はじめに

新しいザイルにカラビナ、新しい沢シューズ、新しいザック、新しいスノーシュー、等々。それらの真新しい遺品を見るにつけ、突然あの世に召されるとも知らず彼はまだまだやる気満々だったんだなぁ、いや、むしろこれから本当にじっくり山を楽しむつもりだったんだと思うと、悔し涙ががこぼれました。

 山の版画も以前は年に一度の年賀状だけでした。新座山の会の会報の表紙を任されるようになり、二号からずっと彫っていました。この遺作集の表紙となった「北岳バットレス」が絶筆となりました。彼の版画は会報「山道」が育ててくれたようなものです。独学ですので、稚拙かもしれませんが、みんな自分達が登った山なので思い出がいっぱい詰まっています。
 「まだ寝ないの?」「今日彫っておかないと間に合わないから・・・」と、帰宅後夜中に一人コツコツと彫っていた姿が鮮やかに蘇ります。
 でも、この十年の間に徐々に進歩したことは自他共に認めるところです。
 彼もいつかはまとめたかったのでしょう。全部きちんとファイルしておりました。
3回忌までには何とか形にしたいと思い、今回の遺作集になりました。

 版画の他、彼の山歩きの原点となった農大ワンゲル時代の部誌「しゃくなげ」に掲載されたもの、OB誌「てつなべ新聞」に寄稿したものと、新座山の会会報「山道」に掲載した主なものを併せて載せました。本文中の挿絵やカットも殆ど彼が描いたものです。

 生涯山を愛し、酒も愛し、家族と仲間を愛し続けた一人の平凡な男の心が少しでも伝われば幸いです。

2003年10月 夫の三回忌を前に 加々良 敏枝