日本生体エネルギー研究会も発足以来50年を迎えました。記念すべき第50回討論会は名古屋大学の小嶋先生が世話人となり、名古屋大学野依記念学術交流館で開催されました。
基調講演では東大の野地先生が「細胞エネルギー研究の展望 -我々がLUCAを超越するのはいつか?」というタイトルで講演されました。F1-ATPaseの分子回転のメカニズムと進化を生命の起源から解説されました。
ブレークスルーでは2名の先生が講演されました。千葉大の村田先生は「腸球菌V-ATPaseのNa+輸送メカニズムを追い求めて30年」というタイトルでNa+輸送の問題を阻害剤とVoの構造を元に解説されました。クライオ電顕の進歩によりイオンチャンネルの構造が見えてきた事が大きく、Voの回転機構が各アミノ酸残基レベル、原子レベルで議論できるようになってきました。また、東大の上野先生は「複数のイオン輸送ユニットを持つATP合成酵素の創生」として、H+/ATP比を工学的な立場から解析した結果を報告されました。H+/ATP比は古くからある問題ですが、自由エネルギーやH+チャネルを形成するcサブユニットの数から議論されてきました。上野先生はabサブユニットを複数持たせたATP合成酵素を作成し、これが野生型と異なるΔψ依存性を持つことを示しました。H+/ATP比が異なっていると考えるとうまく説明できそうです。原初細胞のH+/ATP比やΔψ、ΔpHはどうであったのか、野地先生の講演と合わせて聞き入りました。
トピックス講演では名大の内橋先生が「高速AFMの世界へようこそ」と題して高速AFMの歴史から、この技術で何が解るのかを講演してただきました。また、名工大の角田先生がチャンネルロドプシンの医療応用を見据えた改良について報告がありました。
また、イオン駆動力をどう考えるのかという観点からパネルディスカッションが開催され、イオン駆動力を消費する、生成する、操る立場から7人の先生方が登壇されました。イオン駆動力はATPと並んで生体エネルギーの中心課題の一つで、H+駆動力やNa+駆動力は生物にとって重要なエネルギー形態になっています。神経や腎臓尿細管細胞ではエネルギーの過半数がイオン駆動力を介したものになっています。多数のポンプやトランスポーターの構造が解かれた今、イオン駆動力についてどこまで理解し、今後明らかにしていかないといけない課題について議論がありました。ATP合成酵素やトランスポーターに関わる仕事をしてきた者として非常に興味深いディスカッションでした。
一般講演でも興味深い報告が多数ありました。個人的には林先生(京大)の小胞型モノアミントランスポーターの構造と基質認識の話、金岡先生(名大)のP-糖タンパク質のATP結合ドメインの運動、井上先生(東大)の微生物ロドプシンのアンテナ色素、堤先生(京大)のカルモジュリンによるリアノジン受容体制御機構、山崎先生(旭川医大)のCa2+-ATPaseの脱共役と熱産生、中野先生(京産大)のpmf存在下でのV型ATP合成酵素の構造変化などが興味深く感じました。
若手発表賞は下記の4名でした。
口頭発表
久保進太郎 (東大)
バクテリア鞭毛モーター: MotABの回転機構に関する理論研究
中野敦樹 (京産大)
クライオ電子顕微鏡によるATP合成酵素のATP合成中構造解析
ポスター発表
関健仁 (総研大、分子研)
分子動力学シミュレーションによる Na+輸送性 NADH-キノン酸化還元酵素 Na+-NQRの構造ダイナミクス研究
丸井里駆 (東大)b-δ fusionを利用した複数のプロトン駆動トルク発生ユニットを有する FoF1ATP合成酵素の設計
今回の討論会は小嶋先生の御尽力で50周年にふさわしい大会になりました。会場の入り口には記念展示があり、過去の要旨集(手書きでした!)や高知工科大(1999年第25回)のポスターなどが陳列されました。要旨集には日本生体エネルギー研究会の設立と運営に携わった向畑先生の特別寄稿が掲載されています。日本の生体エネルギー研究の歴史が圧縮されて記述されており、一読されることをお勧めします。
来年は政池先生と井上先生が世話人となり、東大柏キャンパスで12月11(木)〜13(土)の日程で開催されます。興味を持たれた方は是非参加してみてください。
(2024.12 表)
生体エネルギー研究会第49回討論会は山口大学の薬師先生が世話人となり、12月14日(木)〜16日(土)にかけて山口大学吉田キャンパス大学会館で開催されました。山口大学での開催は松下先生が世話人となった第33回(2007年)以来16年ぶりになります。あいにくの天気でしたが、生体エネルギー研究会らしい議論ができて楽しい会でした。
特別講演では久堀先生が「葉緑体ATP合成酵素の活性制御の分子機構 ー 40年でどこまで理解できたか ー」というタイトルで葉緑体のレドックスポテンシャルによるATP合成酵素の制御機構について解説されました。チオレドキシンによるγサブユニットジスルフィド結合の還元とTrx-Like2による酸化、回転制御、そして電子伝達系との関わりはよくできたシステムと感じました。長きに渡る葉緑体ATP合成酵素研究への貢献、お疲れ様でした。
ブレークスルー講演では東大の加藤先生がチャネル型ロドプシンのイオン選択機構について、京産大の横山先生がATP合成酵素の分子機構について、大阪公立大の宮田先生がミニマル合成細菌を用いた細胞運動について話されました。また、招待講演では北大の渡邊先生がヘテロジスルフィド還元酵素の話を海外からオンラインで講演されました。複合体内での電子伝達とその制御がとても興味深く、サブユニット間電子伝達と電子の流れの分岐制御が鍵のように感じました。
若手奨励賞は4名の方が受賞し、分子研の小林稜平さんが「ミトコンドリア型ATP合成酵素の阻害因子IF1が示す回転方向依存的な制御機構:1分子操作実験と分子動力学シミュレーション」で、京大の大鳥祐矢さんが「クライオEMによるcaffeineのRyR2への作用機序の解析」で、京産大の西田結衣さんが「哺乳類V-ATPaseの構造解明」で、そして千葉大の濱口紀江さんが「ATP駆動型トランスポーターP糖タンパク質の基質結合様式解明を目指したクライオ電子顕微鏡構造解析」で受賞しました。
第49回討論会は薬師先生とスタッフの方々の努力で素晴らしい会になりました。厚く御礼申し上げまあす。来年は小嶋先生と阿部先生が世話人となり、名古屋大学で開催されます。日程は12月12(木)〜14日(土)の予定です。次回は生体エネルギー研究会が発足して半世紀、50回目の討論会になります。皆様ふるってご参加ください。
(2023.12 表)
生体エネルギー研究会も48回目を迎え半世紀近くの歴史を持つようになりました。今年度は京大農学部の三芳先生が世話人となり、京大北部キャンパスの益川ホールで開催されました。昨年は新型コロナ感染症のためオンライン開催となったので、対面での討論会は2年ぶりになります。今年も呼吸鎖やポンプ、鞭毛モーターを始めとして様々な分野の研究成果が披露され活発な討論会でした。
特別講演ではAlbert-Ludwigs-Universität FreiburgのThorsten Friedrich博士がバテリア呼吸鎖複合体Iの構造と分子機構について最新の研究成果をオンラインで解説されました。オンライン化により海外研究者の講演を聞く機会が増えたのはよいことだと思います。
ブレークスルー講演では、伊福先生が光化学系IIによる水分解機構、小川先生がリアノジン受容体の構造と機能、最後に三芳先生がコレラ菌のユビキノン酸化還元酵素の研究成果を紹介されました。リアノジン受容体はCa2+結合による部分構造の小さな変化がてこのように作用して大きな変化になり、それが連鎖することで巨大タンパク質の構造変化につながって行くようです。この受容体は自分が学生の時に読んだ教科書にも記載があり、感慨深いものがありました。電子顕微鏡のブレークスルーによって世界が大きく変わった気がします。
また、若手奨励賞には髙井 菜月さんがメラノーマ細胞のエネルギー代謝の解析で、奥山 あかりさんがプロトンポンプロドプシンの電気生理学的解析で、⽯川 萌 さんがユビキノン酸化還元酵素の解析で選ばれました。
世話人の三芳先生、村井先生、そしてスタッフの方々、お疲れ様でした。来年は薬師先生が世話人となり、山口大学で開催されます。日程は12月14(木)〜16日(土)の予定です。温泉もありますので、皆さま奮ってご参加ください。
(2022.12 表)