Interlocal Journal はドイツ・エアランゲン在住のジャーナリスト・高松平藏が主宰するウエブサイトです。


『歩ける街』とは歩行者ロジスティックスではない

永遠のベータ版としての都市のアップデート

2016年1月15日


執筆
高松平藏ドイツ在住ジャーナリスト、当サイト主宰)



コンパクトシティの議論や、交通、観光、環境、文化、健康といった分野から『歩ける街』や『広場』への関心が近年高まっている。歩行者ゾーンとは都市にとって何なのか考えてみた。
工事中の四条河原町(2015年8月撮影)。京都で乗ったタクシーの運転手さんも批判的だった歩行者道の拡張。しかし『いっそうのこと、一方通行にして一般車両禁止にしたほうがいいと思いますわ』。運転手さんの意見はある意味、ぎりぎりの妥協点として悪くないと思った。

■クオリティ低いでっせ
京都の繁華街、四条通の歩道が一昨年から拡張されたが、断続的に批判的な意見を今も聞く。その理由は歩行者道拡張と引き換えに車道が縮小したからだ。昨年夏、京都でタクシーを乗ったときに、運転手さんにきくと、仲間内でも不評。渋滞で時間がかかり、メーターがあがるので、よほどのことでないと乗り入れないという。

一方、四条通も歩いてみたが、決してクオリティは高くはない。わがままな歩行者の立場から見ると、歩行者道を『移動』『商機』程度にしか考えてないような印象が残ったからだ。

■社会的価値の高い歩行者ゾーン
歩行者空間は買い物などの消費地でもあるが、人々の交流の場であり、パフォーマンスなどによって、文化空間までも造る。またデモや社会運動などを通じて公共の言説空間にもなる。楽しげで、文化・歴史、美意識の集積を具現化できれば街の顔であり、実にシンボリックな空間だ。そういう社会的価値がものすごく高い。私が住むエアランゲンの市街中央の通りと広場はまさにそんな空間だ。

しかし戦後は自動車が走り、広場は駐車場になっていた。1970年代に異議を唱える人が出てきて、その後、何度もどのような形で自動車を排除すればよいかを実験を繰り返し、最後は政治決定で歩行者空間をつくった。現在のかたちになるまで15年程度はかかっている。
1962年のエアランゲン市街地の宮殿広場。通りは自動車が走り、広場は駐車場に。しかし当時は最新の価値を歴史ある市街地に取り入れたかたちだ。(下に50年後の写真あり)

■歩ける街とは、街のアップデート
都市とは永遠のベータ版という面がある。そう捉えると、都市の発展とはアップデートだ。
新旧2枚のエアランゲンの写真を見るとよくわかるが、景観はほぼ同じ。 しかし、自動車を通したのは明らかにモータリゼーションの影響。自動車こそ進歩の象徴であり、それを優先させることにこそ価値があった。これも当時の『アップデート』である。その後、環境問題や都市機能について別の価値が求められ、歩行者ゾーン化。都市の最新価値をインストールし、街のクオリティそのものを更新した。

そこから考えると、四条通の歩行者道は歩行者ゾーンの価値を十分に具体化していないのではないか。 昨夏、訪ねた時点の様子をいえば、混雑が緩和し、以前よりスムーズに歩けるようになったが、木陰やベンチなどの『遊び』がない。移動しやすいというだけでは、まるで『ロジスティックス』だ。今はどのようになっているかわからないが、京都は世界中に知られた都市で、個人的にも大好きな街だ。だからこそ、大胆でかつ都市のビジョンを示すような『アップデート』を見せてほしい。(了)
上の白黒写真から50年後の2012年の写真。いわゆる『ヒューマンサイズ』の空間になり、平日は市場がならぶ。ほかにもクリスマス市場、コンサート、政治的集会、デモなどが行われる。