生徒さんの感想


アレクサンダー・テクニークを体験した生徒さんが感想を書いてくださいました。その一部を掲載させていただきます。

「アレクサンダーを体験して」                       音大生K.Hさん

 

私は始め、アレクサンダーは整体のような分野だと思っていました。レッスンを受けて、なるほど確かに、整体な要素を多少なりとも持ち合わせているように思いました。しかし荒川さんの10回にわたるレッスンで、アレクサンダーは私の予想をはるかに超える、広い意味合いをもつものであることを知りました。

 

私たちは毎日、ほとんど何気なく体を動かして過ごしています。少なくとも、アレクサンダーに出会う前の私はそうでした。重たい荷物を毎日持っている時も、満員電車に揺られているときも。嬉しいことがあったときも、悲しいことがあった時も。

動作と感情は、一見、関連性がないように思えますが、実はこの双方はとても密接な関係にある(ということも荒川さんに教わったことなのですが‥)のです。しかし以前の私は、そういった日々変わる感情が、自分の動作に、または直接身体に、影響を及ぼしていたなど、少しも思ったことがありませんでした。

自分自身の身体なのに、頭が体を押さえつけて、前に前に進めなくなっていた自分に気付きませんでした。今思えばあのときの私の体は、麻痺していた、という表現がいちばん近いように思います。そんな私に、私自身の身体を教えてくれて、解放させてくれて、ポジティブな姿勢を思い出させてくれた荒川さんに、本当に感謝しています。

 

私はアレクサンダーを初めてから、自分の感情を、良い方向に自分自身で向けて行く意識を持てるようになったように思います。ピアノの演奏に至ってもそうです。無理することをやめ、抑え込む姿勢を解放させ、力まない所作を、と心がけている私は、以前よりずっと自分らしい自分になれました。飾らない自分を見つけることこそが、一番の健康法だったのでしょう。

 

アレクサンダーに出会ってからの私の演奏が、いや、アレクサンダーに出会ってからの自分自身が、とても好きです。

 

 

 

 

 

 

*************************************

 

 

「ATA実習生レッスンを受講して」               保健師R.Hさん

 

 

 

ATを学んでいるときには様々な気づきのシンクロがおきた。いつもと違う感覚を探しているからか?日常生活の中で普段意識していなかった情報に気がつく。

私にとっての理解は「身体感覚で腑に落ちる」という体験ではなく、認識・思考の気づきで起こったように思う。

「頭と脊椎の関係」というATの感覚は、ほとんどわからなかったといってよい。入り口の手前で、ほのかに垣間見え、感じるものがあるのだが、とてもささやかで曖昧なもので、ほぼ何も見えない。が、何か、私の全く知らなかった感覚や意識の拡大がひろがっていそうな気配と不思議。この感覚をキャッチしようとは、とても変わった作業だと思った。ましてやこれを他人に引き起こし、気づかせることができると思うなんて、なんというチャレンジなのか。

 

私は未だ半信半疑な気持ちで、「この体験は何だったのだろう、ATって何をしているの?」と曖昧な理解でいる。

「生きていることを実感するため、自分の感情を大切にするため、自分の身体感覚に敏感になりたい」という目的で何の気なしで応募した実習生レッスンだったが、このようなアプローチで気づくことがあるとは予想していなかった。難しかった。混乱した。面白かった。

 

基本的に、誘導的に「教わる」というよりは、サポートとか導きとか、何を学ぶかは生徒が自分で見つけることであるような印象を受ける指導法であった。

教師の価値観を誘導するような指導法ではないので、大人向けな学び方だと思った。共感的な関係性の中で教育が成立するのではなく、教師がカリスマチック(?)でないのが良い。ある意味、システマチックに、淡々と進めていくプログラムだと感じた。変なバイアスがないので、生徒は自分で欲しいものを探せばいい。

ATにはスピリチュアルなふわふわしたイメージがあったが、とても冷静で現実的なメソッドだと思った。どうも有り難うございました。