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世界初!トイツ国の町で電柱ミュージアムオープン

「美しくない都市景観」の時期も記憶に留める

2016年4月1日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



東欧との国境沿いにある、トイツ連邦共和国の地方都市ギーカラツ 市(人口約3万6000人)でこのほど「電柱ミュージアム」がオープンした。世界で初の電柱ミュージアムだという。(注・この記事はエイプリルフールにちなんだウソっぱちニュースです)

■地中化決定100周年
ヨーロッパでは電線を地中化することが主流だが、同市は送電に電柱を採用した歴史がある。
かつて炭坑で栄えた町だが、それ以前は石炭が取れることは知られていたものの、産業化に至らず。山に囲まれた閑村だった。

だが19世紀の半ば東欧で戦争が勃発。国境沿いのこの村にも難民が流入してきた。当時の村長が、マンチェスターの女性事業家、アッサー・ホワイトさんに協力を仰ぎ、炭坑事業推進と難民対策の両方を兼ねた政策を展開。難民たちにも採掘や、周辺業務に関する雇用を作った。これによって急激に発達したギーカラツだったが、電力インフラも急遽必要に。送電のために、設置が簡易な電柱を採用した。

やがて「村」から「都市」に発展。都市として誇りが持てる建築物もできた。だが電柱が残ったため、どうしても都市らしい品位ある景観が実現できなかった。そういった状態に対して、郷土保護のNPOや都市美観の建築家グループらが中心に電線の地中化の運動を展開。これを受け、20世紀初頭に地中化を市議会で決定。今年はその100周年を記念して電柱ミュージアムが作られた。
ギーカラツ市市街地(2016年)
左手の建物は新しく、やや高さも高くなったが、周辺との調和を考えたデザインになっている。
右手の建物は下の写真のものと同じ。現在も使われている。

ギーカラツ市市街地(1903年)
せっかく「都市らしい建築物」が揃ったが、この景観では当時の基準からいえば「都市」とは認められなかった。

■炭坑の町から輸送技術クラスターへ
ミュージアムでは送電技術の発達を示すものや、当時使われていた電柱などが展示されている。面白いのは「未来」と名付けられたブースに、アメリカのSFテレビシリーズ「スター・トレック」に登場する「転送装置」や、日本アニメ・ドラえもんの「どこでもドア」の実物大モデルが展示されている。これらの技術の実現可能性、その社会的影響をシミュレーションしたコーナーも作られていることだ。

これも町の歴史が関係している。難民の中には、技術者も多かったことから、送電の先進技術が開発される発端にもなった。そこからさらに、あらゆるものをデータ化や粒子化して「送る」ということに焦点をあてた研究が行われており、ネット関連技術の特許も多い。現在は市内のフウランホーファー・トランスポート研究所がその拠点。世界でも注目されている。

一方、炭坑は斜陽産業となったが、これに危機感を持った当時の市長が、大学や輸送技術の開発を軸にした関連企業の誘致政策にのりだした。今日「輸送技術クラスター」が形成されつつあり、この分野での雇用もこの10年でかなり増えた。これが「未来」のコーナーの展示物がある理由だ。

■電柱廃止は故郷の都市をつくる過程の1つ
昨日のオープニングでは、同市市長ヤズーカ・タヤマシさんは「私の非トイツ系の苗字をみてもわかるように、曽祖父母もかつて難民だった。しかし、元から住んでいた村の人たちと一緒に働き、町をつくり、誇りが持てる都市になった。電柱の設置から廃止までの経緯は、よりよい”故郷の都市”という物語をつくる象徴的な歴史だ。このミュージアムは重要な町の背骨をつくる。そして、歴史を学び、未来のビジョンを語る場所でもある」と述べた。
格闘技「モース」のエキシビジョンマッチ。日本の相撲にも似ている。
格闘技はチーム制で、かつて地元の人と難民の混合チームを意図的に作ったという。

また、同市にはビールの樽担ぎの力比べからおこったレスリングに似た「モース」という固有の格闘技があり、地元のビール祭りでは今も行われ盛り上がる。言葉を使わずとも楽しむことができるため、かつては、難民との融和目的の娯楽として推進されたこともある。今日でいえばスポーツの平和創造機能を活用した、インクルージョン(誰も排除されることの社会)政策といったところだろう。現在もこの格闘技は市内のスポーツクラブで継承されており、ミュージアムのオープニングでは、エキシビジョンマッチが行われた。また郷土保護のNPOによって、再現された当時の衣装をまとった大柄の男性が登場。試合前に行われる「樽まわしの儀礼」を行った。来場者は、力強く、かつ優雅な舞にも似た動きに釘付けとなった。
この地方独自の格闘技「モース」の記念館。力比べの象徴の樽のモニュメントがおいてある。


ミュージアムは5年前から市、市の歴史アーカイブ、郷土保護NPO、大学、電力会社、地元企業・銀行によるプロジェクトチームが作られ、2年前にミュージアムの運営NPOに。今後ミュージアムを運営していく。(了)
(注・この記事はエイプリルフールにちなんだウソっぱちニュースです)


【解 題】
どこまで本当で、どこまでエイプリルフールなのか、というお問い合わせを頂いたので追記します。

もしドイツで電柱を採用していたら?
まずこのニュースは100%ウソっぱちです。もし、ドイツで電柱を採用していたら、どうしただろうか、という一種のシミュレーションです。昨今日本で電線の地中化をすすめる動きがありますが、それを念頭においています。

またドイツの都市は文化、経済、政治などの諸要素が有機的につながっています。そういう諸条件を考慮すると、電柱ミュージアムにつながるシミュレーションの根拠をご理解いただけるかもしれません。

難民が流入
陸地続きの欧州は、昔から戦争と難民はほぼセットだったようです。ちなみに架空の都市「ギーカラツ」の市長さんは難民の子孫という設定にしています。

マンチェスターの女性事業家、アッサー・ホワイトさん
朝ドラの大阪のヒロインに登場してもらいました。大阪は昔「東洋のマンチェスター」と呼ばれてましたよね。余談ながら、私は「東洋のマンチェスター」とか「日本のベニス」といった類の表現には違和感を持っています。おそらく「大家にあやかる」ということや本歌取り、のようなものが反映されているのだと思いますが、パリを「欧州の京都」などと表現されることはまずないですよね。

炭坑事業推進と難民対策の両方を兼ねた政策を展開
ご存知のように、難民がドイツに流入してきていますが、企業などは難民向けの職業訓練プログラムなどに着手する動きがあります。これを19世紀に移してみました。また、難民の職業訓練の背景には、一般的に人材育成を社会的なものである、という考え方も反映しているのかもしれません。

電柱があると都市として認められない?
日本との大きな違いは、ドイツには「都市らしさ」がはっきりしていることでしょう。歴史的には都市法の有無や品位のある公共の建築物、景観などがその指標です。ただ人口が多いだけでは「都市」ではなかったということです。

郷土保護のNPO
19世紀末ごろから郷土保護という発想が強く出てきます。都市らしい建築物ができたのに、電柱が残ってた、ということであれば、こうした非営利組織が活躍したのではと想像できます。

難民に技術者が多く先進技術開発の発端にもなった
私が住むエアランゲン市の場合、17世紀に宗教難民を引き受けています。彼らは白革の手袋や靴下を作る、当時の最新技術を持ち、これが同市の経済発展に結び着いた歴史があります。これをヒントにしました。

「送る」ということに焦点をあてた研究
京都には焼き物や金、銅に関する技術・職人の蓄積がありました。これらが近代化にともなって、電線や碍子(絶縁体)、半導体などの電気関係の経済発展に影響した経緯があります。これを架空の町にあてはめてみました。

危機感を持った当時の市長が、大学や輸送技術の開発を軸にした関連企業の誘致政策
私が住むエアランゲン市はもともと医療機器技術に強い面があり、20世紀の終わりに「医療都市」として集積度を高め、クラスター化しました。これを架空の町に反映してみました。

ミュージアムは重要な町の背骨をつくる
ドイツは歴史を記憶に留めるという発想がとても強いところです。その例はたくさんありますが、自治体にはアーカイブが必ず設置されてることはその代表格でしょう。歴史的な文書、画像、モノなど集められています。ミュージアムはそれを整理・編集して提示できます。これによって町の成り立ちを確認し、都市のアイデンティティを明確にする役割があるかと思います。これが「都市とはこのようなもの」という共有される、ある種の大きな物語の源泉になります。

力比べが元にできた格闘技「モース」
登場する格闘技の「モース」は「スモー(相撲)」。他にも町の名前なども日本に実在するものをアナグラム(文字の入れ替え)で作ってます。さて分かるかな?難易度高いですけど。
なおこの写真はフュルト市で行われた「日本祭り」の時の相撲のエキシビジョンです。

固有の格闘技を難民との融和目的の娯楽として推進
ドイツの自治体にはスポーツクラブが必ずあります。運営組織としては日本でいうNPOのような形です。日常的にはメンバーの老若男女が健康や余暇、競技目的などで気軽にスポーツをする場所ですが、社会の課題にも敏感に反応します。昨今でしたら反人種差別のキャンペーンを複数のクラブが共同で行うケースがあります。こうした性質を19世紀の架空の町にもってきました。

郷土保護のNPOによって、再現された当時の衣装
こういった町のイベントでは、郷土保護NPOなどが協力するケースが散見されます。

市、市の歴史アーカイブ、郷土保護NPO、大学、電力会社、地元企業・銀行によるプロジェクトチーム
町に関することに、地元の主だったプレーヤーが協力するケースは散見されます。とりわけ企業や金融関係は事業拠点の都市の質を高めることが、まわりにまわって事業環境を高めることになるという発想が強いです。そのため文化・芸術・教育・福祉などの取り組みに加わります。いわゆるCSR(企業の社会的責任)ですね。

ミュージアムの運営NPO
非営利組織でミュージアムを運営するケースはけっこうあります。

写 真
電柱がたつ町の写真のオリジナルは私が住むエアランゲン市中心地、1903年の写真です。
日本の都市景観の研究などで、町の写真を加工して、電柱電線を消すシミュレーションをすることがあります。その反対に、電柱のない写真に電柱を配してみました。
それにしても20世紀初頭と現代の景観にあまり違いがないのが確認できます。ちなみに右側の建物はもともと郵便局。現在はマクドナルドが入っています。景観という資源は大切にしつつ、使い方は現在の価値に応じたものにするという発想を読み取ることができます。
樽の写真はエアランゲン市の地ビール会社です。地ビールも地域の宗教や歴史、文化などと濃密に絡んでおり、これが地ビール会社経営の大きな資源になっているように思います。
以上


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