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『言語における意味』から,「第1版への序文」を掲載します.



第1版への序文


本書の目的は,言語における意味について統一理論を提示することではない(そもそも,そうした企図に意義があるのかどうか,ぼくにはよくわからない).そうではなく,その豊かさや多様性を無視せずに意味のさまざまな現象の全域を通覧するのが本書の目的だ.本書を通読し終えたとき,厄介きわまりない意味の「現実世界」に面と向き合ったと読者が実感できるようにしたいと思う.と同時に,そんな厄介な意味であっても,学問的に思考を鍛えていけば,程度までなら手なずけられるものなのだ,ということを伝えたい.意味理論に関するかぎりぼくは恥知らずなまでに折衷的で,個別の問題に対して本当に洞察をもたらしてくれるものならどんなアプローチでも採用してきた.理論的なバイアスがあるとしたら,それは,認知言語学的アプローチと同じく意味の連続性と無限定性を尊重するという点にある.

本書は,入門の第一歩として読まれる教科書を意図したものではない.おそらく,まったくの初心者には向いていないだろう.ぼくが念頭においている対象読者は,学部3年生や大学院生で,言語学の入門コースを終えてこれから特定の分野で研究する準備をしていたり他分野での背景知識として言語の意味について概論を必要としている人たちだ.言語学徒にかぎらず,古代・近代の言語や翻訳,心理学,さらには文学の研究者の助けになれたらと思う.

本書のもとになった材料の大半は,長年にわたってマンチェスター大学で学部2~3年生や大学院生向けに一般意味論・語彙意味論・語用論のコースを担当する過程で生まれたものだ.そうした何代にも及ぶ学生たちに負うことはいくつもある.まず,あれこれのトピックに関するぼくの解説に対して不審な点を隠さず伝えてくれたおかげで,さらに明確でわかりやすい説明に改善できた.また,批判的な質問やコメントのおかげで基礎的な論証の弱点が判明したことも少なくない.さらに,教室での討議からまぎれもない洞察が生まれたこともしばしばだった.

本書の決定稿は,エディンバラ大学の Jim Miller,アメリカ人の匿名レビューア,オクスフォード大学出版局の John Davey の諸氏から草稿の段階でいただいた建設的コメントに大いに影響されている.もちろん,本書に残っている不備はすべて筆者の責任に属す.

本書の構成は次のとおり.本書は4部構成になっている.第Ⅰ部は,言語学において実質的にあらゆる意味の論議で基礎となっている基本概念をひととおり議論する.第Ⅱ部は,語の意味に集中して取り組む.第Ⅲ部は,文法の意味論的な側面をとりあげる.第Ⅳ部では語用論の中核的な領域への入門であり,意味と文脈の関係に焦点をあてる.

第Ⅰ部のうち,第1章は意味の問題への概論的な手引きとなっており,ここで意味の言語学的な研究を記号とコミュニケーション全般の研究というさらに広い文脈のなかに位置づける.第2章では基礎的な概念ツールを導入する.その多くは論理学の分野から借りてきたものだ.意味論のさまざまな論議において広く使われているため,論理学は言語における意味の研究で欠かせない背景知識となっている.第3章では,意味の性質や意味どうしの相違点を記述するための概念を多数,紹介する.ここで使われる基本的な二分法は,記述的な意味と非記述的な意味の区別だ(Lyons 1977 にもとづく).それぞれの見出しのもとに,さらに差異のタイプや次元について述べていく.意味論のテクストでこれらの話題が突っ込んで取り扱われているのを見かけることはめったにないけれども,意味について学問的に論じたいと望む人であれば,これらをしっかり理解しておくことが欠かせない.第4章は,単純な意味が組み合わさってより複雑な意味が形成される方法について論じる.

第Ⅱ部に移ると,まず第5章で単語の意味の研究への概論的な入門を行う.はじめに,単語が担える意味にはどんな制限があるのかを論じたあと,文や談話の意味と文の意味を区別し,さらに文法要素の意味から完全な語彙項目の意味を区別する.この第5章では,語彙意味論への主要なアプローチについても概略を述べる.第6章では,ひとつの語形が異なる文脈におかれたときに観察される意味の変異に焦点をおく.その幅は,恣意的に併存する同音異義語から語義の微妙な調整にわたる.第7章は語彙意味論への概念的アプローチの入門編で,意味が概念と同一視できるのかどうか,できるとしたらどの程度までなのかを論じることからはじめる.そのあとにつづけて,自然な概念範疇へのアプローチとして主流となっているプロトタイプ理論を概説し,これが単語の意味の研究にどう関連しているのかを述べる.第8章と第9章は同じ統合的な位置に生起できる語彙項目どうしの語義関係──すなわち範列的な関係をとりあげる.これには,たとえば上位語‐下位語の関係や全体‐部分の関係,両立不可能性,同義性,反意性,相補性,反転性,換位性などが含まれる.第10章は,先立つ2つの章で検討しておいた語義関係によって主に構造化されている単語のより大きなグループ分け──語の場──に目を向ける.第11章は,隠喩と換喩という,旧い意味から新たな意味を生じさせる2タイプの過程について述べる.第12章では,同じ統語的構文における単語どうしの意味関係,すなわち統合的な語義関係を検討する.ここで論じる話題には,コロケーションの正常/異常や,特定のタイプの意味が共起する傾向の理由,そして記号列のなかで単語どうしがそのパートナーにかける選択圧の性質とその帰結などが含まれる.第13章は単語の意味記述への成分分析的なアプローチの概略を述べる.これは,意味の原子要素で意味を特定するアプローチだ.

第Ⅲ部をそれだけで構成する第14章は,多様な文法要素に結びついている意味に焦点をあてる.最初に,名詞・動詞・形容詞といった文法範疇や主語・目的語といった文法機能に結びついた一定の意味があるかどうかを論じる.そのあと,さまざまな種類の文法要素が担う多様な意味を通覧する(名詞句における性・数,動詞に結びついている時制・相・様相,そして形容詞における度合いなど).

第Ⅳ部は,文脈を考慮に入れないと十分に理解できない意味の側面が関わっているか,あるいは本質において命題的でないか,いずれかの(あるいは両方の)理由で語用論に属すと通例みなされている話題を取り扱っている.第15章は指示の問題をとりあげる.指示とは,発話と言語外の世界とのつながりをうちたてることだ.ここでは,変項に値を付与することとして指示を描き出す.変項を合図するのは定表現であり,付与される値とは言語外の世界の事物だ.正しい指示対象を(話し手の側で)指し示したり(聞き手の側で)判定したりするさまざまな方略を論じる.これには,直示要素・名前・記述の使用と解釈も含まれる.第16章では,主にオースティンとサールにしたがって言語行為論を概説する.ここで論じるのは,発語において人々が遂行する行為──言明・要請・警告・祝福・命令といった行為だ.言語行為のさまざまなタイプを通覧し,その本質を検討する.第17章がとりあげるのは会話の推意,すなわち,言語構造に符号化されてはいないが,それでいて言わば「行間に読み取られる」意図された発話の意味だ.さまざまなタイプの会話の推意を解説するとともに,いかにして推意が生じるのかに関する説明として提示されているものを考察する.

終章では本書がとりあつかった分野について簡潔にふりかえり,意味研究の実用への応用について示唆するとともに,いまだ理解の貧弱な分野と今後の研究が必要とされる分野に焦点をあてる.第1章と第5章をのぞいて,章ごとに討議用の設問および/または練習問題を用意した.その答案は巻末に載せてある.
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