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揺らぐデモクラシー、 日本は脆弱先進国?

ドイツの地方都市から考えた 開発主義の限界

2016年4月24日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



昨今の日本、報道の独立性が怪しくなったり、政府が公開する文書が真っ黒け、といったようなことがおこっている。民主制の先進国としては、ちょっと考えられない状態だ。近代国家のはじまりである欧州・ドイツの地方からみていると、明治以降「開発主義」で走ってきたゆえの日本の脆弱さが表面化しているように見える。
人間の尊厳、寛容、自由、平等、連帯など、民主国家の基礎体力を作る「養分」のような価値には敏感で、これらの価値に抵触するようなことがあると、広場での集会やデモになる。意見の表明、公論化、感情共有、連帯の確認などが行われるかたちだ。(写真=反人種差別集会。ドイツ・エアランゲン市の広場)

■先進国としての厚みがない?
先進国として、ある種の脆さを感じたのが、「特定秘密保護法」だった。また、この法律と関連性の高いのが「知る権利」や「表現・言論の自由」だが、報道の独立について今月19日付で国連広報センターは重大な脅威に直面していると警告を発した。民主制国家の重要なところが、ぐらっと揺れたかたちだ。

これらはドイツから見ていると、日本の開発主義の限界が表面化したと思えてならない。どういうことかといえば、ドイツの都市の歴史を見ると、近代国家の雛形になっているようなところがあって、冒頭に挙げた「国家の情報」と「報道の独立」も、人にとってリアルな空間である都市の中で発展してきたことが見受けられるのだ。先進国としての「厚み」がある。ところが開発主義で走り続けると、この「厚み」が生まれにくい。

■近代国家の雛形としての都市
たとえばドイツの都市は中世の時代から行政文書や重要な記録を執拗に蓄積するアーカイブがあり、今日、各自治体で義務になっている。 これは都市の存続のために重要なもので、言い換えれば中世以来、国家の情報に関するリテラシーを育んできたように思えるのだ。ところが日本にはこういう歴史や了解がない。だから「特定秘密保護法」を目にしたときに、不安を覚えたのは最も基本的なところで、「国家の情報リテラシー」じたいが不十分な国が適正な運用をするのは難しいのではと思ったのだ。

表現・言論の自由と都市の関連性でいえば古代ギリシャで作られた都市(ポリス)の広場が重要だろう。広場は議論を交わし、公論を作っていく政治的空間だった。いささか乱暴に言えば、この様式が今日の都市の「自治」にもつながっているように思う。実際、私が住む人口10万人のエアランゲン市を見ても、選挙の時には広場で候補者や政党スタッフが人々と対話をするが、表現の自由はもちろん担保されており、広場は民主的対話のために自由に出入りできるラットフォームと化している。

欧州は戦争をはじめとする陰惨な歴史の連続でもあるが、同時に都市をみると「国家の情報」や「公論を作っていく」といった部分を積み重ねてきた歴史も見えてくるのである。

■脱・開発主義を模索すべき
ここで日本の歴史を顧みると、明治期に工業化を軸に国の利益のためにヒト・モノ・カネを集中させ、地方も中央を軸にして編成。開発主義で国を作った。第二次世界大戦後もそうだ。当時は限定的に正しい方針だったし、経済発展にもつながった。だがその発展に対して、民主制や自治に関する蓄積が小さく、「先進国」としては脆弱なのだと思う。
図. 社会の安定力がある「分厚い先進国」には、都市の中で長年培われた諸価値がある。(高松作成)

脆さの露呈は20世紀の終わりから。経済成長の鈍化と新自由主義によって、開発主義でできた枠組みが崩れる。これが地方自治や労務、教育、福祉などの諸問題の大きな原因になったのではないか。また国際関係の変化に伴い、国家情報や安全保障の枠組み再考が必要になってきたときに、民主制国家の重要なところが、ぐらっと揺れるのも、開発主義で突っ走ってきた国の脆さなのかもしれない。

ただ東日本大震災を発端に、議論や政治参加の重要性が確認され、様々な問題を当事者の自己責任ではなく、社会的なものとして考えようという意見も出てきた。開発主義から「持続可能な先進国」に展開する可能性がここにあると思う。(了)

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