東京駅復原問題長屋談義2006

伊達美徳

●あっしはてっきり昔からのまんまと思ってました

八五郎「ご隠居、元気ですかい」
隠居「おや、八ッぁんかい、よくおいでだね。元気だよ、口だけは」
八「そう来なくっちゃね。先日ね、東京駅のあたりをぶらぶらしましてね、いやもう、たまげたね、あそこはニューヨークなんですかね」
隠「そうだねえ、この10年くらいでニョキニョキと超高層ビルが建ってきたね」
八「あの赤煉瓦の東京駅も近いうちに、その超高層とやらになるんでしょうね」
隠「いや、あれは低いままで、もう一階だけ付け足して乗っけて戦災前の3階建てに戻すのだそうだよ」
八「あれっ、てことは、あれは昔は3階だったんですか」
隠「ああ、あれができたのは1914年だけど、1945年5月の東京大空襲で焼けたんだね。それを修復して今の形になって使ってきたんだよ」
八「へ~、焼けたんですか、でもレンガだから焼けないように思いますがねえ」
隠「壁はレンガ、床はコンクリでも、内装は木や布だし屋根は鉄の骨組だったから、焼夷弾を受けて壁や床のレンガやコンクリートだけ残してまるきり燃えてしまったんだね。それを壊してしまわないで、3階の壁や焼けた鉄骨の屋根を取り除いて、木組みの骨で屋根を作って2階建てに修繕したんだね、それもねえ、敗戦で日本国中に何にも物資がない時代なのに、戦争からの復興の心意気を見せたいと一生懸命に国鉄の建築家たちが頑張って、昔の形を損なわないように今の形にしたんだね」
八「ほお、だから今の形も立派なんですね。昔風の洋館建てに見えるもんで、あっしはてっきり昔からのまんまと思ってました。でも、ご隠居、JR東日本ってのはえらいね。周りはどんどん高いやつに建て直してるのに、金のかからないようにってんで3階建て程度にしようてんでしょ。それともなんですかね、あのJRってのは、超高層ビルにして儲けようって才覚がないんですかね」
隠「おいおい、勘違いしちゃ困るよ、3階建ての昔の姿に戻すのだって、500億円かかるとか言ってるよ」
八「え~っ、ご、ゴヒャクオクエン? 何でまたそんな金だすんですかね、そんな金があるのなら運賃を下げろ~っ」
隠「まあまあ興奮しなさんな。実はな、その金のからくりがあるんだよ。周りにあちこちと超高層ビルが建ってるだろ、あの内のいくつかに、赤煉瓦建物の空中権を売って金を稼いでいるんだよ」
八「なんです、そのクーチューケンってのは、野球拳みたなもんで、、」
隠「あのな、東京駅のあたりの土地で建物を建てるなら、土地の面積の13倍の延べ床面積まで建てることができるって都市計画で決めてるんだね。だけど赤煉瓦東京駅は地下を入れて5階分しか建てない、だから残りの8階分の床面積を使う権利みたいなもんが残ってる勘定になるな。そこでその残っている権利を近くの超高層建築に持っていって建てることが、都市計画でできるようにしたんだよ。でもってだな、JRはその持っていった先の超高層建物に床を確保して家賃を稼ぐとか、もって行った先にその床を売っちまって代金を稼ぐんだな。その利益が500億円かどうか知らないけど、まあ、それを元手にして昔の形に戻す工事費を算段するらしいよ」
八「じゃ、なんですかい、あの東京駅ってのは頭の上の空気を売って500億円稼いでるってことになるんですかい?」
隠「まあ、そういうことだな」


●空気が金に化けるのを寄席の引越しっていうんですかい

八「ナンだねえご隠居、えれえご時世になってきたね、狸だって金に換えるのは木の葉って品物を使うよ。それをキョウビは只の空気を金に化けさせるんですかい、へえ~。じゃあね、ご隠居のもってるこのボロ長屋、この上の空気を売りやしょうよ。そうすりゃ、家賃なんてタダでもいいでしょ」
隠「ボロはよけいだよ、でもね、そうはいかないのだね。特例容積率適用地区ってのが東京駅のあたりにはあるからできるのだよ」
八「なんです、その徳利の寄席ってのは」
隠「そうじゃないよ、どこでもその空気を金に換えることができるわけじゃなくて、都市計画でね、特例容積率適用地区ってのを広い範囲に決めると、そのなかではあっちの土地へこっちの土地から容積の移転ができるんだよ」
八「へえ、寄席の引越し、と」
隠「わからないひとだね、前に言った空中権を売り買いすることができるんだよ」
八「なるほど、空気が金に化けるのを寄席の引越しっていうんですね」
隠「ま、まあな、だから、赤煉瓦東京駅は改装する金ができて、周りの建物は土地の13倍以上の大きな床面積になって、両方の持ち主は儲かるって仕組みだね」
八「両方とも空気を元手にうまい汁を吸えるってことなんですね、頭いいやつがいますねえ。このあたりも寄席の引っ越しやりましょうよ。あ、こんなボロ長屋の空気買うヤツがいないか、」
隠「ボロだってナンだって空気はおなじだけど、空中権の値段はずいぶん違うな。このあたりの下町じゃあ、買っても超高層が建たないよ」
八「そうでしたね。そんな日陰つくる高いビルなんて建てられてたまるかってんだ。ああそうだ、その徳利の寄席ってのを東京駅あたりからど~んと広げて決めちまって、いっそのこと東京全部そうしちまったらどうです。それならボロ長屋の空気を丸の内に売れますよ」
隠「う~ん、すごいこというね、そんなことしたら都市計画はめちゃめちゃだけど、もしかしたらとめどもない規制緩和の先にはそういうことも起こるのかもなあ、う~ん、う、、」
八「ねえ、ご隠居、寝ちまったんですかい」
隠「いや、考えこんでしまったんだよ」
八「しかし考えてみりゃ、赤煉瓦東京駅ってのは妙なもんですね。身を売るってのは貧しい家計を助けるためって昔から筋書きがきまってるんだけど、東京駅は自分のお化粧代が要るからってんで切り売り身売りしてるんでしょ。挙句の果てが、身売り先の周囲は超高層だらけで、これがほんとの日陰者ってね、ハハ」
隠「うまいっ、座布団一枚。その切り売り財産は元をただせがば、国鉄の財産つまり国民共有財産だったんだねえ、今じゃそれをどんどん民間業者に売り渡してるんだな。国鉄民営分割のときに、八重洲側も含めて東京駅の駅舎や線路の土地の行方について、国鉄清算事業団、JR東日本、JR西日本のあいだで熾烈な駆け引きがあったな。その過程で赤煉瓦東京駅を、現地で今の形で保全することが決まったのだよ。その結果が今になって切り売り身売りの日陰者なんだな」
八「いっそのこと日本中の鉄道用地の空気をどんどん周りに売り飛ばして、それで運賃をタダにしちまうってのはどうです」
隠「おい、おい」


おいらガキの頃から見てきた今の形がなくなるのもねえ、困った 

八「ところで、昔の東京駅ってのは外国の宮殿みたいに豪華で格好いいのでしょうねえ、早く見たいねえ」
隠「おや、おまえ、さっきは今の格好が良いので昔からこの形と思ってたと言ったじゃないかい」
八「まあね、今もいいけど、昔の格好も見てみたい」
隠「じゃあ、今の姿は半分消えるけどいいのかい、おまえ」
八「う~ん、おいらガキの頃から見てきた今の形がなくなるのもねえ、困った」
隠「そうだよ、たとえば広島の原爆ドームを昔の形に戻すってことになったらどうする?」
八「そりゃ世間が黙ってませんよ、あっしも大反対です。でもあれとこれとは違うような、、」
隠「いや同じ問題なんだよ、今の形は悲惨だった太平洋戦争の記念碑なんだよ。空襲で燃えて焦げてしまった壁になっていたのを、戦争直後で周りはまだ煙の立っているときで資材の調達もママならないのに、3階を削っただけで壁や柱の形を戻して大屋根を乗せ、丸天井もつけて、当時の国鉄の建築家が頑張って結構美しい形にしてるんだよ。だからこそ当初とは異なる形だけど戦後60年も経って重要文化財にもなったんだね。設計時は日露戦争の記念碑、竣工時は第1次大戦の記念碑、そして今の形は第2次大戦の戦災記念碑であり、そこから復興の記念碑なんだよ。だから広島の原爆ドーム並みに価値があるのだね」
八「なるほど、そういや第2次大戦の記憶の残る建物って、ましてや戦後復興の記念碑的な建物はそんじょそこらにありませんね。なんでも昔の形に戻せばいいってもんじゃないんですね。でも、なんで戻すんでしょうね」
隠「そういう市民運動が成功したんだよ。東京駅の保存運動では、今の形のもつ重要さをいうよりも、昔の形がいいっていう方が、なんとなく郷愁をそそって大衆受けがいいんだね」
八「へえ、あっしも大衆なんで、すみませんね、」
隠「なかには明治の栄光の姿を再び見たいって、右よりみたいなことを言う人もいてね。建築家や建築史の先生方は、どういうわけか昔の姿に復原せよとばかり言うね、まるで戦後のわたしたちが生きてきた歴史はないみたいだね。今の形は占領軍の命令で直した戦災直後の仮の姿だから戻せ、とけなす人がいるんだよ」
八「なんだか新憲法みたいないわれかたですね。500億円もかけて元に戻すよりも、今のままでちょっと直せば金だってかからないでしょうにねえ。あの空気を売った金で運賃を下げてもらいたいね、それが大衆運動にならないのですかね」
隠「おお、お前もときには気の利いたことをいうね」


●あっしたちにゃわからねえうちに誰かに利用されてるかも

八「えへへ。時に、あの駅の真ん中の入り口を使うのは、皇族だけなんですってね」
隠「あの駅を作った趣旨には、皇居大門の役割があったんだね。ほら、お寺でも京都御所なんかでも、一般出入り口は横にあり、真中には禁門とか勅使門とか言って偉い人の出入り口があるだろ、あれだよ。現にはじめは京橋側には出入り口がなかったくらいだからね」
八「なーるほど、皇居を神社にしてみると東京駅はその鳥居みてえなもんですね」
隠「おまえ、冴えてるね、そのとおりだよ。伊勢だって明治神宮だって、ご神体は深い森の中にいて外からは見えないけど、入り口の鳥居は立派にするよね。フランスの偉い哲学者が言ったんだけどね、東京の真ん中は空洞だってね。外国人から見たら君主の館は堂々たる大建築を民衆に見せつけるのに、それが見えないのが不思議だったらしいね」
八「そのフランスのえれえ鉄の人でも、日本人の感覚が分からなかったんですかね」
隠「そうだよ、かえって見えなくすることで日本人は尊ぶんだよな」
八「で、この東京駅を一番最初に通って皇居に行った人は誰です?」
隠「それは軍人だったね。この駅が開業した1914年は、第1次世界大戦が始まった年で、日本も参戦してドイツと戦ったんだよ」
八「ご隠居、そりゃちがうでしょ、ドイツと日本は同盟したでしょ」
隠「あのね、それは第2次大戦だよ。第1次大戦では日本は日英同盟結んだ連合国側だったんだよ。中国に青島(チンタオ)ってところがあり、ここがドイツの租借地だったんで日本軍は攻めたんだね。でも日本の本当の目的はこのドサクサで中国の権益の獲得だったんだよ。参戦した緒戦で青島を占領したので、司令官の神尾中将は堂々の凱旋将軍になり、その戦果を天皇に報告に行く凱旋の儀式を、ちょうど開業式のイベントにあてたんだね。大騒ぎのイベントだった」
八「そうか、でだしからして皇居の門として使ったんですね」
隠「外国の大使たちの親任儀式のときも、この駅から馬車か自動車で皇居に参内するそうだよ。駅前の道路は関東大震災の後でできたのだけど、幅が40間という当時としては東京一いや日本一の広さだったね。交通量が多いからじゃなくて、天皇制を具現化する景観をつくる意味があったんだね、その名も行幸道路と言ってるしね。今じゃ行幸なんて言葉が生きているのはここだけだよ」
八「昔も今も皇居の門ですね。わかった、東京駅は天皇制と深い底でつながっているんですね」
隠「だから昔の形に戻すのだろうね、明治の栄光の姿にってね、。復原保存運動の人たちはそうは深く思っていないのだろうが、実はそのような右よりの時代の空気に知らず知らずに加担しているかもしれないね」
八「あっしたちにゃわからねえうちに、誰かに利用されてるかもしれませんねえ、なにしろ屋根の上の空気が金に化けるご時世ですからねえ」


●駅じゃなくて西洋の王様の宮殿みたいで、妙にエバリくさった格好ですね

隠「東京駅の復原や駅前のいわゆる行幸道路の修復修景デザインの絵が東京都などから発表されているが、どこか専制君主的とかナチス的なシンボル性を帯びて見えるのは、考えすぎかねえ」
八「この絵は、、並木も無いから暑そうだし、駅じゃなくて西洋の王様の宮殿みたいで、妙にエバリくさった格好ですねえ」
隠「そうだね。近代国家になった日本は、見せないで尊ぶ日本流の御所のありかたの代替として、東京駅を西洋流の見せる宮殿としてつくる意図もあったのだろうなあ」
八「ありゃ、ヘンですよこの絵、だってまわりの超高層ビルが全然描いてないですよ」
隠「おやそうだねえ、ハハハ、この威張りくさった景観も、実はもっと威張りくさった超高層ビル群に押しつぶされるんだよな、皮肉だねえ。思い出したけど、アレは1987年だったか、建築家の丹下健三さんが東京駅改造計画を発表したことがあるんだ」
八「丹下さんてのは、今の都庁舎を設計した人でしょ」
隠「そうだね、で、もうふた昔も前のこと、その丹下さんに東京駅について直接にインタビューしたことがあるんだよ、畳2枚分ほどもある改造計画案の模型を見せてもらいながらね。で、その案の形は、赤煉瓦の東京駅をそのまんま100mの高さまで引き伸ばしてるんだな、もちろん一番上には昔の丸いドームやら尖塔を乗せてね」
八「ってことは、まわりの超高層にうずもれた日陰者じゃないってことですかね」
隠「そうなんだよ、明治に設計した建築家の辰野金吾の考えは、街並みを作ることだった、それが超高層の中に3階で復原しても埋もれてしまって街並みになならない、辰野先生のお考えを現代に生かすのはこの案しかない、と、丹下さんはとつとつと話してくださったよ」
八「えらいねえ、大建築家ってのは、ちゃんと今の時代を見通していたんですね、決めたっ、それにしやしょう!」
隠「おまえはなんでもすぐに感心してしまうね、それじゃあ、戦争の記念碑の役割を忘れたのかい」
八「いやその、、」
隠「もう一枚絵を見せようか、どうだいこの絵は」 
八「おや、前のと比べて味のある絵ですね、これも東京都が描いたんで、」
隠「いや、これはね、設計者の辰野金吾が、完成の予想図として描いたのだそうだよ」 
八「っていうと、明治の終わり頃に描いたんでしょうかね、じゃあ、超高層が無いのはあたりめえだ」
隠「この絵は大勢の出入りする人が描いてあるな。ちょっと虫眼鏡で拡大してみようか」
八「おうおう、クラシック自動車、馬車、人力車、パラソル持った洋風の女など、へえ~面白いや、これならいかにも駅らしいや」


●最初の形に戻したら戦後60年の重要文化財部分が消えちまう

隠「まあ、いずれにしても、東京駅は国指定の重要文化財になったから、今の状態を変えるような建て直しや大改造はできないんだよ」
八「え、おかしいじゃないですかい? さっきご隠居は、東京駅は3階建てに戻すって言ったでしょ」
隠「うっ、ああ、えっ、、」
八「ご隠居、シッカリ、何かのどにつっかえたんですかい」
隠「そうなんだよ、どうもつっかえてることがあるんだよ。重要文化財に指定したのが2003年、とたんに3階建てにするって発表があってね、わたしもヘンに思ってるんだよ」
八「重要文化財ってのは、法隆寺みてえな、ごく古いもんだけかとおもってましたけど、」
隠「そうじゃないよ、ほら、広島の原爆ドームのこっちの公園にある広島平和記念館、あれは1955年に建ったけど、重要文化財になってるんだよ」
八「ってことは、赤煉瓦の東京駅は、戦前のところもあれば戦後のところも合わせて一本で重要文化財ってことなんですね。だって戦後のところだって広島のそれよりもっと古いや」
隠「ああ、おおざっぱに言って、下半身は大正初期、上半身は戦後初期ってことになるな」
八「じゃあ、なおさらわからねえなあ、最初の形に戻したら戦後の重要文化財部分が消えちまうでしょ、いいんですかい、ねえ、ご隠居ッ、エッ」
隠「そう迫られても困るな、大改造するには文化庁長官が許可しなけりゃならんのだけど、今、文化庁は自分のところを建て直し中で、丸の内に一時的に引っ越しているから目の前に東京駅があるね、多分、長官はウンと言わないんじゃないかしら、どうだい八ッあん、エッ」
八「あっしゃ、長官じゃありませんよ、せまらないでくださいよ」
隠「ごめんごめん、文化庁がこれをなぜ指定したかの指定基準によれば、「意匠的に優秀なもの,歴史的価値の高いもの」だからだそうだよ。でも復原改修したら、わたしは歴史的価値が半減するのと思うのだがねえ、文化庁長官もそう思ってくれることを期待しているよ。でもヘンなのだよ、このところ復原改修が決まったみたいに報道されているから、もう長官は許可したのかもしれないねえ、そんな報道記事を読んだことないけど、いつの間にやらかねえ」
八「誰も復原にストップをかけないんですかねえ」
隠「交通信号もレンガも、赤ならストップ、のはずだがねえ」

(おあとがよろしいようで 061130、070117補綴)


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