大物主神は蛇神さま


大物主神と倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)

 大物主神といえば、『古事記』「三輪山」伝説が有名。

 活玉依毘売(イクタマヨリヒメ)は容姿端正であった。ここにある若者がいた。これも姿恰好当時無類であった。
 ある夜、その若者が突然音もなくやってきた。両人ともお互い感じ入って結婚して共に住んだ。まださほど時も経っていないのに、女は妊娠した。父母はそれを不思議に思い尋ねた。娘は、貴く立派な若者が毎夜来て共に住んでいたら身篭ったと答える。
 そこで父母はその男の素性を知ろうとして、娘に赤土を床の前にまき散らし、閉蘇紡麻(へそを:糸巻きの紡いだ麻糸)を針に通して、男の衣の裾に刺せと教える。
 その通りにして夜明けに見ると、針につけた麻糸は鉤穴より出ていって、あとに残った麻糸は三勾(三巻き)だけだった。これで若者が鉤穴から出た様子が分 かり、糸をたよりに辿ってゆくと、三輪山に到着して、大神神社に留まった。それで神の子だと分かった。それで、麻糸が三勾(三巻き)残ったことから、そこ を名づけて「三輪」というのだ。

 さて、この大物主神は「蛇」神さまであるという話。こちらは『日本書紀 巻第五・崇神天皇』から。

 倭迹迹日百襲姫(やまとととびもも そひめ)、大物主神(おほものぬしのかみ)の妻と為る。然れども其の神常に昼は見えずして、夜のみ来(みた)す。倭迹迹姫命は、夫に語りて曰く、「君常に 昼は見えたまはねば、分明(あきらかに)に其の尊顔を視ること得ず。願はくは暫留(しましとどま)りたまへ。明旦(くるつあした)に、仰ぎて美麗しき威儀 (みすがた)を覲(み)たてまつらむと欲ふ」といふ。大神対(こた)へて曰(のたま)く、「言理(ことわり)灼然(いやちこ)なり。吾明旦に汝(いまし) が櫛笥(くしげ)に入りて居らむ。願はくは吾が形にな驚きましそ」とのたまふ。
 爰に倭迹迹姫命は心の裏で密かに異(あや)ぶ。明くる朝を待ちて櫛笥(くしげ)を見れば、遂(まこと)に美麗な小蛇(こおろち)有り。その長さ太さは衣 紐(したひも)の如し。即ち驚きて叫ぶ。時に大神恥ぢて、忽(たちまち)に人の形と化りたまふ。其の妻に謂(かた)りて曰はく「汝、忍びずして吾に羞(は じみ)せつ。吾還りて汝に羞せむ」とのたまふ。仍(よ)りて大空を踐(ほ)みて、御諸山に登ります。爰に倭迹迹姫命仰ぎ見て、悔いて急居 〔急居 此をば 莵岐于と云ふ〕 則ち箸に陰(ほと)を憧(つ)きて薨(かむ)りましぬ。乃ち大市(おほち)に葬りまつる。故、時人、其(こ)の墓を号けて、箸墓と謂ふ。 是の墓は、日は人作り、夜は神作る。

 (1)倭迹迹日百襲姫(やまとととびももそひめ)は、大物主神の妻となった。
 (2)姫は、夜だけの訪問なので姿が見えないから、朝まで留まってください、明るい日の光の下でその美しいお顔を見たいと懇願する。
 (3)神はそれも道理だとして、「明朝お前の櫛入れの中に入っている。但し姿を見て驚くな」と言った。
 (4)翌朝姫が櫛入れを開けたら「美しい小蛇」がいた。驚きの声を上げたら、たちまち人の姿になって妻に、「お前は我慢できずに私に恥をかかせた。今度は逆にお前に恥をかかせてやろう」と言った。そして、天空を踏みとどろかせて三輪山に登って行った。
 (5)そこで倭迹迹日百襲姫命は天空を去っていく神を仰ぎ見て後悔し、床にどすんと尻餅をついた。そして箸でホト(陰部)を突いて亡くなられた。
 (6)人は埋葬された墓を「箸墓」と命名した。この箸墓は昼は人が造り、夜は神が造った。

 大物主の神については、もうひとつ有名な「丹塗矢」(丹塗の矢)伝説があります。勢夜陀多良比売(セヤダタラヒメ)とのお話ですが、長くなりましたので、つづきはまた明日。

→ 盃中蛇影(盃中の蛇影)<故事成語>
→ 蛇足(画蛇添足)<故事成語>

[Home]
Comments