摂食を伴う配偶は性的共食いや婚姻贈呈があるが、既知の例はどれも片方の性が相手を一方的に食う例であり、その非対称な摂食から利益が得られる。しかし唯一の例外が、発表者が発見したリュウキュウクチキゴキブリでオスとメスが配偶時に互いの翅を食い合う現象である。本種の新成虫は長い翅を持ち、繁殖時期には飛翔するが、雌雄が出会うと配偶時に相手の翅を付け根近くまで互いに食い合い、その後両親で子育てを行いながら、生涯その個体と繁殖する。当然この奇妙な配偶行動が完了すると翅はほとんどなくなり、以後一生飛べなくなってしまう。それだけでなく翅を食べ終えるには少なくとも12時間以上という膨大な時間がかかり、翅の食い合いはコストだらけのように思える。なぜこのような行動が進化したのだろうか?翅の食い合いは性的共食いとも婚姻贈呈とも異なる新たな適応的意義を持つはずである。発表者は当然、栄養摂取仮説、配偶済ラベル仮説など、その他あらゆる仮説を検証した。しかし不発に終わった。
そこで次に生涯にわたる社会的一夫一妻に着目した。これは彼らにとって配偶者選択が非常に重要な意思決定となることを意味する。翅の食い合いが配偶者決定になっているとしたらどのようなことが考えられるだろうか?配偶相手に対して固有の親和的行動やその他の個体に対する排他的な行動はペアボンディングの表象とされている。ペアボンディングはペアの維持機構の一つとして機能し、生活史においてまさに社会性の始まりに寄与する。哺乳類から魚類まで幅広い脊椎動物で見られるが、無脊椎動物では報告がない。むしろ、ある可能性すら想定されていないと言う方が正しいかもしれない。しかしペアボンディングのある脊椎動物とクチキゴキブリの生活史は両親による子の保護を持つことなどを始め同様のフレームワークを共有しており、本種も脊椎動物と同様にペアボンディングを持つことは十分に予想できる。本講演ではペアボンディングを検証した実験を動画を交えながら紹介し、本種がペアボンディングを持つとはどういうことか考察する。
X: @Osaki_fabre