女は塩をとってくれる.

私が何かを彼女に伝達していると言えるのは場面2の方です.一般に,「Xを伝達する」「Xを意味する」という行為は,Xを相手に伝えようとするこちらの意図を相手に読ませることで成立すると考えられます.この基本的アイディアを提示したのが哲学者のポール・グライスです(本書第20章「会話の推意」で登場).グライスにはじまる伝達の理論は「推論モデル」ともいい,旧来の「通信モデル」と対比されます(手頃な解説は [8] の第9章「語用論」および西山 [9] を参照).広義の「記号」で情報を仲間に伝えるふるまいは生き物の世界にあれこれと見つかります:ミツバチのダンスや鳥のさえずりは,たしかに何事かの情報を伝えていますね.人間に特有なのは,利用できる手がかりから相手の心を読むことを基盤とする伝達ができることです.

[7] 野矢茂樹 1999. 『哲学航海日誌』.東京:春秋社.
[8] Akmajian, A., Richard A. Demers, Ann K. Farmer, and Robert M. Harnish 2010. Linguistics: An Introduction to Language and Communication (6th edition). Cambridge, MA: MIT Press.
[9] 西山佑司 2004.「語用論と認知科学」『認知科学への招待』.東京:研究社.

以上のように,「意味」の問題には,意味論の水準と語用論の水準という2つがあります.意味論なら意味論だけ,語用論なら語用論だけの解説書もたくさんありますが,この2つの分野を網羅して解説している点が本書の第一の特色です.

なお,ここでは単純化して述べましたが,実のところ,意味論と語用論の境界設定には論争の余地が大いにあります.問題の概観を知るにはレカナティの論文がよい手引きになるでしょう:

[10] Recanati, F. 2004. "Semantics and pragmatics." In L. Horn & Gregory Ward (eds.), The Handbook of Pragmatics, pp. 442-462. Oxford: Blackwell. 


5 語彙意味論って何する分野?


平たく言えば単語の意味を調べるのが語彙意味論の仕事です.「単語の意味」なんていかにも単純そうに思えますが,多くの物事がそうであるように,単語の意味にも見かけ以上に精妙な部分があちこちにあります.かんたんな例を考えてみましょう:

(1) ジョンの学校は彼の祖父が設計して建てた.
(2) ジョンの学校はリベラルアーツの教育で広く知られている.

どちらの例文にも,同じ「ジョンの学校」というフレーズが登場しています.では,その「意味」は同じでしょうか? ――ちがいますね.例 (1) では《建物》を表している一方で,例 (2) では《教育機関》を表しています.よって,この2例には異なる意義が見つかる――ひとまずこう考えてよさそうに思えます.ところで,さきほど語彙的あいまい性の例に挙げた「このお酒は高いね」と「あのビルは高いね」を覚えているでしょうか.この2つも「高い」の異なる意義を示していました.その証拠に,1文にまとめて「このお酒とあのビルは高い」というとおかしかったですね.しかし,上記の《建物》《教育機関》はそうした性質を示しません――「彼の祖父が設計して建てたジョンの学校はリベラルアーツの教育で広く知られている」と1文にまとめても,齟齬が生じません.ひとくちに「意義がちがう」というだけでは,大雑把すぎてこうしたちがいをとらえられないのです.本書では,「学校」の《建物》《教育機関》を「ファセット」と呼び,「高い」にみられるような2つの完全な意義のちがいから区別しています(第5章).著者による「完全な意義」「小意義」「局所意義」「ファセット」などの区別は,意義の精密な議論に貢献するものです.

しかし,そんなに細かな区別をして,いったいなにがうれしいのでしょうか? 「とにかく細かく物事を知っていくことがたのしい」という側面もありますが,大事なのは,こうした区別によって私たちの心の一側面を明らかにする手がかりをえることにあります.

1つの単語に複数の意義が認められるとき,その単語は多義的であると言います.多義性についてのいちばん単純なアプローチは,そうしたいろんな意義を列挙していくことでしょう.しかし,そうした意義の列挙はうまくいきません.次の例を考えてみましょう:

(3)
a. Mary finally bought a good umbrella.(メアリーはようやくいい傘を買った)
b. After two weeks on the road, John was looking for a good meal.(2週間も路上で過ごして,ジョンはいい食事をもとめていた)
c. John is a good teacher.(ジョンはいい教師だ)
(Pustejovsky [11]: 43)

3つの例それぞれに good(いい)が登場しています.しかし,その意味するところはちがいますね:しいてパラフレーズすれば,それぞれ「まともに(傘として)使える」「おいしい」「仕事をしっかり遂行する」くらいの意義でしょう(もちろん,他の解釈のしかたもありえます).では,こうした意義が goodまたは「いい」に符号化されていると考えるべきでしょうか? そうだとすると,「いい天気」「いい映画」「いい子」…というように意義が異なっていると思われる例の数だけ果てしなく列挙されていくことになります.こうした列挙のまずさは,意義を列挙し尽くすことがおそらく不可能であること,そして,新しい「いいX」に出くわしたときに私たちがその意義を引き出す方法をいっこうに明らかにしないことにあります.単語の「意味」は間違いなく私たちの頭のなかになんらかのかたちで記憶されていることでしょうが,それはおそらくたんに意義を列挙したリストではなく,もっと巧妙なメカニズムをともなっているはずです.それを明らかにすることが語彙意味論の大きな目標の1つです.上記のように修飾‐被修飾の組み合わせによって同じ単語でも異なった意義が導き出される仕組みや,基本的な意味・字義的な意味からさまざまな意味が拡張されて出てくる仕組みについて,本書は幅広く解説しています.そして,異なる意義を導く仕組みを考えるときには,その「意義」に性質の異なるいくつかの種類があることを踏まえておく必要があるわけです.

[11] Pustejovsky, J. 1995. The Generative Lexicon. Cambridge, MA: MIT Press.


6 本書の苦手なところ,手が回らないところ(+ブックガイド)

さきほど述べた特色と表裏をなして,本書には苦手なところ・扱っていないものがあります.ここでは2点あげておきましょう.第一に,周到で深くまで立ち入った解説をしている反面で,完全な初心者向けではありません.第二に,認知言語学の知見が反映されている一方で,論理学的アプローチ・形式意味論的アプローチはごく初歩的な導入にとどまっています.

以下,それぞれの苦手部分について,補足用の文献案内といっしょに述べていきます.

6.1 まったくの初心者向きではない


序文で筆者が述べているように,実は本書は意味論の教科書としては中級であり,まったくの初心者にとっては少しハードルが高くなっています.とはいえ,手に負えないということはありません.ゆっくり理解を積み上げていけば,予備知識がなくても通読できます.ぼくがはじめて意味論を勉強したのも,本書の第1版でした.「うぅん,"epistemic commitment" ってどういうことだろう?」などと頭を悩ましながら読みすすめていったのをいまでもよく覚えています.

6.1.1 文献案内A:ほんとうに初歩の入門書

もっと初心者にやさしい教科書では,次の3冊のどれかをごらんいただくのをおすすめします.

[12] Saeed, J. 2009. Semantics (3rd edition). Wiley-Blackwell.
初心者向きの包括的な入門書です.
[13] Kleidler, Ch. W. 1998. Introducing English Semantics. Routledge.
とくに英語学を専門としている方にはこれがおすすめできます.
[14] Allan, K. 2001. Natural Language Semantics. John Wiley & Sons.
こまめに解説・練習問題,仮定・定義を積み重ねていくスタイルです.


なぜ初心者向けと言いながら英語の本をおすすめしなくてはならないかと言えば,これまでにでている意味論の本がいまの研究水準からみて古くなってしまっていたり,初心者(とくに独学者)にあまりやさしくなかったりするという事情があるためです.

まず,日本語で出版された意味論の総合的な著述には,下記のような本があります:

[15] 池上嘉彦 1975.『意味論:意味構造の分析と記述』.東京:大修館書店.
[16] ウルマン,S. 1969. 『言語と意味』(池上嘉彦訳).東京:大修館書店.

どちらも深い学識に裏打ちされたすぐれた本です.しかし,出版年からわかるように,多くの部分はすでに内容が古くなってしまっています.意味に関する私たちの知識は,この時代よりもずっと深まっています.

これほど重厚な内容でなければ,もう少し新しい本があります:

[17] 杉本孝司 1998.『意味論』(1~2巻).東京:くろしお出版.
[18] 金水敏・今仁生美 2000. 『現代言語学入門 4:意味と文脈』.東京:岩波書店.
[19] 郡司隆男・白井賢一郎・松本裕治・阿部泰明・坂原茂 1998. 『言語の科学:意味』.東京:岩波書店.

杉山 [17] は2巻構成で,1巻では形式意味論の初歩を,2巻では認知意味論の初歩を扱っています.[18][19]の2冊は,それぞれ講座物の1冊です.現代の意味論への入門としては標準的な事項を取り扱っています.ただ,解説はあっさりしており,読者がこれらだけを読んでよく理解できるようにはなっていません.これらで意味論の勉強をするとすれば,誰か手引きをするメンターが必要だと思います.

6.2 形式意味論はほんの初歩のみ


本書による形式意味論の取り扱いは,ごく初歩的な段階でとまっています(第2章).知っておくべき最低限度の事項は解説してあるものの,形式意味論に入門したと言えるレベルではありません.そして,困ったことに,意味論研究全体では形式意味論の論文が大きな比重を占めているのです.形式意味論のアプローチによる分析が読めないとなると,そうした論文をあらかた無視してすますしかなくなってしまいます.

6.2.1 文献案内B:形式意味論への入門

形式意味論にしぼってさらに入門を進めたい場合には,最初に次のどちらかを参照するとよいでしょう.

[20] Portner, P. 2005. What Is Meaning? London: Blackwell. 
かみ砕いた説明を心がけている入門書です.
[21] Cann, R., Kempson, R. and Gregoromichelaki, E. 2009. Semantics: An Introduction to Meaning in Language. Cambridge: Cambridge University Press. 

キアキア&マコーネル=ギネットの『意味と文法』[22] は定評がありよく推薦される教科書ですが,挫折しやすい点でも定評があります:

[22] Chierchia, G. and McConnell-Ginet, S. 2000. Meaning and Grammar: An Introduction to Semantics. Cambridge, MA : MIT Press. 

予備知識のない多くの人にとって,第2章で解説している論理学の概念,とくに量化の理論は理解にかなりの努力が必要になるはずです――少なくとも,劣等生のぼくはそうでした.しかし,本書のような専門分野の教科書を読む利得も,まさにこうした概念の基本を押さえられる点にあります.

論理学の基本概念については,それこそ論理学の教科書に当たるのが確実ですし,ていねいに説明してある分だけ,そちらの方が頭に入りやすいかもしれません.

[23] 野矢茂樹 1994.『論理学』.東京:東京大学出版会.
[24] 戸田山和久 2000.『論理学をつくる』.名古屋:名古屋大学出版会.


7 本書の使い方


ごらんのとおり、本書は分量がたっぷりあります.これを序文から終章まで通して順番にお読みいただくのは,なかなかの苦行ですね.実のところ,本書のような教科書は必要なところを選び出して使っていただければそれでかまいません.必ずしも,律儀に頭からすみずみまでお読みいただく必要はありません.「そんなことは知っているよ」という熟練の読者は,本書もいつものようにご利用ください.

そういうベテランではなく,「どうも読み進めるのは厳しそうだ」とお感じの方,「まったくの初学者だけど挫折せずに入門してみたい」という方には,次の読み進め方を提案します.すなわち――

7.1 「とりあえず語用論」


第1章の手引きにざっと目を通したあとは,いきなり第Ⅳ部「語用論」にとんでしまいましょう.ここで語用論の基礎事項をひととおり学んだあとは,第2章「論理と意味」にもどってください.おそらく,まったくの初心者が理解するのに苦労する最大の難所はここです.この第2章をていねいに読んだあとは,続けて第3章「概念と意味」に進みます.その次の難所は,語彙意味論の細かな解説です.ここは中級レベルですので,意味論への入門を求める場合には後回しにしてかまいません.あとは,関心のあるトピックを選んでそこから読んでしまっても大丈夫です.

7.2 練習問題

教科書らしく,本書の各章には練習問題がついています.ぜひ挑戦して理解を確かめてください.わかったつもりでいても,具体的な問題を前にすると意外に解けないものです.またしても自分の恥をさらしますと,本文を訳しておきながら練習問題にさしかかったところで「あれ,これはどうだったかな」と解説を読み直すこともざらにありました.賢明な読者のみなさんは訳者のように物覚えがわるくはないでしょうが,読み流してわかったつもりになる危険を避けるには,ノートとペンで手を動かしながら練習問題をやることがいちばん安全です.

8 翻訳と文体について

本書は全訳であり,原書から内容を省いた箇所はありません.翻訳作業は片岡が単独で行いました.誤訳の責任も,ひとえに私にあります.

翻訳にあたっては,主に意味論・語用論を学び始めた方々を読者として念頭におきました.文末を「~である」ではなく「~だ」とするなど,文体を少しくだけたものにしてあるのは,そのためです.著者によれば,本書は学部生や院生たちを対象にしたコースを元にうまれたものだそうで,本書を一読して浮かび上がるのは,ときおりかるい冗談を交えながら真剣に言語と意味を考え,明晰に解説しようとする著者の姿勢です.そうした姿勢をお伝えしたいと願って訳しました. 

9 謝辞

本書の編集は,東京電機大学出版局の菊地雅之さん・坂元真理さんが担当されました.いったん提出した訳稿が編集者のすぐれた仕事によって改善されていくさまを目の当たりにしたのは貴重な経験でした.

東北大学の長谷川浩司さんには,訳者が本書の訳稿をかかえて出版元を探していた際に,応援と助力をいただきました.長谷川さんがいろんな方々に声をかけていらっしゃらなかったら,こうして本書をみなさんにお届けすることはできなかったでしょう.

日本評論社の大賀雅美さんには出版に関する助言とはげましをいただきました.また,本書の出版を検討してくださった各出版社の編集者の方々にもこの場でお礼を申し上げます.

恩師である澤田治美先生には,訳文についてご指摘を多数いただいた上に,「推薦の言葉」を執筆していただきました.深く感謝申し上げます.

最後に,著者であるアラン・クルーズ先生には,日本語版のための文章を執筆する労をとってくださっただけでなく,翻訳上の込み入った質問に気さくに答えていただきました.本書のようなすぐれた洞察の宝庫をこうして日本語読者のみなさんに紹介できたことを光栄に思います.


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