Interlocal Journal はドイツ・エアランゲン在住のジャーナリスト・高松平藏が主宰するウエブサイトです。


女性向けプログラム『ときめきJudo Girls』は何を意味する?

ドイツからの刺激、柔道の広い価値を社会に

2016年2月12日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



昨年12月、和歌山市で全日本柔道連盟による『ときめきJudo Girls』が初めて開催された。企画は同県柔道連盟理事で柔道塾 紀柔館(和歌山市)館長の腹巻宏一さん。このプログラムの動画を見る限り、柔道の新しいあり方を模索する第一歩のような印象を受けた。
女性向け柔道プログラム『和歌山ときめきJudo Girls』では茶人の小話などもあった。(Youtubeより)

■ダンスや茶道家のレクチャーも
12月20日に行われたこのプログラムの参加者数は約200名。メダリストの柔道家による技術的アドバイスや乱取なども行われたが、よさこい踊りやダンスを取り入れたたり、茶道家の小話、地元和歌山大学の学生によるカフェなどもある。柔道未経験者には護身術などが行われた。

柔道といえば、勝利至上主義の体育会系という面が強い。大げさに表現すれば、厳しい稽古が行われ、きびきび動き、声を出し、道場はピリピリしている。だが、『ときめきJudo Girls』はビデオを見る限り、まるで逆の雰囲気だ。笑い声、新鮮さ、楽しさ、好奇心、そんなものが見えてくる。
『ときめきJudo Girls』の企画を担当した腹巻宏一さん。柔道と勉強の両方を指導する柔道塾・紀柔館館長。和歌山県柔道連盟理事、全日本柔道連盟教育普及委員なども務める。著書に『柔道はすばらしい』(2007年 日本武道館)がある。1964年生まれ。

■ドイツの取り組みに刺激
もともと柔道には教育システムという面があり、試合はあくまでも『柔道』の一部。
また柔道はパートナーを組み、身体を使う。そのため年齡、性別、肩書、文化背景などを抜きに親しくなりやすい。つまり他者との関係のあり方を模索する機会を作る。加えて柔道には独自の身体文化・身体科学が蓄積されており、柔道を通して学べることは多い。だからこそ、そのための枠組や場を作ることは重要。勝利至上主義が大きい日本柔道の中でこのプログラムは画期的だと思う。

ヒントになったのが、ドイツの10代の女性を対象にしたプログラムだ。このプログラムについて、雑誌『近代JUDO』に以前、私は執筆したことがあった。新しい柔道のあり方を常に追求している腹巻さんにとって、ドイツの取り組みはおおいに刺激になったらしく、かなりのスピードで『ときめきJudo Girls』を形にされた。

一般に『海外事例』を有難がって、つい劣化コピーする例が多い日本だが、同プログラムについてビデオを見る限りそういう印象はなかった。初回ということもあって、運営上の課題はあるかと思う。が、例えばダンスの導入などは腹巻さんが日頃から指導者として試行錯誤されているものを、『ときめきJudo Girls』 という器に流し込んだという感じで、無理がない。裏をかえせば同氏の試行錯誤にあう器ができたということかもしれない。これが劣化コピーという印象がしない理由だろう。
2015年12月20日に開催された『和歌山ときめきJudo Girls』(時間 4分27秒)
勝利至上主義になりがちな柔道だが、文化や教育など幅広い社会的価値があることが読み取れる。

■ソーシャル・カルチャー柔道を
ドイツのプログラムの参加者は、10代の女子のみだ。しかし、『ときめきJudo Girls』では親子で、あるいは夫や小学生の息子さんと参加する女性もいた。これを見る限り、家族向けのこの手のプログラムの需要があるということだろう。もう一歩踏み込めば、『祖父母と孫』『夫婦』、あるいは障害者と健常者が一緒に体を動かすプログラムもあってもよい。

21世紀に入り、より重要性を増している価値が多様性と相互敬意だ。柔道を通して『誰も排除されることのない状態』を畳の上で実現できるし、そういう状態がどのようなものか、ということを体得できるだろう。地元の在住外国人への広報などを強化すれば、柔道の価値がより先鋭的に見えてくるようにも思える。

繰り返すが、柔道は日本で作られた幅広い価値があるものだ。これを『強さ』や『勝利追求』のみに使うのはいかにももったいない。ノンフォーマル教育と位置づけて、倫理、文化、社会技能(ソーシャル・スキル)を育むようなプログラムを開発し、社会的文化柔道というような概念を組み立ててみてもよいと思う。今回のプログラムは柔道の新しい展開のしかたを見せてくれたのではないか。(了)