はじめに

多細胞生物は、1個の受精卵が自律的に分裂・分化し、多様な構造と機能を持つ細胞の集合体へと自己組織化した複雑系です。
幹細胞による組織再構築や免疫系によって長寿命を実現した高等動物は、経験を記憶として100年以上も残せるだけでなく、他者への共感や言語活動など高度な精神活動を営める神経系を獲得しました。「脳の知的活動の産物であるサイエンスが脳が生み出す意識や自由意志の謎にどこまで迫れるのか?」「加齢や疾患による脳の変性や機能障害をどこまで抑制できるのか?」 など神経科学分野はチャレンジングな課題の宝庫です。人類があらゆるアプローチを駆使して挑み続けるべき究極のテーマが自分たちの脳といっても過言ではないでしょう。

当グループの研究の概要

細胞の分裂・分化過程において、細胞の形状・剛性・張力・運動性などの形態的・力学的表現型を規定するシステムが細胞骨格系です。その代表格であるチューブリンアクチン連続的なネットワークを形成するのに対し、セプチンはSEPT1-14のサブユニットが多様な組み合わせで集合し、不連続なクラスターとして細胞内に散在するシステムですが、その性質や生理機能には解明すべき謎が多く残されています(上段の電子顕微鏡写真、右上図)。さらに、ヒトの精神・神経疾患(パーキンソン病統合失調症双極性障害家族性末梢神経障害)におけるセプチンの量的・質的異常も多数の症例で報告されており、病態との関連も重要な研究課題です。

私たちは、細胞分裂発生過程の脳における神経突起伸展を駆動するアクトミオシンやチューブリンの調節にセプチンが必須である一方、成体の脳ではグリアやニューロンのシナプス近傍に集積して多面的な役割を担っている可能性を、遺伝学、分子細胞生物学、電子顕微鏡immunogold; ssTEM、右中図)などの手法で示してきました 。

成体脳におけるセプチンの役割を探るため特定のサブユニットを欠損(or 過剰発現)する複数のマウスの行動レベルの形質系統的にスクリーニングしたところ、運動学習、認知機能、驚愕反応覚醒剤への反応、自発活動量などに予想外の異常を認めました。それぞれの責任領域を精査すると、グリアではグルタミン酸輸送体、ニューロンではグルタミン酸受容体(右下図)やドーパミン輸送体など重要分子の動態や機能の調節にセプチンが直接または間接的に関与していることがわかりました。

そこで、セプチンを含む未知の分子ネットワークの解析を通じて、シナプス伝達、シナプス再編成、グリアによる恒常性維持など重要な生理学的課題アプローチするとともに、精神・神経疾患の部分症状に類似した形質は疾患モデルとして病態解析を進めています。

Kurita et al.
Masuda et al.