ボードゲームデザインの棚卸し(3)「面白さの核を見つける」

2018/07/28 23:01 に Jun Shin が投稿   [ 2018/07/28 23:19 に更新しました ]
この連載記事「ボードゲームデザインの棚卸し」では、私がふと感じたり思ったりした、ボードゲームデザインに関する気づきを備忘録としてメモしていきます。先人のデザイナーの皆様にとっては自明のことばかりでお目汚しになる事でしょうし、「全然違う」という事もあるかと思いますが、素人の戯言として読み流して頂ければ幸いです。

前回の記事は「ランダムの魔の手からゲームを守る」についてでした。今回は、「面白さの核を見つける」ことについてです。

様々なボードゲームを遊ぶ中、(特に、個人制作のゲームでよくあるのですが)あまり面白くないボードゲームというものに当たる事もあります。もちろん、単に私自身の「そのゲームを楽しむスキル」が足りないだけだったり、面子によるということもあるのですが、ルール自体に問題があると感じるケースがあります。そういう時に私が感じるのは、「ルールに面白さが含まれていない」「複雑にしすぎて面白さを阻害してしまっている」というものです。「もう少し要素を足せばもっと面白くなるのに」と思う事はめったにありません。思い切って要素を削るほうが、特に初期のデザインには重要です。そうすることで、そのゲームで表現したかったこと、つまり「面白さの核」が少しずつ姿を現してきます。

「なんだかこのままじゃゲームとして物足りない気がする…よし、要素を足して複雑にしよう」と考えるのは多くの場合間違いです。そもそも現在のゲームの核が面白くない(「面白さの核」が無い)のですから、それをベースにいくら複雑にしても面白くはなりません。

自分が作ろうとしているゲームの「面白さの核」がなんなのか突き止めることが大事です。もし突き止めることができたら、一度それだけで構成してみます。物語で言うなら「クライマックスから作る」のです。それが良いものだと確信できたら、その核を最大限に引き出せる要素を慎重に足していくのです。それ無しに要素を足しても蛇足にしかなりません。

とはいいつつも、「自分が作ろうとしている面白さの核」がなんなのか、作っている段階から自覚的に理解するのは困難です。多くの場合、完成したゲームを繰り返しテストし、他人からのフィードバック(評価)を得て、時間が立ってから、「あぁ、この部分が面白さの核だったのだな」と気づきます(ずっと気づかない事もあるでしょう)。

しかし、困難だからといってそれを意識しなくて良いわけではありません。その為に、冒頭に書いた「削る」作業が重要になってきます。

稀に、要素を足すことで面白くないゲームが面白くなる事があります。そこで考えるべきは「不足していたのはこれだったんだ」ではなく、「今足した要素こそが面白さの核ではないか」という事です。元々あった要素は不要である可能性も考慮し、再構築を図る必要があります。ただ、これはなかなか難しいことでしょう。最初のとっかかりとなるアイデアがあり、そこからデザインを開始したにも関わらず、実はそれらは不要であったと自分で認めるというのは受け入れ難いものです。しかし、それを行わなければなりません。

ところで、「面白さの核」というのは、なんだかぼんやりとした概念です。その正体を探る為に、冒頭で書いた「ルールに面白さが含まれていない」について考えてみます。例えば次のようなゲームを作ったとします。

■サンプル:大海賊バトルゲーム

  • 手札として各自が1-9の数字が書かれたカードをランダムに3枚ずつ配ります。
  • 全員裏向きで手札から1枚選んで出し、一斉に公開します。その中で最も大きい数字の人が、全員のカードを貰えます。
  • 最も大きい数字の人が複数いたら、その人達で獲得カードを等分にします。余った札は捨て札にします。
  • 山札から各自1枚、手札を補充します。
  • 獲得カード1枚1点です。

この「大海賊バトルゲーム」は、やってみると分かるのですが、たまたまずっと大きい数字を引き続けた人が勝ちます。また、「1」「3」「9」とあった場合に、どこで9を出す(勝負をかける)べきかも分かりませんし、そもそも手札が3枚しかなく毎回ランダムに補充される為、計画性も殆どありません。「自分の力で勝った」と思える根拠がどこにもなく、計画を立てる楽しみもなく、いちかばちかのギャンブルをする楽しみもありません。ルールに面白さが(ほとんど)含まれていないのです。

ところが、プレイヤーによっては、これを「楽しむ」事が出来ます。それは面子の力です。たまたま出した数字で勝敗が決まることを楽しむ・・・それはじゃんけんと同じなのですが、じゃんけんであっても、面子によっては楽しいのです。ましてや自分達が作ったゲーム、自分達が描いたイラストでゲームをやっているという感覚が、「面白さ」をブーストしてしまい、錯覚を産みだします。デザイナーは「自分の作ったゲームが面白いこと」を願い、人は願った通りの結果を見出してしまいがちです。

とはいうものの、さすがに何度かテストプレイをしていると、「なんだか物足りないよね」という事に気が付き始めます(ここに気が付いただけでも凄いことです。テストプレイを数回しかしない等、面白さについてしっかり検証しないと、このまま発売してしまうという恐ろしい事が起こります)。

ここで、そのテストプレイ中に、(本当は面白くないゲームを)面白くしようと、テストプレイヤーの一人がとある事を始めましたとします。カードを出す時に、そのカードのイラストのキャラのセリフを叫ぶのです。そうすると場が盛り上がり、笑いが生まれ、とても楽しいのです。

デザイナーはその様子を見て、「ようしそれを正式なオプションルールにしよう」ということになりました。ルールには「キャラのセリフを叫ぶとより面白くなります」という記載を入れ、発売すると、実際にそうしてくれたプレイヤー達は「なかなか面白かった」と言ってくれましたが、セリフを叫んでくれないプレイヤーも居て、そういう人にはどうも不評のようでした。

デザイナーは「いっそ強制的なルールにすれば良かったなぁ」と思ったものの、結局そのゲームはあまり評価はされず、そのまま忘れ去られてしまいました。

読んでいる皆さんはもうお分かりと思いますが、このゲームの「面白さの核」は、「セリフを叫ぶこと」にあります。ですから、デザイナーは、そもそものルールである「1-9の数字比べ」というルールがこの「セリフを叫ぶ」という面白さをブーストする効果を持っているかどうかを検証し、不要なら削除し、不足しているなら別の要素を入れるなどして、この「セリフを叫ぶ」という面白さを核としてルールを再構築しなければならなかったのです。なんといっても、今このゲームにある「面白さ」は、この「セリフを叫ぶ」しかないのですから。

1-9の数字比べは、セリフを叫ぶという面白さにどれぐらい寄与しているでしょう。セリフを叫ぶには気持ちが入らないといけませんから、「勝負」という場は必要です。ですから、勝負そのものを無くすのはやめましょう。ただ、その為の場としての数字比べは、仕掛けとしては機能していると思われますが、その為に「1-9の数字比べ」をさせる必要が果たしてあるかというと疑問です。必要なのは「勝負の場」であり、数字比べではないはずです。では、もっとシンプルに「グーチョキパー」にしたらどうでしょう? しかし、そこまで考えていけば自ずと、「セリフを叫ぶというものと関係のない、どんな要素で勝負をしても、面白さに大して違いはない」と気づくはずです。では、何で勝負をさせるべきなのでしょうか?

「セリフを叫ぶ」ということの面白さを第一にするなら、「セリフを叫んだこと」自体が勝敗に関係するようなルールにするのが一番です。それが一番熱がこもり、場が盛り上がるはずです。「数字比べ」ルールは手放し、このゲームからは潔く除外すべきでしょう。

サンプルとして出した例が、「たまたまテストプレイヤーが思いついたアイデアが面白さの核だった」という、デザイナーにとってはあまり嬉しくないケースではありましたが、そういうのも含めて、「何がゲームの面白さの核か」を早期に見抜き、作りだし、確信し、それを中心にゲームを構築していくというのが、デザイナーに求められている仕事です。思いつきのアイデアは所詮ただの一要素でしかありません。他人の思いつきであったとしても、自信を持ってそれを受け入れ、あなたのセンスと才能でゲームとしての形にしていきましょう。

今回は「面白さの核を見つける」について棚卸しをしてみました。
また次回をお楽しみに。

【今回のまとめ】

  1. 面白くないゲームに要素を「足す」よりも、そのゲームの「面白さの核」は何かを突き止める為に要素を削ることを考える。
  2. 面白さの核を見つけたら、それ以外の要素を一度全て取り除き、面白さの核を中心にゲームを再構築する。
  3. 最初のアイデアの中に面白さの核が無く、追加要素に核があると分かった場合、最初のアイデアを潔く捨てる。

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