スピロプラズマによるオス殺し時期はどのようにして決まるのか
主に母から子へ卵巣を通じて伝播する共生微生物にとって、オス宿主に感染してもあまり意味がありません。そこで自分にとって重要性の低いオス宿主を殺してしまうという、情け容赦のない共生微生物がいることがわかってきました。これが共生微生物によるオス殺しとよばれる現象です。
細菌によるオス殺しは数多くの昆虫からみつかっていますが、死亡時期が胚期であることから、初期型オス殺しとよばれ、宿主を終齢幼虫の時期に殺す後期型オス殺しという現象とはまったく異なったものとして扱われていました。
ショウジョウバエでみられるスピロプラズマによるオス殺しについては、胚期にオスが死亡することから初期型オス殺しに分類されていました。
成虫になってから1週間以上たってから子どもを産ませると、スピロプラズマは完全に子どもに伝播し、オス殺しも完璧に起こります。ところが若い成虫が産んだ子どもには、スピロプラズマが伝わり損ねる場合があり、オス殺しも不完全になることがわかっていました。
そのような若いメスが産んだ子どもをよく観察していると、成虫になったあとすぐに死んでいる個体が多くいることに気づきました。よくみてみると、どうやら成虫になってから死んでいるものだけでなく、成虫の体はできているのに蛹の殻から抜けだせずに死んでいるものもいるようなのです。
死亡した個体の形を顕微鏡でよく調べてみると、それらのほとんどはオスであることがわかりました。
つまり、若いメスが産んだ子どもでは、オスの死亡時期が胚期だけでなく、成虫にまでずれ込んでいるようなのです。
幼虫の時期に死んでいるオスもいるのでしょうか。幼虫では、形態を観察することによって雌雄を判別することが難しいので、分子生物学的な手法を用いました。ショウジョウバエの性染色体は、オスがXY型、メスがXX型なので、オスのみにY染色体があります。そこで、Y染色体にしかない遺伝子配列をPCRで増幅することによって雌雄を判別することができます。つまり、増幅できればオス、増幅できなければメスというわけです。この方法を使って、様々な幼虫期における性比を調べました。
飼育容器内におけるオスの割合
産卵されたあと、時間が経つにつれてオスの割合が減っていくこと、また、母親の日齢が経っているほどその減るスピードが早いことがわかります。
つまり幼虫期にもオスは殺されており、母親の日齢が経つほど、死亡時期は早まっているといえます。
今までの研究で、スピロプラズマの密度は成虫が羽化してから勢いよく増すことがわかっていました(Anbutsu and Fukatsu, 2003)。このことから、スピロプラズマの増殖に応じてオスの死亡時期が早まっているのではないかと考えられます。
初期型オス殺しと後期型オス殺しは、従来異なる現象としてとらえられていたわけですが、これらは必ずしも全く別物としてとらえる必要はなく、同じ現象の量的な違いによるものとしてとらえることができることがわかりました。
オス殺し現象は、様々な微生物と様々な昆虫種との間でみつかっています。長い進化の過程を経て、結果的には胚発生の段階で殺してしまう初期型オス殺しと、体の大きさが最大になってから殺す後期型オス殺しが、それぞれの場合に応じて最適解であったのかもしれません。
【参考文献】