ミャンマーサイクロン災害に係る医療チーム派遣

迷走する薬剤師~国際緊急援助隊~>ミャンマーサイクロン災害派遣

サイクロンナルギス

2008年5月2日から3日にかけてミャンマー南西部を直撃したサイクロン「ナルギス」によって、ヤンゴン・イラワジ・ペグ・カレン・モンの5地区では甚大な被害が発生。

日本政府はミャンマー政府の要請を受けて緊急援助物資の供与を実施。

  • 第1回(5月7日):テント、発電機、コードリール…約2800万円相当
  • 第2回(5月11日):毛布、プラスチックシート、ポリタンク、簡易水槽、スリーピングマット…約3600万円相当
  • 第3回(5月17日):毛布、ポリタンク、簡易水槽、発電機、コードリール…約4300万円相当

ミャンマー政府は人的支援の受け入れを拒否していたが、5月23日に国連事務総長潘基文(バン・キムン)とミャンマー連邦
国家平和発展評議会議長タン・シュエが会談し、同議長が「すべての」援助関係者を受け入れることに合意したと表明。

これを受けて日本国外務省及びJICA国際協力機構は、5月25日に国際緊急援助隊医療チームの派遣に向けて現地のニーズを把握するため、外務省・JICA・医師・業務調整からなる調査団4名を派遣。

国際緊急援助隊医療チーム派遣

5月27日(火)

20:26 JICAから私へのメールの一部抜粋
「ミャンマー政府は日本政府に対して医療チームの派遣を要請しました。これを受けて日本政府は同チームの派遣を決定、JICAは、5月29日から2週間の活動予定(6月11日帰国予定)で、23名体制(団長1名、副団長2名、医師3名、看護師7名、
薬剤師1名、医療調整員5名、業務調整員4名)の医療チームの派遣を決定しました。つきましては、本災害に対する医療チーム派遣に参加可能な方は、以下の時刻までに、以下の連絡先まで、電話にてご連絡願います。」

連絡時間は同日22時まで、派遣決定者にのみ24時までに連絡するとのこと。

23:34 JICAより私を医療チームの薬剤師として選抜したとの連絡あり

5月28日(水)

13:00 新宿のJICA本部に集合し、ミャンマー大使館にVISAの申請をするための手続きを行い、活動サイトの説明を受ける

5月29日(木)

10:30 成田空港内にて、医療チームの結団式
11:30 空港内ラウンジでマラリア予防薬内服(メフロキン250mg/week)
12:55 JALのチャーター機でYangon(ヤンゴン)に向けて出発
17:10 Yangon空港到着(現地時間)。時差は-2.5時間(*ここから下は現地ミャンマー時間)
18:30 現地JICA事務所にてブリーフィング

成田空港での結団式後の記念撮影

Yangon空港到着時には軍事政権ということもあり、それなりの緊張感がありました。空港内にはWFP(国連世界食糧計画)の白いヘリがとまっていて、国際機関の援助が入っていることを伺わせました。Yangon市内は窓ガラスの割れた建物が散見されましたが、ほぼ日常生活に戻っているという印象でした。
JICA事務所ではマラリアの専門家からミャンマーのガイドラインではメフロキンの予防投与は推奨されていないとの説明あり。活動にはミャンマーの保健省・外務省・社会福祉復興省職員計3名とドライバー10名・通訳7名が帯同。
JICA事務所の正面にあるTraders Hotelに宿泊。

5月30日(金)

05:20 車列を組んでホテルを出発
06:25 軍の検問(06:37出発)
11:03 タイヤがパンク(11:22出発)
17:43 Labutta(ラプタ)の中心部に到着

Yangon周辺は道路も舗装されていましたが、LabuttaのあるAyeyarwady(イラワジ管区)に入ると未舗装で道幅も狭くスピードダウンを余儀なくされました。サイクロンの爪あとは今なお残っていて、壊れた家屋や倒木がいたるところに放置されていました。LabuttaにはWFPのサイトがあり、食糧の配給を行っていました。また、周辺の避難キャンプには国境なき医師団や赤十字のテントがありました。

5月31日(土)

午前:クリニック設営
午後:診療

クリニック設営 クリニック完成 薬局

Labutta中心部から3マイル(約5km)離れた「スリーマイルキャンプ」を診療拠点としました。もともとはゴルフ場で、770張りのテントで約6400人が生活しています。キャンプ内にはミャンマー保健省・軍・赤十字のクリニックがあり、Labutta周辺では避難している人の数が一番多いとのこと。クリニックの設営時には、キャンプに避難している多くの人たちが自主的に手伝ってくれました。また、雨が降り出しそうになると水が入ってこないようにとテントの周りに排水用の溝を掘ってくれたり、風でテントが飛ばないように木の杭を持ってきてくれたりと私たちの活動に協力してくれました。

6月1日(日)~6月7日(土)

終日診療

診療 診療 診療

受付 臨床検査技師 診療放射線技師

9日間で診療した患者は再診も含めて1202名。次第に「スリーマイルキャンプ」以外からも、日本の医療チームのうわさを聞きつけて、長時間かけて来る人も増えてきました。
外傷・急性上気道炎・精神的疾患・皮膚疾患・下痢の患者が多く、日本ではなじみの薄いマラリアの流行地でしたが、ArtesunateやArtemether/Lumefantrineといった国際標準の医薬品を現地調達できていたので、重症化した患者でなければ十分に対応できていました。
2名の臨床検査技師が各種検査キットを駆使して迅速な診断に貢献し、レントゲンやエコーも威力を発揮していました。
重症の患者・妊婦・結核の患者等はLabutta中心部にあるTownship Hospitalに紹介・搬送していました。

粉砕調剤 通訳さん(ピンクのシャツの女性) 医療チームに帯同したミャンマー保健省の医師(左の男性)

被災から4週間経過後に診療を開始したために災害に起因しない慢性疾患の患者も多く、それらの医薬品の不足が目立ちました。そのため、医師に頻繁に医薬品の在庫状況を報告し、処方量の調節や処方薬剤の変更をしてもらっていました。しかしアミノフィリンの錠剤が不足したために、気管支喘息の患者に気道粘液溶解剤を代替薬とするなど苦渋の対応でした。

調剤を行う上で最も気を遣ったのはマラリア患者でした。日本では馴染みのない疾患・医薬品なので、その都度ミャンマーのガイドラインを確認していました。ある乳児に対してメフロキン錠を1日1/5錠・分2・3日分の処方があり、秤も乳棒・乳鉢も無いなかで対応に苦慮しました。メフロキン錠1錠を粉砕してユニパックに入れたものを6個と60mLの投薬瓶を用意して、1錠を50mLに溶解して1回5mLを服用してもらってはどうかと小児科医に提案しましたが、服用量を間違える可能性があるということで難色を示していました。そこで服用回数を1日1回とし、毎日1回量のみ調整して薬局内で服用してもらうということで承諾を得られました。錠剤をユニパックに入れてマーカーの背の金属部分で粉砕して、50mLのミネラルウォーターを加えて懸濁するという「力業」で調整し、10mLを患児に服用してもらいました。マラリア治療薬はどれも苦味が強く、矯味用の単シロップがなかったため、好ましいことではありませんがおっぱいで口直しをしながらの服用でした。マラリア治療薬を処方されたほとんどの患者は、内服開始翌日には有意に解熱しているのが確認できました。

服薬指導はミャンマー人の通訳に協力してもらっていました。薬局を主に担当してくれたモエモエさんは、日本語が堪能で獣医師の資格も持っていたので大変に心強いスタッフでしたが、その一方で、患者にミャンマー語で話をした直後に私にもうっかりミャンマー語で話しかけてくるなど、緊張感の強い環境下でも和ませてくれました。

ミャンマー保健省から派遣されて医療チームに帯同したDr.タンタイも積極的に活動に協力してくれました。私が重そうな荷物を持っていると必ず持つのを手伝ってくれますし、昼食等で通訳さんの手が足りなくなると、私が英語でDr.タンタイに医薬品の説明をして、それをDr.タンタイがミャンマー語で患者さんに通訳してくれました。また、不足した医薬品の現地購入もDr.タンタイが地元の医療機関と直接交渉してくれました。

3mile campのミャンマー保健省のクリニック 3mile campの浄水設備 3mile camp

3mile campでの殺虫剤散布 3mile camp 3mile campには日本の供与したテントもあった

「スリーマイルキャンプ」では国境なき医師団などが浄水設備を設置しており、「消毒剤くさい」とのクレームはありますが、飲料水は確保されています。
米は1人1日2カップ配給されていて、食用油や野菜・とうもろこしも配給されているとのこと。
殺虫剤の散布をしていたり、仮設トイレが設置されていたりと衛生面の対策も行われていました。
休憩時間にキャンプ内を散策している時に急に雨が降り出し、近くのテントの軒先に避難させてもらいました。小降りになってきたので帰ろうとすると、小さな男の子が傘を差し出してくれました。傘を返せなくなると申し訳ないので受け取りませんでしたが、「ありがとう」とお礼を言ってからクリニックに戻りました。

某NGO事務所 某NGO事務所1F JAL提供の飲食物

医療チームはLabutta中心部にあるゲストハウスを借りて寝食の場としていました。
簡易ベッドを敷き詰めて蚊帳を張って雑魚寝。
電気は夜間たまに流れており、水は貯水槽に川の水(?)を溜めて水浴びやトイレに使用し、ガスは無し。
食事は携帯食が中心でアルファ米やカップ麺や缶詰ばかりを食べていましたが、時にはドリアンやマンゴーなどを購入したり野菜をスープにして食べていました。Yangon空港でJALにジュースやカップ麺などの飲食物を大量に提供してもらっており、活動期間中には在ミャンマー日本大使館の参事官・医務官・書記官が飲食物や医薬品などを大量に持ってLabuttaまで視察に来てくれたので、なんとか診療最終日まで食いつなぐことができました。

座礁して放置されている船 倒壊した家屋 Labuttaのマーケット

Labuttaではサイクロンが直撃して街中でも3メートル近くの高さまで水が押し寄せてきたそうです。
目の前には川幅1km程の川があり、座礁した船が放置されていました。
倒壊した家屋や倒木は散見されますが、マーケットには日用品があふれていました。

6月8日(日)

午前:診療
午後:供与式

供与式

診療で使用したテント・簡易ベッド・現地購入した医薬品などを現地のTown medical officeに供与しました。翌日から医師2名を含む10名のスタッフで診療を継続するとのこと。写真は左から医療チームに帯同したミャンマー保健省の医師・保健省副大臣・Town medical office担当者・国際緊急援助隊医療チーム団長・同副団長。

6月9日(月)

06:55 Labuttaを出発
18:35 軍の検問をほぼ素通り
20:05 YangonのTraders Hotelに到着

食堂の定食

Yangonへの移動途中の休憩地点にあった食堂の定食。あまりにもおいしそうだったので、食べている人にお願いして写真を撮らせてもらいました。

6月10日(火)

ミャンマー保健省に活動報告
YangonからBangkok経由で成田へ(*現地ミャンマー時間はここまで)

Yangonの薬局で購入した医薬品 Yangon市内の薬局 Yangon市内の薬局

休憩時間にYangon市内の薬局に行ってみました。購入したのは痛み止めの塗り薬・消化促進薬・咳止め・心臓の薬。

6月11日(水)

成田到着、空港内で解団式

成田空港での解団式

UNOCHA(国連人道問題調整事務所)は6月26日に、サイクロン「ナルギス」によって240万人が被災し、死者・行方不明者は13万人以上と報告しています。この時点までに国際的なNGO・赤十字・国連の援助を受けられたのは130万人程度と見積もられており、私たちの活動は全被災者数と比較すると微々たるものでしかありません。しかし、多くのミャンマーの人々に「国際社会は決してあなたたちを見捨てることはない」というメッセージを伝えることができたのではないでしょうか。
ミャンマーの復興には長い時間を要しますが、少しでも早く彼らが心からの笑顔を取り戻せることを祈っています。