鎌倉の緑の質と役割を考え直す 

伊達美徳

 緑の木陰で昼寝をしていると、蝉の声にまじって話し声が聞こえる。長谷の大仏さまと大船の
観音さまが、今日は鎌倉の緑を話題にしているようだ。

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観音『大仏さまはお身体が青銅で黒いので、さぞ暑いでしょうね。それにしても鎌倉も緑が少なくなって、ますます暑くなりますね』
大仏『あなたは白くてコンクリートだから少しはマシかな。鎌倉の緑といえば、私の若い頃に比べて今は豊かになったね』
観音『えっ、鎌倉時代のほうが、現代よりも緑が少なかったのですか?、まさか…』
大仏『鎌倉時代は周りの山は防衛線だから、見通しよくするために稜線はまる禿げだった。そ
れに墓地のやぐらも多いしね』
観音『そうだったのですか。住民も多かったようですね』
大仏『日本の首都だったから人口も多く超過密で、現代よりももっと谷戸の奥、山の中まで人が住んでいてね。袋の中に物を詰め込んだようだと、京都から来た女性に言われたものだよ』
観音『それは「とはずがたり」にありますね。むしろ現代よりも都市問題があったようですね』
大仏『そうだよ。それに燃料は薪だから山はあちこち伐られているし、いつも街中に煙がただよっていたものだよ。江戸時代からは寒村になって、山の緑のは広くなったがね』
観音『20世紀になってまた人口が増えました。1970年代は宅地の大開発時代で、緑の山はずいぶん減りました』
大仏『そうだね。でもね、山の緑について言えば、このところ広さは減ったけれども質的には昔よりも豊かになったのじゃよ』
観音『えっ、それは一体どういうことですか。山の緑が昔と今とどう違うのですか?』
大仏『昔は林業も盛んで植林するが伐採もする。燃料の薪となる林を伐り、田畑の肥料となる落ち葉をかくので、山にはいつも人手が入っていた』
観音『童話に…お爺さんは山に柴刈りに…とありますね』
大仏『だから山はいつもトラ刈りに伐られていたし、落ち葉という栄養源が溜らないので土地は痩せてマツやコナラばかりしか生えないのだよ』
観音『そういえば昔の鎌倉の風景写真をみると、どこの山もみなスカスカの松林ですね』
大仏『古絵図を見てもそうだよ。大昔、月影谷にいた阿仏尼さんも、松風がものすごくて寂しいことを書いているよ』
観音『読みました。「十六夜日記」ですね。今の鎌倉の山には松林はほとんどなくて、冬も緑の濃いドングリの木が多くなっています。松茸も採れません。なぜ変わったのでしょう?』
大仏『それはね、石油によるエネルギー革命が原因だよ。プロパンガスや化学肥料ができて薪や落ち葉に頼らなくなった。輸入木材で林業は経済的には成り立たなない。だから山の木を伐る必要がなくなったからだよ』
観音『山に行くのはハイキングばかりでゴミの山…。でも、山に人間の手が入らなくなると、どうして緑が変るのですか?』
大仏『林の植物の構成は、人間や動物の干渉がないと次第に変化して、その土地の本来的な森林に戻っていくという自然の法則があるのだよ。これを学者は「植生遷移」という』
観音『人間の都合で変えた森林を、自然がとり戻すのかな…』
大仏『鎌倉のあたりだと、シイ、タブ、カシ、クスなどの常緑広葉樹林に戻るという法則があるが、そのとおりの変化じゃな』
観音『なるほど。鎌倉時代から20世紀半ばまでズーツと松林が続いていたのは、人間が木を伐ったり植えたりして、植生遷移を変えていたからですね』
大仏『そうじゃよ。松林ばかりだった頃に比べると、いまの山の緑は自然度が高く、気候の調節作用や保水の能力も大きいよ』
観音『東京や横浜よりも涼しいのはそのせいですね』
大仏『山の緑の総面積は減っても、単位面積あたりでは質的にも量的にも豊かになっているじゃろう』
観音『石油によるエネルギー革命という技術革新のおかげ自然が回復とは、なんだか皮肉な裏返し現象ですね。でも、この頃山に入ってみると、葉が繁って暗く、倒木も多いし、蔓があちこちにからんで、山が荒れています』
大仏『倒木や蔓は美しくはないが、人工林が自然林に戻る遷移の途中の現象なのだ森林というものを生産の場か、レクリエーションの場か、生物の生存環境の場か、それぞれ見方によって「荒れる」という考え方が違うはずだ』
観音『林業生産の立場から見ると、倒木や蔓は荒れ山です。でも林業も今は駄目になって…。レクリエーションの場としての緑は、暗い常緑樹林よりも針葉樹や落葉樹の林のほうが明るいので好まれます』
大仏『杉林や山桜が好きなら、山に入って柴刈り、植林、手入れを自分でしなさい』
観音『そうですね、自然の法則に逆らうのだから、座っていて文句だけではいけませんね。緑をどのようにとらえるか、立場による違いを考えて見ます』
大仏『常緑広葉樹はキラキラと葉が輝くので照葉樹ともいわれ、その森が東アジア文明を育てたのだよ。どうだね、常緑広葉樹林は人間の生物としての生存を支える緑、明るい松林や落葉樹林は人間の文化としての生活を支える緑、と考えるのだよ』
観音『なるほど。人間も動物ですから「生存のための緑」があってこそ「生活のための緑」があるのですね』
大仏『大勢の人が住む街をかこんでこのような質の高い緑があることは、現代鎌倉の自慢すべき貴重な財産じゃよ』
観音『緑というと街路樹や公園や庭のような格好の良い樹木を考えがちです。でも、そのような人工の緑の背景には、自然本来の緑があるのですね』
大仏『ここいらで、鎌倉の緑の質的な役割と配置を、総合的・科学的・計画的に考えなおす時代がきたようじゃね』
観音『ところで問題は、その山の所有者にとっては、生存や生活の基盤ということだけでは経済的に成り立ちません』
大仏『日本でも水と空気はタダという考えはなくなったね、緑もそれと同じで、みんなで金を払って、つまり税金で守り育てるべき時代じゃよ』
観音『やはりお金ですか。ますます暑苦しいですね。そうだわ、これから由比が浜に飛び込んでひと泳ぎしましょうよ…』
大仏『ヨーシッ』  えっ?(明) 

(注:鎌倉のコミュニティ新聞『鎌倉朝日』1993.9.6掲載 「鎌倉の新しいグランドデザインを描くー6」)

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