アークライト訴訟問題のお話

2012/09/17 6:28 に Jun Shin が投稿   [ 2016/12/12 6:23 に更新しました ]
 どうも混乱が見られるので、この事件について少しまとめます。
 この事件は、「あゆ屋によるシャドウハンターズの権利侵害」と、「アークライトによる池田氏の訴訟」の2つに分かれており、それらは関連はしているものの、個別の問題として捉える必要があります。

■A:あゆ屋によるシャドウハンターズの権利侵害

 発端は、「あゆ屋」という同人ゲームサークルが、「シャドウハンターズ」というボードゲームの二次創作ゲーム「幻想郷闘乱記」を作成したことから始まります。ルールだけでなく、ボードデザインまでもそっくり(参考:eo お金ないんでルール読んで妄想遊戯: 『シャドウハンターズ』 東方版)でした。

 シャドウハンターズは池田康隆氏が中心となって制作したもので、その権利については池田氏が責任を持って管理しているという状態だそうです。しかし、あゆ屋代表の北崎あゆむ氏は、幻想郷闘乱記の制作にあたり事前に池田氏に「口頭で許可をもらった」と誤解し、実際には権利許諾のないまま制作・販売をした為、池田氏より「販売停止と自主回収」を求められ、あゆ屋も謝罪文と販売停止のお知らせを掲載しました(自主回収については「個別返品についてはメールにて」のみ記載)。(参考:eo お金ないんでルール読んで妄想遊戯: 東方版シャドウハンターズに、池田氏が困惑

これが基本的には「あゆ屋によるシャドウハンターズの権利侵害」の全容で、残る問題は「自主回収といっているがどうするのか」というぐらいで、被害者である池田氏が今回の権利侵害についてこれ以上何か法的な手続きを取るとか、損害賠償を求めるとかそういう動きが無い以上、課題を残しつつも解決に向かっていると見て良いでしょう。

 「あゆ屋はアークライトが作ったダミーサークルである」というような情報は噂話に過ぎませんし、実際のところどうなのかも結局証拠のようなものは出ていません。また、その話についてはアークライトから正式に否定するお知らせが出ています。

 この件に関してアークライトは今のところ関係がありませんし、池田氏は単純に被害者で、あゆ屋は対応を行っています。ほぼ収束に向かっていると見てよいでしょう。

■B:アークライトによる池田氏の訴訟

 上記の権利侵害について池田氏がtwitter上で、あゆ屋について「アークライトの役員さんだっと思うけど、こんな事してて大丈夫なんだろうか? なんか納得がいかないことが多い」とツイートしました。そしてこれに対して、アークライトが池田氏を「名誉毀損である」と起訴し、起訴状で500万円の損害賠償および対象ツイートの削除とtwitter上での謝罪を求めたのです。(参考:訴訟の提起に関するお知らせ|株式会社アークライト

 あゆ屋がアークライトの役員である、またはあった、という証拠は、今のところ誰からも出てきていません。池田氏も、アークライトによる起訴後、事実確認を怠った、と謝罪文を掲載しました。それを受け、アークライト側は「訴訟の取り下げを含めて検討致します」としています(9/17現在、追加のお知らせはなし)。

 よく、「アークライトが訴えるならあゆ屋だろう!」みたいなツッコミを見かけるのですが、それは筋違いと言ってよいでしょう。あゆ屋がアークライトの名を騙ったという証拠が出たのであればともかく、あゆ屋がアークライトの名を出した、という話を出したのは池田氏だからです。

 また、シャドウハンターズの権利侵害事件とごっちゃになり、「どうしてアークライトは権利侵害をした方を訴えず、された方を訴えるのか」という意見もしばしば見かけるのですが、これも、この件とは基本的に関係がありません。発端にはなっていますが、アークライトが問題にしているのはそこではなく、自社に対する名誉毀損の部分だからです。

 この件についても、訴訟が取り下げられれば解決したと見てよく、アークライトからの報告が待たれる所です。(追記:訴訟は取り下げられませんでした。)

 【追記】池田氏のツイートによれば、「私がアークライトさまより正式に要求されたのは、訂正と謝罪のツイートを載せることであり、該当ツイートの削除は求められておりません(会社HPの内容とは異なります) 」とのことです。

■何が問題なのか

 結局、どちらの問題についても当事者間では解決に向かっており、この件についてこれ以上外部が言うことはないと思います。アークライトとあゆ屋の関係についても、何か新情報が出てこない限り、すべては憶測に過ぎませんし、「もし関係があるのであれば問題だ」という話にも、単なる仮説以上の意味はありません。アークライトやあゆ屋に対して「関係がないことを示せ」は悪魔の証明である、という点を忘れてはいけません。関係があると思うのであれば、そう思う方がその証拠を示さねばなりません。

 ただ、ゲームマーケットの主催者であるアークライトから、権利侵害を起こしてしまったあゆ屋に対してなんらかの措置が行われても良かったのではないか、とは思います(次回のゲームマーケットへの参加を「他参加者への不安をあおる」とかそういう理由で自粛要請する、とか)。アークライト関連の店舗からあゆ屋関連商品の一時撤収なども、顧客動向に敏感な企業であれば早々にやっているでしょう。そういう行動が行われていなかった点なども、妙な勘ぐりを受ける要因かもしれません。

 しかし、そういう話以外にも、この事件ではある不安要素をボードゲーム業界に与えた、と私は考えています。それは「企業が個人をそんな簡単に訴えて良いのか?」という点です。

 今回の訴訟を、「スラップではないか」という人もいます。スラップとは、私も今回知ったのですが、企業や自治体が、個人を「恫喝目的で」訴えることです(参考:Wikipedia「スラップ」。私もこの、アークライトの訴訟を聞いて、最初に思ったのが「これは恫喝ではないか」ということでした。

 企業が個人を訴えた場合、何をもって「恫喝目的だ」と言えるのかについて、明確な定義はありません。ですから、今回の件が恫喝に見えたからといってそれが即、違法であるとかいうことはもちろんありません。

 ですから、問題にしたいのは違法かどうかという事ではなく、企業倫理的な問題です(参考:Wikipedia「企業倫理」)。企業は社会に対して与える影響が大きく、社会的な規範を守ることが求められます。私はこの企業倫理に、「企業が個人に対して訴訟を起こす際には、慎重にならなければならない」というものが含まれると考えています。

 それはなぜかというと、個人は、企業よりも基本的に弱い立場だからです。よく「お客様は神様です」とか「クレーマー」という言葉が取り上げられ、まるで企業は個人より弱い立場であるかのように思われることがありますが、それはあくまでも「顧客の総体」との対比であり、たった一人と企業を比べれば、その力の差は相当あると思います。

 例えば訴訟費用・訴訟にかかる時間的拘束など、個人にはとても支払えないコストが降りかかります。企業にとってはそれはなんとかなる範囲であることが多く、大企業であれば専門の部署がある場合も多いでしょう。企業による個人への訴訟は、その勝敗に関係なく、その個人を破滅させる危険性を多く孕んでいます。社会的に弱い立場の人であるほど、こういう訴訟は即、生活を破綻させてしまいます。

 ですから、企業は、個人に対して訴訟を起こすこと対して非常に慎重でなければいけないのです。問題解決に際していきなり訴訟という手段を用いる企業を、何も批判せずに放置しておけば、同様の訴訟が乱発される恐れもあります。

 もちろん、だからといって、「企業は個人から受けた損害にただ耐えるしかない」というわけではなく、訴訟を起こす前に、問題解決のためのあらゆる方法を模索するべきである、ということです。

 今回の場合であれば、池田氏自身が訴訟前に「(あゆ屋とアークライトの関係についての自身のツイートについて)アークライトから正式に削除依頼があったら、その時は対処します」とツイートしており、単純な話し合いで解決する可能性を示唆しています。その話が無かったとしても、まず電話などで話をしたりなど、穏便な解決手段は他に取れたと思います。池田氏とアークライトは過去に「ゲームリンク」という雑誌を通して契約関係があったそうで(アークライトが発行、池田氏は編集長だった)、電話番号も知らないということはなかったはずです(参考:アークライト株式会社 お知らせ ご質問5)。

 ところが、アークライトは今回、いきなり内容証明郵便という方法で、「ツイートの削除と謝罪の要求」と「対応してもらえない場合は訴訟する」という内容を池田氏に通知したのです。内容証明郵便とは、「ある相手に、この内容で通知を行った」ということを第三者機関によって証明する法的な手段で、それは裁判の何らかの証拠にすることができます。私の印象では、これはどう低く見積もっても、好意的な態度を相手に示す手段ではありません。むしろ私であれば、戦闘開始の合図と捉えるでしょう。(参考:Wikipedia「内容証明」)

 今回、この内容証明郵便は9/8に池田氏に配送されたもののなんらかの理由でそれは受領されず、アークライトによる訴訟告知(9/11 17:00)の翌日、池田氏が最寄の局へ出向いて受領となったそうです(アークライトの告知文によれば)。

 池田氏が、どういう理由で内容証明郵便を受領できなかった(またはしなかった)のかは語られていません。しかし、池田氏が局へ出向いて内容証明郵便を受領したということは、まだアークライトまで返送されていなかったということであり、8日に配送されたものを11日までに受領されなかったからといって訴訟に踏み切る、というのは、あまりにも速すぎる判断に感じます。

 ここで、「最初から訴訟する意図で、単に“スラップだ”という批判を避ける為に内容証明郵便を使っただけではないのか」という批判も見かけたし、実際私もそういう印象をもったのですが、アークライトがどういう意図でそういう行動を取ったのかは誰にも分かりませんので、この批判には憶測以上の意味がありません。

 それよりも私は、内容証明を送る前にまず、やれることがたくさんあったのではないか、という批判をしたいと思います。さらに、内容証明を送ったのであれば、少なくとも郵便局から「配送不可」で返却されるぐらいまでは待てなかったのか、と言いたいです。まぁ、内容証明をいきなり送っている時点ですでに企業としてどうかと思いますが。

 人間誰でも、ついイラッとして憶測で会社を批判するようなこともあると思います。それは企業にとっても看過できない、ゆゆしき問題でしょう。しかし、その解決の為の「最初の手段」としては、もっと平和的なものが企業倫理として求められると私は考えています。

■今後について

 アークライトが今後、スラップであったことを認めて謝罪するようなことは、さすがに期待できないでしょう。ですから、我々はこれについて今後も風化させず、同じことが二度と起こらないよう、監視していく必要があります。

 よく「アークライトは業界の屋台骨の1つなのだから、不買運動などをして倒産などということになったら、困るのは我々自身だ」ということが言われますが、同時に、業界の屋台骨である企業には、もっと企業倫理を大切にして欲しいと私は思います。そういう部分を大切にしてくれない企業には、屋台骨でいて欲しくないとすら思います。

 これについてどう思うかは個々人の問題であり、あとはアークライトという企業にどうして欲しいのか、それぞれが考え、行動しなければならないでしょう。しかし、その考えや行動結果に対して、ボードゲーム愛好家同士がそれぞれを批判しあったり、分裂をしたりすれば、それこそが「屋台骨を揺るがす」大問題となりかねません。

 別に、ゼロかイチかとか、敵か味方かとかでデジタルに判断しなくても、批判しながらアークライト商品を買ったり、ゲームマーケットに参加すればいいのです(参加した方が、批判も届きやすいでしょう)。もちろん不買もありだし、イベント不参加の意思表示もいいし、その後「まぁこのゲームだけは買ってやろう」とか「このイベントは参加してやろう」でもいいのです。「おまえ何派? え、批判派? 俺擁護派!」そしてその後、みんなで楽しくボードゲームでもすればいいじゃないですか。あぁ、ありがちでしたか、すいません…。

 私は今回の件で、自分の愛するボードゲーム業界の代表的企業が、個人をこんなに簡単に訴えるのだという事実に大きなショックを感じると同時に、怖くなりました。もし自分や同じ立場になったら、果たして冷静でいられるだろうか?と。もし本当に裁判になったら、弁護士はどうしよう、会社へはなんて報告すればいいんだ、など恐らく、不安のあまり、おかしくなるでしょう。謝罪をし、ツイートを消しても、なかなか起訴を取り下げてくれず、眠れない日々が続くことになりそうです。

【追記】
 この後、結局訴訟は取り下げられず、実際に開始されてしまいました。
 この記事は「アークライトは、単に警告的に訴訟を起こしただけで、池田氏が謝罪を含む対応を行った時点で取り下げられるだろう」という前提で書かれていますが、その前提は崩れ去ったわけです。
 アークライトの目的が一体なんなのか分かりませんが、裁判が始まったことで、絶え間ないストレスに晒されることになった、池田氏の心労をお察し申し上げます。
 スラップ訴訟は、訴える事、そしてその裁判が始まってしまうこと自体が、弱い相手に対する有効な攻撃なのだなぁ、と思いました。

【2013/7/19 追記】
 アークライトによる池田氏への訴訟は、和解が成立しました
 内容としては、池田氏が、twitterやmixi上で再度謝罪を行った上で、twitterアカウントを削除する、というものです。損害賠償はなく、訴訟費用は各自負担ということです。

 なんのことはありません。池田氏はすでに謝罪をしていますし、そもそも裁判がなくとも、謝罪の準備があると訴訟前に書いているのですから、裁判が開始時点の状態と何も変わりません。twitterアカウント削除は、どちらが要求したものかは分かりませんが、なんとも後味の悪い結果です。
 アークライトは結局この訴訟で何をしたかったのでしょうか。個人的には、アークライト社に対する不信感と、企業体質に対する懸念しか残りませんでした。

 この条文には、池田氏がこのアカウントを削除後に再取得することまでは禁じていませんので、池田氏には、削除直後に別のメールアドレスから同じアカウントを再取得しておくことをお勧めします(その後、アカウントは使用せず凍結しておく)。誰がそのアカウントを使って悪さをするか、分かりませんので…。なんにせよ、お疲れ様でした。
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