NHK「大心理学実験」関連情報

2015年1月1日にNHK Eテレで放送された「大心理学実験」に関連する情報をまとめたページです.内容は,三浦麻子(関西学院大学文学部;広報委員)が番組を見て独自に作成したもので,内容に間違いはおそらくありませんが,企画・制作者とのコンタクトや日本社会心理学会の学会によるオーサライズはありません.その旨ご承知ください.なお,本ページ作成にあたり,樋口匡貴さん(上智大学総合人間科学部)と中西大輔さん(広島修道大学人文学部)に文献情報の提供などご協力を賜りました.記して感謝いたします.

2015年4月30日に放送された後続企画「大心理学実験2」に関するまとめページはこちらです.

//番組サイトからの引用ここから//
複雑そうに見える人の心って、意外に簡単な方法でわかるかも?
これまで世界中の心理学者たちは、アイデアあふれるユニークで華麗な実験手法を次々と編み出し、人の心についての解明に挑み続けてきました。この番組は、心理学者たちが編み出してきた数々のユニークな心理実験をテレビ的にショーアップし、大規模に再現します。
トラックと綱引きをすることで、人が無意識に手抜きをしてしまうことが確かめられます。またサクラを使ったちょっと意地悪な実験で、他人に同調してしまう様子が明らかに。また簡単な方法で同調しなくなる方法もお伝えします。さらに100人もの人たちを使った実験で、人の印象がどこでどのように決まるのかなどもわかります。
さまざまな心理実験を行うことで人の心の意外なしくみが明らかになります。職場や学校、恋愛や友情など、良好な社会生活を送るうえで役立つ情報が満載です!!
//番組サイトからの引用ここまで//

デブリーフィングとデセプション

番組で紹介されたどの実験にも共通しているのが,当初は参加者に実験の「真の目的」を伝えず,実験終了後に初めてそれを伝える,という手続きです.前者が「デセプション deception(騙す)」,後者が「デブリーフィング debriefing(真の目的を伝える)」と呼ばれ,社会心理学の実験ではよく行われます.社会心理学は,人が置かれる状況を操作する(変化させる)ことによって生じる態度や行動の変化を知ることに関心があります.しかし,参加者が,状況が「操作されている」ことを知ってしまうことは,それはそれで態度や行動を変化させてしまうでしょう.デセプションは,真の目的を伝えることによって参加者に実験参加に対する「構え」が生じてしまい,それが結果に影響することを避けるために必要な手続きなのです.しかし,当然参加者を「騙したまま」で実験を終えてはいけません.必ず,デセプションが行われたこと,それが必要であったことについて丁寧に説明してから,データ使用について承諾を得る手続きが必要とされます.社会心理学の実験は,こうした手続きが行われて初めて研究として成立します.また,研究実施前には,大学や研究機関における倫理審査を受け,デセプションが必要以上に参加者の心身に影響を与えないものであること,不快であれば途中で離脱する自由が保障されていること,誠実なデブリーフィングが行われることなどが第三者によって確認される決まりにもなっています.

Episode 1 「社会的手抜き」 Social loafing 

人が増えれば増えただけ力は発揮されるのか?

(放送で紹介された研究)
1人で綱引きをした時に綱を引く力の強さを100%だとすると,2人で綱を引いた時の1人当たりの力は93%,3人で85%,8人になると一人当たり49%にまで減少した.

(放送された実験の内容)
筋骨隆々の屈強な男性5名に「トラック引きの挑戦」とだけ伝えて実験に参加してもらう.個人単位の引っ張る力を測定するとは告げない(デセプション).
 1人ずつ引いた場合 93.1,107.2,83.5,105.6,141.7kg→平均は106kg
 ロープを3本に増やし,3人で引いた場合→平均は100.2kg 1人ずつの場合の94%に減少
 ロープを5本に増やし,5人で引いた場合→平均は97.9kg もっと手を抜いた!
別の5人(大学のサッカー部員)でもう1回試してみたが,1人ずつ引いた場合よりも5人で引いた場合の方がやはり平均値が低下していた.

集団で暮らすのに最適なように進化した私たちは,人に頼ったり,責任が分散したりすることで,集団だと手を抜くことを覚えた.

では,綱引きを究めた,綱引き連盟の人たちだとどうだろう?
 1人ずつ→3人→5人と試してみると,ほとんど1人あたりの力は低減しなかった!さすがは綱引きのエキスパートは手抜きとは無縁のようす.

→社会的手抜きが起こりそうな状況でも,課題に習熟した,その課題のための技能向上に努力している人たちは手抜きをしない.

普通の人でも手抜きを防ぐ方法は? チアリーダーが登場.綱引き中に応援してくれました.すると…?
 筋骨隆々組をチアリーダーたちが「がんばれ!がんばれ!」と応援すると?→5人でも1人ずつの時とほぼ同程度の力を出した!
 サッカー部員で「特定の1人だけ名前を呼んで応援」すると?→その部員だけ手抜きをせず頑張ったが,他の部員はもっと手を抜いてしまった…

→社会的手抜きが起こりそうな状況でも,モチベーションが維持されると手抜きをしない.

最後に実験の真の目的を説明し,実は1人当たりの引く力を測定していたことをお知らせし(デブリーフィング),参加者の皆さんに感謝しました.

(関連する研究)
アメリカの心理学者ビブ・ラタネは社会的手抜きに関する実証的な研究論文を多数出版しています.例えば下記の論文では「大声を出す」課題が用いられています.
  • Latane, B., Williams, K., & Harkins, S. (1979). Many hands make light the work: The causes and consequences of social loafing. Journal of Personality and Social Psychology, 37(6), 822-832.
集団の方がはかどる!つまり「社会的促進」(Social facilitation)の研究もあります.比較的簡単な課題だと,誰かに見守られていたり,一緒に同じことをする人がいると,作業が促進されるという知見が見いだされています.何にせよ,人間は一人でいる状況と集団の一員となる状況では,異なる態度や行動を示すことがよくあります.まさに「状況の力」であるといえるでしょう.
  • Zajonc, R. B. (1965). Social facilitation. Research Center for Group Dynamics, Institute for Social Research, University of Michigan.

(関連する書籍)

Episode 2 「印象形成」 impression formation

どこで決まる?人の印象.

(放送で紹介された研究)
大学の新任教員のプロフィールを「性格があたたかい/つめたい」だけが異なる2種類作り,初講義前に学生にどちらかを読ませる.すると講義を聴いた後の教員に対する印象が事前に与えられた紹介文の内容に応じて異なった.その後の受講態度の積極性にも違いが見られ,「あたたかい」と教示された学生の方が熱心だった.

(放送された実験の内容)
100名の大学生を対象に大教室で実験.もちろん実験の真の目的は伝えないし,配布されているプロフィールが教室内で異なることも伝えない(デセプション).
文庫本「こころ」を朗読する女性の動画を視聴させる前に,教室の左右で異なるプロフィールを配布する.プロフィールの内容は「左:人によって態度を変えたりしない/右:人によって態度を変える」のみが異なる.視聴後,印象評定を求める

Q1「誠実な印象を受けたか」 左で「そう思う」が多く(右の倍以上),右では「あまりそう思わない」が多い.
Q2「魅力的だと感じたか」 左の方が「魅力的に感じる」という回答が多かった.

他にも,1箇所だけプロフィールを変えたいろいろな人物の刺激映像を見せ,いろいろな項目で印象評定を求めた.
→事前に読んだプロフィール情報によって差が見られ,刺激映像は同じなのに,好ましい情報を事前に聞いている方が好印象だった.

では,プロフィールに文章ではなく,顔写真を使うとどうだろうか?笑顔と愛想のない顔(真顔)で差は見られるか?
→笑顔写真を配布された学生の方がより好印象を抱いていた.

最後にデブリーフィング.事前情報が印象形成に与える影響に関する実験だったこと,左右で渡したプロフィール情報が異なっていたことを告げ,見比べてもらった.

→少ない情報からできるだけ多くの情報を推測できるように進化した私たち.恋愛でも仕事でも,相手に会う前から勝負は始まっているのかも?笑顔もお忘れなく!

(関連する研究)
印象形成の研究でもっとも古典的かつ影響力が大きかったのは,Episode 3でも登場するソロモン・アッシュの研究でしょう.比較的わかりやすい解説がここここにあります.

Episode 3 「同調」 conformity

人に合わせて注文したり,欲しくもないのについ買ってしまったり…なぜそんなことをしちゃうの?

(放送で紹介された研究)
一同に介した集団を対象に,ある線分と「同じ線分の長さ」を答えさせる.一目見て正解は明らかな状況でも,他の人たちが同じ誤答をすると,それに引きずられて正答を言わない(同調する)場合がかなり多い.

YouTubeにも,アッシュの実験を再現した動画があります.

(放送された実験の内容)
男女9名が一部屋に集められる.うち8名はサクラ.1名だけが何も知らない「真の実験参加者」(デセプション).アッシュの実験と同様に線分の長さを順に答えてもらう.
1回目はサクラも全員正解を答える.しかし2回目からは,サクラは全員「同じ」「誤答」をする.真の実験参加者は8番目に答える.
その他にもいろいろなパターンの課題を順に答えさせた.

→最初の実験参加者は,9問中7問で誤答に同調してしまった.同様に「真の実験参加者」7名で実験したが,1問でも同調した人は5名いた.

しかし,同じ9名集団による実験で,1人だけでも「同調しない」人が出現するとどうなるか?

→先ほどの実験で9問中7問も同調してしまった彼も,他の7名に同調せず,「自分の思う」「正解」を言えた.

デブリーフィングで他の8名がサクラだったと聞かされた実験参加者.驚きつつも「自分の思うことを言っていいのか悪いのか戸惑い,他のみんながどこかに言ってしまいそうな感覚に陥った」と告白.違う意見の人もいる,ということがわかる状況だと自分の意見も言っていいんだな,と思えたそうです.

→「空気を読む」同調行動は集団を維持するためにはある意味自然な行動.しかし時には長いものにも巻かれないことも大事.
→1人でも違う意見の人がいると,状況は一変した.つまり,小さな声でも,あれば届く.そんな世界がいいよね.

(関連する研究)
アッシュの実験は世界各国で様々な追試がおこなわれていますが,そのうちの1つがこちらです.
独立独歩の気風の高いアメリカでさえ同調がこれだけ見られるのだから日本ではどうなのか?という質問もよく受けます.日本との比較研究は例えば以下のようなものがあります.

他にもたくさん,社会心理学実験

今回紹介された3つの実験以外にも,印象的な社会心理学の実験はたくさんあります.例えば下記の書籍には,それらがわかりやすく紹介されています.
  • 誠信書房から刊行されていた対人社会心理学重要研究集(全7巻)も,幅広いテーマに関する社会心理学実験が豊富かつ詳細に紹介されているのですが,残念ながら1巻4巻5巻以外は品切れ・重版未定です.しかし,とても良質な内容なので,図書館等で蔵書があれば是非にとお勧めします.社会的手抜きの研究(Latane et al., 1979)は1巻,印象形成の研究(Kelley, 1950 と Asch, 1946)は5巻,同調の研究(Asch, 1951)は1巻に掲載されています.多分,これをコンパクトにしたのが,図説社会心理学入門だと思われます(未見です).

わかるようでわからないものも実験したらわかることがある.もっと知りたい人の心!

Comments