1 脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔とは
脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔とは、手術や処置で生じた痛みが、背骨の真ん中あたりにある神経のおおもとである脊髄に伝わらないようにするために、脊髄のごく近くに局所麻酔薬を注入する方法です。手術する部位に直接局所麻酔薬を投与するいわゆる局所麻酔と違い、より脊髄に近い部位で痛みの伝わる経路を遮断することで、少ない量の局所麻酔薬でより広い範囲に麻酔を効かせる(痛みを消したり動かなくしたりする)ことができる方法です。
脊髄くも膜下麻酔は、脊髄の周囲にあるくも膜下腔の脳脊髄液内に局所麻酔薬を注入し、ある場所から下、足のほうすべてに(下半身に)麻酔を効かせる方法です。
硬膜外麻酔は脊髄が包まれている硬膜といわれる組織のすぐ手前の硬膜外腔という場所に局所麻酔薬を注入し麻酔を効かせる方法です。また、硬膜外麻酔の針の刺す位置を変えることや注入する局所麻酔薬を変えることにより、首から下の任意の範囲に麻酔効果を得ることができます。また、針を通して硬膜外腔にやわらかい管(硬膜外カテーテル)を挿入し、局所麻酔薬をカテーテルから持続的に流すことにより、麻酔効果を持続させることもできます。
2 脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔の実際
2-1 脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔の開始
脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔はいずれも椎間(背骨と背骨の間)から針を刺し脊椎(背骨)の真ん中あたりにある脊髄周囲に到達する必要があります。
まず、麻酔の準備が済むと、体全体で横を向いて(右を下にすることが多い)、麻酔科医に背中を見せるかたちになっていただきます。その後、膝を曲げ、へそをのぞき込むように頭を曲げた体勢になり背中を丸くしていただきます。ここで麻酔科医は背中を触診し、目的とする椎間を探して目印をつけ、背中を広く消毒します。
消毒が済むと、麻酔のための針を刺す部分に局所麻酔の注射をします。これは、麻酔のための針を刺している間、痛みなどで不意に動いてしまうと針が曲がり最悪折れてしまうことがあり、大変危険なためなるべく動くことのないようにすることが目的です。局所麻酔の注射ははじめ痛みを伴いますが、薬が効くとともに痛みが消え、麻酔の針を刺すときはほとんど痛くありません。麻酔の針を刺している時に強い痛みがあれば遠慮なく申し出ていただければ追加の麻酔薬を注射します。また、麻酔の針が神経に直接触れた時には電気が走るような痛みを感じますので、そうなった時もすぐに申し出てください。
* 脊髄くも膜下麻酔
脊髄くも膜下麻酔では、腰の部分(第2腰椎以下の椎間)から麻酔の針を刺します。麻酔の針が目的とする場所に達したら、すぐに局所麻酔薬を注入します。薬が注入されると、麻酔薬の効果で、足先やおしりから、温かいようなしびれるような感覚が広がってきます。薬を注入し終わると、たいていは上を向いて仰向けに寝ていただきます。
数分後に麻酔の効果を調べるためにアルコールなどで冷たさを加えたり、針などで軽い痛みを加えたりします。どのような感覚がするのかをおたずねしますのでおこたえ下さい。手術に十分な麻酔効果が得ることができたら、手術に臨みます。
しかし、ここで麻酔効果が不十分であった場合は、再び脊髄くも膜下麻酔を行うか、全身麻酔などに変更するか、その時の担当麻酔科医が御説明のうえ手術に支障が無いように麻酔を追加します。
* 硬膜外麻酔
硬膜外麻酔では手術の部位に応じて胸椎から腰椎まで針を刺す部位を変えます。麻酔の針が目的とする場所に達したら、ほとんどの場合針を通して硬膜外カテーテルが挿入され、留置されます。硬膜外カテーテルは非常に細いもので、挿入が終わるとカテーテルを背中にテープで貼り付け、先端を肩口から出します。上向きに寝ることも可能です。
硬膜外麻酔単独で手術を行う場合には、ここでカテーテルから局所麻酔薬を注入し、脊髄くも膜下麻酔と同様に麻酔効果を確認し手術に臨みます。
しかし、硬膜外麻酔は術後の痛み止めを目的として行うことが多いため、他の麻酔方法と併用して行うことがほとんどです。
Ø 全身麻酔と併用する場合
硬膜外カテーテルを挿入してから、全身麻酔を行います。(全身麻酔については別項をお読み下さい。)
Ø 脊髄くも膜下麻酔と併用する場合
硬膜外麻酔と脊髄くも膜下麻酔を同時に行う場合はそれぞれの箇所に針を刺すことになります。(手順は前掲のとおりですが消毒などは1回になります。)
2-2 手術中の管理
全身麻酔と併用する場合は全身麻酔の項目をご覧ください。
脊髄くも膜下麻酔か硬膜外麻酔単独で、もしくは併用して麻酔管理を行うときには、麻酔科医は、麻酔を行ったあとも手術中絶えず患者さんの全身状態を監視し、手術の刺激や患者さんの全身状態に応じた輸液や薬剤の投与などの必要な処置を行います。痛みを感じることがあれば申し出ていただけば追加の麻酔など必要な処置を行うことが可能です。
2-3 手術終了後
手術が終了すると、全身状態に問題のないことを確認し病室に戻ります。麻酔の効果は手術終了後も数時間から1日程度持続します。その間、動かしにくかったり、感覚が鈍かったり、異常な感覚があったりしますが、徐々に元通りに戻ってきます。
3 脊髄くも膜下麻酔・硬膜外麻酔の合併症・併発症
ここでは、脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔に特有な合併症・併発症を挙げます。各麻酔法に共通して起こりうる合併症・併発症は別項に挙げます。
3-1 血圧低下、心拍異常、息苦しさ
脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔を行うと、局所麻酔薬などの影響により血圧が低下したり、心拍に異常をきたしたり、息苦しさを感じたりします。さらに吐き気や気が遠くなるなどの症状が出ることがありますが、麻酔科医が常にそばにいますのでそうなった場合にはすぐに適切な対処をします。全身麻酔と併用する場合には自覚する症状はでません。
3-2 硬膜穿刺後頭痛
硬膜外麻酔の針が深く入って硬膜にきずがついた場合や脊髄くも膜下麻酔では脳脊髄液が過剰に漏れ出ることがあります。これが原因で、起き上がると頭痛が強くなり、横になると頭痛が軽くなるという症状が出ます。この症状はたいてい数日間の安静と輸液で改善しますが、まれに症状が持続することがあります。
頭痛が持続するような場合は、硬膜外に自分の血液を採血して麻酔の時と同じように背中に針をさして硬膜外腔に注入する「ブラッドパッチ」という治療法があります。しかし、頭痛が確実に治るわけではありません。また、注入した血液がもとで感染し膿がたまったり、硬膜外腔に癒着を生じたりすることもあります。この治療法をとるかどうかは、患者さんと麻酔科医で相談のうえで決定させていただきます。
症状が改善するまで入院期間が延長することがありますので御了承下さい。
また、脳脊髄液の減少により、ごくまれに頭のなかに血腫ができることがあります。脳脊髄液が減少することにより脳が引っ張られて脳につながる血管が切れることが原因といわれています。入院中だけでなく退院後も起こることがありますので、頭痛が強くなったりけいれんしたりするようなことがあればすぐに診察を受けて下さい。
3-3 局所麻酔薬中毒
局所麻酔薬中毒とは、局所麻酔薬を過量に注入したり、動脈に誤注入したりすることで、血中の局所麻酔薬の濃度が過度に上昇することで起こります。めまいや耳鳴り、口周囲のしびれから始まり、徐々に多弁や興奮状態になり、その後意識消失、痙攣が生じます。さらに濃度が上昇すると昏睡、呼吸停止におちいり、重症な場合は心毒性(血圧の低下や徐脈や頻脈、心室性不整脈、心停止)が生じることがあります。局所麻酔薬中毒の症状が現れたら早急に麻酔科医が対処します。
3-4 感覚鈍麻、運動障害、異常感覚
脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔は神経のそばに針を刺し局所麻酔薬を注入します。局所麻酔薬の作用により伴う感覚鈍麻や運動障害、異常感覚が生じます。
これが、薬の作用時間が過ぎたあとも持続することがあります。たいていは数日で消失しますが、まれに数ヶ月から数年単位で持続することがあります。原因は針による神経の損傷、局所麻酔薬そのものによる神経への毒性などが考えられます。
原因や障害の程度によって元に戻る時間は異なってきます。
特に針による神経の損傷が原因の場合は、治るまでに年単位の時間がかかることがあり、さらに脊髄そのものの損傷を起こした場合には後遺症が残ることがあります。
3-5 硬膜外血腫など脊柱管内の血腫
脊髄くも膜下麻酔や硬膜外麻酔は背骨の奥まで針を刺します。この時の出血がもとで背骨の真ん中の空間(脊柱管)に血のかたまり(血腫)ができることがあります。症状がなければ気付かずに経過してしまいますが、ごくまれに足の痛みやしびれが強くなったり、足が動かなくなったりする「まひ」の症状が出ることがあります。手術後すぐにこの症状が出る場合がありますが、危険性が一番高いのは硬膜外カテーテルを抜いた後といわれています。この場合は緊急に背骨を開けて血腫を取り除く手術が必要となります。もともと血が固まりにくい方、血を固まりにくくする薬を使っている方はこの危険性が非常に高くなります。もし、足の痛みやしびれが強くなるようなことや、足が急に動かしにくくなるようなことがあれば主治医や病
棟看護師にすぐに申し出て下さい。
3-6 硬膜外カテーテル遺残
硬膜外麻酔で入れた硬膜外カテーテルは、手術の後必要がなくなった時点で抜去します。たいていは簡単に抜けますが、抜きにくかったりすると、カテーテルが途中で切れて背中の中に残ってしまうことがあります。この時はこれを取り除く手術が必要となります。