3.3. 農業環境

3.3.1. 陸上環境での放射性核種の移動

 放射性元素は環境においてさまざまな振る舞いをする。そのうちセシウムやヨウ素およびセシウムのような一部のものは、環境的に可動的で容易に移動し、一定の環境条件のもとでは容易に食料に移行する。他方、アクチナイドのように溶解性の低い核種は、相対的に不動で大部分が土壌中にとどまる。放射性核種の循環の主要経路と人間への可能な経路を図3.13に示す。
 放射性核種がどの程度陸上経路を通じて移動せられるかには、多くの因子が影響する。特定の環境で移行度が高いならば、その環境は放射生態学的に感度が高いと言われる。そうした移行が相対的に高い放射線被曝を招くからである。
 放射性セシウムへの放射生態学的感受性は一般的には農業生態系においてよりも半自然生態系においてのほうが、時には数桁高い[3.29]。この際はいくつもの因子に起因するが、その中でも重要なのは、自然生態系の一部で土壌中の物理化学的性質(セシウムとカルシウムの競合の不在、これによって栄養不足の生態系における放射性セシウムの高い移行率が生じる)や特定の食物連鎖経路の存在であり、このため半自然生態系における高度汚染農産物が生じる。また、森林土壌が根本的に農業土壌と異なる。森林土壌は明確に複数層からなる垂直構造をもち、おもに粘土質-ミネラル欠乏土壌によって特徴づけられ、この層が有機物質に富んだ層を支える。それと対照的に、農業土壌は一般的には有機物質をより少なく、粘土をより多く含んでいる。

3.3.2. 事故による被害を受けた食料生産システム

 チェルノブイリ事故によって放出された放射性物質は陸上環境の広大なエリアを汚染し、旧ソ連のみならずヨーロッパの他の多くの国においても、農業および自然生態系に大きな影響を与えた。
 旧ソ連諸国では、事故当時存在した食料生産システムは二つのタイプに分類できた。大規模な集合農場と小規模な個人農場である。集合農場は生産性向上のため、鋤おこしや肥料散布と組み合わせて、定期的に土地のローテーションを適用した。これに対して伝統的な小規模個人農場は、人口肥料をほとんど使用せず、収量を高めるためにしばしば肥やしを使用した。典型的にはこうした農場は一頭あるいは多く的2頭の乳牛をもち、主に個人消費のためにミルクを生産している。個人農場の放牧体制は、当初は集合農場によって使用されていない周辺的な土地の活用に限定されていたが、最近ではより良い質の牧草地の一部を含むようになった。
 西ヨーロッパでは、主として反芻動物(羊、山羊、トナカイ、畜牛)の放牧を目的として貧困土壌が広く農業に使用されている。こうしたエリアには、有機土壌をもつ西および北ヨーロッパの高山の牧草地や高原地域が含まれる。

3.3.3. 初期の農業への影響

 チェルノブイリ原子力発電所の事故当時、被害地域の草木は緯度や経度に応じてさまざまに異なる成長段階にあった。乾燥沈降物や降雨による大気ウォッシュアウトの植物の葉による捕獲が、植物が汚染される主要なメカニズムであった。中長期間においては、根による取り込みが支配的となった。ほとんどの食料品における放射性核種の最高濃度は1986年に発生した。
 最初のフェーズでは、131Iがもっとも懸念される放射性核種であり、ミルクが内部線量への主要な寄与者であった。これは放射性ヨウ素が大量に放出され、植物の表面に捕獲され、そして乳牛に食べられたからである。摂取された放射性ヨウ素は牛の胃で完全に吸収され[3.31]、続いて当該動物の甲状腺およびミルクに(およそ1日以内に)急速に移行した。このため、ピーク値は、様々な国に沈降がいつ起こったかに応じて、事故後迅速に、1986年4月終わりか5月初期に見られた。こn期間、旧ソ連および他のヨーロッパ諸国の一部で、ミルク中の131I放射能濃度が国家および地域(ヨーロッパ連合(EU))の介入レベル、すなわち数百から数千ベクレルパーリットルを超えた(セクション4.1.を見よ)。
 ソ連の重度被害地域の事故後最初の数日間のミルク内の131I放射能濃度については、時間的傾向のデータは入手できない。これは、当局が他の即時の事故対応における優先事項を取り扱っていたという明白で無理からぬ理由からである。それにも関わらず、ロシア連邦のTula地域からのデータは事故2週間後からの期間に関して入手可能で、図3.14(a)のデータは、137Cs沈降量に標準化されたミルク中の131I放射能濃度の、指数関数的な減少を示しており、これは当初のミルク中の131I放射能濃度を推定するため最初の数日まで遡及的に外挿されうる。さらに、5月初旬のミルク中の131Iの活量と137Cs沈降量との比較によって、ミルク中の131Iへの乾燥沈降の寄与が明らかになる。というのも、そこで示された線形の関係直線はゼロ沈降ポイントを通らないからである(図3.14(b))。初春の北欧では、乳牛や山羊は牧草地にまだ出されていなかったため、ミルクの汚染はほとんど生じなかった。これに対してドイツ、フランス、南欧、そしてソ連南部では、酪農動物はすでに屋外に放牧されており、牛、ヤギ、羊のミルクのなんらかの汚染が発生した。ミルク中の131I放射能濃度は、その短い物理的半減期と、葉表面からの大気による除去プロセス(図3.15)によって、5から6日の実効半減期で減少した[3.32]。この除去は、放射性ヨウ素は9日、放射性セシウムは11日という草における平均風化半減期で生じた。葉物野菜もその表面を汚染され、食物連鎖を通じて人間の放射線線量に寄与した(図3.1.5)。
 植物も動物もまた放射性セシウムによって汚染されたし、より低い量であるが、放射性ストロンチウムによっても汚染された。1986年6月からは(CEZ内を除く)ほとんどの環境サンプルや食料産品において放射性セシウムが支配的な放射性核種であった。図3.16に示されるように、1986年春の間放射性セシウムのミルク中の汚染は約2週間の実効半減期で減少たが、これは風化、バイオマスの増加および他の自然過程によるものであった。しかし、放射性セシウム濃度は、1986年春/夏に収穫された汚染された干し草が牛に与えられていたために、1986/1987期の冬季に再度上昇した。この減少は事故後多くの国で冬季に観察された。
 事故初期フェーズに陸上環境に存在した他の多くの放射性核種のミルクへの移行は低かった。これは、こうした元素の胃における移行率が生得的に低かったからであり、燃料粒子のマトリクス内での接合に起因するバイオアベイラビリティの低さによって尚更そうなった[3.35]。それにも関わらず、中には高度の移行が起こったこともあり、とりわけ110mAgの反芻動物の肝臓への移行があげられる。

3.3.4. 長期の農業への影響

 1987年以後、植物および動物双方の放射性核種内容量は大部分、放射性核種と種々の土壌構成素との相互作用によって規定された。土壌は陸上生態系に沈降した長寿命放射性核種の主要な貯蔵所だからである。このプロセスが、植物や動物への取り込みに関する放射性核種のバイオアベイラビリティ[3.37, 3.38]を制御し、土柱への放射性核種の下降にも影響を与えた。

3.3.4.1 土壌-植物系における放射性核種の物理化学

 植物は栄養素や汚染物質を土壌容積から取り込む。土壌溶液中の放射性核種の活量濃度は土壌マトリクスとの物理化学的な相互作用の結果であり、その主要なメカニズムは競合的なイオン交換である。従って、土壌中に存在する主要かつ競合的な元素の濃度や組成が、土壌と土壌溶液との間での放射性核種の配分を決定するのに最高度の重要性を担う。チェルノブイリ事故に得られた多くのデータによれば、土壌中の存在する粘土鉱物の量や性質が、放射性セシウムに関して放射生態学的な感受性を定めるキーファクターであることがわかる。これらの特徴は放射性セシウムの振る舞い、特にチェルノブイリ原子力発電所から遠く離れており、137Csが当初おもに凝集した水溶性の形態で沈降した地域でのそれを理解するために決定的に重大である。
 原子力発電所近くでは、放射性核種は燃料粒子のマトリクスとして沈降したが、このマトリクスは時間とともにゆっくりと溶解した。このプロセスは今日も完了していない。燃料粒子の溶解率に影響するより重要な因子は土壌溶液の酸性度と粒子の物理化学的性質(特に酸化の度合い)(図3.17を見よ)である。pH4という低pHにおいては、粒子の50%が溶解するのにかかる時間は約1年であるが、ph&というより高いpHでは、最高14年が必要であった[3.39-3.41]。このため酸性土壌では燃料粒子のほとんどがすでに溶解した。中性土壌では燃料粒子から放出される可動性の90Srの量は今も増加しており、これは今後10~20年続くだろう。
 土壌鉱物に加え、微生物も土壌中の放射性核種の運目に対し大きく影響しうる[3.42, 3.43]。微生物はミネラルや有機物質と相互作用し、結果として放射性核種のバイオアベイラビリティに影響を与える。菌根菌類という特別な場合においては、土壌微生物はキャリアとしてすら働き、土壌溶液から関連植物へ放射性核種を輸送する。
 土壌中の放射性汚染物質の移動性とバイオアベイラビリティの特性を示す伝統的な方法は、連続抽出法を適用するものであった。特定の土壌構成物に結合した汚染物質のある部分をそれぞれが選択的に濾し出すような、順を追って強くなる薬品の順列を用いる数多くの実験プロトコルが開発された。この実験手続きから得られた結果の一例を図3.18に示すが、放射性ストロンチウムと比べ、放射性セシウムの非常に高い割合が土壌中に固定されていることがわかる。科学的抽出手続きの選択性と再現性はさまざまであり、したがって、バイオアベイラビリティの質的予測のみをもたらすものであると考えられなければならないことがしばしばある。
 連続抽出法の使用によって、交換可能な137Csの画分は1986年以後10年間に3から5の係数で減少することが見出された[3.44, 3.45]。植物の汚染の低減へとつながるこの時間傾向は、粘土鉱物の中間層における放射性セシウムの進行する固着と、粘土鉱物のほつれたような先端部分へのゆっくりとした拡散や結合、これらに起因するのかもしれない。このプロセスが放射性セシウムの交換可能性を低下させるため、そこから植物が根を通じて放射性セシウムの大部分を取り込む土壌溶液に、入り込むような放射性セシウムは残されていない。90Srに関しては、交換可能な画分の時間につれての増加が観察されており、これは燃料粒子の浸出に起因するものとされている。

3.3.4.2. 放射性核種の土壌中への移動

 土柱への放射性核種の垂直の降下は、対流、散逸、拡散および生物学的混合を含む多様な輸送メカニズムによって生じうる。放射性核種の根による植物への取りこみは垂直移動と相関する。典型的には、放射性核種の運動率は土壌のタイプや物理化学的形状によって変化する。一つの例として、図3.19はベラルーシのGomel地域で測定された90Srおよび137Csの深度分布の、経時的な変化を示している。両方の核種ともに大きな下方への移行があったものの、放射性核種活量の多くが植物が根を張るゾーンに残存している。汚染が大気沈降を通じて起こったような場所では、放射性物質の地下水への移行は低リスクであった。
 様々なタイプの土壌によって、放射性セシウムおよび放射性ストロンチウムに関する下方移動率は異なる。泥炭peat土壌では90Srの垂直移動が低率であるのに対し、同じ(高有機の)土壌で137Csは最高率で移動する。しかし137Csはジョールンポドゾル砂質土においてはよりゆっくりと移動する。乾燥した牧草地では、137Csの根を含む範囲(0-10cm)より下への移動は、降下沈降以後10年間でほとんど探知されなかった。このため、鉱物土壌の根を含む範囲における137Cs放射能濃度の低下に関して、垂直移動の寄与度は無視できる。対照的に、湿った牧草地や泥炭地においては、下方移動は植物に対する137Csアベイラビリティの低減における重要なファクターでありうる[3.48]。
90Srの高率の垂直移動は有機内容1%未満の低腐食砂質土、ジョールンポドゾル砂質土および砂質ローム土で観察される(図3.20)。通常、90Srの垂直移動の最高率は完全に非平衡の土壌条件が存在する場所で見られる。こうした事態は土壌が構造的に形成されていない(軽腐食砂の)河川の氾濫原や、非平衡状態にある耕作地、そして、たとえば森林火災の現場や低有機含有率(<1%)の砂が沈殿した場所などのように、有機層を喪失した土壌で発生する。こうした条件下では対流的な水文移動に伴う放射性ストロンチウムの地下水への高率の垂直移動が起こり、限局した土壌地域で高放射能レベルが生じうる。したがって、90ストロンチウムの空間分布は、吸収率に変化が起こったような土壌においては特にばらつきをもつ。
 農業実務は放射性核種の振る舞いに大きな影響を与える。土壌耕作のタイプや使用される道具に応じて、土壌中の放射性核種の機械的な再配分が生じうる。耕作地では、耕作された層の深さ全般にわたって放射性核種がかなり均一に分布する。
 集水池の放射性核種の横方向の再配置は、水および風の浸食どちらででも起こりうるが、土壌や下方の地質層への垂直移動よりも相当に少ない[3.27]。植被のタイプや密度が浸食率に大きく影響するかもしれない。浸食プロセスの強度に応じて、小さな傾斜を伴う平坦な土地の耕作地における放射性核種含有量は75%までの振れ幅で変化しうる[3.49]。

3.3.4.3. 土壌から作物への放射性核種の移動

 植物の根による放射性核種や他の追跡物質の取り込みは競合的プロセス[3.50]である。放射性セシウムと放射性ストロンチウムにとって、主要な競合元素はそれぞれカリウムとカルシウムである。根の張る範囲内での放射性核種の輸送プロセスに影響を与える主要なプロセスを図3.21に概略的に示す。とはいえ、各構成要素の相対的な重要性は放射性核種や土壌タイプによって変化する。
 沈降した放射性核種のうち植物の根に取り込まれる割合は、主に土壌のタイプに依存して、数桁の範囲で変化する。放射性セシウムと放射性ストロンチウムについては、土壌の放射生態学的感受性は大きく言うと表3.5に挙げた範疇に分類される。すべての土壌および植物種について、プルトニウムの根による取り込みは、雨滴の衝突や再浮遊を通じた葉の直接の汚染と比較すると、無視できる。
 土壌から植物への移行は通常、移行因子 transfer factor (TF, 無次元、植物の放射性濃度 Bq/kgを土壌の放射能濃度 Bq/kg で割った値に等しい)あるいは凝集移行係数 aggregated transfer coefficient (Tag, m2/kg, 植物放射線濃度 Bk/kg を土壌の放射線濃度 Bq/m2で割った値に等しい)を用いて定量化される。
 中期から長期における農産物中の放射性セシウムの量は、汚染の密度だけでなく、土壌のタイプ、水分状況、肌理、農芸化学的性質および植物の種に左右される。農業活動はしばしば、物理的希釈(鋤起こし)によって、あるいは競合する元素の付加(施肥)によって、土壌から植物への放射性核種の移行を低減する。放射性セシウムに関して取り込みの変動は種によって一桁あるいはそれ以上となるが、土壌の異なる放射生態学的感受性の影響のほうが、農業システムにおける放射能移行の種による変動を説明するために、しばしばより重要となる。
 これまで放射性核種の植物ねによる取り込みを左右すると報告された他の因子(たとえば土壌の湿度)の影響は、あまりはっきりせず、上で議論された基本メカニズムによって基本的には説明されるかもしれない。たとえば、作物や牧草への放射性セシウムの蓄積は土壌の肌理に関連する。砂質土では放射性セシウムの植物による取り込みはローム土壌においてよりおよそ2倍高いが、この結果は主には放射性セシウムの主要競合元素であるカリウムの砂中の濃度に起因するものである。
 放射性セシウムの植物への根による取り込みを支配する主要プロセスは土壌のマトリクスと溶液との間の相互作用であり、それは主として土壌の陽イオン交換容量に依存する。ミネラル土壌に関しては、この相互作用は粘土鉱物の濃度およびタイプと主要競合陽イオン、特にカリウムとアンモニウムの濃度に左右される。この関係の例を放射性セシウムと放射性ストロンチウム両方について図3.22に示す。土壌溶液の物理化学の数理モデル化は、こうした主要因子を考慮したものであるが、量放射性核種の根による取り込みの予測を可能にする[3.51, 3.52]。
 したがって、土壌の放射生態学的感受性の違いによって、なぜ沈降が少なかった一部の地域で半自然なエコシステムから収穫された植物やキノコにおいて高濃度の放射性セシウムが見られ、逆に、沈降が多かった地域で植物に低濃度から中濃度の放射性セシウム濃度しか見られないことがあるのか、これが説明される。このことを図3.23に図解するが、そこで植物中の放射性セシウムと放射性ストロンチウムの放射能濃度の変動性は、土壌中の標準化濃度に関して示される。

3.3.4.4. 作物への放射性核種移行のダイナミクス

 1987年の137Csの植物中の含有量は、この年含有量は最大だったのであるが、主として空気中の汚染に規定される。事故以後の最初の年(1987年)の間に、根が主要な汚染経路になるにつれて、植物中の137Cs含有量は(土壌タイプに応じて)3から100の係数で低下した。
 牧草植物に関しては、沈降後最初の数年、137Csの振る舞いは土とマットの間の放射性核種の配分に相当程度影響された。この期間に、マットからの137Cs取り込みは(最大8倍)土壌からのそれを上回った。続いて、マットの分解と放射性核種の土壌への移行の結果、マットの濃度は急速に下がり、沈降以後5年目には粒状保automorphous土壌で6%、地下水型土壌で11%を超えなかった[3.41]。
 ほとんどの土壌で、1987年以後137Csの植物への移行率は、低下の速さはゆっくりになってはいるが、図3.24 [3.55] に見られるように低下し続けてきた。図3.24と同様の経時的低下が、さまざまな作物における植物根の取り込みについての多くの研究で観察されており、それは図3.25と3.26がそれぞれ、二つの異なる土壌タイプで育つ穀物および野草について示す通りである[3.56]。チェルノジョーム土壌に関する二つの実験点(18および20年)は1980~1985年(すなわち137Csのグローバル・フォールアウト後でかつチェルノブイリ事故前)に行われた測定結果から取得された(図3.25)。グローバル・フォールアウト以後の20年間に得られた穀物、ジャガイモおよび牛乳に対する137CsのTF値は、チェルノブイリのフォールアウト後8-9年後およびそれ以後に、砂質、砂質ロームおよびチェルノジョーム土壌が支配的な遠隔地で観察された値と、大きくは違わなかった[3.56, 3.57]。施肥された土壌で育った穀物に関するTag値の差違は、野草に関する差違より大幅に小さかった。
 土壌から植物への放射性セシウムについては、経時的な低減はおそらく次のものを繁栄する。すなわち(a)物理的な放射性核種の崩壊、(b)根の張る範囲外への放射性核種の下方移動、(c)バイオアベイラビリティの低下を引き起こすような、土壌マトリクスとの物理化学的相互作用。多くの土壌で放射性セシウムの植物の根による取り込みの生態学的半減期は二つの要素によって特徴づけられる。すなわち、(a)相対的に速い、0.7から1.8年の間の半減期での低下。これは最初の4から6年支配的であり、1987と比べた場合およそ1桁の植物中の濃度の減少をもたらす。そして(b)7から60年[3.45, 3.55, 3.57, 3.58]の間の半減期をとる、より遅い低下。土壌-植物系における137Csのアベイラビリティ減少のダイナミクスは土壌特性に大幅に左右され、その結果植物による137Csの取り込みの低下速度は、3から5の係数で異なりうる[3.41]。
 とはいえ、こうした観察結果を一般化するには、いくつかの注意が発されなければならない。というのも、データの中には、最初の4から6年以降には放射性セシウムの根による吸収に経時的な減少がほとんど見られないことを示しており、ということは観察期間内で土壌中のバイオアベイラビリティの低下は存在しないことが示唆されるからである。さらに、観察期間以降の生態学的半減期は非常に不確定でありうる。植物中の放射性セシウム濃度低減を目的とした対抗策の実施もまた生態学的半減期を変化させるだろう。
 放射性セシウムと比較すると、植物による90Sr取り込みは、こうした著しい経時的低下を通常示してこなかった。チェルノブイリ原子力発電所の近隣地域では、燃料粒子の漸次的な溶解が90Srのバイオアベイラビリティを増してきたし、したがって90Srの植物による取り込みは時間とともに増加してきたのである(図3.27 [3.39])。
 ストロンチウム放射性核種が主要には凝集形態で沈降し、微細分散した燃料粒子がよりすくない量だったような遠隔地域では、植物への90Sr移行の長期間のダイナミクスは、放射性セシウムのそれと類似していた。とはいえ、植物の根による取り込みの生態学的半減期は異なっていた。この差違はこれら二つの元素の土壌への移動のさまざまなメカニズムに関連している。ストロンチウムの土壌構成要素による固着は、セシウムのそれに比べ、土壌の粘土含有量に左右されない(表3.5を見よ)。より一般的に言うと、土壌から植物への90Srの移行パラメータの値は、放射性セシウムの移行パラメータほど土壌の性質に依存しない[3.37]。植物による90Sr取り込みの時間依存性の一例を図3.28[3.56]に示す。

3.3.4.5. 動物への放射性核種の移行

 動物は汚染された飼料と直接の土の摂取を通じて放射性核種を取り込む。チェルノブイリ事故後の人間の内部放射線量の寄与したのは主にミルクと肉であったが、両方とも短期的には131I起因のものであり、長期的には放射性セシウムに起因するものであった。集約的に管理された農業エコシステムでは、動物性食品の高度の汚染は、沈降のパルスの後、高々2,3週間、長くても2,3ヶ月続くと見込まれただけであった。こうした状況では植物表面への捕獲と保持の量が動物由来の食品汚染の持続と程度を主に規定した。非常に高レベルの沈降が起こった場所あるいは植物の取り込みが高くて持続した場所では、両者ともチェルノブイリ事故後いくつかの地域で見られたが、例外も見られた。
 動物性食品の放射性セシウムレベルは、たとえもともとの沈降量がそれほど高くなくても、高値で長期間続くこともありえる。というのも、(a)土壌がしばしば放射性セシウムの大量の取り込みを許すからであり、(b)いくつかの植物種、たとえばツツジ科の種やキノコ類は、相対的に高レベルの放射性セシウムを蓄積するからであり、そして(c)貧困な土壌の地域ではしばしば小型の反芻動物が放牧されており、それが大型の反芻動物よりも高濃度のセシウムを蓄積するからである[3.35]。
 動物製品の放射性核種による汚染は植物-土壌システム内での核種の振る舞い、動物での吸収率や代謝系土、および動物からの喪失率(主に尿、便およびミルクで)に左右される。皮膚および胚を通じた吸収も起こりうるものの、食餌での放射性核種の傾向摂取と、それに続く消化管を通じた吸収が、ほとんどの核種の主要な取り込み経路であった。多くの栄養素の吸収は第一胃あるいは小腸で起こるが、その比率は、アクチニドにおけるほとんど無視できる値から、放射性ヨウ素の100%まで変動し、放射性セシウムについてはその形状に応じて60%から100%まで変動する。
 急襲後、放射性核種は血液中を循環する。中には特定の器官に蓄積する物もあり、たとえば放射性ヨウ素は甲状腺に蓄積し、144Ce, 106Ruや110mAgを含む多くの金属イオンは肝臓に蓄積する。アクチニドと、特に放射性ストロンチウムは骨に沈着する傾向があり、他方放射性セシウムは軟組織全般に分布する[3.36, 3.37, 3.50, 3.59]。
 動物製品への放射性核種の移行はしばしば、ミルク、肉、卵中の放射性核種濃度を一日の食餌からの放射性核種摂取で割った平衡比として規定される移行係数によって表現される。放射性ヨウ素や放射性セシウムのミルクへの、そして放射性セシウムの肉への、移行係数は、牛のような大型動物においてでは羊、ヤギ、鶏のような小型動物においてより一般的に低い。放射性セシウムの肉への移行はミルクへの移行より高い。
 肉およびミルクにおける放射性セシウム汚染レベルの長期的な時間的傾向は、その一例が図3.29に提示されるが、草木へのそれをなぞり、二つのフェーズに分けることができる[3.55, 3.57, 3.58]。放射性セシウムの沈降以後の最初の4~6年の間、0.8~1.2年の間の生態学的半減期での最初の急速な低下が見られた。その後の期間は、より小さな低下しか観察されていない[3.55, 3.56]。
 ほとんど対抗策が使用されなかったロシア連邦のBryans、 TulaおよびOrel地域からのミルクで事故後20年近くにわたって証明された(図3.30)ように、土壌タイプの異なる地域では137Csのミルクへの移行率も異なる。137Csのミルクへの移行はTagを用いて描かれるが、Tagは土壌汚染の異なるレベルについてデータを標準化するため、土壌タイプ間の比較がより簡単になった。ミルクへの移行は泥炭湿原 > 砂質および砂質ローム > チェルノジョームおよび灰色森林土の順で下降する。ミルク中の137Cs放射能濃度のダイナミクスとその土壌タイプへの依存は、牛が放牧される地域で採取された野草のそれ(図3.26を見よ)と類似している。
 異なる土壌のタイプについてロシア連邦における137Csの牛肉への移行を比較するための同様の長期データが入手可能である。このデータでも砂質/砂質ローム土壌においてのほうがチェルノジョーム土壌(図3.31)においてよりも高い移行が見られている。過去10年、137Csの移行にはほとんど低下が見られなかった。
 ジョールンポドゾルおよびチェルノジョーム土壌が支配的なロシアの地域で採取された牛のミルクにおける90Srの長期的ダイナミクス(図3.28を見よ)は、137Csのそれと異なっていた。ミルク中の90Srのグラフは、137Csのグラフで見られたような、約1年の生態学的半減期をもつ最初の減少分を含まない。この減少はセシウムの土壌マトリクスへの固定を繁栄するものと見られていた。対照的に、牛のミルク中の90Sr放射能濃度は3~4年の生態学的半減期で徐々に低下した。第2成分(があるとして)はこれまで同定されていない。こうした時間ダイナミクスの原因となる物理的および化学的プロセスは、明らかに、90Srの放射性崩壊だけでなく、その土壌中への垂直移動にともなう拡散や対流を含む。しかし、土壌構成素との化学的相互作用は、セシウムに関して知られる相互作用とは大きく異なるかもしれない。
 放射性核種の移行についての情報を、地理情報システムにおける空間的に変化のある情報と組み合わせることによって、ミルクの平均放射能濃度を超えそうな地域を同定できる。その一例を図3.32に示す。
 旧ソ連における生産の相当な量が、個人所有の牛の、貧困で改良されていない牧草への放牧に限定されていた。こうした地域の貧困な生産性のせいで、放射性セシウムの取り込みは集合農場に使用されている土地でのそれと比べて相対的に高かった。農業システム間の差違の一例として、ウクライナのRovnoにおける個人農場からと集団農場からとのミルクにおける137Cs放射線濃度の変化が図3.33に示される。個人農場からのミルクの放射能濃度は1991年まで活動レベルを超えており、この年に対抗策が実施され根本的な改善が生じた。

3.3.5. 現在の食品汚染と予測される将来の動向

 表3.6は、ベラルーシ、ロシア連邦およびウクライナでにおいて放射生態学的感受性が大幅に異なる多様なタイプの土壌に及ぶ、高汚染地域およびそれより低い汚染地域における、穀物、ジャガイモ、ミルク、食肉中の現在(2000-2003)の放射性セシウム濃度の測定データの要約を示している。セシウム-137放射能濃度は動物性製品においての方が植物性製品においてよりも一貫して高かった。
 現在、自然過程と農業対抗手段によって、チェルノブイリフォールアウトの被害地域における農産食料品の放射性セシウム濃度は概して国家、地域(EU)および国際的な介入レベルを下回っている[3.64, 3.65]。しかしながら高い放射能汚染を受けたいくつかの限定された地域(ベラルーシのGomelおよびMogilev地域の一部とロシア連邦のBryansk地域)あるいは貧困有機土壌(ウクライナのZhytomyrおよびRovno地域)で、食料品、特にミルク中の放射性セシウム濃度はいまだに約100Bq/kgという国家介入レベルを上回っている。こうした地域では修復がいまでも正当化されるだろう。
 事故15年後において、100Bq/L (現在のミルクに関する許容レベル)を超える137Cs濃度の個人所有の牛からの汚染乳は、ウクライナ、ベラルーシ、ロシアのそれぞれ400、200、100以上の集落で作られている。500Bq/L以上のレベルのミルク汚染がウクライナで6つ、ベラルーシの5つ、ロシアの5つの集落で(2001年に)発生している。
 上述の図および表に示された濃度や移行係数によれば、過去10年、ほとんどの植物性および動物性食料品の放射性セシウム濃度はゆくりとした低下しか示していない。このことは、農業生態系において放射性核種が平衡に近づいていることを示しているが、放射性核種の土柱への下降や放射性崩壊によって(土壌の不安定および安定プール間で137Csの平衡が達成されたとしても)経時的で低下が続くことが見込まれている。現在の遅い低下率と、高い不確定性ゆえに現在入手可能なデータから長期的な実効半減期を数値化することが困難であることとを前提とすれば、約30年の半減期をもつ137Csと90Srの放射性崩壊に起因するものを別とすれば、今後数十年にさらなる大幅な低下が起こるであろうと結論づけることはできない。
 食品中の放射性核種濃度は、燃料粒子の溶解、現在放棄されている土地の取り扱いの変化の結果起こる地下水における変化、あるいは対抗策の実施の中止によって、増加することもありうる。
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