世界遺産とはなんだろうか

世界遺産とは何だろうか

伊達美徳 080315

この文は、2008年3月15日に鎌倉御成小学校で開催した、ワークショップ「世界遺産に鎌倉を」において、コメンテーターとして参加したとき の発言を、後の報告書のためにまとめたものである。実行委員長の福沢健次氏のご努力に敬服し、ご好意に感謝申し上げる。 
コメンテーターのわたくしは、元市民(四半世紀住んだ鎌倉を5年前脱出)として若干は鎌倉を知ってはいても、世界遺産についても鎌倉の登録運動もよくは知らないのです。それでも厚かましくコメンテーターとは、その立場での発言も有用と思ったのです。


1.世界遺産とはなんだろうかー初めのコメント

(1)真正性について
 そもそも世界遺産とは、基本は戦争や開発で失われようとする世界的な人類の資産(個々の遺産は「資産」)を守ろう、調べてみるとこのようですね。そしてその資産が、オリジナルの材料と形態があること(真正性)でもって登録するそうです。
 でも文化遺産ならば、創始から現代まで歴史が長いほど、当初の材料と形態の改変が加えられており、その改変もまた歴史であり文化であるはずです。生きた都市鎌倉での登録推薦文化資産(以下「推薦資産」)はまさにそれでしょうし、重層する歴史をになってこそ文化財と思うのですが、世界遺産の真正性に抵触するような気もします。

(2)緩衝地帯について
 個々の推薦資産の範囲を境界線で決め、その周辺にその「保護を支える機能」を持つ緩衝地帯を設ける、とされています。ところで、日本には市街にある文化財建築を保存するために、その敷地から周りの敷地に開発権(容積率)を移転させる制度があります。
 最近の実例は東京駅赤レンガ駅舎で、周りの超高層建築群は赤レンガ駅舎を低いままに保存するためにできたのです。世界遺産のケルン大教会堂が、そばに建ち上がる超高層によって登録の抹消寸前になったそうです。それなら東京駅(重要文化財)は世界遺産にはなれませんね。ユネスコに言わせるとこんな文化財保存方法は間違っているのでしょうか。
 鎌倉のいくつかの推薦資産は市街と接しているので、市街を緩衝地帯にすることにしていますが、そこが推薦資産の保護を支える機能となり得るのでしょうか。
   参考:赤レンガ東京駅復原反対論サイト

(3)世界遺産の登録意義について
 文化財は市指定より県指定、それより国指定が高級とする一般的な感覚があります。それよりも高級な"世界指定"にしたいのでしょうか。そのうちに「宇宙遺産」ができるかもしれませんね。文化に優劣をつける感があるのが、どうも気になります。
 それでも世界遺産登録を目指すのは、なにか高尚なる目的があるか、それともなにかの作戦か戦術としての意味があるのでしょうか。俗な言い方ですが、世界遺産に登録されるとどんな良いことがあるのでしょうか。国指定史跡や重要文化財では不十分なのでしょうか。途上国でない日本には、ユネスコの世界遺産基金の投入はないでしょうね。


2.市民による世界遺産登録運動にこそ意義がある-中間でのコメント

 各グループにおける多様な発言を伺うと、世界遺産登録運動を契機とするまちづくり運動の様相を持っていることがわかりました。Fテーブル大学生たちの中間発表で、この運動を通じて市民・行政・学生・企業の連携で、都市に愛着を持つようになるとの意見が出されていることは、正に運動のもつ基本的な意義を意味しています。
 世界遺産に登録する運動を通じて、よりよい鎌倉の地域社会の形成が進むと期待し、その運動が広がり深化していけば、世界遺産登録にどんなに時間がかかっても、その間に得るものが大きな意義を持つことになるでしょう。拙速に登録に成功しても、管理運営に市民の支持がないと持続しません。登録の意義とともに、そこに至る経緯がいかに意義のあるものを生むか、それが重要です。その意味で今回のワークショップの意義は大きく第2第3のワークショップを、特に若い人たちに期待しています。


3.登録させたい側と登録する側にギャップがあるかも―後追いのコメント

(1)ユネスコの視点と鎌倉市民の視点は合致するか
 登録をするユネスコの立場と、登録させたい市民との間に、どうもズレがありそうだと感じました。空間と時間とにおいて、両者のとらえ方に根本的な差異があるようです。
ユネスコは、世界遺産だから地球レベルで卓越する貴重さを評価しますが、市民は地域生活圏における文化レベルを評価しようとして、空間的な評価のギャップがあるようです。宇宙から地球のある地点を選ぶ目と、地球上の一地点から見る視点の違いです。
 時間的な違いでは、ある歴史的時期に造られて今に残る「遺産」がその当時の真正性保っている度合をユネスコは評価しますが、市民はそれを取巻く現代社会における、「資産」としての意義を評価します。過去からの視点と、現在からの視点の差異です。
 このユネスコと市民との視点の違いは、ユネスコが登録権者であるとすれば、市民の方がユネスコの視点に寄らなければ仕方ないですね。学者、文化庁、行政はそれを承知でしょうが、市民はこれからワークショップなどで理解を深める必要がありそうです。

(2)世界遺産ではない緩衝地帯をどうとらえるか
「鎌倉を世界遺産に」といっても、市全部とか旧鎌倉全部とかではないのですね。推薦資産は、国指定の史跡や重要文化財などの拠点的な場所だけであって、ほんとに狭い範囲なのですね。
 実はわたしは、京都や奈良はそっくり遺産登録と誤解していました。これらの歴史都市では遺産登録の拠点的な場所があちこちに沢山あるのを、ひとつひとつではなくて一度に合わせて登録したために、都市全体登録かと誤解しやすいとわかりました。
 それに輪をかけて誤解しやすいのは、それらのひとつひとつの推薦資産の周りに緩衝地帯を設けているのですが、それらがつながってかなり広い範囲を覆うものですから、地図を見ると都市全登録に見えるのです。ところがこの緩衝地帯は城を守るために周りに掘りめぐらせた濠みたいなもので、世界遺産という城ではないのです。城は濠があるので登録されるけれど、この濠は遺産登録対象ではないんですね。
 さて、ワークショップ記録を読むと、話題のほとんどはこの緩衝地帯のあり方だったようです。推薦資産は世界遺産としての価値はあるとしても、緩衝地帯がそれを守るほどの価値や力量がある地域だろうか、そして緩衝地帯に住む市民は推薦資産の保護を支える役割を果たすことができるだろうか、このようなことが真剣に討議されたことになります。
 緩衝地帯には日々動く市民生活があるのですから、登録する側とされる側の論点の違いといってよいでしょう。これは、世界文化遺産推薦運動の基本的課題をついていると、わたくしは思いました。

 以上、世界遺産半可通のコメントでした。

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