丹塗矢とおまる(尾籠な話ですが)


丹塗矢(にぬりのや)--大物主神と勢夜陀多良比売

「蛇」の話題から連想して、どんどん「漢字」の話からそれてしまっています。それついでに、もうひとつ大物主神に関する伝説を。

 丹塗矢(にぬりのや)伝説をはじめて知ったのは、大学の国文学の講義であったが、そのへんの事情を雑談風に書いてみよう。

 それは大学生となってまもなくのこと。同じ寮に九州出身の人がいた。この人には面白いところがあって、会話の途中で、突然「クソまってこっ!」と言って、はじけるように立ち上がり、サーッと皆の前から消え去るのであった。

 一同「???」

 しばらくすると部屋にもどり、皆の輪に入って会話を続けるのだが、このようなことが続くと、彼の行動に興味がわいてくる。

 まあ、ほどなくして、彼が「クソまってこっ!」という呪文のような言葉を発した後は、どうもおトイレに行っているらしい・・・ということに気づく。とい うことは、呪文の冒頭の単語の意味もわかった。さいごの「こっ!」というのもわかる。おそらくは、「・・してこよう!」ということであろう。問題は、 「まって」だ。類推するに、「まって」の終止形は、たぶん「まる」ではなかろうか?

 ・・・ということで、当時19歳であった私は、「各地の方言には古語が保存されているケースがある」などと、なんとなく感じていたので、国語辞典ではなく古語辞典にあたってみた。

 すると、あるある。語義の説明はわすれてしまったけど、その用例が衝撃的(?)で、今も忘れられない。

「・・・糞まり散らしき」

 もちろん古文の用例である。おそらくは、スサノオノミコトが大暴れするところの描写ではなかろうか。

 まあ、これで、九州のその人の行動と発言に合点がいった。

 つぎに、この「まる」に出会うのが、大学の講義。不思議なもので辞書で調べて納得がいったその数日後、国文学の講義で次のような一節を聴いた。

「・・・糞まりたまひしとき」

 今、原文を引いてみると

勢 夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)、その容姿(カタチ)麗美(ウルハ)しかりき。故(カレ)、美和(ミワ)の大物主紳(オホモノヌシノカミ)、見(ミ)感 (メ)でて、その美人(ヲトメ)の大便(クソ)まりたまひし時、丹塗矢(ニヌリヤ)に化(ナ)りて、その大便(クソ)まる溝(ミゾ)より流れ下りて、その 美人(ヲトメ)のほとを突きき。
 ここにその美人驚きて、立ち走りいすすきき。すなはちその矢を将(モ)ち来て、床の辺(ヘ)に置けば、忽(タチマ)ちに(ウルハ)しき壮夫(ヲトコ)に成りぬ。
 すなはちその美人を娶(メト)して生みし子、名は富登多多良伊須須岐比売命(ホトタタライススキヒメノミコト)と謂(イ)ひ、亦の名は比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)と謂ふ。


 (1)勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)が、かわや(水の流れる溝の上につくられた、天然の水洗トイレ)で用をたしていた。
 (2)ひめを見そめた大物主神は「丹塗矢」に化けて、上流から流れ下り、ひめのホト(陰部)を突いた。
 (3)ひめは驚き、あわてふためいたが、その矢を持ち帰って床の辺に置いたら、麗しい男性があらわれた。
 (4)生まれたこどもは、富登多多良伊須須岐比売命(ホトタタライススキヒメノミコト)、またの名を比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)という。この方は、のちに神武天皇の皇后となられた。

 なんとも不思議な話だが、「まる」の解釈からはじまって、ここまできた。講義ではここまで詳しくやらなかったかわりに、「丹塗矢」伝説のいろいろな形を紹介してくださったものと記憶している。

 今、ふと思いついたのだが、大昔の貴族が使用していた携帯用便器のことを「御虎子(おまる)」というが、この言葉も動詞「まる」の名詞形ではなかろうか?まあ、たんなる思いつきですが、この答案「おまる」をいただけますか?

 尾籠(ビロウ)な話になってしまいましたが、この「尾籠」(ビロウ・おこ)の由来については、漢字の用例として次にお話いたしましょう。それでは本日はこれにて、マル。


→ 尾籠とは?(烏滸蠻・烏滸の沙汰・夜郎自大)
→ 盃中蛇影(盃中の蛇影)<故事成語>
→ 蛇足(画蛇添足)<故事成語>

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