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企画 「圏論への招待」 世話人 竹内耕太

主旨:

圏論の考え方を理解したいと思いませんか?

それはあなたに新しい数学的見方を教えてくれるかもしれません。

第二回

『圏論Ⅱ〜圏と位相〜』

講演者: 佐藤 桂 (京都大学大学院理学研究科)

日時:11月11(金)-13日(日) 11日:17時開始 12,13日:16時開始

各日とも3‐4時間を予定しています。

場所: 筑波大学自然系学系棟D棟509

キャンパスマッップはこちら(わかりにくい)

もしくは

google maps で 36.107499,140.101004 を検索。緑の矢印の建物。

アクセス:TXつくば駅から「大学循環右回り」もしくは「大学中央行き」のバスに乗車。「第一エリア前」下車。

駅から大学まで多少時間がかかりますので注意してください。

内容:

第一回ではマックレーンの『圏論の基礎』(以下、CWM)がベースだったので今回は同じくマックレーンの『Sheaves in Geometry and Logic』(以下、SGL)の前半(第Ⅰ章~第Ⅴ章)をベースに圏と位相の関係を紹介しようと考えています。

1日目「位相、代数、モナド」(目標:Beckの定理)

まずは第一回でやった圏の基本概念を復習した後、第一回でやると予告していたにも関わらず時間切れであまり紹介できなかった「随伴」からスタートし、

その流れのまま随伴を代数的に見た概念「モナド」を紹介し、関手がどれだけ代数的か(モナディックか)を判定するBeckの定理を示します。

Beckの定理は「絶対極限」なる面白い概念が登場するだけでなく、後にトポスにおいて「極限から余極限を創る」ために必要になる重要な定理で、

マックレーン自身も『CWM』のまえがきに「モノイドと随伴との密接な関係は普遍代数というアイデアを照らし出し、代数の圏を特徴付けるBeckの定理において頂点に達する」と述べているほどです。

この定理を用いて、位相空間の中でもコンパクトハウスドルフ空間がとくに代数的つまりモナディックであることを見たいと思います。

(内容としては『CWM』第Ⅵ章、『SGL』第Ⅰ章あたり)

2日目「層、圏、トポス」(目標:古典的層の成す圏がToposになることの証明)

トポスの定義を与えて、どのような性質を持つのかを見ていきたいと思います。そのひとつとしてBeckの定理を用いて有限極限から有限余極限が創られるのを見ます。

重要な例として古典的層(位相空間上の層)の成す圏(この圏には名前が無いのでいつも“成層圏”と呼びたくなる笑)がトポスになることを示します。

その過程でその位相空間上の前層の成す圏と束の成す圏の間に随伴が存在し、それらの各充満部分圏、層の成す圏とエタール空間の成す圏では圏同値を導くことも見ます。

(内容としては『SGL』第Ⅱ章、第Ⅳ章あたり)

3日目「圏論的位相、圏論的層、景(サイト)」(目標:現代的層の成す圏がToposになることの証明)

圏論的位相(Grothendieck位相)を導入し、これを備えた圏(景)の上にも層が定義できることを見ます。さらにはこの“現代的”層の成す圏もトポスになることを示します。

またトポスの中の“開集合”たちの成す圏がまたトポスになること、Lawvere-Tierney位相とGrothendieck位相との関係も紹介できればと思っています。

(ただ前回のように時間切れになることを想定し、断定表現は避ける。。。内容としては『SGL』第Ⅲ章、第Ⅴ章あたり)

アブストラクト:

“Topos”はギリシャ語で「場所」を意味する単語ΤΟΠΟ∑、それも“Category”と同じくアリストテレスが哲学用語として用いていたものを意識して命名された。

代数幾何学で主に使われていた古典的な層の理論を数論など他の分野で使えるようにグロタンディークが一般化する過程で誕生したトポス理論は、いまや数学基礎論でも用いられるほどの広がりを見せています。

その凄まじさは一冊の本のタイトルからも窺い知ることができる。マックレーンの『Sheaves in Geometry and Logic』。幾何学と論理学!! 古代ギリシャの哲人たちがこれを見たら何と言うことやら。

この本の第Ⅵ章では現代的(圏論的)層の理論を用いて、かの連続体仮説の独立性証明までおこなっています。今回はその章に入る前まで、第Ⅰ~Ⅴ章までの内容を“古典的層から現代的層へ”の流れに焦点を絞って紹介したいと思っています。

そのため今回は幾何学と論理学という二大トピックにはあまり踏み込まず、まずはその共通構造としての“位相”に注目して話を進めていこうと考えています。

『自然学』の中でアリストテレスは「場所」を次のように定義している。「それは、包み込んでいるものと包み込まれているものとがそこにおいて接触しているところの、包み込んでいる物体の境界である。」

現代数学において場所ひいては位相(Topology)の定義とはある条件を満たす部分集合の族であり、学部生にとっては「任意のεをとったとき、かくかくしかじか、十分大きいNで、ナントカかんトカ、あるδ’’’’がとれて」非常に腹立たしいものなわけです。

代数のような等式ではなく不等式のデスマッチが続くε-δ合戦にヒヤヒヤさせられたものです。しかし実は、位相を代数的に捉える方法があります!それは閉包作用素を用いた位相の記述です。

あまり知られていませんが「集合X上の位相」と「X上の閉包作用素T(つまりXのベキ集合P(X)上の自己写像でU,V∈P(X)に対し、U⊂T(U)、T(Φ)=Φ、T(U∪V)=T(U)∪T(V)を満たすもの)」は等価です。

そしてこの位相に対する代数的見方こそが位相の圏論的見方を可能にするのです。上記の閉包作用素Tの条件はP(X)を圏と見たときにTが「有限余極限を保存するモナド」だと述べていることになります。

(そしてXの閉集合系はT-代数の圏に他ならず、双対的に開核作用素Kは有限極限を保存するコ-モナドであり、Xの開集合系はK-余代数の圏に他ならないこともわかります。)

アリストテレスのなんと慧眼なことでしょう!! まさに閉包と開核は“包み込んでいるものと包み込まれているものとの境界”を見極める作用であり、彼は場所(Topos)という言葉を借りて現代における位相(Topology)の本質を紀元前に言い当てていたことになります。

そんなトポスの名を冠した現代のトポスとは一体どんな高尚な概念なのか、ちょっと身構えてしまうかもしれませんが、現代のギリシャで“ΤΟΠΟ∑”が「市場」という意味で日常的に用いられているのと同じくトポスも非常に身近なところに隠れています。

唯トポス論者に言わせれば、市場での買い物に必要な「10+20=30、40×5=200」などの基本算術もトポスの現れということになるでしょう。トポスには「掛ける、足す、何乗する」(有限極限、有限余極限、ベキ関手)の概念があります。

もう少し数学よりな話では、関数F:X→Yに対して順像が「F(U∪V)=F(U)∪F(V)、 F(U∩V)⊂F(U)∩F(V)」と後者で=にならないのに逆像が「F*(U∪V)=F*(U)∪F*(V)、 F*(U∩V)=F*(U)∩F*(V)」と両者ともに=になるという、なんか“逆”な違和感。

実は関数はあくまで関“数”であって各“点”に対し値が定まるものなので“部分集合”に対してというのは無理があるわけです。ところでこの「Xの部分集合」は「Xから2点集合{0,1}への関数」だと思うことができます(その部分集合上で値0、それ以外で値1をとる関数と思う)。

そうするとYの部分集合UはU:Y→{0,1}という関数なので関数F:X→Yと「関係を持つ」には後ろからの合成UF:X→{0,1}が最も自然で、これはXの部分集合と見なせ、部分集合たちに対しては順像の「XからYへ」よりも逆像の「YからXへ」が自然であることがわかります。

ここで使った「Xの部分集合」と「Xから2点集合{0,1}への関数」の同等性こそトポスの中心概念で、この2点集合{0.1}はトポスにおける{真,偽}に対応し、その名も“部分対象分類子Ω”とイカメしい呼び名で地獄の閻魔よろしく有象無象(うぞうむぞう)の対象を分類(裁定)しているのです。

トポスとは以上の有限極限、有限余極限、ベキ関手、部分対象分類子Ωを持つ圏のことです。しかし驚くべきことに余極限は仮定せずとも、ベキ関手の存在とΩの威力によって「有限極限から有限余極限を創る」ことが出来るのです!!

とくに1点集合{*}から空集合を創ることができます。 この“有から無を”創るという離れ業、古代ギリシャの哲人たちがこれを見たら何と言うことやら。